赤ずきんちゃん改

ヤマワロ

赤ずきんちゃん改

 むかしむかしあるところに、ちいちゃいかわゆい女の子がおりました。

 女の子は、おばあさんからもらった赤い頭巾ずきんをたいそう気にいり、いつでもどこへでもかぶっていきました。それはよく似あって、誰しもが人目見れば『赤ずきんちゃん』と名づけてしまうほどでした。


 *


 ある日赤ずきんちゃんは、村はずれの森の奥にあるおばあさんの家へ、病気のお見舞いに行くことになりました。


 ひとり森へ入っていく赤ずきんちゃんを、こっそり木陰からうかがう者がありました――大きな耳に大きな目、大きな手に大きな口。しっぽの生えた毛むくじゃらが、牙の間から舌とよだれをはみ出して、すきっ腹をさすり、なだめすかしておりました。


 毛むくじゃらは、やおら赤ずきんちゃんに近づき声をかけました。


「赤ずきんちゃん、こんにちは。たいそう早くからどちらへ?」


 赤ずきんちゃんは、声の主を見ました。山高帽にジャケット、品よくネッカチーフまで飾った彼は、きっと紳士に違いない、と赤ずきんちゃんは思いました。たとえ帽子が底抜けで、たとえジャケットがすり切れで、たとえネッカチーフが染みつきで、たとえ彼がオオカミだったとしてもです。


「オオカミさん、こんにちは。おばあさんのご病気のお見舞いに、お菓子とブドウ酒を持っていくの。森の奥の奥、大きな三本カシの下、クルミの生垣いけがきのかわゆいおうち」


 けがれを知らぬバラ色のほおが、ポヨポヨ弾んで答えました。


 オオカミは、のどを鳴らして考えました。


 ……さて、むやみとこづいちゃハチの巣騒ぎ。ここいらをうろつく猟人かりうどを出しぬいて、ばあさまもろともパックリやるには、あせらず工夫が肝心だ……


 そしてわざとらしく、ひとり言のようにつぶやきました。


「……それにしても、学校ガッコへ行くときのように、むやみとセッセコ歩いているんだなぁ。なんだってほうぼう眺めてみないんだろうねぇ? そこいら中に咲いてるヤツは、見舞い土産にピッタリだろうに……」


 とたん、赤ずきんちゃんの目の中で、妖精が羽ばたきを始めました。真っ赤なティアラに、薄桃色のチュチュ。黄色いフリルに、純白のふわふわパニエ。森の彩りが一堂に会し、緑の手を広げ、出迎えているのです――森の舞踏会へようこそと、赤ずきんちゃんをいざなっているのです。


 赤ずきんちゃんは、これでもうひとつおばあさんへの贈り物ができた、と自身に言い訳して、おとぎのそのへ飛びこんでいきました。


 *


 三本カシにクルミの生垣いけがき――三本カシにクルミの生垣いけがき――オオカミは、心に反芻はんすうしいしい森をつき進み、ついにその場所へたどり着きました。大きな三本カシの下、クルミの生垣いけがきのかわゆいおうち、その扉の前へと。

 コツコツとノックすると、中からしわがれた声がしました。


「おや、どなた?」


 オオカミは精一杯の裏声で、気の抜けた小声を返しました。


「……私、赤ずきんちゃんよ。お見舞いに、お菓子とブドウ酒を持ってきたの……」


 その珍妙な声音にも、病気のおばあさんでは疑う気力もホドホドでした。


「入っておくれ。おばあさんは、起きられないのだよ」


 おばあさんは、オオカミを迎えいれました。


 *


 赤ずきんちゃんは花束を抱え、三本カシの下のおうちへと向かいました。森から色を滅するかのごとく摘みに摘みまくり、うずたかく築いた花の山に埋もれヨタヨタとを進めました。


 ポロポロと山を崩しながら、やがて赤ずきんちゃんはクルミの生垣いけがきにたどり着きました。通りぬけた先の扉をコンコンすると、中からしわがれ声がしました。


「おや、どなた?」

「私、赤ずきんちゃんよ。お見舞いにお菓子とブドウ酒を持ってきたの」

「入っておくれ。おばあさんは起きられないのだよ」


 赤ずきんちゃんは、おばあさんがずいぶんと重い病気で、のども悪くしてケダモノのようなお声になってしまったと思いました。


 *


 赤ずきんちゃんが中へ入ると、部屋はカーテンが引かれていました。薄暗くて、寝台からはみ出た大きなケダモノ足に、赤ずきんちゃんは気がつきませんでした。


「おばあさん、お花を摘んできたの」


 おばあさんと呼ばれたモノは、半身をムックリともたげました。やにわに赤ずきんちゃんの手から花束をむしり取り「まあ、おいしそう!」と、ムシャムシャ食べてしまいました。


 赤ずきんちゃんは、目前に座すモノをとっくりと眺めました。その様子は、記憶にあるおばあさんと、ずいぶん変わっておりました。被った頭巾ずきんは左右に山をつくり、赤ずきんちゃんの輪郭りんかくとは違っておりました。


