番外編7 田中君が恋する百合とは同士だ

学年上が代替わりし、文化祭が終わった後、関田(百合)から声をかけられる。

 「ねぇ田中君。相談したいことがあるんだけど」

 練習も終わって、居残り練習を始めようとした時だった。

 僕は、関田の事を快く思っていない。

 いじめはするし、派閥は作るし、『遊びに来てるのか?』と思うほど練習しなかったり。

 なので、不機嫌さを混ぜて、

 「相談ってなに?僕練習したいから、早く言ってくれないかな」

 と、答えた。すると、関田は、

 「1年生の実力が落ちないようにしてほしいの。今回の文化祭に向けての練習を見ていて、危機感をもったのよ」と、真剣な顔をして、お願いしてきた。

 今までの関田とは全く違う態度に僕はびっくりして、

 「急にどうしたんだよ。個人で頑張ればいいだけの事じゃないのか?じゃ、お疲れ様」

 と言って、会話を打ち切った。

 多分関田は、3年生になった時、指揮者になる僕に相談したかっただけなんだと思うが本心が全く見えなかった。

 翌日も、同じように寄ってきて、同じお願いをしてきた。

そして僕は昨日同様の態度で接した。


 1週間この問答が続いた。

 「お願い、田中君。本当に私じゃ何もできないの」

 僕は、ここまで関田が熱心に、お願いしてくるのが分からなかった。

 「何をそんなに焦っているんだ?」

 部活に遊びに来ている様な奴に、何がわかると言うのだろう。

 そろそろ、この話は終わりにしたい。

 「で、関田は、どうしたいんだ。話によっては二度と聞かない」

 関田は、真っ直ぐ僕の目を見て、

 「あなた達みたいに強豪中学からきた人は、自主練でも自分の腕を上げる事は出来るでしょうけど、みんなはそうじゃない。

本当なら、指揮者や先輩方が面倒を見なくてはいけないはずなのに、全然なにもしない。

文化祭の練習を見て、焦りを感じたの。このまま流されて練習をしたら、予選落ちも考えられる。

だから、1年生全員スキルアップをして、自分たちの代には、関東、いえ、全国を目指せるように、今から準備したいのよ」

 と、必死に語ってきた。

 その姿を見ると、冗談で言っている様には見えない。

 「言いたいことはわかった。いつも遊んでいる様に見えるけど、見るとこ見てるんだな。でも、演奏の劣化なんて、よく音楽に向かっている、例えば必死に練習している奴しかわからないと思うが」

 そんな事が、どうしてわかるのか。理由を聞くと、

 「私は、クラシック音楽とか吹奏楽の曲を聴くのが大好きで、いつも聞いているの。なんなら、あなたたちの代の九十九東中の全国大会のCDも持っているわよ。

 だから、この部活に入って、楽器を吹いてみたいと思っていたのだけど、本当は私、聞くのが好きなだけで、演奏することにこだわりがない事に気付いたの。

あ、この話、みんなには秘密ね」と、言った。

関田は、音楽が好きで部活に入ったのは間違いない様だ。

 僕は、「全員で上手くなる」という感覚が抜けていることに気付いた。

 「わかった。僕でよければ相談に乗ろう」

 「ありがとう」

 目を輝かせている関田を見るのは初めてだった。


 「で、九十九東中ではどの様な練習をしていたの?それを応用すれば、上手くいくんじゃないかしら」

翌日、練習が終わった後、速攻関田に声をかけられた。

「確かに言えるな。今日家で強化メニューを考えてみるよ」

 「ありがとう。よろしくお願いね」

 と、関田はお礼を言うと、居残り練習はしないで帰宅する。

 きっと、音楽を聴きに帰ったんだろうな、と、後姿を見て、そう思った。


 居残り練習が終わり、数人と一緒に帰る。

 僕は、関田の話をしようと、数人に声をかけた。

 「あのさ、数人。関田から1年生メニュー考えてくれって頼まれたんだけど、協力してくれないか?」

 「え、関田?」

 僕は、関田とのやり取りを説明した。

 関田が音楽を好きと言う話も、数人に話した。

 こいつは必ず秘密は守るからな。

 「そういう事なら、まずは、全パートのパート練を1年生だけにして、注意をしたらどうだ?先輩方には『見ててください』っていえば、先輩たちは何もいわないと思うぞ。言いたい先輩には言わせてみると良い。そういう先輩はきちんと音楽に向き合っているからな。うちの須藤先輩のように」

 「相変わらず、お前は策士だな。早速明日から始めてみるよ」

「行くときは、関田と一緒に行くんだぞ。そういう耳の持ち主に居てもらった方がいい。

後は、健太郎に聞いてみたらどうだ?俺が今話した案は九十九東中のものだろ?パート練に重きを置いていて、先生が見て歩いていたからな。

だから、八谷中のやり方も取り入れた方がいいぞ」

「ありがとう。数人。明日パート練習の日だからやってみるよ」

「トランペットは見なくてもいいからな」

「それはわかっているよ」

そんな、会話をしながら帰った。


関田に、数人と話した案を話した。

彼女は『早速』という勢いだったが、僕はやらないといけないことがある。

関田に、

「ちょっとトロンボーンの先輩の所に行ってくる」

と言って、向かった。

僕はパートリーダーの先輩に、

「次期指揮者として、メンバーの指導を行いたいと思います。

なので、先輩のパート練に出れなくなりますが、構いませんでしょうか」

と、許可を取った。先輩は、

「全然かまわないよ。こっちは勝手にやってるからさ」

止められるかな?と思ったが、やはり杞憂だった。ある意味ありがたい。

『何が、勝手にだ。なにもやらないくせに』と、不快に思う自分がいた。


「関田、お待たせ。早速回りに行こう」

「じゃ、私待ってるから」

「関田も一緒に回るんだよ」

関田は、明らかにうろたえて、

「私も一緒に行くの?みんなから反感かうよ」

と、目が泳いでる。

僕は、そんな関田を見て、

「一緒じゃないと、関田の熱意が伝わらない」

と、説得すると、関田は、

「わかった。一緒に行くよ」

と、腹を据えた様だ。


僕と関田はパートを見て回る。

1年だけで、って言っても、数人が言う通り、先輩方は何も言わず、部屋を出て行った。

だけど、1年は疑心暗鬼で僕たちを見ていた。

まず関田が、目的を話すと、しぶしぶながら、練習が始まった。

練習を終える頃には、みなに僕と関田の思いが伝わったようだ。

どのパートも関田への偏見はなくなり、『また来てほしい』と言ってくれた。


今日も関田は帰ったが、居残り練が始まる前に増田に声をかけた。

増田は、眩い笑顔で、

「なにか新しい取り組みを始めてるね。僕も、自分のパートは須藤先輩がいるけど、他のパートの様子が気になっていたんだ」

やはり、1年生のみなが思う事は一緒らしい。

「増田、相談に乗ってくれないか?」

僕の顔は、切羽詰まった様に見えたのだろう。

「僕に相談なんて、珍しいね。数人からなにか言われたの?」

増田は、何もかもお見通しなんだな。

「それはその通りなんだけど、今日の練習方法は、九十九東中のやり方なんだよ。だから数人が、八谷中の練習方法も取り入れた方がいいんじゃないかって」

僕がそういうと、増田は真剣に

「わかった。八谷中は、合奏の基礎練に重きを置いている。その中で、弱いパートを合奏後、捕まえて、練習させていたよ。そして、楽器ごとのバランスや、周りと呼吸と音程を意識させるようにしている。オフの時には、合奏の基礎練しかしないときがあるよ」

と、教えてくれた。

僕は、数人の、『増田に聞いたら』という助言が良かったと思いながら、どうするか考えてみる。

「そうなんだ。僕たちは、合奏前の基礎練は、音合わせをする位しかやらないから、やっぱり、違うんだね。もし居残り練習の時間で、この基礎練を行えれば、更によくなるかもしれない。ただ、みんなの同意が必要だよね。難しいかも」

ちょっと顔が曇っていたかと思う。

増田は、

「誰が言い出したの?その人はかなりな覚悟で臨んでいる様だから、1年生責任者の関田に協力を求めたらいいんじゃないかな?関田は、練習こそあんな感じだけど、とりまとめは上手だからね」と、言ってきた。

