戦地を抜けたら異世界に、オレの願いはただ一つ、元いた世界に戻りたい

ハルカ♂

第1話 闇の洞窟

ドドーン、ドドーン、ドドーン


 遠くで戦いの音がする、多くの兵士が命を散らす中、疲弊した混成第9旅団の野大島義昌少将指揮下で戦闘を繰り返していた「中嶋」も疲労の蓄積が体を蝕んでいた。


「くそっ、戦闘だけならいいが、なんだこれは?俺の体に何が起こっている?身体が思うようにうごがねぇ、周りもバタバタ死にやがる、一体何が起きている!」


明治十八年

 帝国陸軍は普仏戦争を勝ち抜いたプロイセン王国陸軍のメッケル参謀少佐を陸軍大学校教授に呼び、その軍事技術を強化して行った。


明治十九年

 メッケル参謀少佐の助言を受け大山巌らによる改革が進められ、この時期に帝国陸軍は大きく変化し。


明治二一年

 フランス共和国陸軍を範にとった拠点守備を重視した鎮台制から、後方支援部隊を組み込んで機動性の高い師団を運用する積極防御を重視したプロイセン式への改組が行われた。


明治二七年

 五月、日本は大本営を設置し九月、泥沼の戦争を未だ続けていた。


 中嶋が所属する混成第九旅団、別名大島旅団は帝国陸軍の初めての外国軍との戦い、後に名付けられる日清戦争、その成歓の戦いでの圧倒的な勝利の後、九月十五日の平壌攻略戦に進んでいった……


「何処だ、ここは……」

 中嶋は一人だった、いつの間にか軍から逸れ足を引き摺りながら、霧の立ち込める丘を登って行っていた。


 銃器が重い、装備が重い、軍服が血で疲弊した体に滑っとまとわりつく。


(気持ち悪い)

 そう感じながら、それについて深く考える余裕もなかった。


 体が燃えるように熱い、息をするのも辛い、そして体を何かが這い回る感じもする。


 しかし、中嶋は大島旅団に戻り合流する為に歩みを止める事は出来なかった。


「もう、ダメかもしれない」

 そんな思いが中嶋の意識に上っていく。


(母ちゃん、温子(あつこ)、小平、俺帰れそうにないかもしれんわ、、、親父、、、)


 意識が朦朧として彼岸が朧げに近づくなか、中嶋は見たのだ、目の前の明かりを、ほのかに光る希望の光を。


「せんせーい、せんせーい、大島せんせーい」

 小さい声が出た、それは掠れてほとんど聞き取れない声だったが、しかし不思議なほど力強くて、しっかりとした声だった。


 光はまだ遠い、しかし中嶋の疲れ切った足で、着実に、着実に、一歩一歩、ズルズルと引き摺りながらも、一歩一歩、少しずつ、少しずつ、確実に近づいていく。


……


 かなりの時間がたった、もう光は目の前にあるような錯覚が起こるほど近くにあった。


 それはどうやら、小さな洞窟から発せられた光のようだった。


 さらに近づいて、中嶋はその光の異常さに気づいた。


 眩しすぎる、なんだこの光は。


 眩すぎるのである


 中嶋の生きている時代に、ここまでの光を発する物は、生物でも自然物でも、道具でもあり得なかった。


 それが、洞窟から、洞窟の中から表まで、中嶋が遠く離れているときにでも、朧げではあったが。


 遠くから見えていたのだ。


(これは、もしかしたら魔の力なのではないか?物怪の発する光ではないのか?)


 中嶋はその光のあり得なさに、大層訝しんだ、ぼやけて見えにくい目でもハッキリと認識できる、洞窟とその奇しの光。


 今なら引き返す事はできる、しかし今の中嶋の身体では、またあの遠くの丘へと引き返す余裕は無かった。


「ままよ!」

 中嶋は迷わず、その光の洞窟に進んでいった……


 少しづつ光度があがり、目が潰れそうな感覚が如実に中嶋を襲った、しかし中嶋は目をギュッと瞑り当時の軍人が持ちえた我慢強さと強情さで前に進んで行った。


 途中中嶋の体力に限界が来た、元々身体は戦闘で傷つきそこかしこに傷がつき血まみれで、体力も残ってはいなかったが、ここに来てもうもたなくなっていたのだ。


 中嶋は膝をつきそれでも前に進もうとする。今の中嶋には、もう前に進むしか希望がなかったのだ。


 膝をつき四つん這いになって引き摺る様に進む中嶋の手に、洞窟内部の剥き出しになった岩床は容赦もなく刺さり続けた。


 そのため手の皮膚は裂け、更なる出血で意識は朦朧としてくる。


「ヤベェ、頭が働かない、ぼうっとする、もうここまでか? せっかくこの恐ろしい洞窟に掛けたのに、その選択すら間違いというのかよ」


 それからは、すでに殆ど意識がなく、ただ生存本能だけで前に進んでいるに過ぎなくなった。


 もしここで中島の様子を人が見ていたら中嶋を死の淵を彷徨う、まるで死霊のようだと評したであろう。


 そして、それからしばらく時間が経った後も、まだ中嶋は前に進んでいた。


 すると、驚く事が起こった。信じられないことに中嶋の意識が少しづつ戻ってきたのだ。それには当の中嶋も驚いていた既に意識の中では死を覚悟していたのだから。


 そして瞑った目でもわかる程、目の前にあるはずの光が少しづつ和らいでいき、その上まるで身体が軽くなった様に感じたのだ。


気づいたら中嶋は四つん這いではなくなっていた。自分の足でフラつきながらもかろうじて歩いていた。


(なんだ? 何が起こっている? 体の痛みがなくなっているのは何故だ? その上あれほど重かった体が今では驚くほどに軽い。


 まだ頭はボヤけているが、体は前よりも動く。前に進める、それだけでもありがたかった。まだ今の状況を訝しんではいたが、その思いを引きずることのない単純さは中嶋の生きる為に有利なところの一つなのだ。


 そうして、少しずつ進んでいると中嶋は何となく、この謎めいた洞窟の出口に向かっている予感がしてきたのだ。


 足取りが少しずつ早くなる、少しだけ希望が見えてくる。まだ不安もあったが、早くこの洞窟から出たかった、希望は後付けに近かった。


 そして、やっと洞窟の出口に、本当に本当にたどり着いた。体感では何日間も歩いた気がする、それほど長く苦しい道のりだった。


 ようやく外に出られたのだ。


 しかし、目の前には中嶋の想像もできない光景が広がっていた。

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