番外編8 石橋君の黒木家崩壊大作戦
「石原先輩、こんばんは。遊びに来ました」
黒木家のインターフォンを鳴らした。
「で、おまえ、また来たの?」
僕の大好きな石原先輩の心を射止めた、黒木先輩が出た。
僕は、急激に機嫌が悪くなり、
「黒木先輩と遊ぶつもりは毛頭ありません。石原先輩は?」
黒木先輩も機嫌が悪くなった様だ。
「今は手が離せないから帰ってくれ」
黒木先輩に構っている暇はない。
「そんな訳にはいかないので、一旦上がらせてもらえないですかね」
黒木先輩は、諦めたらしく、
「わかったよ。美佑の顔を見たら帰ってくれ」
そんなにすぐ帰る予定はないが、
「善処します」
と、言って黒木家に上がり込んだ。
家に上がると、黒木先輩がいつになく不機嫌な理由が分かった。
石原先輩がお風呂あがりだったからだ。
先にお風呂を済ませたらしい。
石原先輩が夕飯を作り始めた。
僕は、
「デパートの有名お惣菜を買ってきました。夕飯にどうですか?」
と、お土産を持ってきたことを話す。
石原先輩はニコニコと、
「ありがとう。助かっちゃった」とお礼を言ってくれた。
僕は、お礼を聞きながら、
「黒木先輩の分はありません」と、言った。
黒木先輩は、涼しい顔で、
「じゃあ、美佑の手作り夕飯、石橋の分はない」
と言われ、僕は悔しくて歯ぎしりをした。
この黒木先輩は涼しい顔をしながら、策士で、言も立つ。
情けない事に口喧嘩で勝てる自信はない。
従って、僕の言い分は簡単にあしらわれてしまっている。
「すみません。僕にも石原先輩の手料理を食べさせてください」
「じゃぁ、最初からそう言えよ」
僕は、黒木家で世界一おいしい、石原先輩の夕飯を食べさせてもらえる事になった。
僕は石原先輩が料理を作っている間、おとなしく待っている。
以前、手伝おうとしたら、黒木先輩にキッチンから追い出された。
悔しいことに、石原先輩は黒木先輩から料理を教わったそうだ。
なので、黒木先輩のキッチンでの立ち回りは、石原先輩のサポートとなっている。
更に、黒木先輩は、かなり嫉妬深い。
涼しい顔と出で立ちで、高校時代は騙されていた。
すぐに別れるだろうと思っていたが、なんと大学時代から同棲し始めた。
こんな行動、石原先輩は計画しないだろう。
策士の黒木先輩が、石原先輩を独り占めするために計画し、実行に移したに違いない。
悲しいことに、僕の出番はないわけだ。
ソファーに座って、ボーっとテレビを見ながら、
『なんで僕は、石原先輩の事が諦められないのだろう』と、つぶやきながら、昔の出来事を思い出す。
山野中に入って、クラスの友達もできる頃、かったるい、部活動紹介が行われた。
正直、部活に入る気はないので、紹介されてもなぁ、なんてぼんやり壇上を見ていた。
すると、生徒会副会長の、かわいらしいのに颯爽と登場する先輩の姿を見た。
なんだか、目が離せない。
僕は、会を仕切る彼女にひとめぼれしてしまい、話をしてみたくなった。
山野中生徒会は、会長・副会長は選挙で、他の役職は、希望者で決まる。
なので僕は、生徒会室のドアを叩いた。
会長と思しき人が、僕の方を見たので、
「生徒会志望者の石橋です。入会できますか?」
と、自己紹介と、入会希望の旨を伝える。すると、
「会計なら空いている。数学出来るか?」
と、声をかけてくれた。
僕は数学が得意だ。その旨を話すと、
「会計係、よろしくな」
と、入会を認めてくれた。
会長は、
「みんなに紹介したいんだが、全員そろっていないので、ぼちぼち覚えていってくれ」
と、説明する。
「わかりました。では、仕事の内容を教えてください」
僕は、本気で会計係になる事を決めた。
翌日、生徒会室に向かった。
昨日よりメンバーがそろっているので、お互い自己紹介をする。
もちろんその中には副会長もいて、『石原美佑』と名乗った。
僕が、昨日教わった、体育祭の予算配分の計算をしている中、石原先輩はプリントの山をものすごい速さで片付けていく。
そして誰よりも仕事を早く終わらせ、
「仕事終わったから、部活に行ってくるね。お疲れ様」
と、言いながら、颯爽と生徒会室を出て行ってしまった。
僕は、呆然としながら、
「会長。副会長は何の部活に入っているんですか?」
と聞いた。
会長は面白そうに、「吹奏楽部だよ。興味があれば、一緒に入ってみれば。でも仕事は生徒会優先だぞ」
と、教えてくれた。
会計の仕事が終わったので、吹奏楽部を見学しに行く。
吹奏楽部はほとんど女子で、男子は5名程しかいなかった。
音楽室に入ると、
「仮入部希望?って、昨日会計になった石橋君じゃないの」
石原先輩が声をかけてくれた。
僕は、
「入部希望です。見学していいですか?」
と、許可を取り、
「これから合奏だから、見ていけば」
と、石原先輩に椅子をすすめてもらう。
合奏が始まった。
部員が20人位しかいないので、ちょっと寂しい音だ。
僕は、子供の頃仲の良かった上級生が、八谷中吹奏楽部に入ったから演奏会を聴きに来てくれ、と言われ、行ったことがある。
八谷中のレベルを想定していたので、期待外れだった。
入部しようかどうか悩んでいたら、石原先輩が、
「うちは弱小なの。だから部員を増やしたいと思って。できれば石橋君も入部してくれたら嬉しいんだけど」と、声をかけてくれた。
多分、万年部員不足で困っているのだろう。
「入部します。希望楽器は、鼓笛隊から続けたいので、トロンボーンでお願いします」
「ありがとう」
石原先輩は、花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
こうして僕は、会計係と吹奏楽部を兼任する生活を始めた。
忙しくはあるが、充実した日々だ。
しかし、仕事に慣れてくると、色々噂話が聞こえる様になってきた。
だけど、僕の耳がキャッチするのは、石原先輩の話だけだが。
まずは、吹奏楽部の話。
部員は今より多かったが、遊んでいる人が多く、合奏にならなかった。
合奏中しゃべってばかりだからだ。
なので、石原先輩は部長の先輩と一緒に、問題児を追放し、部活を立て直したたらしい。
万年部員不足のはずなのに、思い切ったことをするな、と、石原先輩に尊敬の念を抱いた。
僕は先輩の役に立ちたいと思い、部員集めに着手した。
僕は幸いなことにモテるので、近づいてくる女の子が沢山いる。
なので、その子達に声をかけてみた。すると、吹奏楽に興味を持った子がいて、10名程入部させることに成功する。
更に入部してくれた子が好きな男子も、追いかけて入部し、さらに5名追加した。
もちろん条件は、楽器が吹ける様になる事と、合奏は真面目に参加する事だ。
この結果に、石原先輩は、
「石橋君は、すごいね。尊敬するよ。ありがとう」
僕は、多分人生で初めて、顔を赤くした。
ある日は、職員室の前で、石原先輩が、ヒステリックな女の先生と言い争いをしていた。
周りに理由を聞いてみると、
「担任の先生、嫌な事があると、私たちに2時間も漢字書き取りをやらせるのよ。とうとう頭にきた美佑ちゃんが先生に抗議しているの」
多分、同じクラスの人たちだろう。石原先輩の応援をしている。
その姿を見た先輩は、
「ありがとう。でも、みんなは先に帰って」
と、一人で立ち向かう様だ。
言い争いは2時間かかり、石原先輩は生徒会室に現れなかった。
会長は、
「石原も、ほおっておけばいいのに」
と言うので、僕は、
「会長は、副会長と同じクラスなんですか?」
と、聞いてみる。
「同じだよ」
僕は、頭にきて
「副会長の見方をするべきなんじゃないですか?」
と、会長を責めた。会長は、
「そんなに熱くなる事じゃないと思うけど?」
と会話を打ち切った。
僕と会長の話を聞いていた、書記の先輩がこっそり、
「会長は、美佑ちゃんに成績でどうしても勝てないから、仲良くないのよ。
バカみたいでしょ?」
まさしくその通りだと思ったが、疑問も生じた。
「石原先輩って、成績いいんですか?」と聞いてみる。
書記の先輩は、
「美佑ちゃんは主席だよ」
と、教えてくれた。
ならば、会長の気持ちが分からなくもないが、会長職なのだから、私情は挟んじゃダメだろう。
ふと、気になる事があって、石原先輩に声をかけた。
「石原先輩はどうして副会長になろうと思ったんですか?」と。
すると先輩は、
「立候補するつもりは全くなかったのよ。
でも、生徒会の先生が、選挙スピーチの原稿を持って、私の所にやってきたの。
『副会長になってくれないか。頼む』
って言いだしたんだけど、同じ立候補している人と比べると、どうせ勝てないと思ったから、一旦引き受けたの。
スピーチは原稿を棒読みしたんだけど、なぜか当選しちゃったのよね」
自分たちのために、先生と言い争いをしてくれるような人だ。
みなもそこら辺が分かっていて、彼女に票を入れたのだろう。
でも、原稿棒読みかぁ。ある意味度胸があるよな、と改めて先輩への尊敬の念が深まる。
中間テストの時期がやってきた。
生徒会メンバーは、仕事は禁止だが、集まって勉強している。
僕は、数学は得意だが、どうしても解けない問題があった。
石原先輩もいたので、質問してみたら、先輩の顔が真っ青になり、
「私、数学が大の苦手なの。他の教科と偏差値10位下なのよ」
なぜ、それで主席なのだろうか。
僕の疑問は顔に出ていたらしく、
「他の教科で点を取っているからね」
と、説明してくれた。この数学の偏差値で、主席という事は、他の教科は100点近くじゃないと追いつかない。
「わかりました。他の人に聞きます」
この一連の会話を聞いていた会長が、ドヤ顔で、
「俺、数学得意だから教えてやるよ」
と、言い出した。嫌だが、わからないままでは困る。
「ありがとうございます。教えてください」
会長は、教えるのがへたくそで、ちょっとしたキーワードを拾い、結局は自分で問題が解ける様になった。
器が小さい、とはこの人を指すのだろう。
学校側は、この人が会長に立候補したから、石原先輩に立候補してもらいたいと考えたに違いない。
夏休みに入り、吹奏楽部はコンクールに向けての練習が始まった。
周りを見ると、お世辞にもうまい、と言う人がいなかった。石原先輩もだ。
この部活の顧問は声楽の先生だ。なので、指導をしてくれない。コンクールの時だけ指揮をしてくれる。
なので、みな、練習方法が分からないのだろう。
僕は、なぜか楽器が得意なので、みんなから一目おかれる様になっていた。
石原先輩が「石橋君は本当に上手だね」
と、褒めてもらい、くすぐったい気持ちになる。
コンクールの結果は1部(現在はC組)で銀賞だった。金賞を取るのが悲願だそうだ。
全国常連の、九十九東中は1年生だけで、この組のコンクールに出場し、金賞だった。
やはり、強豪校は凄いな。と遠い目をしたのを覚えている。
夏休みも終わり、僕は文化祭の予算割り振りを行っていた。
色々なクラスが申請にきて、会長と石原先輩が許可した出し物だけに予算を割り振る。
予算にはもちろん限度があって、恨み言を聞く羽目になった。
僕たち、生徒会は、文化祭の時は、生徒会室で、なにかあった時の為、待機する事になっている。
でも、僕に不満はない。石原先輩と一緒に過ごせるのだから。
その後も緩やかに日々は過ぎていき、生徒会の2年生は引退となった。
それを受けて、本来なら、1年生の生徒会経験者が、会長や副会長に立候補するのだが、僕は、立候補しなかった。
選挙も終わり、僕は「ざ・平凡」という人たちに囲まれながら会計の仕事に励むことになった。
そして僕は、石原先輩が生徒会を引退するときに、告白をしようと決意していた。
音楽室で、2人きりになるチャンスがあった。
僕は、石原先輩に、
「入学した時から好きでした。僕と付き合ってくれませんか」と直球で告白する。
先輩は、ちょっと困った顔になり、
「ごめん。嬉しいけど、今は彼氏を作るつもりはないんだ」
と、僕を振った。
これから何度も、機会があるたびに告白しては振られるという日々を送る事となった。
石原先輩が3年になるとき、思い切って、進路を聞いてみる。
先輩は決定事項という顔をして、
「九十九高校に合格して、吹奏楽部を続けるつもりなの」
と、教えてくれた。
先輩は九十九高校ならば確実に合格できるだろう。
しかし、もっと偏差値が高い高校も狙えるはずだ。この疑問を投げかけると、
「県立だと、学区縛りがあって、一番偏差値が高いのは九十九高校でしょ?