「言い出したの、関田なんだよ。だから大丈夫だな」

「やっぱりそうだと思ったよ」

増田は本当に何でもお見通しなんだな、と思い、

「ありがとう。関田と相談してみる」

と、言い、関田の元へ向かった。


関田は、

「みんなの協力を取り付けるよ。そこは心配しないで。ただ、昨日のパート練を見ていると、パート練についていけないような、下手な子がいるよ。九十九東中は、どうやって個人の能力をあげていたの?」

確かに、関田の言う通りだ。

「合奏がとにかく厳しくて、合奏についていけないと、合奏中に『出ていけ』と言われるんだよ。だから全員必死で、居残り練習をする。

ちなみに、後輩が『出ていけ』と言われたら、パート全員連座制だから、後輩の面倒も必死で見ないといけない。

1年生の時は、1部(現在のC組)で優秀賞をもらわなくてはならないから、入部速攻、副顧問の厳しい合奏練習についていく必要がある。

あと、個人練の日は先生が一人一人見て歩く、位かな?」

と、中学時代を思い出して、言ってみる。

関田は、真っ青な顔をして、

「そこまでするんだから、全国行けるんだね」

そうかもしれないが、厳しい事はこれで終わらない。

僕は、

「今言ったのは、練習の一部に過ぎないよ」

関田は、ため息をついて、

「個人練の時も、見て歩いてね。

田中君。あと1年生だけの合奏が実現したら、八谷中のやり方で、全体のレベルを上げるのと、やっぱりできない人にはでていってもらい、練習してもらう、かしら。でも、練習の仕方が分からないって子もいるよね」

僕はトロンボーンで、同じ系統の楽器は面倒を見る事ができるが、他の楽器はできない。

「それ、僕も考えているんだよね。それぞれ金管楽器を見てもらう先生、木管楽器を見てもらえるプロの先生を呼ぶしかないかな。ちょっと中学の顧問に相談してみるよ」

関田は、納得した様で、

「とりあえず、できるところから始めようよ。今日は個人練の日だから早速だね」

と、意欲が戻ってきた。

「そうしよう」

僕と関田は、一人一人見て歩いて、アバイスをしていった。


部活が終わって、居残り練の時間を割くことになるが、1年生だけの合奏は、関田が取りまとめた。

1年生はみな先輩に不満を持っているようで積極的に参加してくれるそうだ。


1年生だけの合奏が始まり、今度は僕自身の指揮を上達させなくてはならない。

僕は関田に断りを入れてから一日部活を休んで、九十九東中に向かう。

練習の休憩中、先生を捕まえた。

先生は、かなりびっくりした様子だったが、

「田中じゃないか。久しぶりだな。何があったんだ?」

と、耳を傾けてくれそうだ。

僕は、個人を上達させる方法と、自分の指揮が上手になりたい事を話した。

「指揮は、俺が面倒を見るから、月一回来ると良い。

個人の実力は難問だな。俺だってクリアしていない。

うちは、音大生になった奴もいるから、月一回程度見に来てもらう様にしていただろ?でもただと言うわけにはいかないから、学校の予算に組み込んでもらっている。

でも、九十九高校じゃ難しいだろう」

「そうなですよ。お金の問題が大きいです。あと、面倒を見てくれる人を探すあてもありません」

先生は、ちょっと考えて、

「予算がクリアできたら、つてを頼ってみるよ。つては、八谷中の先生にも相談すると良い。あと山野中な」

僕は『山野中』という単語にびっくりした。弱小校のはずだ。

先生は、困惑した僕を見て、笑いながら、

「山野中は今年、東京音大のトランペット科卒業の先生が顧問になったんだよ。

だからさ、山野中の子に紹介してもらえるようにすればいい」

八谷中は増田に任せて、山野中は石原に頼めばいい。

後は関田に頼んで費用の調達をどの様にすればいいのか相談してみよう。

「先生、ありがとうございました。道筋が見えてきました」

僕は、ほっとした表情になっていた様だ。先生は、

「九十九高校で指揮者になるのは、指導者がいない分厳しいだろう。

指揮の練習以外でも相談に乗るから、気兼ねなく遊びに来い」

と、おおらかな笑顔で、こう言ってくれた。


次の日、早速関田に声をかけた。

「個人のレベルアップの件だけど、やはり、専門の先生をつけるべきだと言われた。そうするとお金が問題になるんだよな」

と相談した。

関田は、

「顧問の先生に相談してみるよ」

と、言ってきた。僕には、先生が吹奏楽に関わらないと思っていたから、びっくりする。

「僕にその発想はなかったから、びっくりしたよ。お願いしてもいいか?」

「わかった」

関田はそう言って、音楽室から出て行った。

関田は、『ルンルン』という形容詞がぴったりくるような感じで僕の元に戻ってきた。

「予算ついたよ。毎年一定の金額を予算として申請しているのだけど、今年は使わない様だったから困っていたらしいの。こればっかりは先輩に感謝ね」

僕は、関田の腕前にびっくりし、

「良かった。ありがとう関田。次は僕の番だな。来てくれるような人を探しに行くようにするよ」

お礼を言うと、関田はテレてしまったようだ。ちょっと耳を赤くしながら、

「少しずつだけど、前に進めて、やりがいがあるよね」

「そうだね。じゃ、今日もパート練見て回ろうか」

関田と2人で、音楽室から移動した。


居残り練が終わると、また、増田に声をかける。

『八谷中の先生に、うちの高校を見てくれる人がいないか紹介してくれないか、頼んでみてくれないか?』とお願いした。

『わかった、明日行ってみるから、部活を休むって部長に言っておいて』

と、2つ返事で了承してくれた。

あとは、山野中だ。

僕は石原に声をかけた。

「山野中、今年から顧問代わったの知ってる?」

「知ってるよ。私たち、時々レッスンしてもらいに行ってるもの」

かなりびっくり発言だ。あいつら、僕に黙ってたな。あとで文句を言おう。

増田と同じ様にお願いして、2つ返事で了承してくれた。


翌日、僕は数人から恨みの言葉をもらった。2人が抜けてさみしかった様だ。

数人と増田。本人たちに自覚はないけど、石原の事すきなんだなと、思っていたが的中していたらしい。

増田は、『美佑、美佑』ってことあるごとに面倒を見ているし、数人は、俺にも向けたことのない笑顔を、石原に向けているからな。

「今度、飯おごるから許してくれ」

「ああ、いい飯を楽しみにしているぞ。ところで、今度、トランペットパートのパート練を見に来ないか?指導じゃなく見学に。須藤先輩のパート練、とにかくすごいんだ。勉強になると思うぞ」

と、言ってきた。

「次のパート練習の日にお邪魔するよ」

「わかった。須藤先輩に声をかけておくよ」


須藤先輩のパート練は凄かった。

数人が言う通りだ。中学校の時の先輩より上手いかもしれない。

先輩自体も上手だが、教える事も上手な様だ。

石原が短期間で上達したのも頷ける。

「須藤先輩、ありがとうございました」

お礼を言うと、

「うちに、他のパートみたいにレッスンしてくれないの?」

と、頼まれてしまい、

「須藤先輩がいるから、安心しています。なので、他のパートに時間を割きます」

と、断った。

先輩は、

「そうね。どの様にすればいいのかわからないパートも多そうだしね」

と、苦笑いしながら、僕を見送ってくれた。


しばらくすると、トランペット以外の先生が見つかった。中学の先生方のおかげで割安価格にしてもらった。予算的にも大丈夫だし、月1日どのパートもレッスンを受けられる環境が整った。後は、全員で練習するのみだ。


「田中君。相談に乗ってくれないかしら」

また、関田にお願いされた。

今度は、拒否することなく、応じる。

「どうしたの?なんとか1年生の練習は進んでいるだろ?」

個人練とパート練の時は見て歩き、居残り練の合奏は、みな参加してくれている。

なにか問題が発生しているのだろうか。

百合は、ちょっと寂し気になりながら、

「やめたいって言う子がいるのよ。私だけじゃなく、田中君からも声をかけてあげてくれないかな?」

あーそういう話か。急に厳しくなったから、辛くなったのだろう。

十分想定の範囲内だ。

「わかった。一緒に行こう」

関田はホッとした顔になり、

「ありがとう。田中君がついてきてくれるなら、大丈夫ね」

僕は、お礼を言われて、テレてしまった。

ちょっと顔が赤いかもしれない。


その子の話を聞くと、やはり、

「実力がなくてついていけない。苦しい思いが続いているから、退部したいの」

想像通りだった。僕が口を開こうとすると、関田が、

「石原さんの練習を見たことがある?彼女はあなたと同じで、弱小中学出身でしょう?