「……おばあさん、なんて大きなおみみかしら」


 頭巾ずきんの双子山が、ゾワゾワとうごめきました。


「それはね、お前の声がよく聞こえるようにさ」

「……それになんて大きなおめめ」


 爛々らんらんと血ばしる目玉が、ギョロリと赤ずきんちゃんを見つめました。


「それはね、お前のいるのがよく見えるようにさ」

「……それからなんて大きなおてて」


 毛むくじゃらですじ張った前足の黒い爪が、赤ずきんちゃんをカリカリとなでました。


「それはね、お前がよくつかめるようにさ」

「……でもおばあさん。まあ、なんて気味の悪い大きなおくちだこと」


 そのモノの口の端がニチャアと引きあげられ、のぞいた牙を長い舌がベロリとなめました。


「それはね――」


 そのモノは、自身の頭巾ずきんをはぎ取り、ケダモノの面相をあらわにしました。


「――お前を食べるに、いいようさ」


 ***


 男は、帽子ハンチングの影から鋭い眼光を飛ばし、森をにらみつけていました。男は、ブタのように丸々とした太っちょで、ブタのように幅広の折れ耳で、ブタのようにそり返った大鼻で――要するにはブタでした。ただし、鉄砲とナイフで武装した、猟人かりうどでもありました。


 そんな猟人かりうどブタの歩みを止めたのは、足もとに落ちていた一輪の花でした。

 一輪の花が、森の小道においてさえ目を引いたのは、一輪、また一輪、そのまた一輪、そしてまた――と、飛び石に連なっていたからでした。まるで道しるべかのようで、猟人は何の気なしに導かれていきました。


 花のしるべは、大きな三本カシの下のかわゆいおうちへと続いておりました。猟人かりうどは、他愛ない子どものお遊びか、と通りすぎようとしました。


 きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………


 きぬを裂くがごとしとはこの事かと、猟人かりうどは駆けだしました。悲鳴の消えた、クルミの生垣いけがきのおうちへと。


 *


 ドンッ ドンドンッ


 猟人かりうどの、最低限の礼節をわきまえた呼びかけに応答はなし。ええいままよと、蹴破けやぶった扉の奥は、ケダモノにおいてはえんもたけなわ。むさぼり食らう口から、ちいちゃなあんよと赤いきれがはみ出ておりました。


 招かれざる来賓らいひんに、オオカミは獲物を慌ててかき込みました。猟人かりうどは、ひるむことなく鉄砲を構え、食事中のどてっ腹へと照準を合わせました。しかし猟人かりうどは、引き金にかけたヒヅメを止めました。


「あの中には、今の……」


 猟人かりうどは、オオカミの腹の中のいたいけな犠牲者を気づかいました。狙いを頭へと移す間に、オオカミは臨戦の準備をつけておりました。


 オオカミが飛びかかると同時に、鉄砲の怒号が右目を削り、右耳を吹きとばしました。しかし、目前のブタにたけり狂うオオカミは、とどまることをしりません。猟人かりうどに二手目の猶予はなく、頭からパックリ――もがかれるのも面倒だと、丸飲みにされました。


 げえぇっ……ぷううぅぅぅぅ………………


 オオカミは、食後の不品行を臭気とともに吐きだしました。そして戦功をたたえ、自身の腹をなでました。


「ばあさまひとり、こむすめひとり、ブタ一匹。それと、野草サラダが少々か」


 まさに満腹――オオカミの腹はその戦果によって、風船のように膨らんでおりました。


 ガッハッハハッガァッハッハハハ…………


 満身の充足を示す高笑いに、ユッサユッサと太鼓腹たいこばらが波うちました。それは寸刻すんこくの出来事――波のひとつが、ひときわ大きく盛りあがりました。頂点の鈍角が、鋭角へと遷移せんいするその刹那せつな

 太鼓腹たいこばらの頂上から、モコリと頭をのぞかせる、キラリと輝く金属光沢――ズブズブとふもとへうがたれると、通り道からピョコリと一輪、かわゆい花が咲きました。そこから先は雪崩なだれ式、せきを切られた花々は、おしくらまんじゅうで我が先よと乱れ咲き。


 パアアァァァァ…………ァァンン…………


 風船は、美々びびしき怒涛どとうに破裂せられました。頭陀袋ずたぶくろと化したオオカミのしかばねを、りこめる花吹雪ふぶきが埋めました。


 花びら雨が上がるにつれ、花よりも鮮やかな真っ赤色が現れました。赤ずきんちゃんは縮こまって、おばあさんと抱きあっておりました。それからもうひとり、体を深くかがめて、ナイフ一刀を両手で突きだした猟人かりうどもおりました。


 なんとも幸運なことです。狡知こうち無頼ぶらいも、奸計かんけいいて丸飲みをくり返し、三者五体満足で腹に収まっておりました。


 ***


 猟人かりうどは、赤ずきんちゃんとおばあさんの歓待攻勢をかいくぐり、丁重にいさめました。そしてオオカミのなま皮を背負って、去っていきました。その後腐あとくされのない颯爽さっそうとした物腰に、赤ずきんちゃんは感慨かんがい深くつぶやきました。


「これが紳士というものなのね」


 紳士を見送った赤ずきんちゃんは、おばあさんが精のつくよう、お肉のスープを作りました。そして、ブドウ酒とお菓子と一緒にふる舞いました。


「おばあさん、よく噛んで召しあがってね」

「わかっていますよ、赤ずきんちゃん。お腹がつき破られちゃ、困りますからね」


 ***


 さて、このおとぎ話の教訓が何かと申しますれば、『ごはんはよく噛んで食べましょう』ということなのでございます――めでたしめでたし。

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赤ずきんちゃん改 ヤマワロ @imoyaite

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