美忘

@gasosuta

商品:様々な人のお面

「今回のテスト難しかったのですが、1人だけ満点を取った人が居ます。美幸みゆきさんです!」


湧き上がる歓声、拍手で包まれたこの教室は、私の欲望を満たすのに十二分なほど生徒ちょうしゅうの視線は私に釘付けだった。


(あぁ......なんて快感だろう)


高揚を抑えつつ、私は笑顔で先生から答案用紙を受け取った。


文武両道、眉目秀麗、品行方正、仙才鬼才、あらゆる褒め言葉は私の為に存在している。そう思っても仕方ないくらいに私の人生は好調だった。


◈◈◈


「ただいま〜」


と言っても返事は帰ってくるはずがない。両親は共働きで忙しいので、中学の頃から基本的に家には私一人だけだ。


最近はインフルエンザが流行ってきているので、洗面台にて手洗いうがいを念入りに行う。


鏡の中の私と目を合わせる。

......やっぱり中学の頃とは大違いなほどよい顔になったものだ。


昔の私は、顔も性格もブス、スタイル悪い、コミュ障、感情表現が上手くできない、運動音痴と、もはや良い所が控えめに言っても頭くらいしかなかった。


友達どころか親にも距離を置かれ、正直言って明日に希望なんて持てるはずがなかった。


そんなある日、帰路に着くと裏路地から明るい声が聞こえてきた。


「そこのお嬢さん! 浮かない顔してますねぇ〜」


のっぺらぼうならまだ可愛い方だったろう。不思議なことに、話しかけてきた男は顔が貫通していた。


その時の私は後退りはしたものの、その場から逃げることはしなかった。それ程までに、奥にある物は私の興味を強く引いたのだ。


「おや? 奥の商品が気になりますかね? もう閉店時間はとっくに過ぎたのですが、お望みなら少し寄っていかれますか?」


「はい....お願いします」


脳に直接響く声は、微妙に腹が立つ、明るい声。昔見た子供番組のマスコットキャラクターそっくりだった。


「OK! それじゃこちらへ、お足元には気をつけてください? レジ袋が足首に取って代わることが多々ありますので!」


面白くない冗談を言いながら奥へ歩を進めてゆく奴に続き、私も置いていかれないよう急いで後を追う。


そこは、電灯の光など届くはずもないのに暖かい光で満ちていた。


「さぁ! こちらが最近のわたくしの目玉商品!」


そこには人間そっくり、いや紛れもない人間の多様な顔が一面にズラっと並んでいた。


「どうですかお客様! これらの顔はコレクションするのに本当に苦労したんです! おかげで商売も右肩上がりですがねぇ!」


そんな異様な光景の中で私はただ一つのお面を穴が空くほど見ていた。


「このお面達は付けるとその顔そっくりになるんです! しかも、付けている間は元の顔は皆様忘れてしまい、最初からそのお面の顔だったと錯覚するんですよ! おっと、どうやらお気に召したお面があったようですねぇ!」


【"び"のお面】

こんなに美しい顔は日本、いや世界中探して1人いるかどうか、それ程までに見たことないほど煌めいたお面だった。


....欲しい、絶対に欲しい!

この商品が誰かの手に渡るなんて考えたくもない!


「これください! お願いします! 何でも支払うので!」


「お代なんてとんでもない! 中学生以下のお子様は全品無料で大丈夫ですよ!」


「ほんとですか....!?」


「えぇ勿論ですよ! ただし、注意点として使いすぎると危険ですので気をつけてください? それではこちらが"び"のお面になります! またのご来店お待ちしておりますね!」




気がつくと、大きな袋を抱えて家の前へと立っていた。


高校生になってから、私はこのお面を毎日付け学校へ行った。


顔が良くなると同時にスタイルも急激に良くな

った。学校では一瞬にしてスター的存在になり、一軍の友達も、最近は金持ちでカッコイイ彼氏も自分のものにした。


さらに、有名会社【水素音】からモデルのスカウトが来るほどにもなり、私は誰がどう見ても最高の人生を送っていた。


顔さえよければイージーモードのこの世界を何度呪ったか分からないが、寧ろ今の状態においては感謝してもしきれない。


「さ〜て、今日は彼氏の家で寝泊まりだから勝負下着でも着ていきますか!」


着替え終わった頃、彼の車が迎えに来てくれた。かなりの金持ちとは聞いていたが、まさか1億はする高級車を執事に運転させて来るのは驚きを隠せなかった。


「美幸! 迎えに来たよ!」


「はーい! 今行くから待ってて!」


◈◈◈


夜もだいぶ老け、彼とはかなり良いムードになってきた。


昔の私に言ったら驚くだろうな。なんせ、中学の私じゃ雲の上にある生活を当たり前のように過ごし、明日が待ち遠しいくらい優雅な生活を送っているのだから。


彼が私の顔へ手を添え、キスをする所だった。




彼が触れた場所から、私の顔がボロボロと音を立てて崩れ落ちて行った。


「ちょ!? ちょっとだけ待ってて!」


私は彼を跳ね除けて急いで洗面台へと向かった、見ると仮面の下から何かが落ちている。


それは中学以来に見た、気持ち悪い私の口だ。


声にもできない絶叫をした。それと同時にどこからかあの裏路地に居た奴の声が聞こえてきた。


「いったでしょう? 使いすぎると危険だって!そのお面達はちゃんと生きてるんですよ! だから使いすぎるとお面に自我が芽生えてしまうんです! どうやらそのお面は貴方の顔を崩してその身体を自分のものにしようとしてるみたいですねぇ!」


こんな状況でヘラヘラとした声で話してくる奴に心底腹が立ったが、それよりも自分の顔をどうにかしないといけない。


顔のパーツを拾おうとするが、私のかおは地面に一欠片もおちていなかった。


「おっと、また顔を戻そうとしても無駄ですよ? 崩れ落ちた顔は私の方へ自動的に送られてくるので!」


くそがと思いながらも解決さくを考える、だがかおのパーツが無くなるとともに..わたshiの......かんがeが.........




「美幸....大丈夫?」

「うん! 大丈夫だよ! ごめんね取り乱しちゃって?」

「いや、大丈夫そうならよかったよ」

「心配ありがと〜。じゃ、さっきの続きしよ?」


◈◈◈


「高校生になってから貴方はかなりの頻度でお面をつけていられましたよね? それならお面に裏切られても文句のひとつも言えませんねぇ!」


(ふざけんな!! ここから出せ! 私は、まだやりたいことが....!!)


「やりたいことがあったならどうしてあのお面を付けながら何日も過ごしたんですか? あのお面を付け続けていると危険だとお話したではないですか! 元の残念なお顔じゃできないことなんですか?」


(そうだ! 人気者になって、裕福な暮らしをして、最高の人生を送るなんてあの顔でしかできやしない!)


「元の顔でも整形やスキンケア、今じゃ顔を変えるなんて簡単に出来るじゃないですか! 貴方はその面倒と引替えに、この世に一つしかない貴方だけのお顔を差し出したのですよ!」


(くっそが......誰か! 誰でもいいから助けてくれ!)


「こんな裏路地に助けなんて来るはずがないでしょう! そもそも貴方の声は私以外には聞こえませんよ? また人間の生活がしたければ誰かに貴方のお面を誰かに被ってもらうしかありませんねぇ」


(そんな....)


「それにしても貴方から抽出されたのが、かなり珍しい"ぶ"のお面だとは! これじゃもしかしたら一生このままかもしれませんね!」


「どちらにせよ、自分を捨てて得た人生が貴方の人生でないことくらい赤ん坊でもわかりますよ! どこに逃げても顔に対するコンプレックスが付きまとうなら、早いうちにそれに対して向き合うべきでしたのに! まぁ、もう貴方には関係の無いお話ですがね!」


ゲラゲラ笑う奴を中心に暗闇はより深い色へと落ちていった。

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