第2話 運命の子

(なんだ?刀を地面に叩きつけて宙を舞った?)

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 数刻前

 手の前に光が見える、それはこの長く過酷な洞窟から外に向かう希望の光だった。

 いや、少なくとも中嶋はそう思ったのだ。「そうでなければ、この俺に希望はない」

 そこには覚悟があった。

 それまで中嶋は軍に志願した時も、大島旅団に配属された時も、常に死ぬつもりはなかった。

 多くの仲間や同僚たちが、それぞれの死生観で死ぬ事を覚悟して戦地にむかった。

 しかし中島だけは、己の生を信じてやまなかった。

 口には出さなくとも、いっぺんたりとも自らの死を感じることはなかった。

 しかし、今回の戦争において、仲間たちと離れ血が流れ続け止まらない状況になって、孤独と喪失と疲れと、目の前の先が見えない状況下で、初めて死の予感と死ぬ覚悟が生まれた。

 しかし、それでもまだ希望は失ってはいなかった。

 それが、中嶋の強さでもあった。

 

 それが、目の前の光を脱出への希望と信じさせる要因になったのだ。

 

 一歩、また一歩、光へ向かって進んでいく。

 それは眩しくて目が潰れそうなほどのものであったが、できるだけ目をを閉じ、薄めを開けながらの単騎の希望への行軍であった。

 

 ————————————

 更に数刻前

 「もう!うるさいですわ‼」

 セリカ・スピアは貴族たちを集めた舞踏会の出席を頑なに拒んでいた。

 この舞踏会は彼女の家が二年に一度定期的に開催している恒例の行事だった。

 彼女は父の命令で、欠かさず毎回出席していたが、それも我慢の限界だった。


 元々彼女は女性ではない。

 生まれた頃から体が弱く、スピア家の両親は健康的な子をもうけられなかった事を、自分達の責任と感じて泣き続け嘆き続けていた。

 教会から司祭を呼び、幼い我が子の手を父、母共に左右から握り続け寝るまもなく祈り続けた。

「神よ!おお、神よ、お力をお貸しください!我が子をお救いください!このままでは世の荒海に、戦果が渦巻くこの世界に、きっとこの子は耐えられますまい」

 

 この両親は心配と絶望のあまり自分達の領地すら手をつけられなくなり、彼の地は荒れる一方になり、外敵の来襲を迎え撃つ兵士たちへの言葉すらかけられず、誰も彼もがこの一族とその領地はいつか滅ぶであろうと予測した。

 

「領主様、いやさ殿!お伝えしたいことがあります!」

 突如、その疲弊した父と母の元に急ぎの伝令が扉を開けた。

 

 伝令は感情すら無くなった夫婦と司祭、そして弱りきった赤子の前に膝をつき、伝えた。

「殿、お忙しいところ失礼ではありますが、殿に会いたいと、是非に会わせてくれと、東のランプケール修道院よりケルン上級司祭が!」

 その言葉を聞いて、父は虚ろな目で冷たく一言言っただけだった。

「見ての通り今は忙しいのじゃ」

 しかし、伝令の次の一言が父スピア・ランズベール卿の目を、長くの間曇らせていたスピア・ランズベール卿の目を再び輝かせた。

「上級司祭から、面会を断られた際に伝える様にとことづかったものがあります。失礼とは思いますが、今勝手にお伝えさせていただきます。『お子のことで、救いになるであろう物を伝えに参りました』」

 父は一瞬戸惑いを見せた、数秒の時間が経ったであろうか?伝令が瞬きをした時には、今まで支えて来た、頑強なころのスピア卿の顔があった。

「通せ!通せぇぇ!」

 一際大きな声が城全体に響き渡った。

 

 それは小さかった。驚くほど小さな塊が父の目の前にあった。それは人が座る椅子ほどの小ささしかなかった。

 

 それは人であった、父と母と祈り続ける司祭の前に現れたこの上級司祭は、それほど小さく、その体躯に真っ白いローブを被り、まるで城の倉庫に仕舞われた古の置物の様だった。

 ケルン上級司祭はこの領地だけではなく、この国の誰もが知る人ぞ知る有名な司祭である。

 小さき修道院に所属してあるが、各地で数々の奇跡を起こしたとも噂されている。しかし皆噂には聞いていたが、多くはその姿を知られてはなく、見たものは少ない。その部屋にいて祈り続けている領地の司祭もその姿を見たことはない。

