第25話 むぎゃああああああ!(2)

 強い女になる。

 ヒルダはその言葉を胸に、建設作業中のローレンの町へ。空を舞う影を見つけたクレイが、両腕を広げて歓迎してくれる。

「おお、ヒルダ! ちょうど良かった、聞きたいことが……って、なんだそのモンスター。見たことねえぞ」

「クレイ、触らないで。この子は処女きむすめしか触れられないんだよ」

「てことは、これが噂のユニコーンか?」

 優雅に降り立った有翼のユニコーンは、ヒルダの前で膝を折って次の言葉を待っている。ヒルダは「もう大丈夫」と言った。

「さっきの宿に戻っていて。レラがブラシを持って待っててくれるから、そこでブラッシングを受けるといいよ。レラは私より器用だから、きっと綺麗にブラッシングしてくれると思う」

 ユニコーンはぶるると鼻をならした。


「ユニコーン? ユニコーンの角は高値で売れると聞くが本当かね」

 ユニコーンの語を聞いたらしい、近くに寄ってきたトムスが、クレイに聞いた。クレイは口ごもり、ヒルダをちらりちらりと見やりながら煮え切らない答えを出す。

「……まあ、部分的にそう、みたいな?」

「クレイ。適当言わないで」

 ヒルダは声を尖らせた。トムスに向ける言葉がとげとげしくなってしまうのは、もはや仕方が無い。

「ユニコーンは国が定める絶滅危惧種だよ。だから冒険者ギルドでも密猟依頼が盛んなの。値がつり上がるのはコレクターや研究者がこぞってほしがるから。でもだめ。私の目が黒いうちはそういう理由で殺生するのは許さない。私のお客に手を出さないで」

「……ふん」

 聞こえたのか聞こえなかったのか、はたまた聞かないフリをしたのか、トムスはそれだけ言ってヒルダを一瞥し、元の場所に戻っていく。

「ヒルダ。それより館の材料が足りないっておやっさんが言うんだ」

「建材が足りない? どれくらい?」

「ああ」クレイは足場を組んでいる大工たちを指してみせた。

「来るときにありったけの木材を持ってきてくれたそうなんだが、思ったよりも俺の屋敷がでかくなりそうだって言うんだ。詳しいことはおやっさんに聞かないと分からないが」

「――そこんところ、おやっさんに聞いておいて。報告はそれからにして」

 ヒルダは若干むっとしながら言い返した。どうせヒルダが聞いたって何も答えてくれないどころか、追い返されるに違いない。考えが声音に出たのか、自分でも驚くほど冷たい声が出た。

「わかった」

 しかし鈍いクレイは快くトムスを追いかけていった。……これで酒癖と女癖さえただせば、女が放っておかないと思うのだが。

「あー……」

 とそこまで考え、ヒルダは盛大にへこむ。全然全くなんにも悪くないクレイに八つ当たりしてしまった。


「負けるか……自分にも、おやっさんの態度にも負けるか……! 切れた方が負け、泣いた方が負け、笑って勝て!」

 ヒルダは拳を握りしめて、クレイとトムスの話し合いを遠巻きに見た。


 土台となる枠組みが作られていく中で、木材と石材、それから塗料ペンキ類が不足している事がわかった。木は加工してパズルのようにはめていく事ができるが、ものが無ければ加工も何もない、という話だ。

「どれくらいの大きさの木がいくつ必要なんですか?」

「って言ってます、おやっさん」

「少なくともあと百」

「っていってるぜ」

 トムスとヒルダの間にクレイが入って合いの手を入れている。ヒルダはだんだん馬鹿馬鹿しくなってきて、クレイの肩に手を置いた。

「クレイ、もう良いよ。……じゃあ今日中に手配します、トムスさん。今晩あたりにはどうにか」

「……で?」

「はい?」

「で、なんて?」

 トムスはクレイを見つめたままだ。クレイの言葉しか聞きたくないらしい。ヒルダはじわじわとこみ上げてくる怒りを持て余しながら、唇を噛んだ。

 またか。

 またなのか。


 むぎゃああああ!と叫びたくなるのをこらえて、ヒルダはゆっくり唇を開いた。

「わかりました。今晩ではなくて今調達してきます。木だけでなく、他のものも。持ってきます。。ですので、欲しいもの全部仰ってください」

 そらされたままのトムスの目を見据えて、ヒルダは怒りをこらえながらはっきり言った。

持ってきて見せます。それができたら、私を軽んじるのをやめていただきたい!」

「……今すぐ持ってくる? そりゃあ無理だろう。木材の卸所は王都、塗料は工房、石材に至っては切り出すところから始めなきゃならない」


 よし、乗ってきた。やっと対話のテーブルについてくれた。ヒルダは唇をぺろりとなめた。


「できたら、私を一人前として扱ってくださいますね?」

「……できたらな! まあ、泣きながら帰ってくるのがおちだろう。お前に何ができる。ほんの子供じゃねえか。しかも女――」

「関係ありません」

 ヒルダは言い切った。

「私が子供であることも、女であることも。関係ありません。私はゆえあってここにいます。ですから。小さいからと、女だからと見くびらないでください」


 ヒルダの視界にはトムスしか映っていない。あの、モンスターを相手にしたときのような、長い紐がヒルダの影から伸びて、トムスへと繋がっている――そんな感覚が、ヒルダの手足から鋭敏に伝わってきた。びりびりと指先を震わすこの感覚を、ヒルダは一生忘れないと思う。


です」


 漏れた言葉は無意識だった。


「対価は必要なもの一式、今すぐお持ちします。そうしたら――こちらの要求、呑んでくださいますね?」

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転生天才テイマーですが、和平都市を作って伝説になりました。 紫陽_凛 @syw_rin

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