第2話 生理(1)

四時五十分。まだ瞼が重いのに、意識だけがはっきりしている。腰回りの骨が、内側からぐーっと押される感覚。

起きるか。

十分後に鳴る予定だったアラームを切って、上半身を起こす。リビングに降りると、すぐに朝ご飯を食べ始める。毎朝メニューは同じ。温泉卵と、みそ汁と、白米。まだ誰も起きて来ないリビングで一人で朝ご飯を食べるのはもう慣れっこだ。食べ終わる頃に起きてくる両親を横目に、さっさと片付けを済ませて、最低限の身支度をして、

家を出る。

私の住んでいる町は、とても栄えているとは言えず、最寄り駅まで徒歩30分の坂に、バスは走っていない。駅の近くには、ほとんど役目がないバスの停留所と、運転手の昼寝場所になっているタクシー乗り場だけ。先月まで二台並んでいた自動販売機も、いつの間にか撤去されていた。需要と供給という言葉を、ここまでわかりやすく意識させられたのは初めてだった。

駅のホームには、今日も私含め五人。きっとお互いに顔を覚えているのだろうが、五人とも、誰かに声をかけたり、無駄に目を合わせたりしない。線路沿いに強かに生きる猫じゃらしを揺らしながら、電車が来る。いつも通り、学校の最寄り駅で開く側のドアの前に立つ。二駅では座る気にも、単語帳を取り出す気にもならない。

目的の駅に着いた時、ドアの向こうには小柄なおばさんが待っていた。左側だけ眉毛が吊り上がったそのおばさんは、ドアが開いた瞬間に車内に入ってくる。まるで、同じ扉から降りようとしている私なんて、視界に入っていないかのように。

…バカなのか?電車は降りる人優先って、常識だろ。そんなルールがなかったとしても、狭い扉ですれ違うのなら、目を合わせるなりなんなりして、相手に配慮するべきだろ。

生理前ということもあり、イライラが頭を支配していく。

そもそも、おじさんおばさんは、なんでこうも「待つ」という行為ができないんだ?バイト先でも、提供が遅いだの先に会計しろだのって文句言ってくるのは大体そーゆー人だ。そんなに生き急いで何になる。

無意識に早くなった足が、飛び出た側溝に躓いた時、我に返る。

主語がでかすぎた。私は今日のおばさんを反面教師にして、心に余裕を持った大人を目指せばいい。

躓いた恥ずかしさもあって、だんだんと取り戻される頭の冷静さに比例して、歩みが遅くなっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女 林檎いと @ringoito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