番外編9 黒木家一人っ子とツンデレな彼女の話

僕は、何故かモテない。

 父さんは、イケメンで女の子が群がっていたのに、と母さんは言う。

 見た目は父さんそっくり。スタイルは180センチを超え、パンツの裾を切ったことがない。けど、それを自慢したことはない。

 なのに、モテない。

 高い身長と長い手足は、僕にとっては邪魔なだけだ。

 なぜなら、どんくさいからだ。色々ぶつけまくる。

 どんくさいのは母親譲りだ、と父さんは言って、母さんに反論を許さない。

 どんくさい僕に女子は寄ってこないし、話しかけられたとしても、揶揄われるだけだ。

 なので、僕はモテない。


 父さんや母さんの友達が良く来る家だが、みな、僕がモテないことを不思議がっている。

 『お父さんに似ているのにね』と。

 裕子姉さんは、大笑いしながら、雅美姉さんはクスリと笑って。

 『姉さん』と呼んでいるのは、小さいとき『姉さん』って呼んでみて、と2人から言われて、呼んだら、

 「無茶苦茶かわいい」

 と、悶絶されたので、未だに姉さん呼びをしている。

 増田先生は、「モテても大変だぞ。僕は付きまとわれて嫌だった」

 と、父さんと同じことを言っている。眩しい笑顔のイケオジなので、モテてたのが分かる。

 増田先生には教わったことはなかったが、なんとなく先生の様なので、『先生』と呼んでいた。

 増田先生も、『駿を教えたかったなぁ』と言ってくれている。

増田先生は、数学の先生だ。

 「増田先生に数学教えてもらっていたら、成績上がったかな?」

 と、言ったとき、

 先生は、微妙な顔で、

 「お母さんに似ているなら、僕が教えてもダメかもしれない」と、言われてしまった。

 母さんは、本当に数学が大の苦手だったらしい。

 なのに、システムエンジニアになっている。

 父さん曰く、『大学で数学ができる様になった』そうだ。

 『増田先生に教わったら楽しかっただろうな』と、伝えると、増田先生はぱぁっと眩しい笑顔を見せてくれた。


 社会人になったが、おかげさまで、年齢=彼女いない歴だ。

 父さんは、

 「高校で部活に入らなかったお前が悪い」

 と、言うけれど、母さんが、こっそり、

 「お父さんは、私に告白されて付き合ったのよ。自分も私の事好きだったくせに、告白できなかった人なのよね。あと、寡黙さがかっこいいとか言われていたけど、ふたを開ければ人付き合いが面倒なだけだっだりしたわ」

 と、父さんの弱みを握らせてくれた。


 父さんの弱みを握ったところで、彼女ができる訳ではない。

 今まで生きてきて、反省すべき点がなかったか、思い出してみる事にした。


 「しゅんくん、あそぼ」

 幼稚園の頃から、遊びに誘ってくれる女の子がいた。

 「うん。あそぼ。りんかちゃん」

 りんかちゃんは小っちゃくてかわいい子だ。

 男の子から遊びに誘われると、必ず僕を呼んでくれた。


 僕は、両親の実家で育ったので、田舎暮らしだった。

 凛花ちゃんは、僕が行く小学校より、近い小学校があった。

 どちらに行くのも自由だったが、バス通学をして、僕と一緒の小学校に行くことになった。


 小学校も、低学年のうちは、幼稚園の延長線のようなものだが、高学年になってくると違ってくる。

 ちょっと異性を意識し始めてしまう。

 その頃からだ。女子に揶揄われる様になったのは。

 今日も、色々な女の子に揶揄われていると、凛花がやってきて、そんな女の子たちを追い払ってくれる。そして、

 「駿が悪いんだからね。どんくさいんだから。自分でどうにかしなさいよ」

 と、耳が痛いことを言ってくる。でもいつも助けに来てくれるんだよな。


 中学に入ると、いじめとか始まってしまったが、僕は、いじめられはしなかった。

 僕は、殴られたら殴り返す人間だ。でも、僕の方が強いので、一方的に悪者にされてしまうのだ。なので、喧嘩する度、母さんが学校に呼び出されていた。

 僕を殴ってくるような奴は、僕が女の子にモテていると勘違いをするような人間だ。

 代わってくれるなら、代わってほしいよ。ただ、揶揄われているだけなんだから。

 凛花は小学校の時のように、かばってくれていたが、僕の方からやめてほしいとお願いした。そんな事をしていると、いじめられてしまうのではないかと思ったんだ。

 

