2-11 徒手対魔法
男はレイの顔面に風魔法が直撃してズタズタになると確信していた。しかし彼の思惑は外れた。
手から放たれた風魔法はレイの頬をかすめ、後方へと飛んで行く。
男が呪文を唱えるより早く、レイは突き出されたその手を横に払い、攻撃の軌道をずらしたのだ。
初弾が外れた男は距離をとるために後方へと下がろうとする。しかし足が地面に張り付いているかのように動けなかった。
それもそのはず、レイは男の手をそらすと同時に、逃げられないよう彼の足の甲をブーツで踏んでいた。
この距離は俺の間合いだ────そこからの出来事は一方的だった。
レイは彼の喉に手刀を打ち込む。それにコンマ数秒遅れて、金的への蹴りが突き刺さる。
そして、風魔法の軌道をそらすのに使った腕を折り畳み、そのまま男の顎をめがけて振り抜く──ムエタイで言う
手刀で気管支が潰れ、金的蹴りで睾丸が一つ破裂、肘打ちは男の顎骨を砕くと共に脳震盪を引き起こし、彼の意識を失わせた。
二秒とかからずに終了した戦闘に満足したレイは、意識を失った男が前にだらりと倒れてくるのを避ける。
そして倒れた彼の横にしゃがむと意識を失っていることを確認し、彼の体を
良い物もっているじゃないか、とレイは鞘から刀身を引き抜く。
刃は二十センチ程の
レイは知る由はなかったが、元々はソドム共和国の陸軍に支給されているナイフをベースにカスタムされたものだった。それが回りまわって男の手に、そしてレイの手に渡った。
一目見て気に入ったレイはそれを鞘に納め、自分の腰に差しておく。
他に目ぼしい物は無かったため、レイはネシャが集めた戦利品の中からエンディの財布も含め、幾つかポケットに入れる。
レイは立ち上がって地面に倒れている男を見下ろす。ここでとどめを刺しておくか──だが止めた。表の通りは人が増え、子供の悲鳴のせいか路地を覗く人間も増えている。
すでに戦意を喪失している人間に止めを刺すところなど見られたら面倒だ。
そして路地を後にしようと歩き始めたレイだったが、その背中に倒れていた子供が声をかけた。
「ま、待って!」
服は血と小便と吐瀉物で汚れ、足取りはふらふらとおぼつかない。
レイはあそこまでやられてまだ立てるのか、と驚いた。
「なんだ?」
「……アタシ──オレを弟子にしてくれ!」
急な弟子入り志願にレイは怪訝な顔をする。
そもそも弟子はとっていないし、取るつもりもない。
レイは子供の言葉を無視して表の通りに出る。片足を引きずったネシャは地面に散らばった戦利品をかき集めると、抱くようにかかえて急いでレイの前に回った。
「弟子にしてくれたら、今の事黙っといてやる!」
今の事──スリから強盗した男、そしてその男から強盗した事を黙っている代わりに弟子にしろ、と言ってきたのだ。レイは大きくため息を吐いた。
「好きにしろ」
「そ、そんな……騎士に全部チクっちゃうからな!」
「やればいい」
わざわざスリをして生きている子供だ。官憲に頼れない理由があるのだろう。レイはそれを見越して好きにすればいいと言い放った。彼のすげない返答にネシャは焦る。
「そ、そうだ! これ! 全部やるよ!」
ネシャはそう言って抱えている戦利品をレイに差し出す。
すでに浮浪児に呼び止められている時点で周りの注目を集めてしまっている。それが全身に傷を負った血塗れの子供で、明らかな盗品を差し出され懇願されている様は決して良い状況ではない。
注目なんてまっぴらごめんだとレイは強い口調で言い放つ。
「いらん」
しかしネシャは片足を引きずりながらも、重傷を負ったとは思えない程に素早い動きで彼の前へと回った。
「このきらきらしたやつもあるんだぞ!? きっとすごい価値があるはずだ! だから頼むよ!」
どうにかしなければこの子供は一生付きまとうだろう。そこでレイはポケットから存在を忘れていた
それは手のひらに収まる程の小さな鍵だった。首に掛けられるよう細い革の紐が通してあるそれを掲げた。
ネシャは手の中の戦利品を全て地面に落とすと、慌てて両手で全身をまさぐる。
「そ、それはオレの……いつの間に……」
「俺から財布をすった時に
あの時、レイは反射的に手が動いていた。敵意があれば迎撃行動に出ていたが、そうではないと理解した体が無意識の内にスリ返していたのだ。
「か、返して!」
小柄な体躯で手に飛びつこうとしたネシャをレイはひょいと避けて、鍵を遠くに放る。
「あっ!」
ネシャは慌ててそのカギを拾いに行き、投げた主を振り返るもそこに姿は無かった。
きょろきょろとあたりを見回したネシャは、レイがどこに消えたのか全く見当もつかなかった。
代わりに、気味の悪い
獣のような唸り声を上げるも去って行かない大鴉に気味の悪さを感じたネシャは駆け出す。
初めて見る戦闘術、それも
さらにこちらが気付かない程のスリの腕。そして一瞬にして消えてしまう気配の無さ──ネシャはついに自分が求めていた
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