だから、もっと上を狙うなら私立なんだけど、3教科じゃない?
数学の偏差値を考えると、国語と英語では賄いきれないのよ。
あと、九十九高校吹奏楽部に入りたいという気持ちが強いの」
「色々と教えていただき、ありがとうございます。僕も九十九高校目指します」
と、言うと、石原先輩は
「じゃ、待ってるわ」
と、言ってくれた。多分他意はないのだろうけど。
僕は、
『彼氏を作らないで、待っててくださいね』とお願いすると、びっくりした顔になり
『善処するわ』と言ってくれた。
その後、先輩は卒業し、と同時に、新しい顧問の先生がやってきた。
東京音大のトランペット科卒業だという。
僕は、石原先輩と話せる、いいチャンスだと思い、石原先輩に連絡を取った。
すると、先輩は、速攻中学校にやってきて、先生のレッスンを受ける約束を取り付けていた。
しかし、教える条件があり、九十九高校吹奏学部で基礎ができる様になってからだという。
その行動力は流石だな、と、思いは募る一方だ。
コンクールは新しい先生になったとたん、金賞がとれた。まぁ、練習は厳しかったけど。
僕も中学校を卒業し、無事九十九高校に入学した。
仮入部期間が始まると音楽室に向かう。
そして石原先輩を見つけると、思わず、
「石原先輩!お久しぶりです!約束通り、九十九高校に来ましたよ!先輩は、彼氏を作らず僕の事をまっていてくれましたか?」と、叫んでしまった。
すると先輩は真っ青な顔をして、ずさささと僕の元にやってきて、腕を引いて、音楽室の外に連れ出した。
僕は、石原先輩に迷惑をかけてしまったらしい。
「すみませんでした」
と、謝る。
自分の行動はまずかったかもしれないが、僕も1年、よく我慢できたな、と思うほど、石原先輩が好きだ。
謝った後、また、先輩に告白して、また振られた。
でも、彼氏がいないのは事実な様だ。
しかし、看過できない人間関係が出来上がっている。
それは、石原先輩と同じトランペットを吹いている、八谷中出身の増田先輩と、九十九東中出身の黒木先輩と仲がいいのだ。
その様子をみなが、「3人組」と呼ぶほどだ。
石原先輩は、かなり上手になっていたが、それは須藤先輩と増田先輩、黒木先輩が面倒を見ているからだと聞いた。
そして、練習についていくのに必死な石原先輩は彼氏を作るどころじゃない、という感じだ。
僕は、一旦アプローチをやめ、見つめるだけにした。
九十九高校は、顧問の先生が声楽の先生なので面倒を見てくれない、とどこかで聞いた話の様だ。
しかし、中学と違うのが、近隣の強豪校が部員をひっぱりあげているので、関東大会まで行ける実力が付くのだ。
6月の定期演奏会も、夏のコンクールも終わり、文化祭がやってきた。
僕は、練習の方が忙しく、クラスの出し物に関わらなかったので、仕事が回ってこなかった。
手持無沙汰となり、実験をやるという、化学室に足を運んだ。
すると、石原先輩がいた。
化学部で親友の裕子先輩のお手伝いをしているという。
同じ場に、黒木先輩がいたのは、かなり嫌だったのだが、石原先輩と一緒に居られる方が嬉しい。
みなで話をしよう、という事になり、裕子先輩は、僕に興味を持ったらしい。
『石原先輩と押し問答をしている』と話をしたら、
「すごい!美佑にぞっこんなんだね。美佑の中学時代の話、聞きたいな」
と、言ってくれたので、僕は中学時代の事を話し出す。
石原先輩は『あまり変な事は言わないでね』とお願いしてきたけど、僕は意に介さず話を続けた。
石原先輩は、最後のほうは、涙目になっていた。その姿もかわいい。
黒木先輩も聞いていた。本当は聞かせたくなかったのに、仕方がない。
話を聞きながら、黒木先輩は、僕が石原先輩の事を『颯爽としている』と評しているのを不思議がった。
僕しか知らない秘密かも……と、思っていたら、裕子先輩が、
「言われてみれば、美佑は颯爽としている時があるかも。
部活に行くときとか、移動教室の時とか、颯爽と向かっているからね」と、言ったので、僕だけの秘密ではなくなってしまった。
黒木先輩は、石原先輩の中学時代の話を、最後まで涼しくない顔で聞いていて、