でも、一生懸命練習しているわ。きっと辛いことだらけだと思うけど、みんなに追いつきたくて必死なのよ。でも、まだ、周りを見ると、レベルの違いを感じるわ。あなたは、今までの練習の中で、確実に上達している。石原さん程練習するのは難しいだろうけど、自分のペースで上手くなっていけばいいと思うの。田中君、そうよね?」

関田が、急に話を振ってきた。

「関田の言う通りだよ。僕はみんなの状況を知っているから、誰が今どれくらいなのかわかってる。だから、ほんのちょっと練習量を増やせば、苦しさから逃れられると思うよ。ここで辞めたら、今までの努力が水の泡だ。後悔しほしくないから、僕は君を引き留めている」

僕と関田で必死に引き留めた結果、

「もう少し頑張ってみる」

と、前言撤回してくれた。


なんとか引き留める事が出来た僕は、関田に頼み事をする。

「関田、お願いがあるんだけど、日々回っている時、危ない兆候のある子を見つけてくれないか?そしてメンタル面をケアしてほしい。僕の同意が必要な場合は、今日みたいに呼んでくれて構わないからさ」

関田は、なんとかなった安心感から、顔を緩め、

「わかった。逆に、田中君が見つけたら、私に報告して。対処するから」

と、言ってくれた。


日々、先輩を無視して、努力を重ねるなか、問題が発生した。

パート練は、曲の練習になるけど、合奏は基礎練しかしていない。みんなのモチベーションが落ちてしまっている。

僕はまた数人に相談した。

数人は、しばらく考え込み、

「『慰問演奏』をして、居残り練でその曲を練習したらどうだ?中学の時は色々な演奏会に引っ張り回されていただろ?高校では、そんな事はしないだろうから、部員の本番耐性をつけるのにもいいんじゃないのか?」と。

