エンジェル・メノウ
真白いろは
エンジェル・メノウ
僕・白浜ソラは軽く絶望していた。原因は席替え。僕の隣は…。
「よろしくね〜ソラくん。」
学校きっての美少女・七瀬メノウだった。
「う、うん…。」
ようやく返事をすると、七瀬さんはニコッと笑いかける。
七瀬メノウは成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗な完璧美少女なのだが、とある特徴があった。
彼氏が複数人いること。
頼めば、誰とでも付き合い、出かけ、愛情を注いでくれるらしい。昨日は隣のクラスの人とデートしていたが、一昨日は先輩と仲良さそうに弁当を食べていた。怖い。怖すぎる。僕も堕とされるのは時間の問題かもしれない。
そんなことを考えていたら担任が挨拶を手早く済ませ、すぐに放課後がやってきた。
「七瀬、今日放課後…一緒に帰らねぇ?」
「うん、いいよいいよ〜。」
今日も彼氏と帰るようだ。しかし、それを見た女子が飛んでくる。
「ちょっと!なにこの子と帰ろうとしてんのよ!」
「え、あ…その…。」
おいおいおい、修羅場を展開するな。
女子の反論が止まらない。きっとこの2人は付き合っていたのだろう。七瀬さんもいい迷惑…と思ったら、案外なんでもなさそうな顔をしていた。それどころか薄く笑んでいる。彼氏と手を繋ぎ、やけに甘ったるい雰囲気を醸し出す。
「メノウのこと、好きじゃないのぉ?」
「あ……。好きだよ。ごめん、俺行くわ…。」
七瀬さんは彼氏を掻っ攫って帰ってしまった。残された女子は大声で泣き出す。すぐに慰めるやつ、怒りを抱くやつが出てくる。七瀬さんたった1人に、ここまで事は動くのだ。
さて、今日僕はとある重要任務がある。『カフェ・リロージュ』へ向かい、絶品と名高いイチゴタルトをいただくのだ。リロージュまではそんなに遠くない。今からとてもワクワクする。
「…これは…。」
しかし、僕は悩んでしまった。
メニューに、とても美味しそうなマンゴープリンの写真が載っているではないか。だがやはり、食べるべきはイチゴタルト。でも美味しそう…。恐る恐る財布の中身をチェックすると、どちらか片方とコーヒーを飲める金額しか入っていない。まさに、究極の選択。
それにしても、ここは雰囲気が良い。ナチュラルなレンガの壁に、緑を添える観葉植物。流れてくるミュージックも素晴らしい。客層も幅広く、カップルや子連れ、ママさん会議など多様だ。少し分かりずらい場所にあったのに、閑古鳥が鳴いているわけではない。
カランコロン。ドアベルが鳴り、また1人この秘境にたどり着いた、が。思わず声が出そうになる。
「お好きな席へどうぞ。」
そう言われた客は、迷わず僕のテーブルへ向かい、カバンを下ろす。
「偶然だね、ソラくん。」
七瀬さんだ。しかも1人。なんで?慣れたように、僕がテーブルに広げていたメニューを覗き込む。
「…ソラくん、お願いがあるんだけど。これ、頼んでくれない?私、こっち頼むからさ、分けっこしようよ。」
指さされたのはイチゴタルト。そして七瀬さんが頼もうとしているのはマンゴープリン。その手があったか。初めて七瀬さんに感謝した気がする。
そして運ばれてきたイチゴタルトは、これまた美味だった。サクサクとしたクッキー生地に、フワフワとしたクリーム。ソースも、まるでイチゴをそのまま食べているようなフレッシュさだ。
対するマンゴープリン。淡い黄色が眩しい。七瀬さんがスプーンを入れると、ぷるんと揺れた。そしてそのまま口の中へ…って僕、そんなにまじまじと見たらダメだろ。変な目で見られる。
「…ソラくん食べる?」
「…うん。」
頷いて、味が混ざらないようにフォークを拭こうとしたときだった。目の前に、マンゴープリンの乗ったスプーンが差し出される。え?と見ると、七瀬さんは口を開ける仕草をした。反射で真似してしまう。待って、これって…!
「はい、あーん。」
おいおいおい!なにやってんだ僕!でもマンゴープリンは美味しくて、見た目よりしっとり系で僕の好みの硬さだった。
「おいしいでしょ?あ、っていうか間接キスだねー。」
「それ言わないで…。…今日一緒に帰ってた人はどうしたの?」
「どっか行っちゃった。それじゃ、はい。」
「え…?」
七瀬さんが口を開ける。僕が首を傾げていると、自分の口を指差した。まさか…!?いや、こんなことできない…でも、七瀬さんは動かない。
震える手でイチゴタルトの一角を取る。そして、少し左手を添えつつ七瀬さんの口へ…。フォークを伝って、七瀬さんが食べた感触が伝わってくる。緊張しながらフォークを戻し、コーヒーで心を落ち着かせる。
「…ソラくん、緊張しすぎじゃない?彼女とかいたことないでしょ。」
「まあそうだけど…。七瀬さんが…。」
「七瀬さんって呼び方やめてよ〜。メノウでいいよ?」
「…わかった。」
そして七瀬さん・改めメノウは思い出したようにスマホを取り出しパシャリと一枚。すぐにアップした。スマホケースにはツーショット写真が。知らない先輩とだった。
僕がまじまじと見ていると、メノウはカバンから小さなケースを取り出す。中には大量の写真が。驚くべきは一緒に撮っている相手だ。全て別人。そして男。これ、全部彼氏なんだろうな…。
「ねえソラくん。私たち、付き合ってみない?飽きちゃったら捨ててもいいし、無視しちゃってもいいからさ。」
時が、止まったかと思った。人生初告白。しかも、学校1の美少女から。でも、不思議と僕の心は乾いていた。付き合うわけにはいかない。僕は写真の人々のようにはなりたくない。
「ごめん。無理かも。」
「…お願い。そばにいて欲しいの。」
メノウが僕の手に触れる。泣きそうな瞳をしていた。まるで、救いを求めているように。
気まずくなって、目を逸らす。手も膝の上にしまった。メノウのため息が聞こえる。大丈夫かな。泣かせてしまうだろうか。でも僕にだって意地くらい少しある。黙ってイチゴタルトをつまんだ。
「2日間だけでもいいよ?」
「え?」
「お願い…。今日含めてもいいから…。」
「…そんなに言うなら…。今日含めて2日ね。」
だが言った瞬間、後悔した。メノウが笑っている。優しく、艶美に。ハメられたんだ。
見なかったフリをして、イチゴタルトを食べ尽くそうと試みる。しかし、そんなフォークの軌道を遮るようにスマホが差し出された。画面にはチャットアプリ『レイン』のプロフィールコードが。しょうがなく読み取った。
さあ、イチゴタルトを…また遮られた。今度は伝票。料金がしっかりと明記されている。…これ、奢ったほうがいいんだろうな。漫画やアニメではお決まりの流れだ。渋々受け取っておいた。
今度こそ…おい、なんだよ。小さな手が伸びてきたぞ。少し苛立ちながら顔を上げると、メノウは先ほどとは違く、ただやわらかく笑みをたたえていた。
「ソラくん、大好き。」
「…どうも。」
やけにストレートなセリフに若干驚いたが、僕のイチゴタルトを遮ってまで言うことではないだろ。でも、嫌に頭にはこびりついていた。せっかくの最後の一口が台無しだ。
「ありがとね、ごちそうさまでーす。」
「別にいいけどさ…。」
「これからなにか予定ある?」
「…家に帰って、宿題して、アニメ見る。」
そう言って、家の方向へ向かう。メノウもついてきた。
段々と、涼しくなっている。最近は地球温暖化とかで秋なのに暑かったからな…。ようやく秋だ。半袖だと少し寒い。すると、視界の端でメノウがくしゃみをひとつ。そりゃあ半袖にミニスカートは寒いだろうな。…これ、僕は何かしたほうがいいのかな。一応、図書室が寒かった時用にカーディガンは鞄に入っている。
「…これどうぞ。」
「え…ありがとう。…ソラくんの、大きいね。」
ブカブカの袖を持ち上げて笑ってみせる。不覚にも、小動物を連想してしまった。メノウと比べられるなんて、小動物も大変だな。
「ところで…家、ここら辺なの?すぐそこ僕の家なんだけど。」
「…どうだろうね?」
…あーまじかー。この流れは…。
「お〜!ここがソラくんの部屋か〜!」
「好きなとこ座って…。」
僕の部屋に女子が…女子がいる…!うちは共働きで兄弟もいないため、この時間は僕のフリーだ。なにを出したら良いかわからず、冷蔵庫に入っていたペットボトルの緑茶を出してみる。メノウは、漫画が多いだの部屋にテレビがあるだの言ってぴょこぴょこと走り回っている。
まずは宿題からだ。メノウもいるし、ローテーブルの方に道具を広げて開始する。まずは数学。ここ、よく分かんなかったんだよな…。諦めて先にまだマシな英語からやるか…?
