犯人はバニーガール

 冷たい海の中、空を見上げていた。

 この島の海は綺麗だ、初めて訪れた時には思わずほうけた。

 この島を東西南北に大雑把に分けると、西側に船着場が、北側にこの島の海女軍団ことアマージョの狩場が、東側に海鳴洞窟があり、南側に砂浜がある。

 南側の砂浜から海に入って少し進んだあたり、水深が大体二メートルか三メートルくらいになる箇所が、一応私のお気に入りスポットだった。

 もっと深いところまで行くこともあるけど、今日はここでいい。

 海水は澄み切っているので見通しはいい、今日は晴れているので余計に。

 陽光は届いているが、それほど温かみを感じない冷たい光だった。

 余計なことは何も考えずにぼうっと上を見る、波に身を任せ、捨てられたビニール袋のように水中を漂う。

 冷たい冷たい海の中、ただ静かに流れに身を任せて、何もせず。

 つい、昨日うっかり遭遇してしまった顔馴染みのことを思い出す。

 あれから、もう五年も経った。

 仲間を拒絶し、友と断絶し、敵でしかなかった少年の手を振り払って、私はここにいる。

 後悔はない、未練もない、傷はとうの昔に癒えている。

 今更何をするつもりもなければ、する資格もない。そんなものは五年前のあの日に永久に喪った。

 停滞と堕落、水中に漂うような日々をきっと死ぬまで続けていこう。

 人生なんてこんなもの、こういうので十分だ。

 そんなふうに結論付けて、思い出に蓋をする。

 少しだけ眠たくなってきたので、目も閉じる。

 大丈夫、今日の波は穏やかだ、それほど熟睡しなければ遠くまで流されることもあるまい、たとえ流されたとしても……

 唐突に、声が聞こえてきた。

「…………?」

 目を開く、気のせいかと思ったけれど、やっぱり声は聞こえてくる。

 無視してしまおうかと思った、声の主が別の誰かだったら多分そうしていた。

 けれど、聞こえてきた声の主は無視すると後々面倒なことになる人物のものだった、多分しつこくだる絡みされる。

 仕方ないので一度思いっきり沈む、底の方にしっかりと両足をつけて、思いっきり蹴って一気に浮上する。


 一気に浮上し、ざばんと海上に飛び出す。

 その勢いを上手いこと活かしつつ、砂浜に着地した。

 着地後に声の主、ギルドの受付の嫁である蜜華さんの方を見ると彼女はにぱーっと気の抜ける笑みをこちらに向けてきた。

 彼女は確か私よりも七つくらい年上だったはずだけど、しょっちゅう私どころか本土にはうじゃうじゃいる幼い子供よりもずっと子供らしい笑顔を浮かべている。

 きっと人生が充実しているのだろうと勝手に思っている。

「お呼びか?」

「うん。この子達がうさみんにご用事」

「この子達?」

 蜜華さんの後ろを見ると、昨日ここで遭遇した子供達と少年が。

 少年はなんだか機嫌が悪そうだが、面倒なので特に何も突っ込まずスルーすることにした。

「あー、昨日の観光客御一行じゃん、なんかあったの?」

「うん、聞きたいことがあるんだって」

「聞きたいこと? 私に?」

 一体何を聞きたいというのか、まさか子供達が自分の正体に気付いたのかと思ったけれど、そういう感じの雰囲気ではない。

 じゃあなんだろうと思っていたら、蜜華さんが口を開いた。

「うん。えっとね、うさみんって海鳴洞窟の最深部行ったことあるよね?」

「行ったことあるっていうか、しょっちゅう行ってるっていうか。それが何?」

 なんだあそこに関する質問か、それなら多分私以上の適任はこの島にはいまい。

 この島で一番あの洞窟に足を運んでいるのは私だし、最深部に通っているのは多分私だけだ。

 けど、だとしてもなんの質問だ? あの洞窟、基本雑魚しか出ないしドロップアイテムとかもどちらかというとしょぼいから、他所の人達があそこに行くメリットは特にないはずだけど。

「奥の方に青くてまあるい宝石なかった?」

「ああ、あったあった。それがどうかした?」

 はじめて最深部に到達した時、奥の方にあった祭壇チックになってたところにそんな感じのが落ちてた。

 その時はなんかやたらとでかい、おそらく海龍の一種らしきデカブツを仕留めた直後でヘトヘトになっていた、もう少しダメージが深かったらその時はそのビー玉サイズのそれの存在に気付けなかったかもしれない。

