植民地政策

エピローグ

▽こんにちは、若い検視官さん。

 お久しぶりですネ。

 あの事件では私の推理が遅れ、多くの犠牲者が出てしまいました。

 検死官さんのことですから、さぞや落ち込んでいるだろうと思っていましたが、意外と明るい顔をしていますね。

 え?「最近なぜか空が青い」?

 そうですか。それは良かったです。

 なんですか?

 事件の結末?

 ああ、犯人の取り調べには私も同席しました。音声もデータとして保存してあります。

 ええ、いいですよ。全てお話します。

 もう裁判の判決も出ていることですし。


 あの後、古民家近くの山中で自殺しようとしていた愛川容疑者は、付近を捜索中の警察に発見され逮捕されました。

 彼は狂気におかされていたものの、ある面では非常に頭がまわり、通常以上の能力を発揮して犯罪を完遂しきったようです。

 彼の供述はおおむね私の推理どおりでしたが、一部には予想外の内容がふくまれていました。

 ここではその全てをお伝えしたいと思います。




 愛川庄吾は大学を卒業後、地元の大手工務店に就職し一児に恵まれます。

 病気によって妻を早くに亡くした彼は、勤勉に働きながらも男手一つで娘を育て上げました。

 娘の名前は愛川祥子さん。

 彼女は高校中退後にタレントとして活動。とくに地元のローカルテレビなどに出演し、大食い選手権などでなかなかの知名度を得ます。

 ところが、三年前の大食いバトルに参加した際、祥子さんは無理をしすぎて大量の食事を吐いてしまいました。

 それを見た視聴者からのバッシングで、番組もろとも炎上。

 それ以外にも食を無駄にする姿勢を責められ続け、精神を深く病んでしまった彼女は、自宅で洗剤を混ぜ合わせ、塩素ガスを発生させてしまいます。

 心肺停止の状態で発見された彼女は、すぐに病院へ救急搬送されましたが、その後死亡が確認されました。

 享年22歳。


 絶望した愛川は復讐を決意します。

 しかし、いったい誰に復讐をすればよいのでしょうか?

 復讐の矛先をどこに向けるべきなのでしょうか?

 熟考し、彼女の死を引き起こした直接的な原因である〝バッシング〟や〝アンチコメント〟を調べあげた愛川は、その中でも特にひどいものに対して開示請求を行いました。

 その結果、最も執拗で攻撃的であるコメントのなかに、原ノブ郎・原ヒロミという名前を見つけます。

 ここで愛川はハッとある事実に気づきました。

 彼は以前、商品を卸していた取引先の学校で、原ノブ郎という名の少年がイジメられているのを、何度も目撃していたのです。

 この発見は彼の復讐計画に新たな方向性を与えました。

 愛川は隠しカメラと盗聴器を仕込んだ改造エアコンを、複数の家庭に売り込むことに成功します。

 同時に脳科学や心理学に触れていった愛川は、ある考えに憑りつかれていきます。


(娘が死んだ直接の原因は、原ノブ郎や原ヒロミによるアンチコメントだ。

 だが、原ノブ郎は原ノブ子に捕食され、原ノブ子は大谷凛に捕食されている。

 同様に、原ヒロミは原タケシに捕食され、原タケシは大谷賢治に捕食されている。

 大谷家や三島家などの強く賢い者たちは、世界のどこかに負担を押し付け、自分のファミリーだけを幸せにしている。

 持たざる者たちは圧迫され、エネルギー資源を枯渇させている。その因果の結果、娘は死んだのだ……)と。


 狂気に取りつかれている愛川は、一連の流れの中にいる全ての者を殺そうと決意します。

 ええ、そうです。

 どうしようもないこの世の理不尽さに対して、神を呪って嘆くだけでなく、実際に自ら手を下すことを選んだのです。


 愛川は一年をかけて、周到に準備を進めていきました。

 彼は毒物や薬品などを手に入れ、田舎の実家である山奥の峠の茶屋を改築します。実家からそれほど遠くない所にあった廃校を利用し、監禁するための設備も整えます。

 業務用のリフト付きトラックも用意し、気絶した人間を運べる状態を整えていきます。



 十二月三日。

 エアコンに仕込んだ隠しカメラと盗聴器から、三島竜一が息子の家に泊ることを知った愛川は、復讐計画を実行に移し始めます。

 夜もふけ周囲の家々がすっかり静まり返った頃、トラックに乗った愛川はゆっくりと住宅地に進入していきます。

 彼は三島龍二の自宅から少し離れた場所でトラックを停め、エアコンに取り付けたカメラで状況をモニタリングしながら、適切なタイミングを待ちました。

 一時間ほど経過した後、彼はトラックから降りると荷台を開け、二つの容器と小型の加熱機を取り出し、これらを接続します。

 黒い服を着て帽子とマスクで顔を隠し、夜の暗闇に溶け込んだ愛川は、三島家の室外機の近くに一酸化炭素を生成する装置を運びます。エアコンのドレンホースを接続してスイッチを押すと、計画通り装置は静かに動き始めました。

