観光客

 今日もまた島はずれにある海鳴洞窟で周回作業を行った。

 この島に冒険者、要するに魔物退治やらなんやらを生業としている人間は少ない、というか島民も少ないのでほぼ一人で資源総取りできる、非常にお得である。

 中層部あたりまでは釣り人のゲンさんやら大工と兼業してるシンスケ爺さんやら島内最強の海女であるヨシコおばあちゃまと遭遇することもあるけど、それ以降まで行くのは基本的に私だけだったり。

 今日も最深部まで潜って、出てきた魔物を大薙刀で刈り取って、おしまい。

「飽きた」

 周回しすぎである、ここにきた当初は一番浅いところでも死ぬ気で動かなければどうにもできなかったけど、今はもう目を瞑っていても余裕でどうとでもなる。

 飽きたからと別の場所に移り住んでもいいけど、この島でならもう一生遊んで暮らせるだけの余裕あるし、新しいスリルを求めて危険を犯せるほど私は勇敢ではない。

 それに多分無理だろう、主に例の冬のアレ関連で。

 今の私はバニーガールの格好をした一般人、世界の危機とか輝かしい冒険の日々とは無縁の堕落人。

 だから、先月テレビで見たアレも、私には関係ない。

 ――世界の危機、再び。

 ――かつて世界を救った二人の英雄、消息不明。

 消息不明となった英雄の代わりに過去の世界から幼い頃の英雄二人を召喚したとかいう眉唾物の噂話も耳にしたけど、それはおそらくただの噂だろう。

 もし本当だったら一昔前のホビーなアニメかよって感じだし。

 最初にそんな話を聞いた時、ほんの一瞬だけ何かすべきなのではないかと思った。

 けれどすぐにそんな考えは捨てた、私には世界を救う資格もないし、そもそもこんな片田舎でバニガ装備で大薙刀ぶん回すだけで割と精一杯の一般人である。

 何かできるとでも? せいぜい噛ませ役がいいところだ。

 それに、あの二人にもあの頃の仲間たちにも、五年間会っていないし。

 多分「そんな奴いたなあ」レベルの思い出になっていると思われる、だからこんな私が今更しゃしゃり出たところでいいことなんて何一つ起こらないだろう。

 というか多分悪いことしか起こらない気がする、私だけ試練を突破できなかったせいで最後に残っている仲間達との記憶はお通夜状態で最悪な感じだったし。


 そんなことを考えながら洞窟の外へ。

 刈った魔物やらアイテムやらをギルドでちゃりーんと換金して、家に帰ってダラダラしようと思いながら歩いていたら、砂浜の方から妙な気配と音が。

 ピンヒールで颯爽とその場に駆け込んでみる、ちなみにピンヒールもガチャ産の高レアアイテムだ、スニーカーよりも履き心地抜群で靴擦れをおこさない上に、蹴り攻撃というか踏みつけ攻撃が滅茶苦茶強化されるすぐれもの、ついでに全長が10センチくらい伸びるのでとっても良き。

 浜辺に着いてみると、なんかやたらとでかい醜い竜もどきみたいなのが子供二人と自分と同世代の少年に襲いかかっていた。

 この島に私よりも若い人間は住んでいないので、その三人は島民ではなく観光客余所者だ。

 こんな辺鄙で何もない島になんでご足労頂いたのかは不明だけど、いくらかお金を落としてくれると島のジジババ共が喜ぶから是非そうして欲しい。

 というわけでこの島の貴重な金蔓のピンチである、やるべきことはただ一つ。

「おらぁ!!」

 ピンヒールで一気に跳躍、クソ重い薙刀をぶん回して竜もどきの首を刈り取った。

 もう何撃か必要だと思ってたのにいやにあっさり決着が着いてしまった。

「んだよ、雑魚か。つまんねーの」

 そんなふうに悪態をつく、ただ見た目だけがおどろおどろしいだけのクソ雑魚だった。

 けど、この辺では見かけたことのない魔物だ、珍しいのなら売れば多少の金額にはなるだろうか?

 と、金儲けのことは後回し、先に金蔓、ではなく観光客さんの安否を確認せねば。

「おい、ガキ共無事か?」

 振り返って子供二人と少年一人の安否を確認。

 うん、無傷だ。

 というかこいつら、全員どっかで見たことあるような?

「だ、だいじょうぶです……助けてくれてありがとうございます」

 記憶をさらっていたら利発そうな少女と勇敢そうな少年に頭を下げられた。

 うん…………うん?

 やっぱり滅茶苦茶見覚えある、五年前から一回も会ってないせいで記憶の中で情報の更新が完全に止まっている子供二人の顔と、目の前のガキ共の顔、一致してね?

 けれどここでボロを出すと後が面倒くさそうだ、いつも通りに対応しよう。

「無事ならよし。このきったねえ竜もどきの死骸、こっちでバラしていい? 多少は金になるだろうから」

「え、ええ……だいじょうぶです。……ええとそのお姉さんは」

「この島の島民だけど? ああ、この格好でドン引いてる感じ? あんま気にしないで、露出趣味があるわけじゃねーのよ、ただ手持ちの装備でこれが一番強いってだけ」

「そ、そうですか……ええとあの、その魔物は多分」

 と、女の子が言っている途中で竜もどきの死骸がどろりと崩れた。

 大きく後ずさる、竜もどきの崩壊はさらに進み、最終的にボロ切れのような影となって跡形もなく消え去った。

 他に何かよからぬことが起こるのではないかと身構えたけど、消えるだけで済んだらしい。

 そういえばテレビで見たっけ、世界の危機の原因、影の眷属がどうたらとかいう……

 死骸が残らず跡形もなく消えるとかいう話だったはず、なるほど今のが。

 この島で少なくとも私は見たことがない、というか多分島に出没したのはさっきのが一体目なのだろう、ギルドでも何も聞いていないし。

「ちっ……今のアレか、本土で噂の死骸が残らないニュータイプの魔物か。クソが、消えるんなら一銭にもなりゃしねぇ。……ま、一撃で首落とせる程度の雑魚だったから何も惜しくねーけどさ……解体する手間が省けたってことで」

 なんて肩を竦めたら、遠くから大声が。

「おいウサ公!! 妙な気配がしたが何だった!!?」

 酒焼けした声、釣り人のゲンさんだ。

「こっちの観光客が魔物に襲われてた!! クソ雑魚だったけどぶっ殺した後に跡形もなく消えやがった!! 多分本土に出るって噂の例の影の眷属って奴だと思う!!」

「んだとぉ!!? とうとうこの島にまででやがったのか!!? こうしちゃいられねえ!! ちょっくらギルドまで行ってくる!! ウサ公は他に同じのがいないか確認しろ!! いたら全部ぶっ殺せ!!」

 そう叫んで、釣り人ゲンさんはギルドのある方に向かって一直線に突っ走っていった。

「りょーかい! ……うっわ、足早ぁ……いい年なんだからあんま無茶すんなよ……」

「うるせぇ!! 余計なお世話だ!!」

「うっわ地獄耳。何で今の距離で聞こえたん?」

 歳取ると耳が遠くなるって話だけど、実は嘘だったりするんだろうか。

 釣り人ゲンさんがギルドに報告に行ってくれたのなら、私にできるのは言われた通りのことだけだ。

「えーっと、観光客の諸君、ひょっとしたらまだ影の眷属とやらがこの辺に潜んでる……気配はないけど万が一もあるから、この浜から離れて安全なところに避難して。島の真ん中あたり、ギルドの近くに土産屋があるから、その辺りならほぼ安全だから、ほら、さっさと行く」

 避難誘導しつつそれとなく土産屋に誘導してみる、島の売上に貢献する私は良い島民に違いない。

「お姉さんは?」

「万が一のために一応ここいら一帯の確認。ほら、さっさといった」

 しっしと手を振ると子供達は揃って「は、はい。助けてくれてありがとうございました」と言ってきた。

「礼には及ばない。それでも感謝してくれるというのであればこの島をエンジョイして楽しい思い出抱えてお家に帰ってくれ。美味しいお土産も売ってるから」

 最後まで土産屋の回し者みたいなことを言ってみる、何でそんなことするのかって? そりゃあ土産屋の主人が命の恩人だからに決まってる。

 けしてその嫁のアマージョ筆頭ヨシコおばあちゃまが怖いからではない。

 媚を売っとけば冬の例のアレの負担がちょっとでも減らないかとか思ってたりするわけでもない、媚を売ったところでアレはどうしようもないし。

 子供達は立ち去ろうとしたけど、保護者ポジっぽい自分と同世代の少年だけが無言でその場を動かない。

「どうしたの?」

 男の子がそう問いかけると、少年はチラリと彼の方を振り向きこう答えた。

「少し確認しておきたいことがある、先に行ってろ」

「確認したいことって? 僕らも手伝えること?」

「いや、お前達の手は必要ない。お前たちは先に村の方に行って情報を集めておけ」

「わ、わかった……それじゃ先行ってるから」

 子供達は少し躊躇いながら、そして時折こちらを振り返りながら去っていった。

 子供達の姿が完全に見えなくなる、少年は子供達に悟られぬよう一応取り繕って隠していた殺意じみたものをまっすぐこちらに向けてくる。

 面倒臭い、非常に面倒臭い。

 それに気付いていないふりをして海中に逃げこんでしまおうか、一応目視であの影の眷属がいるかどうかも確かめたいし。

 海に飛び込もうと身体の重心を僅かに傾けた直後、少年がこちらに何かを投げてきた。

 薙ぎ払おうと思ったがどうも普通の布製品であるようなので一歩だけ横にずれてそれを避ける。

「なに?」

 少年が投げつけてきたものを見てみるとどうもパーカーらしきものであるようだ、何だってこんなものを?

「そのふざけた格好を今すぐやめろ。やめる気がないならそれを羽織ってろ」

 確かにふざけた格好ではある。

 バニースーツにウサ耳カチューシャ、網タイツに右太腿には謎のベルト、その他装飾品に、悪魔じみた凶悪ヒールのピンヒール、武器は格好には全く似合っていない無骨なクソデカ薙刀。

 一部装飾品を除き全部ガチャ産で固めたコーディネート、けどピンヒールが出るまでは甲冑じみたやたらうるさい具足をはいていた時期もあったりするので、その頃に比べるとまだまともなコーディネートであったりする。

 とはいえトンチキな格好であることに何の違いもない。

 けれどそれが何だ? 

「あ? なんで観光客サマにそんなこと指図されなきゃならねーわけ?」

「うるさい。女がそんな風に肌を晒すな」

「はあ? そんなのこっちの勝手じゃん、全裸ってわけじゃねーんだし、誰にも迷惑かけてねえし」

「良いからさっさと着ろ。第一そんな格好で何かあったらどうする気だ」

「何かってなに? ……あー、ご心配どうも、けどどうぞご安心を、この島にはこの程度の格好で欲情するような奴はいないから。いたとしても叩き切るから問題なし」

 島内での私のポジションは一応孫ポジである、私がこの島にやってきたのが十二歳の頃だったからだろう。

 全財産をガチャで溶かした挙句バニーガールの格好でダンジョン攻略をやっていた十二のガキだった私は全島民からかなり心配されていたらしい、当時の私はグレはじめだったこともあり言動が若干怪しかったし色々とやけっぱちになっていたので。

 そんなふうに悪ガキムーブをやってたせいで今の私も島民全員から悪ガキ扱いされている、実は一部そういう目で見ていた輩もいたらしいけど、四年前の血塗れ事件と三年前からやらされてる例の冬のアレのせいで完全にそういう対象からはずれたらしい。

 そういうわけでこの島にいれば私がそういう意味の危機に晒されることはない、もし余所者から何かされてもどうにでもできるくらいの実力は持っているつもりだ。

「用はそれだけか? なら……」

「それだけで済むと思っているのか、軒常緑」

 随分と、懐かしい名前が出てきた。

 五年耳にしなかった、そして同じだけの期間、一度も名乗らなかった名前だ。

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