第17話 イベントは壊すもの
「ハル、手を出せ」
「はい。でも僕は女の子じゃないのでエスコートは不要です」
こうして僕にいつも手を出すよう要求してくるのはエルヴィン殿下だ。エスコートして僕を馬車に乗せると、殿下はそれだけで満足する。高貴な人の趣味は分からない。たまにそのまま馬車の中でも手を握ったまま放さないのはなぜだ?
「ローゼ、なぜこんなことになったんだと思う?」
「分かりませんわ」
「僕も分からない。人生とは何が起こるか分からないものだ」
ため息と共に僕が呟くと、ローゼもうんうんと深く頷いていた。
毎朝迎えに来ていたエルヴィン殿下とマルセルくんだったけど、僕が『聖人』と認定されてからはエルヴィン殿下と近衛騎士数名が迎えにくるようになった。ちなみにその中の一人はカミル兄さんだ。
「ハルトとローゼのおかげで近衛騎士となれたのは嬉しいとも思えるが、実力でないことが少し悔しい」
などと言っていたが、憧れの白い騎士服に身を包んだカミル兄さんは、堂々と近衛騎士としての役割を果たしている。
近衛騎士なんかはほとんどコネなんだから気にすることはないのに。実力が全くなければ話は別で、近衛になれたのは一定以上の実力があるからだ。いくらコネがあっても実力が無い者に王族を守らせることはしない。
僕が聖人と認定されなくても、エルヴィン殿下の婚約者であるローゼの兄ということで近衛騎士候補として第一騎士団に入ったのだから、いずれは近衛騎士になっただろう。ただ少し僕のことで時期が早まっただけだ。
近頃は学園に着くと馬車を降りるところでコンラート先輩が待っていることがある。それでエルヴィン殿下とコンラート先輩に左右を固められて教室まで向かう。これは僕が聖人と認定されたからだ。
コンラート先輩は去年の冬辺りからたまに馬車停車場まで迎えに来てくれることはあったけど、それはたぶん僕の体調が関係しているんだろう。コンラート先輩は結構優しいところがあるんだ。
そういえば、あんなに体調が悪かったのに、入学式後の混乱辺りから体調は良くなっている。少し環境は変わったけど、特別な何かをしたわけでもないのに不思議なものだ。
「ローゼ、それで今日はコンラート先輩とマルセルくんの出会いイベントについて聞きたいんだけど」
「お兄様、それって今必要な情報ですの? お兄様はご自分のことを第一にお考え下さいまし」
確かに僕の周りの状況は大きく変わった。だからといってローゼに降りかかる断罪からの処刑という一大事を放っておくことはできないのだ。
僕のことは大変ではあっても生死に関わるようなことではない。そんなことより僕は妹の未来が心配だ。
コンラート先輩の出会いイベントの舞台は図書館だ。
勤勉なコンラート先輩は授業がなく生徒会の仕事もない時は大抵図書館にいる。ヒロインも情報が少ない聖魔法のことを調べるために図書館に通っていた。高い場所にあった本を取ろうと梯子の上から手を伸ばしたところ、バランスを崩して落ちてしまう。それをコンラート先輩が助け、お目当ての本を取ってくれた。
そこまではただ人助けをしただけなのだが、その本を見たコンラート先輩が、こんな本を読む人が他にもいるなんてと興味を持った。そして、二人は本の内容で盛り上がり徐々に距離が近付いていくという流れだ。
「ローゼ、とても言いにくいんだけどさ……」
僕は何となく気まずくて、ローゼの目を見れなかった。右頬を掻きながら話し始る。
「なんですの?」
「その内容、すごく聞いたことがあるような気がしてる」
「私、お兄様にお話ししましたっけ?」
ローゼは記憶を思い出すように顎に手を当てて考え始めた。
「いや、あれは去年の冬で卒業パーティーの準備が始まる前だったと思うんだけどさ、地層の本を図書館で借りようとしたんだ。その時に僕が梯子から落ちてコンラート先輩が助けてくれた。それで地層の話で盛り上がったってことがあった。
それと僕が梯子から落ちたことで図書館から梯子は撤去されている。今は司書の先生が高いところにある本を魔法でとってくれるんだ」
ローゼがコンラート先輩の出会いイベントの話を進めていく時に、僕はどこかで聞いた話のような気がしてならなかった。そこで思い出したのは、自分の身に起きたことだった。
「…………」
「図書館でコンラート先輩と地層の話をしたってことはローゼにも言っただろ?」
「聞いた気がします。これは完全にコンラート出会いイベントですわね。お兄様、出会いイベントを潰してくれてありがとうございます」
それは僕が意図して起こしたものではなかった。たまたま、本当に偶然が重なっただけだ。お礼を言われるのもおかしい気がしているけど、そのことがあってからはどこか距離があったコンラート先輩との関係が少し近づいていて気さくに話してくれるようになったし、妹の危機をまた一つ潰せたのだからよかったのだと思うことにした。
「梯子がなければイベントは発生しないけど、転ぶとかぶつかるとか、そんなことが起きるかもしれないんだから注意しておかなければならないね」
「そうですわね。ではコンラートの件はひとまずいいとして、次はマルセルの出会いイベントですわ」
マルセルくんの出会いイベントはこうだった。
学園内に剣などの武器を持ち込むことは禁止されているんだけど、マルセルくんは学園内でも鍛錬のために木の棒を持ち歩いてる。木の棒だから刃物ではないことと、第一騎士団団長の子息であることから木の棒の所持は許されている。
その木の棒を中庭で鍛錬と称して振り回していたところ、木の棒が折れ破片が飛んでいってしまう。そこで偶然通ったヒロインの腕を掠め、マルセルくんは大慌てで駆け寄り医務室へ横抱きにして運ぶ。治癒が使えるから大丈夫だというヒロインの言葉を無視して行った行動だ。そしてお詫びと言ってカフェテリアへ無理やり連れて行きケーキと紅茶を奢り、その時の会話で「強くて格好いい」などと言われてあっさりと恋に落ちてしまうらしい。
「単純だな。エルヴィン殿下とコンラート先輩は出会いイベントではまだ恋に落ちてないんだろ? マルセルくんは出会って少し褒めただけで恋に落ちるのか……」
「そうです。なのでマルセルはプレイヤーの中ではあまり人気がありませんでした。攻略が簡単すぎるんですよね」
呆れた様子でローゼが言った。
そうなるとこのような出会いイベントなどなくても、ちょっとヒロインが褒めただけで恋に落ちる可能性がある。これは意外と要注意なのではないかと思った。
「どこかでヒロインが接触して少し褒めただけで恋に落ちるのだとしたら、一番油断できないのはマルセルくんかもしれない」
「確かに……それは盲点でしたわ。木の棒は危ないからと取り上げるだけで終わるかと思いましたが、そう簡単にはいかないようですね」
僕とローゼはどうするべきかとしばらく思い悩んだけど、人がどう行動するかなど他人には分からないものだ。どこかに閉じ込めておくわけにもいかないのだから、考えても仕方ないことだった。
「女の子に褒められただけですぐ恋に落ちるのであれば、ちょっと褒められたくらいでは心が動かないようにすればいい」
「と言いますと?」
「僕がことあるごとに褒めて、女の子に少しくらい褒めらても大したことないように思わせるんだ。僕は男だから適任だろ?」
「なるほど。行動をいちいち把握して監視するより現実的ですわね」
僕とローゼは妙案が浮かんだと喜びながら話し合いを終えた。
しかし、僕はそんなことをしている場合ではなかった。連日のように教会から手紙が届き、了承や断りの返事を出さなければならないんだ。
机の上で手紙を開くと、またかとため息をついた。
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妹の悪役令嬢シナリオ回避とやらに付き合ってたら攻略対象が僕を狙ってきたんだけど たけ てん @take_ten
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