 充分な時間がたってから、愛川は三島家の中に忍び込みます。

 気絶した竜一・龍二親子を縛り上げ、箱に詰めて家電を運ぶ台車に乗せ、トラックへと詰め込みます。

 そのまま山奥にある廃校へと連れて行き、二人をそこに監禁しました。



 十二月二五日。

 年末年始休みに入った大谷蓮が自宅に帰って来るというので、大谷家の四人を拉致することを決めます。

 三島家での手法と同じように行動したものの、一酸化炭素の濃度が高くなりすぎてしまい、大谷麗子夫人がその場で亡くなってしまいます。

 山奥で麗子夫人の顔を酸で焼き、それ以外の三人は廃校にて監禁します。



 十二月二九日。

 予定されていた一週間の出張から原ノブ子が帰宅。原家四人の拉致を決行。

 このさい一酸化炭素中毒によって、原ノブ郎がその場で亡くなっています。



 十二月三〇日。

 ずっと昏睡状態にあった大谷凛と、連れてきたばかりの原ノブ子にダウンコートを着せ、地図とともに山の中に放置。

 愛川は何を思ったのか、自分の娘と同じような年頃の二人を一度自由にし、反応を見ていたようです。

 彼は不気味な缶詰のセールストークを繰り広げた後、幻覚剤などの毒物が混入したお茶でふたたび二人を眠らせます。



 はい。

 後はご存知のとおり、元旦から順番にトリカブトで毒殺し、遺体をそれぞれの場所に遺棄したようです。すべての犯行をやり遂げた愛川は、自殺を図ろうとして実家近くをさまよっていたところ、その地域を捜査していた警察官によって逮捕されます。

 一月七日のことでした。




 これが愛川の自供の全てです。

 証拠品や現場の状況からも、話に矛盾はないようです。

 愛川は『愛娘の死が原因で狂ってしまい、その深い愛情から猟奇的な事件を引き起こした』といった内容の供述をしています。

 はい。 

 そうですネ。

 私も愛川が述べていることは、おおむね事実だと思っています。

 しかし、それだけでは説明のつかないことがあります。

 引っかかっているのは、彼の動機です。

 愛川は本当に、娘の復讐のためだけに、この事件を犯したのでしょうか?

 私にはそう思えません。


 彼はプライド㎉そのものを恨んでいました。それゆえ私のようなアンドロイドになりたかったのでしょう。ロボットは〝種の保存〟を行う必要がないため、プライド㎉を吸収する機構を持ちませんから。

 それは成功したのでしょうか?

 だとしたら彼は何故、一月一日という世間の注目が集まるような日に合わせて、犯行を行ったのでしょうか?

 彼は何故、遺体を独特なやり方で傷つけたのでしょうか?

 彼は何故、遺体にプライド㎉という文字を残したのでしょうか?

 彼は何故、遺体をすぐに見つかるような所に置いたのでしょうか?

「社会への戒めのため」? いいえ、違います。

 そうです。

 おそらくそれは、犯罪者の歪んだプライド㎉のためです。

 娘の復讐をすると同時に、この一連の猟奇的な犯罪を〝芸術作品〟として、この世に残したかったのです。


 検視官さん。

 パスカルという人をご存じですか?

 テレビの天気予報などで『中心気圧は何とかヘクトパスカル』とか聞きません? あのパスカルです。

 フランスの物理学者・哲学者であるパスカルは、こんな言葉を残しています。


「虚栄心はかくも深く人間の心に錨をおろしている。

 兵士も、従卒も、料理人も、それぞれ自慢し、自分に感心してくれる人たちを得ようとする。

 そして哲学者たちでさえ、それを欲しがるのである。

 批判を書く人も『批判がてきかくだ』と褒められたいし、さらにその批判を読んだ者もそれを読んだことを褒められたがっている。

 これを書いている私だってその欲望を持っている」とネ。




END



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プライド カロリー 上山水嶺   @kazutoshikun

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