第8話

 視力が徐々に失われていくことで、僕の生活は大きく変わった。未来への不安や焦りに押しつぶされそうな日々だったけど、ジャックの支えがあったおかげで、僕は一人ではないと感じられた。それでも、自分の将来に対する不安は拭いきれず、音楽家としての道が失われるのではないかという恐怖が常に心にあった。


 ジャックはそんな僕を励まし、何度も言ってくれた。


「大丈夫、俺がいつもそばにいる。視力なんか関係ねえよ。今は色んな技術が発展してる。俺たちの音楽は死なない」


 世界が闇に覆われていく中、彼の背に刻まれた不死鳥が、印象的に記憶に残った。そうだ。僕たちの音楽はまだ死なない。ピアニストとしての生命は絶たれたかもしれないけれど、まだ全てが終わったわけではないんだ。音楽を続けるための方法があるのなら、それに賭けてみようと思った。そして、僕はある決断を下した。演奏ではなく、作曲に専念することを選び、セレスティアル音楽院の作曲科に転科することにしたのだ。


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 作曲科の授業は、これまでのピアノ科のものとは全く異なる世界だった。音楽理論や作曲法を学ぶだけではない。セレスティアル音楽院では、最新のAI技術を取り入れた作曲支援システムが導入されていた。僕はこの技術を最大限活用することに決めた。AIは僕の声や、キーボードで入力した音楽を瞬時に楽譜に変換してくれる。視力を失いゆく僕にとって、AIはまるで新しい目のような存在だった。


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「さて、今日はどんな曲を書こうか?」


 僕は自分の作曲室に入り、AIアシスタントに問いかけた。


「アレクサンダー、本日はどんなジャンルに挑戦しますか?」


 柔らかな声で答えてくれるAIは、僕の指示を待っていた。


「少しメランコリックなピアノ曲を作りたいんだ。ジャックが弾きたがってる」


 僕は微笑みながら言った。


 AIがピアノの音色を選び、僕はキーボードに手を置いた。ジャックが隣に座り、僕の指先の動きを見守っている。僕は頭の中に浮かんだメロディを軽く弾いてみたり、口ずさんだりして、AIにそれらをまとめる様に言った。バラバラのピースをしっかりと理解し、繋ぎ合わせ、AIは見事に曲を組み上げて、次の瞬間には楽譜に変換していった。


「今のところ、少しテンポを落としてくれないか?」


 僕はAIにリクエストした。AIはすぐに反応し、指定した箇所のテンポを修正して再生してくれる。


 ジャックはその音を聴きながら、うなずいた。


「うん。いい感じだな。お前の作る音楽、やっぱりどこか深いよな」


「ありがとう、君のために作った曲だからね」


 僕は彼に微笑み返しながら、再びAIに指示を出した。


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 僕たちの新しい作曲方法は、視覚に頼らないものだった。僕はAIを通して音楽を形にし、ジャックはその音楽をピアノで表現する。AIは僕の目であり、ジャックは僕の手足のような存在だった。視力が失われていくことで、僕たちの音楽作りは今まで以上に協力的になっていった。


「ここのコード進行、少し変えたい。いくつかパターンを出してくれないか?」


 僕は再びAIに話しかけ、コードのパターンを生成するよう指示を出す。


「了解しました。こう言ったアイデアはいかがでしょう」


 AIがすぐに応答し、考えられるパターンを順番に演奏していった。


「3番目のものを採用しよう。もう一度、サビの頭から返してくれ」


 AIは僕の指定したコードをすぐに音楽に反映させた。自動演奏で紡がれる新しい音には、しっくりくるものがあった。


「こんな感じでどうかな、ジャック」


「おし、やってみっか」


 ジャックはその新しいコードを少し崩した形で弾き直し、僕の方に振り返った。


「いいじゃねえか。完璧だな」


 僕は彼の演奏を聴きながら、心の中に確かな確信が芽生えていた。視力がなくても、僕は音楽を作り続けることができる。AIがサポートしてくれるおかげで、僕は今までと変わらず、自分の音楽を、感情を形にしていけるのだ。


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「なあ、アレク、聞いてくれ。この間、二人で作った曲、SNSでめちゃくちゃバズったんだよ!!」


 ジャックは興奮気味に言った。


「よかった。AIのおかげで、こうして僕は音楽を作り続けられる。でも、恐ろしくもあるよ。これだけAIが発達しているなら、いずれ僕なんて、いらなくなるんじゃないかって」


 ジャックは笑いながら僕の肩を軽く叩いた。


「そんなことねえよ。俺には"お前の音楽"が必要だ。それに、お前だってまだまだ進化してる。AIなんてのは、道具に過ぎねえ。お前は自分の感情を、魂のカタチを表現してるんだ。それは、機械にはできないことだろ」


 彼の言葉に、僕は心が温かくなるのを感じた。視力を失ったとしても、僕は音楽を失うことはなかった。それどころか、ピアノという制約がなくなって、音楽家としての評価は以前より上がったくらいだ。僕はそれに感謝しながら、新たな音楽の世界に踏み出していく勇気を持っていた。


 僕たちは、視力という壁を超え、不死鳥のように、音楽を作り続けたんだ。

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恋は盲目な競奏曲 ミナヅキじゅん @m_juno888

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