数人は、無口で、何を考えているか分からないときが多い。

トランペットメンバーといる時ではないにせよ、僕には少し、感情を見せてくれる。

今は涼しい顔だが、『どうだ。いい案だろ?』とにやにやしている様だ。

僕は、

「ありがとう。数人。関田に相談してみる」

と、素直にお礼を言った。


関田に相談すると、速攻顧問の先生の所に行った。

『訪問先を探してもらう』と。

そうして、探してもらうと、良い返事をもらえるところが多く、2週間に一回は演奏ができる事になった。流石である。

選曲は、僕と関田で行った。

老人ホーム向けには、懐かしい系の曲を、児童養護施設向けには、最近流行っている曲を選ぶようにしている。

慰問演奏を行うと、施設側が喜んでくれる。その事が、皆のモチベーションを上げてくれていた。


1年生が、全員腕前を上げる中、問題が発生する。

2年に代替わりした後の体制を固めなくてはいけない。

指揮者は僕でいいけど、普通は副部長から部長になる。しかし、関田は副部長のままが良いと言う。

部長になる副部長を決めなくてはならないのだが、白羽の矢が立ったのが、増田と数人だった。

増田は『生徒会長になりたい』と言うので、数人にお願いしたら、意外にもあっさり了承してくれた。これで僕は、関田と数人からも助言がもらえる。


しかし、数人が副部長になると、関田は数人にべっとりとなって、僕との活動が一気に減った。

僕自身は続けているのだが、やはり、関田のアドバイスが欲しいと思っている、のと同時に、僕は、関田の事が好きな事に気付いた。

もしかしたら、増田なんかは、僕の気持ちにさっさと気付いていたかもしれないが。


流石に困って、数人に相談しようとしていたら、石原が数人にぶちぎれした。

石原にそんな一面もあるんだな、と思うのと同時に、気が強くないと、あのパートの中ではやっていけないんだろうとも思った。


関田は、派閥の友達から、一連の事件を聞いたらしい。

態度を改めてくれ、僕との強化練習に戻ってくれるようになった。

本当は、数人と一緒に居たいんだろうな、と思う。

彼女はわかりやすいからな。

一つ尊敬できるのが、数人と仲のいい、石原に嫉妬していない事だ。

僕は無理そうだ。

でも、浅ましい事に、相手が数人だという事と、関田の思いは実らない事が分かっているから、平常心を保っていられる。


2年生が、惰性で合奏をしている中、トロンボーンのパートリーダーが回りに聞こえる様に、ダメ出しをしてきた。

『音程があっていないと』

僕は、完全に頭にきた。演奏が乱れているのは先輩のせいだからだ。

それが聞こえた数人が立ち上がろうとするのを、増田が制して、先輩に、

「僕はこの曲ではトップ(主旋律を吹く人)で、先輩の隣に座っていますけど、先輩の音程がひどくて困っています。トロンボーンに合わせると、周りと合わなくなるし、トランペットパートの正しい音程に合わせると、トロンボーンが浮いてしまう。先輩も人の事に構っていないで、自主練してくれませんか?」

と、目の奥が笑っていない笑顔で、強烈な言葉を放った。

先輩は、

「後輩のくせに、なにが分かるんだ」

と、かませ犬の様なセリフを言ってきた。

面倒だな、と思い、合奏を出ていこうかと思ったときに、増田の隣に座っていた須藤先輩が、

「増田くんが言っている事の方があっているわよ。同学年の私が言うなら、話聞いてくれるでしょ?」

と、助け船を出してくれた。

トロンボーンの先輩は、

「わかったよ。合奏を乱して悪かった」

と、納得してない顔で謝った。


僕は、練習が終わった後、増田と須藤先輩。そして、最初に先輩に相対しようとしてくれた数人にお礼を言った。

お礼を言うと、須藤先輩は、

「うちの学年のメンバーが悪く言ってしまってごめんなさい。

同じ学年を注意しなくてはならないのは、私の方なのに」

と、酷く悲しい顔をして、謝ってくれた。

僕は、

「須藤先輩が謝る事はないですよ。

でも、先輩。同学年があんな調子で苦しくないですか?」と、話しの矛先を変えてみた。

須藤先輩は、明らかに諦めた顔をして、

「本当の事を言うと、すごく辛いわ。

でも、私は楽器を吹くのが好きだから。あと、後輩に恵まれているから、耐えているのよ。

ま、本音を言えば、1年生に混ぜてもらいたいけどね」

綺麗な須藤先輩の、辛い顔を見るのは辛い。

数人や増田、石原が支えてくれるのを祈って、自分の練習に戻った。


色々な事件もあったが、1年生は順調に育っていく。

2年になっても、新入生を巻き込んで、練習を続けていった。


3年生は相変わらずだ。

1・2年生がうまくても、3年生が足を引っ張りまくるから、演奏がひどくなってしまう。

やっぱりというかなんというか、コンクールは予選落ちだった。

でも、これでやっと先輩が引退してくれる。

今までの練習を堂々とできるのが嬉しかったのと同時に、結果を残せるように、より、厳しく接した。

ま、きつくてねをあげる部員には関田がついてくれるから安心だ。


相変わらず厳しい練習を課していたが、数人から声をかけられる。

「おまえさ、一生懸命部活の運営をしている関田になにもしていないだろう?

