2-12 手紙と贈り物
余りにも衝撃的な展開にエンディはぽかんと口を開けて、レイの背を見送るしかなかった。
財布を持ってかれた事もそうだが、「犯人からの手紙」の件の方が彼女には衝撃的だった。
彼の真意は測りきれないが、さも犯人から手紙が来るのは当然だというな口調だった。
エンディはその背が消えた後も雑踏を見つめたままだったが、御者に声をかけられたところで我に返る。そして東騎士団の本部に行くよう伝えると、大きくため息を吐いた。
東騎士団本部に戻ってきたエンディは一階の
「あっ! エンディさん。荷物が届いてますよ!」
受付に立ち、エンディを呼び止めた彼女はグラマラスな体型には少々窮屈な内勤用の制服を着ている。
彼女はぴったりと張り付いた制服で、受け付けの下に潜り込むと荷物を両手に抱えて出てきた。
「私宛に?」
「そうですよ! 朝方に配達員さんが来てエンディさんに渡してくれって……どうぞ!」
片手で持つには少々大きい箱に、紐で封筒が結び付けられている。ひとまず受け取ったエンディは感謝を伝え、「いえいえ」と笑顔で答えた彼女に無意味な劣等感を抱く。
いつでも笑顔を欠かさない彼女は自分とは大違いだな――エンディは荷物を抱えると殺人課が入っている三階への階段を上がる。
この東騎士団の建物は王国城の次に高い建物だ。
当然その上り下りは階段である。エンディも最初の内――殺人課に配属された当初はその長い階段も苦にはならなかった。
しかし今はエンディはその階段に憂鬱になる。着任から身に覚えのない嫌がらせでデスクワークをさせられ、停職処分の憂き目にあい、結局は権力に救われた。そして初任給を会ってまだ数日の見知らぬ男に持っていかれてしまった。
現在は望んでいた殺人事件の捜査を出来るとはいえ、彼女の気分は暗い。
そういえば、とエンディは高い建物で思い出した。
最近、街では王国城より高い建物を建設しているとのことで何やら揉めているらしい――エンディは余計な事を考えているうちに殺人課の
自分に割り当てられた机に座ると、受付で貰った荷物を見下ろす。
紐を解いて封筒と小箱を分けると、どちらから開封するかしばし迷った後、普通は手紙が入っているだろう封筒からだろうと考え、机の端に置いてあるペーパーナイフに手を伸ばす。
封蝋は無く、送り主の名前も書いていない。失礼な手紙だな、とエンディは思いながら封筒のはじをペーパーナイフで切る。
封筒を逆さにすると中から二つ折りの手紙が出てきた。
どこにでもあるような紙に書かれたそれを開いたエンディは中身に目を通す。
”親愛なる異邦人へ
娼婦から奪った腎臓の一つを送るよ。
貴方が傷つけた方は揚げて食べた。
とても美味しかったよ。下ごしらえをありがとう。
血まみれのナイフも送ろうか?
切り裂きジャックより”
一見すると訳の分からない怪文書――しかしエンディの心拍数はあがり、その額には汗がにじみ出てきた。
娼婦から奪った腎臓――それには心当たりがあった。腎臓を奪われた娼婦など先ほど見つかった女しかあり得ない。
貴方が傷つけた腎臓――これにも心当たりがあった。確かレイが彼女に放ったナイフは丁度腎臓がある箇所に刺さっていたはずだ。
そして手紙の送り先である『親愛なる異邦人』、すなわちこの国の人間ではない者――これはレイの事を指しているのではないか。
エンディの頭ではこれらの思考と、レイが先ほどの別れ際に言った言葉がぐるぐると駆け巡ってる。
『手紙が来たら教えてくれ』
『当然、犯人からだ』
それは偶然で片づけるにはあまりにもエンディの置かれている現状と符合しすぎている。
ただの悪戯だ――そう思う彼女の思考とは別に、直感が告げていた。これはレイをこちらの世界に召喚し、私たちを襲った女を殺した犯人からの手紙だと。
これが悪戯かどうかはこの箱の中身を見ればはっきりする――エンディは悪い予感に頭を支配されながらも、震える指で小箱に手を伸ばす。
簡単な留め金を外し、意を決して彼女は蓋を開けた。
中に入っていた
勢いに跳ね飛ばされた椅子は大きな音を立てて床に倒れる。そのけたたましい音に殺人課の面々が仕事の手を止め、エンディの方へと視線を送る。
奇異の目に晒されたエンディはそれに気付く余裕はない。その神経は箱の中身に集中していた。
赤黒い贈り物──それをエンディは知っていた。
騎士学校時代に解剖学の講義で見たもの──人間の腎臓だった。
エンディは先ほどよりも強く震える手で椅子を元の位置に戻して座り、小箱の蓋を閉じると深呼吸して混乱に陥っている頭を落ち着かせる。
今できる最善手は何か──少しの逡巡の後、エンディは紙と羽ペンに手を伸ばした。
数分後、エンディは未だ震える手で上司の部屋をノックした。
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殺し屋、異世界にて無双する 〜あるいは異世界からやってきた奴に人生を無茶苦茶にされた件について〜 くわがたやすなり @9wagatayasunari
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