エピローグ 歪に生きる
家が、無くなっていた。
汐美と暮らし始めてから、3年。
葵生は、実家――正確に言えば父親としばらく暮らしていた公営住宅まで来ている。
だけれど、目の前に広がっているのは建設途中の現場だ。
(取り壊されたんだ)
元々老朽化が進んだ公営住宅だった。
3年も経てば、解体されてもおかしくはない。
(いや、もしかしたら――)
葵生の父親が孤独死したのが原因かもしれない。
いわくつきの物件になって、解体されてもおかしくはない。
ふと、作業している大工――その1人に目が留まった。
とても若いのに、現場を仕切っているように見える。
(もしかして、神メイト?)
顔はよく見えない。
だけど、なんとなくそんな予感がした。
(あ…………)
目が合った。
あっちも気付いてしまっただろうか。
葵生はとっさに顔を背けたのだけど、相手はすぐ近くにいた女性に声を掛けた。
赤ちゃんを抱いていることから、おそらくは配偶者だろう。
葵生に似た掠れた雰囲気を纏っていて、高校生時代の葵生にどことなく似ている。
少し前までは高校生だったのに、もう家族がいる。
とっても幸せそうで、立派で、何不自由なさそうな家族が。
「いこう。笑未ちゃん」
手を引かれた笑未は、コクリと頷いた。
「あー、うー!」
娘は左足を引きずりながら、歩き始める。
しかも、3歳にもなるのにまともに言葉も話せていない。
耳も聞こえるし、文字も覚えることもできる。
だけど、発声がうまくできななくて「あー」「うー」としか言えない。
葵生が海に沈んだことによる後遺症だ。
親子が次に向かったのは、中学校だった。
葵生とケンと出会った場所。
そこで、葵生はケンについて語り始めた。
笑未がどこまで理解できているかはわからない。
だけど全部を丁寧に話すと、真面目に聞いてくれた。
(なんだか、むず痒い)
葵生が娘を連れてこの町に訪れたのには理由がある。
自分が生まれ育った町を笑未に見せて、自分の半生を伝えるためだ。
笑未には父親がいない。
本人も周りと違うことに気付いていて、あえて触れないようにしている節がある。
それが申し訳なくて、葵生は笑未にケンの動画を見せた。
すると食いつくように見ていて「もっと知りたいの?」と訊くと力強く頷いていた。
中学校の次は高校。
ケンが住んでいた部屋。
すでに他の人が住んでいた。
包根神社にも行ったけど、神様が現れることがなかった。
最後は、一緒に海に沈んだ場所。
と言っても普段住んでいる町の近所で、
「ここで、パパとお別れしたんだ」
「うー」
夕日を見て黄昏ながら、時間を過ごしていく。
穏やかな時間。
いつの間にか、帰らないといけない時間が近づいてきた。
突然――
「ぱっぱっ!」
子供の声。
初めて聞いた、喋る声。
「……笑未」
笑未が喋った。
その事実だけで頭がいっぱいなのに――
「……ぁ」
振り向くと、人の姿があった。
金髪で、ヤンキーみたいな見た目の男子高校生。
だけど、フッと。
次の瞬間には消えてしまった。
ふいに、左腕に残っている噛み痕をさする。
時間が経ったせいで、大分薄れてしまっている。
金髪のミサンガも、色がくすんできている。
徐々に、過去が風化している。
(……ケン)
息を吸い込むと、塩辛い海風が入り込んできた。
(今はゆっくり休んで、見守っててよ)
葵生が女体化して、ケンが余命1年になってからの1年間。
あの時の事は後悔していない。
当時は、そうするしかないと思っていたから。
過去は消えない。
過去は忘れられない。
常に、笑未の言語能力と左脚のせいで思い出してしまう。
だったら、今の自分に出来ることは1つだ。
過去を受け入れて、少しでも誇りに思おう。
「じゃあ、行こうか。今日はご馳走を用意しなくちゃ。笑未が喋った、とっても特別なお祝い」
「う――っ!」
手を握ると、温かくて小さな感触に心が満たされていく。
今、あの時の自分が欲しかった温もりを与えられているのだろうか。
どんなに酷い自分でも受け入れて、愛してくれて、一緒に死のうとしたのに優しさを捨てきれなかった、ケンみたいに。
たまに、あの日のことを思い出す。
ケンと一緒に、海に沈んだ日。
溺死しかけるのは、苦しかった。
逃げることもできなくて、体の中に水が入り込んでくるのに、体温がドンドンと奪われていった。
怖くて苦しくて、よくわらなくなっていた。
でも、それ以上に嬉しかったんだ。
でも、ケンと一緒に、つらい現実から逃げ出せるから。
パチン、と。
葵生は自分の頬を片手で叩くと、現実に戻ってくる。
(よしっ!)
息を吸い込むと、胸がいっぱいになる。
足を前に進めると、胸が高鳴る。
手に力を入れると、笑未の温かい感触が伝わってくる。
瞼を開けると、青空が目一杯に広がっている。
生と死にあふれているのに、とても鮮やかな世界だ。
きっと。
生きるために死ぬとか。
死ぬために生きるとか。
生きる理由とか。
死ぬ理由とか。
自分の価値とか。
命の価値とか。
死ぬのが怖いとか。
そんなことはどうでもいい。
未来が、大事な人の手のひらみたいにほんのり温かい。
だから僕は今、生きていけるんだ。
――――――――――――――――――――――――――――
かなり紆余曲折あった作品ですが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました
この作品を通して、少しでもあなたの心が動きましたら
フォロー
☆評価
♡応援
レビュー をよろしくお願いします
皆さんの評価や応援が、この作品が広まることに繋がります
美少女TSした僕と、余命1年の悪友ヤンキー ~我慢すれば戻れる1年間~ ほづみエイサク @urusod
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます