エイリアンvs知事
白里りこ
エイリアンvs知事
「○△◇□☆……」
深夜のアカシ港上空に現れた、謎のタコッぽいクソデカエイリアン。それは今まさに港に並ぶ漁船を一網打尽にしようと、八本のぶっとい触手を自在にしならせていた。
「待て!」
そこに現れたのは、道路交通法を遵守した速度でやってきた一台の黒塗りの車。助手席から飛び降りた人物が、車のヘッドライトに照らされる──ぴしりと整ったスーツ姿の、くたびれたおっさんだ。
彼の名は、サイトー・カツヒコ。何を隠そう、天下の現職ヒョーゴ県知事である。
サイトーはエイリアンの前に仁王立ちをして、右手を真っ直ぐエイリアンに向けた。
「食らえ、ご当地パワー〈爆発・アカシ焼き〉! 貴様のようなタコもどき……ふわふわの生地に包んで出汁と一緒に頂いてやる!」
サイトーの右手から放たれた強烈な閃光は、見事エイリアンの頭部を直撃。たちまちエイリアンは、触手を残してふわふわの玉子焼きに包まれた。
「○△◇□☆!!」
「そうだろう、アツアツだろう。今、楽にしてやる!」
サイトーが拳を握りしめると、玉子焼きがぎゅっと圧縮されて、エイリアンもろとも爆発四散した。ボトボトッ、と八本の触手が力無く海に落下する。
「フー……。一件落着か」
「知事! ご無事ですか!」
車の運転席から、眼鏡をかけた背の低いおばさんが駆け出してくる。彼女の名はカタヤマ・ヤスコ。何を隠そう、天下の現職ヒョーゴ県副知事である。
「フン、大したことはなかったな。被害が出なくて良かった。さあカタヤマ君、県民の皆様がいらっしゃる前にずらかるぞ」
「は……はいっ!」
二人は車に乗り込み、アカシ港を後にした。
☆☆☆
ニホン国に四十七人存在する都道府県知事たちには、公的な仕事の他に、一般国民の皆様がご存知ない裏の仕事が課されている。
それは、何故か日本の領土にのみ襲来する宇宙からの侵略者を退治することだった。
その存在を知っているのは、現職の知事と副知事とその経験者、そして現職および歴代の内閣総理大臣のみ。
やってくる異形の者たちの言語は未だ解析されておらず、その行動は意味不明な破壊行為がほとんどである。彼らの目的は誰にも分からない。分からないが来るのだから、お帰りいただくかお亡くなりいただくかの二択である。
では何故、その仕事が都道府県知事と副知事にのみ課されているのか──それは、知事たちには総理大臣の権限によって「ご当地パワー」なるものが付与されているからであった。
トーキョー都知事による〈貫通・スカイツリー〉、ホッカイ道知事による〈激突・流氷〉、オキナワ県知事による〈炎上・首里城〉などは、ガチでシャレにならん威力であると、関係者の間でも度々話題に上る。
そんな便利なご当地パワーを持つ知事たちであるが、たった一人でエイリアンと戦って無傷でいられるとは限らない。
そこで重要なのが副知事の存在だ。
副知事にはこれまた内閣総理大臣の権限により「回復パワー」なるものが付与されている。戦いで傷ついた知事の命を救うのが彼らの役目だ。
他にも、エイリアンセンサーによりエイリアンの襲来を予見したり、テレパシーで他県の知事と連携したりと、あの手この手で知事の補佐を行なっており、ぶっちゃけ副知事の仕事の方が大変だったりする。
☆☆☆
「サイトー知事っ!」
翌日の十六時半、ヒョーゴ県庁にあるサイトーの仕事部屋に、カタヤマ副知事がバタバタと駆けつけてきた。
「どうしたカタヤマ君、そんなに慌てて」
「それが……私のセンサーに反応が」
「なにっ」
「昨日サイトー知事が倒したエイリアンの触手が、どうやら今夜、別の都道府県を襲うようです!」
「……バカな! エイリアンは脳を破壊すれば無力化でき……あっ!?」
サイトーは昨日の己の攻撃を思い出して叫んだ。
「しくじった! タコには頭の他に、触手にも脳が存在する! ヤツにもタコと同じで、あと八つの脳が存在しているのか!」
「はいっ!」
基本的に、各都道府県に襲来したエイリアンは、そこを管轄する知事が退治するのが鉄則だ。触手たちもそれぞれの知事が対応するのが最適……しかし。
「このままでは、最初にエイリアンを仕留め損なったサイトー知事に非難が集まるのは確実です! 何とか他の知事をサポートして、名誉を挽回せねばなりませんっ!」
「何ということだ……。して、カタヤマ君、触手はどこの都道府県に現れるのだ!?」
「はい。オーサカ府、キョート府、シガ県、ナラ県、ヤマガタ県、カナガワ県、トクシマ県、クマモト県です!」
「なにーっ!?」
サイトーは頭を抱えた。
「前半四箇所はまだ何とかなるが、何だって後半四箇所はそんなにバラけているんだ!? あ、いや、トクシマ県はお隣さんだが……それにしたって広範囲が過ぎる! なぜだ!」