「ここ、前のページの公式使うんだよ。」
メノウが向かい側から助言する。前のページ…?あ、そういうことだったのか。
そういえばメノウ、勉強は得意だったな。チラッと見てみると凄まじいスピードでシャーペンが動いている。待って、もう終わりそうじゃん。
こうして、メノウの教えもあって宿題を終わらせることができたのであった。さあ、お待ちかねのアニメだ。前回は気になるところで終わったからな。テレビでアニメが流れ始めた。あ、メノウは大丈夫かな…。
「私、これ知ってる!おもしろいよね。」
ベッドにもたれて座る僕の隣に移動し、一緒に体育座りをする。麦茶を時折飲みながら、アニメは流れていく。本当におもしろい。作画も声優さんもレベル高いし、何より演出が凝っている。自然と胸が揺さぶられた。
内容はよくある恋愛コメディ。主人公のことが好きで好きでたまらないヒロインが、主人公を堕とそうと奮闘する話だ。
『夏くんのバカ!なによ、そのセリフ…!』
『だって、告白とかしたことねえし…。』
『もう…。」
あ、待って、次のシーンは…!
「…私たちも、しちゃう?」
「しないから!」
そう。恋愛系には定番の、キスシーン。気まずいなぁ。メノウは慣れてそうだよな。僕はもちろん未経験だ。おいおいおい違う角度から3回も映すな!?思わず麦茶を吹きそうになってしまった。
肩が重くなる。メノウがもたれかかっているのだ。綺麗な顔をして、まじまじと画面を見ていた。
「ソラくんのお弁当、美味しそうだね〜。」
「そっちも美味しそうじゃん。」
「ほんと!?これ私が作ってるんだ〜。」
2日目の昼。僕らは屋上で弁当を食べていた。
ピロンとメノウのスマホが鳴り、メノウが時間をつぶやき始める。操作していたのはカレンダーアプリだった。学校行事や祝日などのカレンダーとは別に作られたものには、『優希くんと水族館』や『関谷先輩とナイトプール(屋内)』だとか『蒼葉くんとお菓子作り』など書いてある。ちなみに今さっき追加されたのは『水瀬くんと屋上』だ。多分告白なんだろうな。
「はい、あーん。…おっ、慣れてきたね!」
「拒否権がないからだよ。」
耐えるんだ。今日まで耐えれば終わる。メノウとの縁も切れる。波風の立たない、普通の日々を送るんだ。
またピロンと着信音。だが今度は、ため息をついた。僕に待っててとだけ言って、どこかへ行ってしまう。…気になる。そんなに嫌なことがあったのか?自分とメノウが置いてった弁当を急いでまとめ、こっそり跡をつけた。
「お前さあ、自分がしたこと分かってんの?マジでキモいんだけど。」
「…あっそ。」
あーこういうことか…。
全ての男が、フリーなわけではない。当然、彼女持ちもいる。つまり、メノウはかなりの女子の反感を買っているのだ。
「私の彼氏も取って…。」
「謝ってよ!」
女子は攻撃する時、大体束になる。今、メノウは1人。大丈夫か?っていうか女子怖すぎ…。
「…取っちゃってごめんねっ!」
「は?ふざけんなよ!」
「え?謝ってって言われたから謝ったんですけど?」
「お前なぁ…!ウザすぎ。」
「大体、彼氏取ってなにが悪いの?私の方が魅力的だったから私に寄ってきたんでしょ?キモいとかウザいとかは、私よりモテるようになってから言ってくれる?」
「っ……!」
「あ、そうだ。あんたの彼氏…大好きって言ったらイチコロだったよ。軽すぎない?あんたのもちょっと出かけただけで言い寄ってくるし。じゃあねー。」
…メノウは、心配しないで良かったかもしれない。いや、言ってることが怖すぎる。口喧嘩で負けたことはあるのだろうか。喧嘩をふっかけた女子たちは、悔しそうにして去っていった。やっぱり、なにがなんでも堕とされないようにしなければ。
放課後、メノウはとあることを言い出した。
「ソラくん、私の家、遊びに来てよ。」
「はあ!?」
「ゲームもあるし、お菓子もあるよ?行こうよ。」
なんとなく、これまでの流れから察する。これは、逃げられない。
メノウの家は、それは立派な高層マンションだった。っていうか、僕の家と真反対じゃん。
カードキーをかざすと、ロックが解除され、やけにうちは古いのだろうかという気分に陥る。あがってメノウの部屋に通された。人生初女子部屋。白やピンクなどで部屋はまとめられ、本棚には実用書から漫画まで多彩なジャンルが並んでいる。テレビの近くにはウサギのキャラクターのぬいぐるみが置かれ、なんか部屋全体に花の匂いがするような気もする。出てきたのも、これまたオシャレなジャスミンティー。貴族か…?
