笑顔

 どう考えてもどう思い返してみても、犯人は私である。

 どうしよう、なにも知らなかったとはいえ私、そこそこやばいことやらかしてないか?

「えーっとごめん。その犯人私だ。一番奥のところの入り口、下手な隠蔽かかってたから力づくでぶち破ったし、その中にいた海龍っぽいの……多分その守護精霊とやらっぽいのはダンジョンボスかと思って普通にぶっ殺した」

 そう答えると子供達と鷹崎は絶句した。

「ころし、ちゃったの?」

 男の子にそう問われた、その声は少しだけ震えている。

「うん。襲いかかられたから全力で反撃して、かろうじて仕留めた。……あれがこの島での一番の死闘だったかな、危うく奥の手というか禁じ手を使わされるところだった」

「ほんとうに?」

「嘘を言ってなんになる? ……まあ、あの海龍が本当にその守護精霊だったのかどうかはわからないけど。実は大昔にその守護精霊とやらに何かあって、その後にあの海龍が住みついてたとかそういう可能性もある。というかそっちの方がありそうだな……あの龍、神聖っぽさとか皆無だったし、大精霊ってほど強くもなかった。あの頃の私の実力だとギリギリ辛勝できる程度だったけど、今思うと普通のダンジョンボスレベルだったし、今ならもっと楽に倒せると思う」

 話を聞いた直後は「やっちまった」と思ったが、最深部での最初の戦いをよく思い返してみると、あの海龍は大精霊って感じじゃなかったなと考え直した。

 五年前の夢物語の途中で私は一回大精霊に会ったことがあるけど、その時彼女から感じた強さ、そしてあの圧倒的な清らかさをあの海龍は持っていなかった。

 持っていたらあの頃の私でも流石に感じ取ったし、殺すのを躊躇っただろう。

 故にあれは大精霊ではない、流石に大精霊殺せるほど当時の私は強くない。

 一人で勝手にそう結論付けて納得する。

「といわけで多分私が殺した海龍は多分その守護精霊とやらではないと思う。流石に大精霊殺せるほど私は強くないし。私があそこに辿り着くまでにきっと何かがあったんだろう」

 と、自論を展開してみたが、全員から疑り深い顔で見られる。

「と、とにかくそういうことで! 流石に大聖霊殺したってなるとなんか後々厄介なことになる気がするからそういうことにしてもらえるかな!? ご、ごほん…………それでその、宝玉ってこれであってる?」

 胸の谷間に押し込んでいたネックレスの青い石、海鳴洞窟最深部から私が持ち帰って、その後加工してもらったそれを引っ張り出す。

 そしたら鷹崎に凄い顔で怒鳴り散らされた、ちょううるさい。

「うるせえな、そのままだとチェーンが長くて動くたびに跳ねて鬱陶しいから普段は挟んでるんだよ、そのうちいい感じに加工しなおしてもらおうと思ってたんだけどめんどくて。……それで、話に出てきた例の宝玉ってこれ?」

「そ……それです!! あってまひゅ!!!」

 女の子の方が顔を真っ赤にしてちょっと噛みながらそう言ってきた、ひょっとしてお子様には刺激が強かったんだろうか?

 男の子の方は顔を真っ赤にして何もいえないでいるようだし。

 鷹崎はカンカンに怒ってるし、怒りのあまりか耳まで真っ赤っかだし。

 こういうオーバーな反応されるの初めてだからどうしたものかと思う。

 めんどいからスルーしよう。

「そう」

「あ、あの、あのののの、それ、ゆじゅってもらうことって」

 女の子はどもりまくりだしまた噛んでる。

 ピュアなお子様に変なもの見せちゃったな、若干罪悪感。

「あー、いいよ」

「いいんですか!!?」

「世界を救うキーアイテムなんだろう? なら必要な人の手にあるべきだ。元々拾い物だし」

 これを手に入れた経緯はそこそこ大変だったけど、別にこれが欲しくてその大変な思いをしたわけじゃない。

 だから、そこまで惜しくはない。いや、使い勝手がいいから本当は惜しいけど。

 けれどもこれが世界を救うキーアイテムであるのなら仕方がない、私に手のうちにあるべきものではないのだから。

「け、けど」

「別にいいよ。いつかこうなるような気はしてた。鑑定してもらった時にさあ、加工屋のばあちゃんに言われたんだよね『今は本来の力が封じられている、封じられている力はとても強いが、正しき者の手の内でしかその輝きは発せられない』って。あるべきものはあるべき人の元へ、あればあったで便利だったけど、私には不相応なものであることははじめからわかってたんだ」

 などと微妙に格好つけたことを言って、後ろの方に手を回してチェーンを首から外す。

 外したそれを女の子に手渡すと、女の子はおっかなびっくり受け取った。

 ――ああ、受け取ってもらえた、ちゃんと渡すことができた。

 これを素直に渡すことができないような惨めな愚者にならずに済んで良かったと、心の底から思う。

 五年前は私の友達だったお前達、今もまだ夢物語の最中にいるお前達に対して、そこからとっくに退場した私にできることがあるなんて思ってもいなかった。

 別にお前らなんて心の底からどうでもいいと思っていたけれど、それでもやはり、少しくらいは喜ばしい。

「ほ……ほんとうに、いいんですか?」

「だからいいってば、ガキが遠慮なんかすんなよ。……もしも引け目があるっていうんだったらきっちり世界を救ってくれ。それは私みたいな一般人にはできないことだからな」

 そう言ってニタリと笑ってやる、こういうことを笑いながら平然と言えるようになった自分にちょっとだけ成長を感じた。

 女の子が私の顔を見上げる。

 五年前はあちらの方が自分よりも少しだけ目線が高かったはずだが、今は自分の方が少しだけ高い。

 ……身長伸びたからじゃなくて悪魔的ヒールのおかげなのがなんとも締まらない、気付かれてないといいな。

 それでもヒールのおかげで自分よりも目線が低い彼女は、私の顔を見上げて花のように笑った。

「はい!! 絶対にこの世界をあの『影』から守ってみせます!!」

 うん。元気のいいお返事だ。

 その笑顔は五年前によく見ていたのと同じ笑顔。

 堕落し、変わり果てた自分には少しだけ眩しい。

 けれどそれだけで、変わり果てた自分への痛みや後悔は不思議と一つも感じなかった。

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海鳴島のウサギ 朝霧 @asagiri

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