「分かりません。エイリアンの行動を理解することは不可能です」
「くそっ、八箇所を同時多発的に襲撃されたら、如何に俺が知事でも対処しきれん! どうする!?」
サイトーとて、他の知事たちの実力は信用している。彼らは絶対に、国民の皆様に被害を出したりなどしないだろう。
問題は、エイリアンの出所がヒョーゴだったことなのだ。サイトーのミスの尻拭いをさせられた知事たちが、ヒョーゴ県に一体何を要求してくるか、分かったものではない。特にキョート府知事なんか、「えらい立派な県を統括してはりますなあ」とか何とか言って、どえらい面倒事を押し付けてくるに決まっている。最高級コーベ牛の値下げ要求では到底済まないだろう。
「うぬぬ、こうなったら……!」
「如何なさるおつもりで?」
「日が暮れるまでに、新技を考案するしかない。カタヤマ君、すぐにでも仕事を切り上げて、一緒にご当地パワーの応用法をひねり出してくれ!」
「承知しました」
カタヤマは真剣な顔で頷いた。
☆☆☆
さて、時はあっという間に過ぎ去り、深夜となった。各知事たちは副知事のセンサーに頼って決戦の地に赴いていた。
オーサカ府知事は〈激熱・お好み焼き〉で、キョート府知事は〈開幕・応仁の乱〉で、それぞれ触手をこんがり焼き上げる計画を立てていた。シガ県知事は〈決壊・琵琶湖疏水〉で強烈な水鉄砲を食らわせるつもりだし、ナラ県知事は〈出動・東大寺大仏〉によって触手に手痛いチョップをお見舞いするつもりだ。
ヤマガタ県知事は〈投入・芋煮〉で触手をグツグツに煮込もうとしているし、カナガワ県知事は〈出陣・承久の乱〉で坂東武者を大量に召喚する予定だし、トクシマ県知事は〈高速・渦潮〉で触手を引きちぎろうとしているし、クマモト県知事に至っては〈襲来・ゆるキャラ〉によって巨大な黒熊を呼び出す予定だ。
サイトーはカタヤマと共に、コーベポートタワーの下でその時を待っていた。
「……来ました!」
カタヤマがテレパシーで他の副知事から連絡を受けた。
「やはりサイトー知事の読み通り、八箇所に同時に襲撃があった模様です!」
「そうか……! 覚悟はできている。腹をくくるぞ。カタヤマ君、補佐を頼む!」
「もちろんです!」
サイトーは右手を天に掲げた。
「愚かな触手どもよ、食らいやがれ! ご当地パワー……〈捕捉・蛸壺〉!」
タコが八本足で八箇所を攻撃するなら、こちらもタコを使うのが良いでしょう。そう提案したのはカタヤマだった。
「我らがヒョーゴ県はタコの漁獲量がホッカイ道に次いで全国で二位。ご当地パワーとしては充分です」
「なるほど! しかし、八箇所を同時に攻撃するのは、如何に俺が知事でも不安だな。パワーが分散されてしまう」
「ですから、攻撃は別途行うのです。タコ足を使うのは、敵を一箇所に集中させるため」
カタヤマのアイデア通り、サイトーは巨大な蛸壺を空中に出現させ、中に入り込んでいるタコの触手を全国八箇所に展開。見事にエイリアンの死に損ない、もとい触手たちを捉え、このヒョーゴにまで引き摺り込み、全て蛸壺の中に収めてしまった。
「よし、これで他の知事たちの手間は省けた。あとは俺が片付けるのみ! 食らえ──ご当地パワー〈投石・『キノサキにて』〉!」
次の瞬間、巨大な岩が降ってきて、触手たちを蛸壺もろとも砕き、地面に落下させてすり潰した。
これはとある著名な短編小説での展開を模した大技である。その小説では、ヒョーゴ県のキノサキ温泉に療養に来た主人公が、小石を投げた際に誤ってイモリを殺してしまうのだ。イモリはすり潰されたわけではないが、そこは拡大解釈してしまえばいくらでもエネルギーを引き出せる。
しかしいささか強引な技であるために、これを使用するとサイトーは著しく体力を消耗する。
「くっ……!」
膝を折り地面に倒れ込もうとするサイトーを、カタヤマが抱き止めた。
「サイトー知事……! すぐに回復を!」
カタヤマの献身により何とか力を取り戻したサイトーは、よっこらしょと立ち上がった。
「大丈夫ですか? 二度も大掛かりなご当地パワーを使って、さぞお疲れでしょう」
「問題ない。これで県民の皆様を守れるのであれば、安いものだ」
「まあ! 何と崇高な志……身を挺して県民の皆様に尽くすとは」
「そんなのは当然のことだ。何と言ったって──」
サイトーはスーツの襟を直して、にやりとカタヤマに笑いかけた。
「俺は知事だぞ」
おわり
エイリアンvs知事 白里りこ @Tomaten
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます