不自由なジユウ

そろだよ

ジユウ

突然鳴り響いた警報で目を覚ます。警報は耳をつんざくような鋭さで、彼の心臓は瞬時に激しく打ち始めた。窓の外にはおびただしい数の航空機が空を覆っていて、日常の終わりを告げていた。


ベッドから飛び起きどうしようか逡巡したあと、部屋に散乱しているものを片っ端からバッグへ放り込む。手は震え動悸が止まらない。

しかし、最低限の用意を済ませ、ドアを開ける。


外に出たことでより一層強くなった警報に不快感を感じつつエレベーターへと向かう。しかし、廊下にはすでに他の住民たちが集まっていて、エレベーターは使い物にならない。階段を駆け下りるしかなかった。急いで階段を下りるが、そのたびに強くなっていく周囲の混乱と悲鳴や叫び声などに心が折れそうになっていた。


漸く道路に出ると、そこには異常な光景が広がっていた。街は混乱の極みに達して、交通信号は赤い光を点滅させ、交差点はすでに人々でごった返していた。車のクラクションが鳴り響き、エンジン音が耳をつんざく。人々は焦りながら道を走り、いくつかの車両が事故を起こして停止していた。シェルターへの道を必死に走り抜けた。シェルターへの道の途中、周囲の状況を冷静に観察しようと努めたが、その混乱と恐怖は彼の視界を霞ませる。


街の中を横断し、迂回をくりかえした結果、シェルターの入り口が見えてきた。企業が管理している巨大シェルターだ。そこにはすでに長い列ができており、人々が次々と扉の中へ入っていく。人波に乗せられながら鋼鉄の扉の奥にあるシェルターのエントランスに入ることができた。避難者識別用のリストバンドをもらいシェルター本体の中へと階段を下った。


シェルターは、圧倒的に広大で天井は高く、頑丈な鋼鉄でできており、その上に取り付けられた照明がわずかに灯っている。空間の奥行きは、見渡す限りの広さを持ち、地平線のように広がっているように見えた。

内部には、整然と配置されたベンチや床に敷かれた簡素な寝具が並んでおり、その周囲には必要最低限の設備が備えられている。とりあえずその広大なシェルターの一角に座り込み、目の前に広がる空間に思わず息をつく。その息には外の世界の危機から逃れたことへの安堵と、これからの生活への不安が入り混じっていた。


その時、強い振動を感じた。地面がわずかに揺れ、周囲の物が軽く振動するのが感じられた。最初は軽い震動だったが、次第に強さを増し、シェルター全体が不安定に揺れる感覚が広がる。天井の鉄骨が微かに軋み、壁が震え、シェルター内部の照明が揺らいでいた。避難者たちは、一斉に驚きと恐怖の表情を浮かべ、周囲の動きを見つめた。会話が途絶え、ただただ振動に耐えるために身を縮める人々の姿が見られた。その震動が何を意味するのかを直感的に理解した。


心の中で冷や汗が流れるのを感じた。




数時間たって避難者の様子も少し落ち着いてきたころ、食事の配給が少しずつだが始まった。食事はシンプルなもので、缶詰のスープや乾パン、飲料水が提供された。

もそもそと食べ始めると、シェルター内に取り付けられたスピーカーから、機械的な声で放送が流れ始めた。その声は冷静で抑揚のないトーンだったが、心に重く響く。



「皆さまへお知らせします。シェルター内での生活に関して皆様にお知らせがあります。」



周囲の人々は、一斉にその声に耳を傾けた。



「これから一般の避難者にはシェルターの維持作業に従事していただく必要があります。具体的には、食料の管理、清掃、設備の点検などに関する業務が含まれます。翌日の10:00頃までには皆様に配られたリストバンドに記載されている番号をご確認の元、小広場にお集まりください。ご協力のほど、よろしくお願いいたします。」


放送が繰り返される中、周囲の人々と視線を交わし、少しの戸惑いとともにその内容を受け入れた。



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シェルター内での数週間は、避難者たちにとって過酷なものとなった。最初の数日は、シェルターの維持作業に取り組みながらも、まだ希望と期待を持っていたが、次第にその現実が厳しさを増していった。


シェルター内の作業は、初めは手探りで始まり、何とか秩序を保とうとする努力がなされていた。自分にはシェルター内の点検業務が分担され、他の避難者たちもそれぞれの役割を果たすために忙しく働いていた。しかし、次第にその作業の厳しさが明らかになってきた。


まず、作業量は圧倒的に多く、日々の労働が過酷だった。休む暇もないほどの忙しさでその上物資の不足や機器の故障が頻繁に発生し、その度に追加の仕事が生じる。避難者たちは、次々と押し寄せる作業に追われていた。


苦しかった。


さらに、企業の社員や管理スタッフたちの態度が、避難者たちにとって大きなストレスの源だ。彼らは避難者などの管理指導をしていたが、その態度は冷酷でなによりも横暴だった。指示は命令口調で、避難者たちに対して高圧的な態度を取ることが多い。さらに企業の社員たちは、自分たちが上位の立場にいると信じているようで、避難者たちの苦労を顧みず、彼らの要求に対して不満や愚痴を言うことが許されない。


辛かった。


「これができて当たり前だろう。早く次の作業に移らんか!」


そんな罵声が日常的に飛び交い、避難者たちはその横暴さに耐えながら作業を続けるしかなかった。彼らの態度は、避難者たちの士気を削ぎ、日々の作業をさらに厳しいものにしていた。


駄目だった


シェルターの内部では、企業の社員たちによる作業の指導が行われるが、その指導もまた厳しく、避難者たちはつねに監視の目にさらされていた。失敗や遅れが許されることはほとんどなく、問題が発生するたびに厳しい叱責や罰が待っている。


その上、シェルター内での生活環境も次第に厳しくなり、個々の生活空間は狭く、プライバシーもほとんどなかった。休息のためのスペースも限られており、避難者たちは疲れた体を休めるために、わずかな時間の中で横になることしかできなかった。


こうした状況が続く中で、避難者たちの中には心身ともに疲れ果て、ストレスが積もり始めていた。毎日の作業の厳しさと企業の社員たちの横暴な振る舞いが、彼らの精神的な負担となり、シェルター内の雰囲気は次第に険悪になっていく。希望が見えず未来に対する不安が募る中で、彼らはただ耐え続けるしかなかった。


結局自由にはなれなかった。



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今日もシェルターの点検だ。5人で軽いチームを作り、一部屋ずつチェックしていく。軽く壁を叩いて空洞がないか確認していると1つ大きめの空洞を見つけた。

電子機器でどのぐらいの大きさなのか確認したり、聴音機のようなもので地下水が流れていないかの確認をする。すると人声が聞こえた。



「...んで...は...るんですか?」


「最低限の餌を与えて、こき使うのさ。ここは管理に大量に人が必要な割に備蓄が比較的少ないから逃げ込んできたやつを、たまに「ジユウ」という名の追放刑に処して使い潰しつつ外に出られる時まで待つんだよ。」


「なるほど社長は賢いですね。そのおかげで僕たちはその備蓄のほとんどをを食べつつ優雅にくつろぎながら過ごせるわけですか。」


「どうせお国の要望で一般人はある程度入れなきゃいけなかったからな。それなら活用させてもらおうってわけだ。」



まずいな。隠し部屋を見つけてしまったらしい。



「お~い、どうかしたのか?」



一瞬ビクッとする。企業の社員かと思ったらチームの一人だったようだ。



「あ、いやなんでもない。こ、こっちは異常はなかったよ。」



今聞いた内容を相談しようか迷ったが心の中に秘めておくことにした。


今日も今日とてシェルターの維持作業だ。


点検して修理。

点検して点検して修理。

点検して点検して点検して修理。


…?



亀裂を見つけた。地下水が流れ込んでいる。

少し大きい亀裂だが、持ってるもので塞げる大きさだ。

塞ごうと道具を手に取った瞬間、亀裂が一気に部屋全体に広がる。

これは早急に対処しないとかなりまずいかもしれないぞ。ひとりじゃ対処できない、いやそれどころか5、6人でも対処できるような規模じゃないぞ。


企業側の人間に報告するか。


「ただでさえ人手が足りないんだ、なんとかしろ。」



無理だった。



近くにいた班員にも手伝ってもらってその部屋を封鎖したりもしたが、地下水は漏れまくってとうとう一帯が水浸しになった。

責任を取らされる。




無理だ。




シェルターの外では生きていけない。逃げる?ここは狭いシェルターの中。1日のうちに見つかるのがオチだ。



無理。



そう考えている内に周りには企業直属の憲兵隊がいた。排水作業が始まり、自分はどこかへ連れてかれた。



「よかったな。ジユウだ。」



皮肉気味に言われる。




プツッ




何かが切れた。

気がつくとシェルターの入り口へ走り出していた。

別に待っていたって結局外に出されるのは変わらない。でも自分で動きたかった。



憲兵隊が鬼のような形相で追いかけてくる。

若干遠回りしつつ逃げながら、シェルターの入口へ向かう。

そろそろ入口だと考えながら角を曲がるとそこにはガタイのいい警備員がいた。



「おい、おまっ...



殴った。考える前に手が出た。スカッとした気持ちになりつつも我に返り、憲兵隊から逃げる。

とうとう入口に着いた。

開ける。


そこには広い荒野があった。ただ広い。どこまでも広い。自分を遮るものはない





ジユウがあった。





どうしようかと考えつつ、取り敢えず雨風をしのげる建物が残っていないかと探そうと思い至った。

数時間歩いているとまだ原型を留めている建物があった。ここがいいと思い入った。




建物は動物のテリトリーだった。

双頭の変異した犬らしきものが、そこにいた一人の女の子らしきものを無慈悲に襲う。


爪で足を捥ぎ取られ、喰われた。


そいつは美味かったと言わんばかりにおくびした後、建物に入ろうとしていた自分を威嚇してきた。




逃げる、逃げる、逃げる。


外には…




ジユウしかなかった。

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