溜息

 鷹崎は非常に疲れたような顔で溜息をついた、そしてこちらをじいっと見つめてくる。

 ゲンナリした顔のお手本みたいな顔してるなと思っていたら、鷹崎はもう一度深く溜息をついた。

「今、とても複雑な心境だ。正直もう死んでいてもおかしくないと思っていた。生きていたとしてもどうしようもない状況になっているかもしれない、とも。……しかし今のお前はまるで予想外だ、予想外にも程がある。元気そうなのは良かったが……それだけは心の底から安心している、が……お前、あの後本当に大丈夫だったのか? 誰かに酷いことをされたり、嫌な目にあったりしていないか……?」

 マジで心配そうな顔だった、そんな顔でそんなことを問われて、少し拍子抜けした。

 そんなふうに心配されるようなことは何もなかった、夢物語と決別した後、私の人生には平穏しかなかったから。

「嫌なこととかは特に何も。私の人生のどん底はお前と別れたあの日で終わってる。そこからは平坦に何事もなく平穏な日々をエンジョイしてる」

「本当か?」

「うん」

「今の言葉に嘘はないと断言できるか?」

 やたらと疑り深い顔をされた、そこまで信用無いのだろうか。

 無いか、敵だったとはいえ私は何度もこいつを騙している。

 けれど、今の言葉に嘘偽りはない、というか嘘を言っても仕方がないし。

「何でそんな疑う。……本当だよ。この島、本当に平和なんだ、住んでる奴らもお人よしばかり。少しばかり退屈だけど、それでも極々普通に平穏無事に生きてきたし、この先もずっとそう」

 そう答えると鷹崎は私の顔を真っ直ぐ見てくる。

 こちらを探るような疑り深い目、そんなに疑わなくてもよくないか?

「……なら、いい。なら良かった。いや、全然よくないが、それでもお前が平穏に生きてこられたのなら、それだけは本当に良かった」

「うん、あー……やっぱいい」

 一応感謝を伝えようかと思ったが、それはもう五年前にしっかりと伝えているから、もういいかと思い直した。

「何だ?」

「別に。それで、長々と話し込んじまったけどいいわけ? あのガキどもほっといて」

「……しばらくは問題ない。が、あまり長くは話していられないか」

「そういえばお前、私を探してたらしいけど何で探してたわけ? なんかさせようとか思ってるなら」

「今更お前に何かをさせようとは思っていない。今回の件についてお前を巻き込むつもりもない。あいつらにもお前のことは何も言わないつもりだ」

「そうなの?」

 その回答は正直予想外だった、絶対チクると思ってたのに。

「言ったところで信じるか? 行方不明の友が、あんな頭のおかしいバニーガールになってるなんて」

「頭おかしいとかいうなよ。……けどまあ確かに正気を疑われそうな話ではあるか。うん、面倒臭いから黙っててくれるならそれでいい」

「……言っても無駄だと思うが一応伝えておこう。現在のあの二人の消息が消えた後、あの二人は召喚された。五年前、世界を救った直後の時間から未来である今に召喚されたあの二人は、真っ先にお前のことを聞いてきた。そして、五年経ってもお前が見つかっていないことにひどく心を痛めている様子だった」

「ふーん、あっそ。……いやごめん、不快に思われてるんだろうけど、自分でもびっくりするくらい何も響かない。……私にとってとっくに、あの二人は友達でも何でもない、完全に縁が切れた遠い世界の住民だったからさ」

 自分でも冷たい反応だと思った、非情で人でなしのろくでなしの発言だとも。

 けれど、これが私の正直な感想であった。

 本当に、どうでもいいのだ、どうでもいいと思えるようになってしまった。

 あの二人が幸せになろうが不幸になろうが、生きようが死のうが、どうでもいい。

 どうでもいいと思えることに少しだけ安心したりしている、変な逆恨みをして、あの二人の不幸を心の底から願うような本当のろくでなしにならなくてよかったと。

 けれど、あの二人の幸福を心の底から願えないので、どちらにせよろくでなしだ。

 だからキレられるんだろうなと思った。

 自分でも今の発言はナイと思ってる、『ふーん、あっそ』って何だよって思う。

 けれど鷹崎はこちらを睨むでもなく怒りを露わにするわけでもなく、妙に納得したような顔をしていた。

「……そうか、別に驚きはしない」

「え? マジで? ぶん殴られても文句は言えないし、一発くらいは甘んじて受ける気だったけど?」

 そしてそれが落ちぶれた私が見せられる数少ない誠意の一つだろうと思っていた。

 けれどあっちは別に何とも思っていないようだった。

 けれど、よく思い返してみると私は五年前から、というかその前からそこそこのろくでなしだった。

 だから別にさっきの発言には意外性がなくて、怒ったとしても無駄だと思われたのかもしれない。

「無関心でないならおまえはとっくに何らかの行動を起こしていただろう。何もしていない時点で何とも思っていないのは察していた。……だから別に何とも思わない、非情だとも無情だとも思わない」

「えー、自分で言うのも何だけど、今の結構ろくでなしな発言だったと思うけど? まあ、いいならいいか。それで? 結局何で私のことを?」

「お前のことを探していたのは、ただ」

 そこで鷹崎は口篭った。

 その後しばらくだんまりを決め込む、何やら考え込んでいる様子だ。

「ただ、なに?」

「……それをすべて話すには時間が足りない。これでも一応、世界を救う旅の真っ最中だからな」

「はあ?」

「だから全てを片付けたらその時にあらためて話す。短くまとめてもいいがそれではこちらの気が済まない。……今日はもう、お前の無事が確認できただけでよしとする。……その時になったら五年間かけて積もりに積もった恨み言を聞かせてやる、覚悟しておけ」

 そこで初めて鷹崎は笑みを見せた、どこかすっきりとしたような顔だったが、彼の心の中で何がどうなってそんな笑みを浮かべることになったのか、こちらは理解できなかった。

「えー、何それめんどい。それに恨まれるようなこと……いや、普通に色々やらかしてたか?」

「やらかしていたよ。お前は昔から酷い女だった、本当にな。……逃げるなよ軒常。逃げたとしても地の果てまで追ってやる」

「逃げねえよ、そっちのがめんどいし。あと今更だけど今の私は軒常じゃなくて宇佐美だから、そこんところよろしく」

 この島にきてからずっと軒常緑の名前は名乗っていない。

 発見されるとは思っていなかったが、念には念を入れてこの島に来た直後、ギルドに登録するついでに名前を変えたのである。

 ガチャで全財産溶かしてバニガ装備になった後の話なので、なんとなくうさぎっぽいような感じの名前にした、島の連中も私の今の名前が偽名に近いものであることは察しているようだが、特に何も突っ込んでこない。

 というわけで今の私の名前は軒常翠改め宇佐美緋世子である、最初は宇佐美未子ウサ耳子とかにしようとも思ったが、あまりにも偽名チックだったので思い直して緋世子にした。

 ちなみに緋世子はうさぎぴょこぴょこ→ぴょこ→ひょこ→ひよこの発想だったのだけど、こっちもやっぱり偽名臭いだろうか。

 とはいえ元々使っていた常軒緑もそこそこ偽名っぽかったから、もう少し弾けた名前でも別に問題はなかったかもしれない。

「…………は?」

 鷹崎は鳩が豆鉄砲を食ったような顔のお手本みたいな表情をしていた、そんなにおかしなことを言ったつもりはないのだが。

「だから、軒常じゃなくて宇佐美。名前変わってんの」

 フルネームを名乗った方がいいだろうかと思っていたら、鷹崎は唇を強く噛み締め私の顔を思い切り睨んでくる。

 何故、睨まれる。

 睨まれるようなことを言ったつもりはない、さっきの発言の方が余程怒りを買う言動だったはずだ。

 それなのに、圧が強い、圧が強いっていうか、ドス黒い。

「まさかお前……」

「こっちでギルド登録するついでに登録名変えたんだよ。探されたら面倒だと思ってさ」

「………………は?」

 ドス黒さを感じさせる表情が一転して困惑に変わった。

「……まあこの島で私のことを宇佐美と呼ぶのは一人だけか、基本ウサ公としか呼ばれない」

 ウサ公派が大半、宇佐美派とうさみん派が一人ずつ。

 冬の例のアレの時に必ずやって来る夫婦のうち一人はフルネーム派、片割れはヒヨ公派だ。

 鷹崎はこちらが心配になるくらいの間抜け面で私の顔をぽかんと見て、深く深く溜息をついた。

「…………何だ、ならいい」

「はあ? とにかく名前変えたから、古い方の名前では呼ばないでくれるとありがたい。……ま、別にどうでも良いか、好きに呼べ」

 何がいいのかはよくわからないけど、いいと言うならそれでいい。

 どういうわけかドス黒いオーラも消えていた、突っ込んでみてもいいが面倒だから別にいいか。


 その後は他に今話すことはないからと言って、鷹崎は去っていった。

 別れ際に再度逃げるなと言われた、そこまで信用ないのだろうか、私。

「あ」

 砂浜に落ちっぱなしのパーカーを見て思わず声を上げる、あいつ、忘れてきやがった。

 パーカーと海を交互に見る、話し込んでいる間も一応注意していたが、海の方に異常な気配は感じられない。

「あー、もう。仕方ないな」

 目視よりも多少面倒だが、少し手間がかかる方の感知術式を組み上げて発動する。

 結果、特になんの異常も見つけられなかった。

 目視よりも面倒な分、この術式は目視よりも正確だ、だから多分大丈夫だろう。

 ならもうここに用はない。

 パーカーを拾い上げる、ギルドの受付あたりに押し付けておけば多分、なんとかしてくれるだろう。

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