 そんなことを思い出して懐かしんでいたら、蜜華さんに再度問われる。

「今どこにあるか知ってる?」

「知ってるも何も、私が持ってるけど」

 目ざとく見つけて、普通に戦利品として持ち帰った。

 売ろうかどうか迷ったけど、そこそこ性能が良かったので手元に残してある。

 けど、それがなんだというのだろうか。

「あー、やっぱり?」

「うん。いつだったか水中呼吸と水中機動力ガン上げの効果があるアイテム拾ったって話したじゃん、それ」

 身につけているだけで勝手にその効果が付与されるようなアイテムは実はそこそこレア度が高い、私の場合その程度なら強化魔法を使えば自力でどうともできるけど、それでもあると便利なので普通に愛用してるし、今日みたいに海中でぼんやりしたい時には結構重宝してる。

「あー、それかー」

「それがどうかした?」

「実はかくかくしかじかなんだよ」

「ふーん、って『かくかくしかじか』だけでわかるわけねえだろうがよ」

「ふへへ。えっとねえ」

 突っ込むと蜜華さんは少しだけ嬉しそうに笑った、どうもこちらが的確なツッコミを入れたことが嬉しかったらしい。

 この島にきた直後の私だったらもっと冷たい反応を返していただろうから、多分それで。

 うん、なんだかんだ言って私も丸くなったものだ、なんて一人でこっそり感慨に耽ってみた。


 そうして蜜華さんは、というか彼女に連れてこられた子供達は話し始めた。

 まず最初に自己紹介をされ、その後子供達が今何をしているのか、何を求めているのかを。

 子供達は五年前に世界を救った二人の英雄であること、世界を救った直後に子供達にとっては未来である現代に召喚されたこと。

 現代に存在していた二人の英雄は子供達が召喚される前に消息不明に、正確に言うと今回世界を脅かしている『影』に取り込まれてしまったこと。

 『影』を打ち倒すためには世界中に散らばっている七つの宝玉が必要であること。

 その宝玉は各地にあるダンジョンの奥深くの祭壇に収められており、子供たちはそれを探し求めて旅をしていること。

 祭壇がある最奥は基本的に隠されており、資格のあるものしか立ち入れないこと、また祭壇は宝玉を守護する大精霊によって守られており、彼らの許しを得られれば、その宝玉を持ち出せること。

 海鳴洞窟もその宝玉が収められているダンジョンの一つであるらしいという話を聞き、子供達はこの島にやってきたこと。

 そして昨日海鳴洞窟を訪れたところ、隠されているはずの最奥への入り口は開かれていた、さらに宝玉を守護する大精霊がいなかった上に祭壇は荒らされており、もぬけの殻だったこと。

 大精霊をおそらく殺し、宝玉を持ち去った『犯人』が影の眷属である可能性が高いこと、もしそうであれば世界の危機を救う難易度が上がること。

 藁に縋る気分で情報収集していたところ、ギルドの受付から私が海鳴洞窟によく入り浸っていること、私であれば何か知っているのではないかと言われ、蜜華さんに案内されて私のところにきたこと。

 そんな説明の途中で鷹崎にパーカーを押し付けられたり、それを拒否したりする攻防を挟みつつ、大体の話が終わった。

 ギルドの受付に押し付けておいたパーカーは無事鷹崎の手に戻ったらしい、話の途中で何度かパーカーを着るか着替えろと言われたが、その要求は全部拒否した。

 だってバニーガールじゃなくなったら子供達に私の正体勘付かれるかもしれない、これ以上の厄介ごとはこちらとしては勘弁して欲しい。

 そういうわけで余計なやり取りをしつつ子供達二人の説明を聞いて、ふむ、と。

 そういえば最深部への入り口、隠されてたな。

 あの程度の杜撰な隠蔽だったら直感で分かったから、力づくでぶち破ったっけな。

 中に入ってみたらでっかい海龍っぽいのいたな、そういえば珍しく人語を喋るタイプだったし、なんかごちゃごちゃ言ってたけど、普通にダンジョンボスだと思って問答無用でぶっ殺したな。

 そういえばダンジョンボスってある程度の期間が経てばリポップすることが多いけど、あの海龍はリポップしてないな。

 祭壇あったし、そこに置いてあった青い宝石は普通に持ち帰ったし、普通に愛用してるな。

 うん……うん。

 犯人、私だなあ。

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