第24話 むぎゃああああああ!(1)

 早朝からラベンの町は騒々しく、ヒルダもまた気を引き締めてこれに臨んだ。


「みなさん、本日から指揮を執らせていただくヒルダです。こちらは、ルシウス」

 木箱の上に立ち、ルシウスより頭一つ高くなったヒルダは朗々と声を張って演説した。

「私とルシウスは、王命によってこの新生ローレンの町を任されておりまして――」

「そんな御託はいいから具体的な指示を出せ!」

 トムスが声を荒らげた。「こちとらガキのごっこ遊びに付き合うつもりはねえぞ!」

「ごっこ遊びってなにそれ――!」

 ヒルダが応戦しようとするのをルシウスが止める。並んで立っていた場所からいっぽ踏み出して、ルシウスはトムスを見下ろした。

「ごっこ遊びのつもりは毛頭無い。ヒルダと俺は対等だ。ヒルダの言葉は俺の言葉でもある。年齢と性別と外見で見下すのはよせ」

「何がなんだかしらねえがよ、俺たちに命令するのはのうえときた。そんなのについて行けっていうのかい」

 トムスはぺっとつばを吐き捨てた。「いや、あんたの言葉なら素直に聞くがね、兄ちゃん。このガキの言葉は薄っぺらくて反吐が出る、聞きたくもねぇ」

「なんっ――」

 ですってえ!? もういっぺん言ってみろこのハゲ親父!

 罵詈雑言が飛び出しかけたヒルダの口を素早く誰かが塞いだ。

「まあまあ落ち着いてよおやっさん。俺の顔を立てるつもりで、な?」

 新伯爵クレイだ。ヒルダはクレイのおおきな手の下で「くそやろう!」と言ったが、言葉にならなかった。

「むごごご……」

「ヒルダも、おちつけ、ほら、あやまれ」

 ヒルダは目を見開いた。なんで⁉

 いやなんで私が謝らなきゃならないわけ⁉ この流れで⁉

 クレイがウインクをばしんばしんと二回した。二回も。ここは折れてくれと言わんばかりだ。ヒルダは仕方なく折れてやることにする。

 仕方なくだ。

「――すみません、取り乱しました」

「ね、ヒルダもこう言ってることですし、おやっさんも収めて収めて」

「はん。俺はこのガキの言うことは聞かねえぞ」

 トムスは腕組みをしてヒルダを全身ねめ回すと、ぐるりと背を向けて、大工たちに発破をかけた。

「やろうども、今日から長丁場だ。気を引き締めていこうや!」

「「おお!」」

「やるぞ!」

 トムスはトムスで人望があるらしい。ヒルダは今にもむぎぎと言い出しそうな唇を引き結んで、うつむいた。


 男社会になじめないのは今に限った話じゃない。

 前も、だ。





「むぎゃあああああああ! もおおおおおおおおおお!」

 レラはヒルダの絶叫を聞きながら、おおきなエプロンを持ち上げて隣の椅子に腰掛けた。ヒルダは昼から宿屋の一階でふてくされて、飲んだくれていた。

 町作りのことはルシウスとクレイにぶん投げた。

 なにより、やっていられないからだ。


「女だ子供だってうるさい! うるさいうるさい! なんなの! なんなのあのハゲ!」

「おちついてヒルダちゃん」

「ああいうやからは女子供を見下しがちだって知ってるし分かっちゃいるんだけどあのハゲ親父に限ってはとんでもない堅物、男社会ってほんといや、嫌い」

「男の人には男の人なりの難しい……なんていうかな、上下関係があるんじゃない? 女の私には分からないけどさ」

「その上下関係の最底辺に私は置かれてる訳よ。ちくしょう。ビール」

 ヒルダは勢いで口走ったが、レラがたしなめた。

「お酒は十八になってから!」

「ごめん、素で間違えちゃった。ミルク……じゃなくてラベンベリージュース」

「はーい」



 ヒルダはカウンターにうつ伏せて、ベリージュースが出てくるのを待った。

「……大人だったらよかったのかな」

 ついこの前もこんな風に感じた気がする。大人だったら、ちょっとくらいはトムスもヒルダの話を聞いてくれただろうか。


 本当は大人になりたいなんて思ってなかった。

 今も、昔もだ。


「ねえ、レラ。レラはどんな大人になりたい?」

「なに、いきなり」

 ベリージュースを飲み、ヒルダは天井を仰いだ。昔のことが、ぐるぐる頭の中を駆け巡っている。前世のことも、幼い頃のことも一緒くたに思い出された。ヒルダにとって前世は過去と等しい。

「私、ご存じの通り転生者だから、実は四十歳くらいなんだけど」

 ヒルダはすんと鼻をならした。

「四十……?」

 レラが目を剥いた。

「前世で実際に生きた年齢と、今世で生きた年齢とを足したら四十」

 驚いていたレラだったが、納得したらしい。再びヒルダの隣に腰を下ろして、エプロンをたくし上げる。

「ってことは、ヒルダちゃんは前世で二十八歳……」

「そうだよ」

「そんなに早くに死んじゃったの? なんで?」

「労災」

「ローサイ?」

「労働災害」

「なにそれ」

「働いているときに死んだの」


 詳しいことは伏せておく。あまり良い最期ではなかったからだ。


「今のラベンみたいに大工がたくさんいるところで働いてたんだけど、役職とは名ばかりで、お茶くみ係みたいだった。女の仕事だって、言われてた。私は私で、別の仕事があったんだけどね――」

 東京だったら違ったのかな、とヒルダは今になって思う。時代錯誤も甚だしい業界、しかも地方の勤務だったから、今の状況はヒルダの前世をまざまざと思い出させた。ガチガチに凝り固まった、男社会に放り込まれて、若い女一人。

「女じゃ話にならない男を出せ! ってね」

「今と同じじゃない」

「そうなの。だから嫌になってる。転生してきてなおこの扱いから逃れられないのかなって。だから、――聞いた」


 レラはどんな大人になりたい?


「どんな大人って言われても、すぐには思いつかない……あ、でも、お母さんみたいにお店を切り盛りできるようになりたいなって思ってる」

 レラはぱんと手をたたいた。

「お母さんもね、酔っ払い相手に腕っ節で立ち向かうことがあるんだ。本当の本当にたちの悪いのは尻を蹴って追い出してやるの。おとといきやがれ! って」

「強いね」

「うん。強い女になりたい。おかあさんみたいな」

 レラの明るい言葉に、ヒルダは深くうなずいた。


「私も……私も強い女になりたいな。今度こそ」




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