続きを

 下山したあたしは旅館に帰ったあと、足早に荷物を回収して村を後にした。

 色々しなければならないことはあったはずだったけど、する気にはなれないままだったし、しなければならないことが本当にしなければならないのかもわからなかったから、保留したまま、今日にいたっている。


 *


 今日。そう今日だ。あれから、瞬く間に数年が過ぎ去った。帰ってからも頭の中には、森の中で見た最後の景色とそこに紐づいた妄想ばかりリフレインされる。

 あれが本当にあったことなのか、あたしの想像力が限界を越えて描きだされたなにかだったのかはどうでもいい。少なくとも、個人的な納得には至った。それにくっつくようにして、中条五羽の死についても、なんとなくは吞みこめた。詰まるところ、辿んだろうな、と。

 だからこそ、後悔もある。あの日の中条は、あたしにモデルを求めた。あの一瞬だけしか話していない以上、どこまで本気だったかは判断できない。ただ、言葉通りに受け取ったとすれば、一時的にでも、辿のではないか。自惚れかもしれないが。

 中条五羽はあの素晴らしき瞬間を絵の中に閉じこめ終えてからこの世を去った。けれども、再び描く気が蘇ったのだとすれば、その続きを思い描けていたのかもしれない。そうすれば、あの美しき景色の先が描かれたかもしれない。それはもう見ることができないのだと。だから……


 *


 薄明りの中、舞台の上。スポットライトを向けられたあたしは一枚、また一枚と服を脱いでいく。欲望の視線の数々に貫かれながら、作り笑顔を浮かべながら、これ見よがしに体を見せつけ、客たちに挑発的な視線を送る。まだ見ぬ誰かの心を貫けるようにと。


 あの続きを、どうしても見たい。だから、それができる誰かを探すことにした。

 その際、色々と考えた。中条と同じ条件で出会った絵描きに描いてもらうと、どうにかして美大かなにかでモデルをするとか。けれど、あたしの目的に達するためにはどちらも目が薄いように感じられた。

 あるいは、もっと直接的に中条と作風が似た誰かに詳しい話をして依頼をするのはどうかとも考えたが、これでも実現は不可能なように感じられた。たしかに、似た絵を描く人間だけであれば存在する。しかしながら、今のところそれらの画家は素人目に見ても、中条五羽と比べるとなにかが足りないように思えたし、なによりあたしに絵を望むほどの欲望を持ってくれるかどうかも怪しかった。

 だから、発想を逆転させてみた。まず、あたしが欲望されなければならないのだと。駆り立てられるなにかがなければ、あの絵の辿り着いた先というものにはなれないに違いない。そして、奇しくもあたしは、中条に欲されて長らく傍にいた人間と短い時間ながら会話を交わして別れた経験があった。ここにあたしの発想の萌芽は生まれる。


 今日も今日とて、舞台で裸体を曝す。歓声があがり、しげしげと眺められる。無数の視線に貫かれながら、薄らとした不快感とともに昂揚もしていた。かたちはどうあれ、たしかに望まれていた。この中に、あの絵の続きを描くものはいるのだろうか? 可能性はかぎりなく低いだろう。それでも、あたしに若さという価値があるうちに現れてくれるのを期待していた。期待し続けるしかなかった。


 すべてはあの日、見た美しさの先を見るため。舞台上でしなと笑みを作りながら、頭の中にはあの日の中条五羽の儚げな微笑みが浮かんでいた。


 

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永遠 ムラサキハルカ @harukamurasaki

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