 中学も2年になると、進路を決めなくてはならない。僕は成績が学年の中間位だった。

 凛花とは、にゃいんを交換していて、時々メッセージが飛んで来る。

明日が、進路希望提出日だからだと思うが、凛花からにゃいんが来た。

 「駿は、どこの高校に行くの?」と。

 「僕は九十九商業高校に行くつもりだよ」と返信した。

 ちょっと、間をおいて、凛花から、

 「勉強教えるから、一緒に九十九高校行かない?」と返信があった。

 凛花は学年トップの成績だ。中くらいの僕とは成績が離れている。

 コンプレックスを隠し、

 「情報処理を学びたいんだ。商業科にそんな授業があるって聞いてさ」と送った。

 「そんなの、大学でいいじゃない。あと、多分九十九高校にもそんな授業あるよ。だからね」

 僕は、到底凛花の様にはなれない。

 「ごめん。凛花。やっぱり商業行くよ」

 しばらく返信はなかったが、

 「わかった」の一文が僕のチャットに残った。


ここが反省すべき点なのだろう。でも取り返すことはもうできない。


 僕は九十九商業高校に、凛花は九十九高校に合格した。

 最初のうちは、凛花と、お互いの学校や友達の話をにゃいんしていたが、段々とだえる様になっていく。

 そして、2年になるときだった。久しぶりに凛花からにゃいんが来た。


 「私、アメリカに留学することになったの。いつ帰るかわからない。元気でね」

 と。

 

僕は、その文字をみて、打ちひしがれた。でも、何とか返信をする。

 「アメリカに行っても元気でな。凛花ならアメリカでもよくやっていけると思うよ。見見送りに行くから、いつ出発するか教えてくれ」

 と。

 でも、凛花から、返信はなく、ブロックされていた。


 僕は取り返しのつかない事をしたのに、やっと気づいた。

 自惚れかもしれないが、一緒に九十九高校に行っていれば、こんな別れをすることはなかったんじゃないかと。


 彼女の事を忘れようと、ゲームにのめりこむ。

 僕は情報処理よりも、ロボット工学を学びたくなっていた。

 九十九高校に行ける学力があれば、行ってみたくなった工科大に進めたかもしれないと、更に後悔の念に駆られる。

 結局は、ロボット工学が学べる専門学校に進んだ。


 無事就職先も決まって、工場で動いているロボットのメンテナンスを受け持っている。覚える事だらけで、一人前になる日は遠そうだ。


 凛花は元気だろうか。僕は、反省すべき点を見つけて、思いに耽るのをやめた。



 会社員になってから、5年が過ぎようとしていた。

 女性がほとんどいない会社でも、相変わらず女性からは、酷くはないにせよ、揶揄われている。


 両親は、あの世に行ってしまった。

 本当に仲のいい夫婦だったんだな、と悲しみに押しつぶされそうだった。

 この時の僕を支えてくれたのは、父さん、母さんの友達だった。

 一緒に悲しみを共有してくれて、僕がどれだけ支えられたか。

 父さんと母さんは、僕に大事な友人を残してくれたのだ。


 僕は、息子と嫁を先に亡くしてしまった、ばあちゃんとじいちゃんが心配で、土日はほぼ実家に帰っていた。

「駿、これ。連絡があったって」

 と、ばあちゃんからメモを見せられる。

 「凛花ちゃん、日本で就職するみたいよ。だから連絡先」

 僕は、連絡を取ろうかどうか、迷った。

 そんな僕を見ていたじいちゃんが、涼しい顔で、

 「とりあえず連絡して、会いに行ったらどうだ?」

 と、言ってきた。

 僕は、凛花の顔が見たくなった。

 「メモ、頂戴」

 ばあちゃんからメモを受け取ると、凛花に電話した。


 「久しぶり、凛花。元気にしてたか?」

 多分、緊張したのが分かったのだろう。凛花は、大人の女性の声で、

「駿の顔を見なかったから、元気だったわよ」

 と茶化しているんだか、本気なのかが分からない言葉で返してきた。

 「わかったよ。凛花。会いたいけど、会わない方がいいか?」

 僕としては会いたかったが、拒否されてしまうかもしれない。

 しばらく沈黙が続いたが、

 

 「もう、仕方ないわね。駿が会いたいなら、会ってあげるわ」


 「じゃ、にゃいん復活させておいてくれる?」

 「わかった」


 こうして凛花と会う事になった。


 一緒に居なくなってから、何年たったのだろう。

 凛花は、かわいい子から卒業して、かっこいい女性に変身していた。

 通りすがりの人が、振り向く程、スタイルもよく、美人だ。


 「凛花、お前、綺麗になったな。周りの人がお前をみてるよ」

 会って思わず出てきたのは、このセリフだった。

 凛花は、そっぽを向いて、

 「駿にしては、いいことを言ってくれるじゃない。彼女でもできて、教育されたの?」

 耳まで赤くして、僕に訪ねてくる。

 僕まで、赤みが伝染した。

 「彼女いない歴=年齢だよ。職場も男性だらけだしな。

 お前の方こそどうなんだよ。アメリカにはいい男が沢山いただろ」

 と、聞き返す。

 凛花は、僕の方に振り向くと、

 「彼氏はできなかったわよ。誰かさんのせいでね」

 「え?最後の方、聞こえなかった。もう一度行ってくれるか?」

 凛花は、不服そうに、

 「相変わらず駿はどんくさいのね。聞き直さないでよ。

 もしかして、未だに揶揄われているの?」

 「そうだよ。悪かったな」

 今度は僕がそっぽを向いた。

 凛花は、急に真剣な声になり、

 「あのね、駿。ずっと言わなかったけど、揶揄ってくる女子は、駿が好きだったのよ。なんでもいいから話をしてみたい、という思いでね」と、つぶやいた。

 僕はその言葉に驚き、思わず凛花を見て、

 「もしかして、凛花が追い払ってくれたのはそのせい?」

 と、恐る恐る聞いてみた。

 凛花は、もう真っ赤になって、

 「バカじゃないの。そうに決まってるじゃないの」


 僕は、頭がくらくらするほど、テレてしまった。

 それは、凛花も一緒の様だ。告白のようなものだしな。


 「ありがとう。凛花。僕は凛花の事、忘れられなかった」


 凛花は、ますますテレてしまったようだ。

 「ふん、私も忘れる事はできなかったわよ。だから日本に帰ってきたんだけどね」

「え?聞こえなかった。もう一度行ってくれるか」

「また?嫌よ」

「凛花がもごもごしゃべるからだよ」

「もういいわ。食事に行きましょう。ちなみに、駿も振り向かれているわよ。まぁ、見れる程度にはかっこいい男性になったわね」

「それは、どうも」


 食事をしながら、色々な話をした。僕はロボットの仕事、凛花は外資系の有名な会社に就職が決まった事とか。

凛花は、まだ一緒に九十九高校に行かなかった事を根に持っているようで、

「駿は、プログラマーになるのかと思っていたのに。どういう心境の変化?」

と、聞いてきた。

僕は、素直に答える。

「工科大の見学に行ったとき、ロボットの研修をしている人たちに会って、色々話を聞いたんだ。そしたら、自分でもやってみたくなって。そして後悔したよ。九十九高校に進んでいれば、大学を視野に入れられるからさ」と。