「どのゲームやる?あ、これやろうよ。やったことあるでしょ?」
あ、それは僕もやったことある。超定番のレーシングゲームだ。メノウはこれがすこぶる強いらしい。自信満々にカセットをセットしてコントローラーを渡す。
カウントダウンが始まり、レースがスタートした。え?上手くない?省略できるところはきちんと削り、アイテムもうまい。結構僕、上手な方だと思ってたのに…。あっという間に3周が終わってしまい、首位はメノウが勝ち取った。ゲームも得意とか反則だろ…。なんとなく悔しくて、もう一戦申し込む。メノウは快く引き受け、ボコボコにしてくる。いや、本当に上手だな!?
「上手すぎない…?」
「ふふん。甘く見てると痛い目に遭っちゃうんだな〜。」
そしてゲームにも飽きてきた頃、メノウがとある提案を持ちかけた。
もう明日には別れているんだし、最後くらい仲良くしないかというもの。若干身構えていると、メノウは皿にクッキーを出しながらこんなことを言った。
「質問コーナー!いえーい!」
「…わー。」
「じゃあまず…ソラくんって苦手な食べ物とかあるの?」
「…特にないかな。」
すごーいと言って、クッキーを1枚。次はこちらの番なのだろうか。
苦手こととか、ものはあるの?と聞くと、首を横に振られた。マジかよ…。やっぱ完璧超人だったか。そしてクッキーを1枚。チョコチップがアクセントになって美味しい。この謎質問コーナーで、僕はかなり七瀬メノウについて詳しくなった。
誕生日は7月7日。兄弟はおらず、父は難しい職業のため、あまり家に帰ってこないらしい。実はギターを弾けた。苦手教科は化学。多様なジャンルの音楽を聞いているそうだ。
さあ、もう7時だ。そろそろ帰ろうかな。そう思って立ちあがろうとすると、メノウは少し慌てたように僕の手を掴んだ。
「もう帰っちゃうの…?」
「うん。もう7時だし。そろそろ帰ろうかな。」
「行かないで…。」
ぽそりと、メノウの呟く声が聞こえた。いつのまにか、外では雨が降っていて、雷の音も聞こえてきている。メノウが、それに合わせてビクッと反応する。もしかして…雷が苦手なのか?明らかに外が光った時に身を縮こまらせている。
「…じゃあ、もう少しだけ。」
「ありがとう…。」
ゆるく手を繋いで、静かな時間が流れ出す。空が光るのに合わせて、時折メノウの力が強くなる。
「…メノウは、なんで彼氏をたくさん作るの?」
これは、ただの純粋な疑問だ。そういえば、なぜなのだろう。
「…ソラくんは明日別れるし、特別に教えてあげるよ。ただ、寂しいから。」
「え?」
「うち、お父さんは帰ってこないこと多いし、お母さんはよくどこかに行っちゃうからさ。1人のことが多いんだ。1人は…結構怖い。だから色んな人と仲良くして、寂しくないようにしてるの。まあ、最近はそれでもどこか寂しいんだけど…。」
メノウの顔が暗くなる。正直、意外だった。もっとどうでもいいような理由だと思っていた。
1人が嫌いで彼氏を作り、必死に寂しさを紛らわす。けどやっぱりそれは薄っぺらい愛で、穴は埋まらない。薄いから増やすのに、また薄く感じてきて増やす。無限ループだ。
助けてあげたい。
そう思っている自分がいた。だが、相手は七瀬メノウ。僕はもう、メノウの罠にかかっているのでは、と思ってしまう。けど、今の話はメノウの本心のようにも聞こえる。メノウ曰く、この話は誰にも言ったことがないらしいから。
気づけば雨は止んでいて、曇り空が広がっていた。
ピンポーン
チャイムが鳴る。メノウが見に行き、そしてすぐに戻ってきた。
「ソラくん、先輩が来た!」
「えぇ!?どうすればいい?」
「私が適当に話しておくから、ソラくんは隙を見て出てくれる?」
そう言って、トイレへ押し込められる。すぐにメノウの明るい声が聞こえてきた。
『アオイ先輩!会いにきてくれるなんて嬉しいです〜。』
アオイ先輩。知ってる。うちの生徒会長だ。メノウ、そこにまで手出してたのかよ。呆れながら、流石だなと笑ってしまう。
2人は仲良さそうに話しながら、部屋へ向かう。少し待って、恐る恐るトイレのドアを開けた。音を立てないように廊下を歩く。ドアを開けて、外へ…。そこで、足を止めた。