『健太郎に教えてやろっと』なんて言っていた。
翌日、裕子先輩が僕のクラスにやってきて、
「黒木君、早速増田君に話したらしいわよ。増田君が、速攻美佑を捕まえてたから」
と、僕には不要な事を教えてくれた。
月日は過ぎ、石原先輩は3年生となり、コンクールを最後に引退した。
僕は、石原先輩が引退したら、退部すると決めていた。
先輩のいない部活には興味がない。
中学の時そうしなかったのは、部員が少なく、石原先輩に『後は頼むね』と言われたからだ。
文化祭も終わり、これからは勉強に力を入れようと思っていた時、増田先輩から声をかけられる。
「数人と美佑が付き合う事になったから、数人を殴りに行こう」と。
僕は目の前が真っ黒になった。
「ありがとうございます。参加します」
やっとのことで、返事をする。
自転車置き場で、殴り合いが始まった。
何発殴っても気が晴れない。
でも、黒木先輩は、一切反撃しなかった。
最後まで、僕たちの殴り合いを見ていた石原先輩に、心の中で、お別れの言葉を告げた。
僕は、石原先輩を忘れようと、必死に勉強に取り組み、国立大の医学部に受かった。
6年間の勉強を終え、研修医として、必死に医者と言う職業に向き合う日々が続く。
合コンに誘われる事があったが、すべて断った。
告白されて、付き合う事もあったが、どうしても、石原先輩と比べてしまい、長続きしない。
こうしてまた、日々が過ぎ、伴侶を得ないまま、僕は開業医になる事を決心した。
未練がましいのはわかっている。
黒木家の近くに開業し、僕はその旨を石原先輩に伝えた。
何年ぶりだろう。石原先輩の声を聞いたのは。
僕の声は、きっと歓喜で震えていたと思う。
石原先輩と黒木先輩は、開業祝いに、贈り物をしてくれた。
石原先輩は、見事なパッチワークのタペストリーを。黒木先輩は、定番の胡蝶蘭の植木鉢を。
僕は、石原先輩からの贈り物を飾って、それを見ながら、医者を続けている。
「おーい、石橋。飯できたぞ」
黒木先輩の声で、現実に戻ってきた。
石原先輩の料理は本当においしい。
だけど、ちょっと寂しいのは、酒のあての料理が出てこない事だ。
なぜなら、黒木先輩が、お酒を飲めないからだ。
本当は、石原先輩と飲みたいのに……
今日はここら辺にしておくか。『また来ます』と言って帰った。
「こんばんは。石原先輩。遊びに来ました」
インターフォンにまた黒木先輩が出る。
「おまえ、医者じゃないのか。よくこんなに遊びに来れるよな」
と言ってきたので、
「僕は、黒木先輩より要領がいいので。要領の悪い人とは遊びません」
と、返すと、
「じゃ、もっと要領の悪い美佑とは、会うことはできないな」
と、また言い負かされる。
でも、僕は今日も負けはしない。
「要領云々は横に置いて、一旦あげてもらえませんかね」
「しかたない。あげてやるよ」
了承を得た。
お邪魔すると、黒木先輩が不機嫌な理由が分かった。
なぜなら、実家に預けている息子が家にいるからだ。
久しぶりの団欒を楽しみたいのだろう。
僕は、石原先輩の息子の駿と話す。
「久しぶり、駿君。学校は慣れた?」
「石橋先生、お久しぶりです。なんとかついていっている状態ですけどね」
「そっか。頑張れよ」
と声をかけた。
駿君は、顔立ちは悔しいことに、黒木先輩に似ていて、容姿は石原先輩にそっくりだ。
石原先輩、昔からスタイル良かったもんなと、ぼんやり考えてしまう。
本当は、石原先輩とお話したかったのだが、駿君が来ているのでは仕方がない。
僕はお土産だけ渡して、お暇することにした。
僕はこうして、石原先輩を独占するために、日々黒木家を崩壊させようと努力しているが、いまだ、黒木先輩によって阻まれている。
『今日もまた、石原先輩に会いに行こう』
そう考えながら、お土産を見繕う。
打倒、黒木家。
日々黒木先輩の邪魔をしに行くという生活は悪くない。
そんな目標を持っている僕は、なんだかんだ言いつつも幸せなんだと思う。
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