 もちろん今、この部屋にいる誰も、この上級司祭の姿を、その目で初めて見ることとなる。

 その小さき、もの、が口を開いた

「これはこれは、其方たちが囲っている、その寝台に横たわっている、それ、が噂のお子かの?」

 その予想を超えた小ささに驚きながらも、父はわずかな希望に自らを取り戻し、答えた。

「そうでございます。上級司祭様、この可哀想に生きる気力すら感じさせず、かろうじて生きている様な赤子が、私たちの愛してやまぬ子であります」

「そうかそうか、それは気の毒に、だがのスピア・ランズベール卿よ、そのままでは御主の土地も人身も全て枯れ果てるぞ」

 父は何も言わなかった。しかし、何かの希望だけは胸の中で燻っていた。そして上級司祭の言葉を待った。

 ケルン上級司祭は言葉を紡ぐ。

「この世界の古くからの言い伝えは、御主、知らぬ様じゃの。政治と戦いに明け暮れておることは、遠くわが修道院にも伝わっておった」

「少し平定した様にも見えたが、その先がこうじゃ、まだまだ敵の残党も敵の首領も倒せてはおらぬゆえ、憂慮がつきたわけではあるまいに」

「何、わしが来たのはそのことじゃ、民たちの声を遠くの地で偶然聞いてな。嘆いておったぞ、もうあの地にはおられんと、故郷を捨てるしかなかったと、苦しくて親も子も捨てて来た弱い自分に懺悔させてくれと」

「御主をそうした、この原因を取り去りに来たのじゃ」

 そう言うとケルンは、その小さき体では想像も出来ないほど、身軽に目の前の父を避け子守床へと流れる様に近づいて行った。


 それはちょっと奇妙な光景だった。赤子が伏せているねんねこに、その小さな司祭が届くわけがないのだ。しかし、上級司祭は赤子を見下げる位置にいる。

 しかし、その時皆は今までの憔悴と突然現れた来訪者よりもたらされるだろう希望とで、誰もその事には気づいてはいなかった。

「さてさて、ふむふむ」

 ケルンは赤子の手を取り、懐から何かを出した。後ろから父は聞く。

「それは、、、」

「わしが布教のために行った先で見つけたものじゃ。これを見つけた時にはまだこの物の正体は分からずじまいじゃったが、ちょっとだけ興味が湧いての。教皇庁に調査に預けた後、この物の機能と能力が分かってな、さて」

 ケルンはその取り出した物を赤子の皮膚に強い力で植え付けた。弱ってから産まれてこのかた泣くことも知らない赤子の初めての鳴き声が、部屋の中に木霊した。

「なっ!」

 流石にこの乳飲み子の声突然の鳴き声には母も領地の司祭も、そしてわずかな希望が生まれて来ていた父も、声を上げた。

「ふぉっふぉっ、慌てるでない、動揺するでない。これからこの子の物語が始まるぞ。この子は今後スクスクと育つぞ、健康的になるぞ」

(そして、特別な力持つ様になるのじゃ)

 そして上級司祭は呪文を唱えた!それは最初からこの部屋におり祈り続けていたこの土地の司祭すら知らぬ、全く聞いたことのない祝詞だった。

 

「アラス・アベラ・シシャナク」


 突然幼児の体が光だし、一瞬その体躯が体に纏っていたおくるみも共に少し浮いた様に見えたが、光が収まって皆が気づいた時には赤子はスヤスヤと今までにない程安らかな笑顔で眠りだした。

「おぉ!おぉ!」

 父と母と、この事態で祈りを止めた司祭までも、その光景に声を上げた!

 

「ふぅ、もう良いであろう。わしは帰るぞ」

 その場に居合わせた一同は気を取り戻し、ケルンに深々と頭を下げた。皆の顔は少し上気したように見えた。

 上級司祭はスタスタと部屋の扉前まで進み少し振り返りこれからのお礼を考えていた父にポツリと言って帰って行った。


「なぁ、民間伝承を知っているかね?この子を女性として育てるが良い、そうすると病弱な子が健康に育つとの言い伝えがあるでの……」

 そして、気づいた時にはもう司祭の姿はこの城どころか、領内のどこにもなかった。

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戦地を抜けたら異世界に、オレの願いはただ一つ、元いた世界に戻りたい ハルカ♂ @haruka2020

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