第23話 まずそこからはじめよう

「殺意?」

「しっ」

 声を上げたヒルダに、ルシウスが目配せした。近くにはいじけているリーグルと、静かに床に○を描き続けるクレイが居た。ヒルダは言葉を選び、ゆっくりファーラの目を見つめた。

「……誰が、なんのために?」

《私にはわからない。だが、お前たちなら知っていると思ってな。おまえたち、

「あっ」

 ヒルダはルシウスの顔を見つめた。心当たりしかないじゃないか。ルシウスは先ほどから青い顔をしてファーラを見ないようにしていた。ヒントはここにもあったじゃないか。


「私達がちゃんと会うまえ、王様にファーブニールの討伐依頼出したじゃん、ルシウスが」

 ルシウスが腹を殴られたような痛そうな顔をした。

「……合意が取れてすぐにすぐに取り消しの旨を送った。と、報告はしてある。……してあるはずだ」

「じゃあ、ひょっとしてまた行き違った? 大工さんが沢山来た時みたいに」

 そう、大工たちはそもそもまだ来る予定ではなく、どうやらによってこの町へ押し寄せてきてしまっている。ここラベンに彼らが滞在するだけの費用を、ルシウスは惜しく思っているようだったし。統率が取れていない、というか――ルシウスにとって、人間たちの動きはままならないようだ。

「――わからない」

 ルシウスがうなだれ、ファーラがため息をついた。

「なるほどな、よく理解できたよダーリン」

 ルシウスからはなれたファーラは、豊かな胸の下で腕を組んだ。

「異種族同士、殺し合うのは太古からの宿命だが、和平都市とやらに殺し合いは不要ではなかったのか?」

「そ、それは」

 ヒルダは声を詰まらせた。

「いや、責めているんじゃない。私とて邪魔者は力尽くで排除するだろうし、私がその対象になり得ることも重々承知の上だ。生きるとはそういうことだ。……だが、この動きはお前たちにとっても不利益かつ不本意なのではないか、と聞いている」

「不本意に決まってるよ、ファーラ」

 ヒルダはファーラを見た。

「せっかくあなたが了承してくれたのに、意味も無くあなたと争いたくないよ。ルシウスだって、とにかく無駄は嫌いでしょ」

「――ああ」

「何かが動き出す前に、私達でできることをやっておこう。ルシウスは念押しの文書を送っておいて」

「もう始めてる」

「さすが。……じゃあ私は、伯爵と司教の方を動かそうかな」



 ヒルダはひらりと立ち上がって、クレイの前に立った。

「クレイ。クレーイ。……屋敷を造るよ。伯爵様の屋敷」

「ほあ」

 呆けたクレイが顔を上げた。

「使用人が沢山入れる屋敷を造るよ。何の施設がほしい? 私は個室にお風呂がほしいと思ってるけど」

「……酒蔵。葡萄酒ワインのための……」

「いいじゃん」

 ヒルダはにやりと笑った。

「らしくて最高。もっと言って。全部作ってもらっちゃおうよ。この際。……それで、リーグルはどんな聖堂がほしいの」

「王都よりおおきな立派な聖堂!」

 司教に話を振れば、勢いの良い返事があった。

「大きいだけじゃ分からないよ。設備とか欲しいものとか、例えば女神様の彫像がほしいとか、そういう具体的なことがないと」

「考えておくよ」

「言っておくけど、全部採用できるわけじゃないからね?」

 リーグルの方は放っておいても大丈夫そうだ。あとは大工と直接話し合ってくれればいい。


「ルシウス。屋敷の建設予定地はここにしよう。巣にある程度近い方が良いと思う」

 ヒルダは魔法の地図を広げ、ルシウスと頭を突き合わせた。

「もし仮に、本当にファーブニールの討伐作戦が計画されているとして。建前としては、『問題解決済みの文書は送ってあるし、すでに町作りを始めてしまっていて、争いどころではない、作りたての伯爵領をむざむざ壊すのか』でいこう」

 ヒルダは指で○を作った。ルシウスがうなずいた。

「俺たちはとにかくでかい人質を造るしかない。作業が進めば進むほどいい」

「王様が猪突猛進のアホじゃなければだけどね。――優先するべきは拠点と、伯爵家の屋敷、それから聖堂あたりでどうかな」

 ヒルダが言った。

「クレイとリーグルは、欲しいもののビジョンが見えてる。まずそこから始めよう」

「わかった。今晩トムスに指示を出す。明朝から作業を開始する」

「私はしばらくここの町で身を隠しておく。ラベンといったか」

 とファーラが言った。長身がヒルダの上から地図をのぞき込む。

「まだ居所まではばれていないようだったが、さすがにあの巣に身を置くのは心許ない。木を隠すには森の中。人を隠すには人の中という」

「ファーラの部屋は私が手配しておくよ」

「任せた」


 ――こうして、ローレンの町作りは唐突に幕を開けることとなった。



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