凛花は、『それみたことか』という顔で、

「駿って、いつもそんな感じだよね。チャンスを逃すなんて」

と、言う。耳が痛い。

「これからは気を付けるよ」

と、言うと、

「駿だもん。一生こんな感じでしょうね」

と、凛花は、苦笑いだ。そして、急に、

「さっきの私の告白の返事は?」

と、聞いてきた。

 あれは告白だったのか。

 凛花に聞くと張り飛ばされると思ったので聞き返さなかった。そして、急にテレが戻ってきてしまい、

「忘れる事が出来なかった、って言ったから、通じてると思ったんだけど。違う?」と、聞く。

「は?通じないわよ。駿らしいけど。じゃ両想いという事でいいわね?」

凛花は、確認している様な口ぶりだが、有無を言わせない、という顔をしていた。


それからも、2人での食事に行ったり、飲みに行ったりした。

一度だけ凛花が、

「職場になじめるか不安なの」

と漏らした。

励ますところかな?と思い、

「凛花なら大丈夫じゃない?配属はこれからなんだろ」

「そうなんだけどね。でも駿。急に先輩顔しないでよ」

強がりなのは、昔からだな、と思いつつ、

「わかったよ。ま、僕は何も言わないけど、愚痴には付き合うからさ」

と、言うと、凛花はそっぽを向いて、小声で、

「ありがとう」

と、言ってくれた。


凛花は、本格的に働き始めると、急に忙しくなった。

休日に会うのもままならない状況だ。


僕は、後悔しないようにと、行動する事に決めた。


久しぶりにランチをしている時に、凛花に提案する。

「2人で暮らさない?僕は、両親が亡くなって一人で住んでるからさ」と。

凛花は『ぼん』と頭から湯気を出して、

「そ、そ、そういう事ならいいわよ」と同意してくれた。

凛花は真顔になると、続けて、

「ご両親なくなっていたのね。辛い思いをしたでしょう」

と、ぽつりと、言葉を紡いだ。


仕事で忙しい凛花に代わって、引っ越しの手配を行なう。

凛花は、

「駿にしては、仕事が早いわね」

なんて言ってきたものだから、僕は、

「会社に入って、行動力を身に付けたからな」

と、図に乗らない程度に、言い返した。

「ありがとう。助かるわ」

 凛花にそう言われると、より一層頑張りたくなる。


 引っ越しの日が迫っている。でも、凛花は準備が間に合いそうにない。

 「手伝いに行く。待てないしな」

 と言って、凛花の荷造りの手伝いをしにいく。


 僕が見ても支障のないところを準備していたが、机の上に写真立てが置いてあるのに気づいた。

 見ようとすると、

「みないでよ」と怒られてしまった。

でも、ちょっと見えたんだよね。

小さかった頃の僕たちを撮った写真が。


 とうとう、2人で暮らす日がやってきた。

 じいちゃんが、急に、

 「一緒に住むなら、ちゃんと結婚するか、ダメなら別れるんだぞ。だらだら続けないように」と言ってきた。

 父さんは、母さんと2人で暮らしていたが、だらだらしなかったらしい。

 ばあちゃんは、

 「凛花ちゃんを大切にするのよ」と。

 僕は、凛花と付き合っている事を話していない。

 なぜ凛花が僕の事を好きだったのがわかったか、を聞くと、

 「凛花ちゃんがアメリカに行ったからよ。高校の時、駿に彼女ができたという噂話が結構広まっていたでしょ?お母さんたちにまで広がるような。

駿の事が好きだから、そんな話聞きたくないし、一緒に居られないのは辛いから、離れる決心をしたのだと思う。でも、忘れられなくて日本に戻ってきたんだろうなと思ったのよ。じいちゃんもそう思うって言ってたわ」

 と、答えてくれた。

 じいちゃん・ばあちゃんは何でも見通しなんだな、と、鈍感な僕をここまで育ててくれた事に感謝した。


 凛花は、朝夕、土日に関わらず、仕事に没頭している。

 体を壊すんじゃないかと、不安に思っている事を凛花に言ったが、

 『今が頑張り時なの』

 と、聞く耳を持ってくれない。

 そんな凛花と一緒に暮らすためには、僕が、工場勤務で、毎日ほぼ定時に帰れるのと、土日は必ず休みなので、家事を引き受けている。

 流石に悪いと思ったらしい凛花は、

 『料理をしてみる』と、言ってくれた……

 予想通り、大惨事になった。

僕は、滅多に見る事ができない、涙目の凛花を見て、

 「これからも僕が作るから心配しないで」

 と、抱きしめながら、慰めた。


 こんな風に月日は経っていったが、じいちゃんに『だらだらするな』と言われているので、僕はまた決心した。


 ちょっとしたごちそうと、指輪を用意して、がちがちに緊張しながら、

 「凛花。結婚してくれないか?」

 と、プロポーズをしてみた。

 すると、凛花は、頭から火を噴いて、

 「私くらいしか駿と結婚してくれる人はいないんじゃない?だから、結婚してあげる」

 と、僕のプロポーズを受けてくれた。


 じいちゃん・ばあちゃんは、もちろん賛成だった。そして、安心したとも。

 凛花の両親に、僕は手が震える程緊張しながらも、挨拶に行くと、

『凛花はずっとあなたの事が好きだったから、反対なんかしないわ。凛花の事、よろしくお願いします』と言ってくれた。

僕の理想の家庭は、両親みたいに、ずっと仲良く過ごせる事だ。

お風呂は一緒に入るし、大きなベットに2人で寝てるし、出かけるときは、常に一緒だった。

 父さんは、なんだかんだいいつつも、母さんを大切にしていた。

 「大切にします。ずっと」と僕は答えた。


 両親の友達の、裕子姉さん、雅美姉さん、増田先生、あとお医者さんの石橋先生は、僕が結婚式の招待状を渡したら、自分の子供が結婚するかのように、喜んでくれた。


 今日は結婚式。

 僕はタキシードを着て、凛花を待っている。

 父さん・母さんに見せたかったな。

 嬉しい気持ちと悲しい気持ち、両方が心の中を行き来する。

 でも、幼馴染で、ツンデレで、世界一素敵な凛花と結婚できる僕は幸せ者だ。

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