メノウとアオイ先輩と見てみたい。そこでメノウがアオイ先輩に僕と話したようなことを言えば、それは罠だ。けど言わなければ、本心に近くなる。確かめたい。
部屋のドアが少し開いている。不本意だが、覗き込んだ。
「最近会えてなかったので寂しかったです…。」
「あはは、メノウは本当に俺がいないとダメだなぁ。」
あんなアオイ先輩、初めて見た…。若干の引きながら見続ける。2人は他愛もない話をしたり、イチャつきあったりして時間を溶かしていく。一向に真面目な話をする空気は来ない。やっぱり本心だったかな。そう思った時、アオイ先輩がメノウの唇を奪っていく。なんとなく、見たくなかった。
今もメノウは、薄さを感じているのだろうか。そうしたら急に寂しそうに見えてきて、なんだか心に突っかかった。
満足げなアオイ先輩に、僕は怒りを抱いていた。メノウの気持ちも知らないくせに、軽々しくそんなことすんなよ。でも、今は気持ちをぶつけられない。家帰ってラノベでも読もう。
でも、家で読むラノベは、ただの文字が羅列するだけだった。
「おはよう、ソラくん。」
「…うん。」
次の日、僕らは普通に挨拶する。まだクラスの半分くらいしか来ていない、早めの時間帯。
メノウは変わらない。廊下から手を振る男子に笑顔を返している。…あれ?
「…メノウ。その手、どうしたの?」
「あー…ちょっと昨日…ね…。」
アオイ先輩だ。絶対にアオイ先輩が何かしたんだ。昨日までは、あんな大きな絆創膏はなかった。メノウが少し悲しそうな瞳をしている。きっと辛かったんだ。メノウが危ない。机の上のコンパスを見つめながら、頭の中でアオイ先輩をボコボコにしてやった。
「…メノウ。ちょっと来て。」
「いいよ〜。」
朝の校舎裏は人がおらず、僕らだけの空間だ。曇り空が、メノウの後ろに広がっている。
「どうしたの?」
「…メノウ。僕たち付き合おう。」
「え…?」
人生初の告白。上手く言えているのか分からないけど、伝えたい。
「昨日まで見てきて、その…印象が変わったっていうか、正直言って、そんなに悩んでるとは思わなかった。だから、僕も力になりたいんだよ。」
「…でも私」
「いきなり全部変えなくてもいい。ちょっとずつ、寂しさを埋めていこう。何かあっても、僕が守るから。」
メノウの瞳に涙が溜まる。一粒ずつ綺麗に流しながら、メノウは笑顔で頷いた。
僕の腕の中に、メノウがいる。どうしようもなく鳴り続ける心臓が知られてしまいそうだ。
そしてひとつ、分かったことがある。ファーストキスはレモンの味とか言うが、そんなことはない。なんだろう…ミント?僕が教室に入る直前までガム噛んでたからかな。
♢♢♢
家に帰って、部屋に入る。荷物を置いたらすぐに本棚へ。花言葉が散りばめられた図鑑を抜き出して、邪魔だとカバーを剥ぐ。もちろん中身は図鑑ではない。分厚いファイルだ。
「…ふふっ。」
私は七瀬メノウ。彼氏は何人いるか分からない。そしてこのファイルに、新しい1ページが加わった。
「白浜ソラ」というページが。
良かったぁ。やっぱり下調べは重要だね。甘いものが好きで、アニメとか漫画が好き。「秘密」は律儀に守る。涙に弱い。
「…あははっ!」
バカだなぁ、ソラくんも。チョロすぎ。思い出して20回は笑えそう。手に張り付いた絆創膏を剥がした。もちろん傷なんてない。え?だって肌に傷つけたくないもん。
私が彼氏を作る理由。そんなのひとつ。「寂しさ」じゃない。「おもしろいから」。
だって、面白くない?みんながどんどんと私にハメられていくの。それでたまに私を巡って喧嘩するの。その人を愛するも嫌うも私次第。まるで鉢に入った金魚たちを見ている気分。その鉢の水を抜くも良し。掃除をしてあげるのも良し。育成ゲームにも似てるね。
さあ、明日はソラくんと遊園地だ。たくさん楽しんじゃおう。
「あははっ…、ふふふふふふっ…!きゃははっ!あはははははっ!」
あれ?なに見てるのよ。あなたも逃がさないからね。
人工的な明かりで私たちのことを貪っている、そこのあなた。
ワタシ、カワイイデショウ?
エンジェル・メノウ 真白いろは @rikosyousetu36
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