元敵

 それは五年耳にしなかった、そして同じだけの期間、一度も名乗らなかった名前だ。

「……よくわかったな、わからない程度には変わった気でいたんだけど。……えーっと、タカサキ、だっけ?」

鷹崎タカザキだ」

「あー、『ザ』ね、了解。お久しぶり、お元気そうで何より。……なんでこの島にきたのかは知らんけど、噂で聞いてたからお前らが何やってるかは察しがつく。世界を救う旅って奴だろう? いなくなった今のあの二人の代わりに子供時代のあの二人を召喚してどうこうみたいな噂は聞いていたけど、マジだったんだな。お前はその保護者役ってところか?」

 子供の頃の大冒険、世界を救う旅、今目の前にいる少年はその頃冒険していた子供達の敵対者だった。

 けど、私がこの島にやってきた後、あの二人が世界を救う直前あたりで何があったか心変わりして世界を救う側に回ったとか何とか、みたいな噂話はだいぶ昔に聞いたことがあった。

 どうして改心したのかは知らないけど。

 いや、きっかけになりそうなことは実は知っている、世界を滅ぼす側からこいつが降りた……いや、降ろされた? 原因を。

 とはいえあの後に世界を救う側に回ったのは少し予想外ではあった、私と同じく潜伏しつつあてもなく放浪するものだと思っていたので。

 あの日あの瞬間の私達は同類でも仲間でも何でもなかったけど、似たもの同士ではあったのだろう。

 そんなことを言ったらきっと機嫌を悪くするに違いないから何も言わないけど。

 それに奴は私と違って昔と変わらず勤勉に真面目に生きてきたのだろうし、改心した後とはいえ、元々は敵組織に所属していたこいつが子供時代のあの二人を任せられる程度に信用されるような善行を積んだのだろう。

「そこまで知っていて……いや、何でもない。……おい、さっさとそれを着ろ、見ているだけで寒い」

「寒いってこんくらいで……今は夏だぜ? いやまあこんな有様だけどさ」

 雪混じりの砂浜にちろりと目をやって道化っぽく肩をすくめる。

 この島は年がら年中雪が降るので年中寒い。

 その代わりと言っては何だが、冬になってもそこまで寒くはならない変な気候をしている。

 この島に住んで五年になるが、海が凍ったところを見たのは二回くらいだ。

「今日はまだあったかい方だよ、晴れてるし。……あとこれ、最高レアの奴だから当然のように温度調節機能ついてる。どれだけ寒かろうが暑かろうが問題ない」

「そんなこと知るか、いいから着ていろ。目に毒だ」

「知るか、ならこっちは見ずにそっちの方を見りゃいいじゃん」

 真横を指さすと鷹崎は大きく舌打ちした、その視線は外されずにまっすぐこちらを睨んでくる。

「めんどくせぇな…………わかったよ。ならこれでいい?」

 面倒臭いので折れてやることにした、指をぱっちんと鳴らして着替え魔法で装備を一部変更する。

 靴と装飾品はそのまま、バニースーツだけTシャツとジーパンに変える。

「……何だそのTシャツ」

「え? 島T。土産物屋で売ってるよ。お揃いで買っていってくれると島のジジババ達が喜ぶから是非」

「買うか。何だその無駄に達筆な字は」

「数十年前に本土で有名な賞をとったらしい書道家の爺さんの渾身の一筆だけど。一応海鳴島って書いてある」

 達筆すぎてなんて書いてあるかちょっとわかりにくいけど、そういうところが多分かっこいいんだろう。

 素材がいいのでバニースーツじゃない時は基本これしか着ない、ほかに着替えろと言われても選択肢がなかったりする。

 鷹崎は難しい顔で少し唸って、小さく「さっきよりはマシか」と呟いた。


「……それでお前、この五年間どこで何をしていた?」

「それ聞いて何になるわけ?」

 素直に答えても別にいいが、もうすでに敵同士ですらない赤の他人の『そのあと』のことなんてこいつにとっては何の意味もない話であるはずだ。

 とはいってもあちらからするとこちらは五年前に姿を消したきりの、何やらかしてもおかしくない不確定要素だ。

 何かしらの悪業をやらかしているのではないかと疑われてもこちらは怒れない。

「……五年、五年もだ。その間俺はずっとお前を探していた。今回のあいつらの件にわざわざ手を貸したのだって、噂を聞いたお前があいつらに接触する可能性がほんのわずかにあると思ったからだ。……五年前のあの様子じゃ逆に姿を消す可能性の方が高かったが、手がかり一つない状態で世界中を血眼で探すのにも限界だったからな」

「お前に探されるようなこと、なんかやらかしたっけ。ってかマジで五年も探してたわけ?」

 五年前のことを思い出す、正確には鷹崎と別れた日、私が夢物語と本当の意味で決別したおしまいの日のことを。

 互いに傷だらけで、惨めなほどボロボロだった。

 救われ救い、手をとられて逃げ出して、死の匂いのする暗い路地裏でその手をこちらから振り切った。

「…………ずっと、探していた。あの時のお前は一人にしたら何をしでかしてもおかしくなかった。だから死に物狂いで探したし、お前を探すために余計な媚を売ったこともあった」

「えぇ? マジで? お前が人に媚売るところとか想像できないんだけど。昔のお前、クソ頑固だったし頭硬いし、プライド高いから一度こうって決めたら絶対曲げないし……人に媚売るとか、そういうの大嫌いだったような?」

 この少年のことをそれほどよく知っているわけではない、けれどもそんな私ですらそういう印象しかないほど、頭が硬くてプライドの高い子供だったはずなのに。

「どれだけ嫌でも目的のためなら何でもする。……結局、五年もかかった、それもただの偶然だ。……お前、人を隠すなら人の中、とか言って都会に身を潜めるとか言ってなかったか? こんな辺境にいるとは思ってもいなかった」

「え? あれを馬鹿正直に信じてたの? 行方くらまそうって奴が行き先のヒント残すわけないじゃん。どこから誰に情報漏れるかわかんなかったし。……え? マジで信じてたの? お前のことは頭悪くないと思ってたから、あれがただのフェイクなことくらい気付いてるかと……」

 とか言っているうちに、そういえばこの少年は結構馬鹿正直だし、あちら側だけでなくこちら側から言われたことも割と普通に信じていたことをぼんやりと思い出す。

 今思い出してみると悪の組織とか全く似合ってない子供だったよな、こいつ。

 家の事情だったらしいから仕方ないか。

「…………そうだったな、お前はそういう奴だったな。そういうところは変わっていなかったか」

「まあね。性格の悪いクソガキなのはずっと前から相変わらず。根がこういうのだったから試練もクリアできなかったんだろうけどさ。……まあ、今となっては全て過去の話、もうなにもかもどうでもいいことだけど」

「それで、結局どこで何をしていた。あのふざけた格好は何だ?」

「人の一張羅をふざけた格好とかいうなよ。あれでも最高レアなんだぜ? いや、マジで性能いいのよあれ。ふざけた格好だけどさ」

「自分でもふざけた格好だとは思っているのか」

「そりゃあねえ、バニーガールだもの。しかもこんな年中雪降ってるような島で。……まあ大した話じゃないから素直に話すけどさー、あの後適当な船に乗ってこの島に来て、そのあと全財産をギルドにあるガチャに注ぎ込んだんだ。それで出た最高レアがあのバニースーツ」

「なぜ、全財産を注ぎ込んだ」

「やけっぱちだったからなあ。あと心を入れ替えるつもりでもあった。全財産注ぎ込んで、それで引いた一番いい装備だけでとりあえずやっていこうと思って……武器の方はすぐに大当たり引いたんだけど、服の方がなー、バニースーツでもまだマシなんだぜ? バニーが出るまでに引いてた一番レア度が高かったの、紐みたいなエロ水着だったし」

 何かが違えばあのほぼ裸みたいな紐でお前と再会してたかもな、と言ったら鷹崎はしばし絶句した。

「…………やはり、あの時手足を引き摺ってでもお前を一人にするんじゃなかったと改めて思った」

「別に私がどんな格好しててもどうでもよくない?」

「良くない。……紐よりもマシだが、あのバニーガールの格好だって余程だ。その時に居合わせていたら間違いなく止めていた。殴ってでも半殺しにしてでも」

「怖いこと言うなよ。バニーガール程度で大袈裟な。……とまあ、そういう経緯でバニーガールになって、ずっとこの島でテキトーに自由気ままに生きてた。永住する気はなかったんだけどさ、この島に来てしばらくした頃にギルドの受付とその嫁に移住しないかって提案されて、言われてみりゃあちこち放浪するよりもそっちの方が面倒がないな、と思って」

 この島に来てすぐの頃は大薙刀を扱えるようになるためにそこそこしっかり修行してたけど、ある程度使いこなせるようになってからはそれも最低限になった。

 ここ最近は週三で海鳴り洞窟に魔物刈りにいって、残りは家か海でボーッとしてるだけのだらけた日々をおくっている。

 退屈だけど、その分辛いことも苦しいことも滅多にない、というか例の冬のアレ以外にキツいことは基本無い。

 アレさえなければこの島での暮らしは花丸百点満点なのに、言うだけ無駄なので何も言いやしないけど。

 それにあれは半分以上自業自得だ。

「……つまりお前は、あの後からずっとこの五年、この島に?」

「うん」

「……本土中をどれだけ探しても見つからなかったわけだ」

「まあそうだろうな。この島ちょっと色々あるし、こんな偶然でも起こらなきゃ絶対見つからないだろうなって思ってた」

「色々?」

「んー、これあんま話さない方がいいか? ちょい訳ありで、この島の情報は外部に漏れにくくなってる……ってか時々抹消してたりもするらしい」

 じゃなきゃ絶対どっかで大いにバズって観光客が押し寄せてる、例の冬のアレの時にバニーガールがあんなことしてるってだけで滅茶苦茶面白い絵面だもの。

 けれどそんなことには絶対にならない、あの御仁はそういうの絶対に許さないだろうし。

 私はつくづく運がいい、運だけはいいと言った方が正しいか。

「何故そんなことに」

「VIPってやつがいるのよ、この島には。その人が平和に平穏に生きられるようにそういう仕組みになってる。……昔のよしみで忠告してやる、この島で変なことは絶対にするな、この島の情報を面白半分で広めるな、良くて社会的に抹殺、悪けりゃマジで抹殺されるぜ?」

 ニタニタと笑いながら言ってやる、完全に虎の威を借る狐……ではなく兎である。

「お前のあれは『変なこと』ではないのか。あんな……ふざけた格好でいるのは」

 どうしよう、真面目にちょっと不安そうな顔でそんなことを聞いてきやがった。

 今の脅しのつもりだったのだけど、効いてなさげ?

「お前、バニーガールを何だと思ってるんだ……そういう変なことじゃねえよ、悪いことすんなって言ってんの。……バニーガールが彷徨いてる程度じゃ悪でも何でもねえよ」

「風紀は著しく乱れていると思うが?」

「そこまで乱れてねーよ。というか五年間バニーガールだったけど、特に何も起こんなかったしな」

 というか五年前からバニーガールだったので、ある程度身体が育っても特に何のリアクションもなかった。

 五年前はつるぺた幼女だった私も今はそこそこナイスバディな少女である。

 バニースーツは最高レアなので、着用者の体格に合わせて自動的にサイズ調整してくれる便利機能がデフォルトで付いていた、なのでつるぺた幼女だった頃も割と育った今もピッタリジャストサイズ、露出度もずーっと変わらず。

 それにしてもとちらりと自分の身体を見下ろす、正直ここまで育つとは思ってなかった。

 そのかわり、悲しいことに身長はまっっったく伸びなかったが。

 ピンヒールで誤魔化しているが実は身長は五年前から一切伸びていない、私の成長エネルギーは全部胸部に行ってしまったようである。

「おい待て」

「何?」

「五年間バニーガールと言ったか?」

「言ったけど。てかさっき話したじゃん、あのバニースーツはこの島に来たころにガチャで引いたって」

「……あんな子供の頃からずっとあの露出の高い格好をしていたと?」

「そーだけど?」

 何故か深々と溜息を吐かれた。

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