いくら聞くのが好きと言っても、この部活に入った以上は、演奏してみたいんじゃないか?」

確かにそうだ。

僕が同意すると、数人はちょっと考えて、

「慰問演奏をして、関田にソロを吹いてもらうのはどうだ?」

と、案を出してきた。相変わらず数人は策士だ。

「そうだな。実行に移そう」

と答えた。

関田には、その旨を話し、練習するように伝えた。

『数人の案だよ』

と、言ったら、彼女ははにかんだ笑顔を見せた。

彼女は危なげながらも、ソロを吹いた。

帰り道、関田は、涙腺を崩壊させていた。

その姿をみて、やはり、演奏もしてみたかったんだと思い、彼女がどれだけ自分の思いを犠牲にして部の運営に心を砕いていたのか分かった。

数人に言われる前に気付く事が出来なかった自分を恥じた。


僕たちは、厳しい練習を乗り越えて、コンクールに臨んだ。

しかし、結果は関東大会止まりだった。

僕は、悔しくて仕方なかった。

あの先輩たちの1年間がなければ、とか、あれをこうすれば、とか、考えてもどうにもならない事で、頭がいっぱいだ。


引退にむけて、幹部が挨拶をする。

僕の番が回ってきた。

「みんな、僕の厳しい練習についてきてくれてありがとう。でも、全国に連れていく事が出来なかった。許してほしい」と、みんなに頭を下げた。

しばらく、静かな時間があったが、急に石原が、

「田中君じゃなかったら、去年の状態からここまで立てなおすことはできなかった。全国大会に進めなかったのは、すごく悔しいけど、それは田中君が謝る事ではないよ」

と、声を上げてくれた。

すると『そうだよ』とか、『今までありがとう』とか、みんなから言葉をかけられる。

僕は涙をこらえる事が出来ず、泣きながら、次に挨拶をする数人にバトンタッチした。


文化祭が終わった後、ちょっとした事件が起こる。

自転車置き場で、数人と増田、あと石原が好きで好きでたまらない後輩の石橋が殴り合いをしている。

それを横目に、関田が涙目で帰って行く。

なにがあったのか、石原に聞こうと思ったら、止めに行こうとしている。

でも、喧嘩に口を挟んだらダメだ。

僕が止めようとすると、須田(雅美)が先に石原を止めて、

『美佑に振られた方が、付き合う事になった方を殴る約束をしていた』と説明していた。

そっか。一方的に殴られている数人の恋が実ったんだな。

増田には悪いが、幼馴染として、数人に心の中でお祝いの言葉を送りながら帰路についた。


 次は僕の番だ。今すぐは、関田も気持ちを整理することが出来ないだろう。

 どうすればいいのか、増田に聞いてみた。

「なんで振られた僕に聞くの?数人でいいんじゃない?」

「でも、数人は棚から牡丹餅だったんだろ?数人本人が言っていたからな」

「そっか。でも僕が言えるのは、好きなら直球で告白したどう?位かな」

「ありがとう。参考にしてみるよ」

それ、絶対イケメンの増田だからできる事だろう、と思っても口には出さなかった。

やっぱり策士の数人に聞いてみよう。

彼は幸せオーラを出しながら、

「田中。浪人する覚悟はあるか?」と、とんでもないことを言ってきた。

「え、何を言っているのかわからないんだけど」僕は、そう返すしかなかった。

数人は、

「今関田に、『どこの大学に行く?』って聞いても、引かれるだけだろ。

だから、関田が入った大学に、一年遅れで入学するんだ。

同じ大学だったら、告白するハードルもさがるんじゃないか?」

いう事厳しいなぁ、と思いつつも、

「ありがとう。数人。覚悟を決めるよ」

「いい結果が聞けるのを楽しみにしているぞ」

僕は、数人にお礼を言って、親にどうやって浪人を許してもらうか、悩むことになった。


受験も終わり、関田は、北の国の国立大の農学部に合格した。

そういえば、理系で頭良かったもんな、と思ったのと同時に、追いかけていたら、僕の偏差値では、どちらにせよ浪人することになっただろう、とも思った。


僕は、浪人して関田のいる大学に入学した。


早速関田を発見して、声をかける。

関田はかなりびっくりした様だ。

「田中君?どうしてここに来たの?びっくりしたよ」

という彼女に、

「関田を追いかけてきたんだよ。ずっと好きだったんだ」

と、告白した。

関田は、顔を真っ赤にしたものの、

「ごめん。まだ恋をする気になれないの」と。

まだ、数人の事が忘れられないんだな、と悲しくなった。

でも、引き下がる事は出来なくて、3回ほど告白して、振られていた。

次でダメだったら、諦めようと思っていた。

同じように告白したら、

「私も新しい恋をしようと思うの。だから田中君からの告白をうけるわ」

と言ってくれた。

僕は天にも昇る気持ちになり、思わず関田を抱きしめる。

関田は、おとなしく抱きしめられていた。


それから、数年が経ち、

「百合、トウモロコシの調子が悪いから、一緒に原因を考えてくれないか?」

関田の家も僕の家も、農家を営んでいる。

関田は長女で男兄弟がいなかったから、婿をもらう必要があった。

そして、僕は次男だ。

僕は、あっさりと婿養子になり、百合と畑を耕し、毎日野菜について語りあう日々を送っている。

その会話は、夫婦の会話ではなく、高校時代の会話の様だった。


そう、どうやったら部活がよくなるか考えた同士と言う様な。

僕は、そんな頼もしい同士と結婚できた幸せ者だ。

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