全国民が知事な世界で私だけが知事じゃない件について

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全国民が知事な世界で私だけが知事じゃない件について

「すみません……。当レストランは予約制となっておりまして、お席がただいま満席状態でありまして……。」


「チージチジチジチジ! この知事様に楯突こうとは片腹痛いチジーッ!」


「店員ごときが偉そうな口を聞くなでチジーッ!」


 知事。それは日本国民のほぼ全員に与えられた役職であり、基本的人権のひとつに備わっているものだ。この世に生を受けた全ての人間は知事であるのだ。


「そ、そうは言われましても……。私も一応知事でして……。」


「それがなんだというのだチジ。貴様など知事の中でも階級の低い、弱小知事に違いないチジ。」


「そうだ知事。貴様が統治している都道府県名を言ってみるでチジ。」


 知事、及び都道府県知事は、日本の地方公共団体である都道府県の長である。そして都道府県知事のもとに置かれる部局を知事部局という。つまり、知事は都道府県で最も偉い人のことだ。


「わ、私は佐藤コサリ県の知事です。」


 基本的人権に知事権が含まれた以上、知事が収める都道府県の数が足りなくなる。そのため日本政府は、全ての知事に都道府県を与えるために憲法の解釈を変更し、新たな法を作った。それが都道府県知事法である。


「聞いたことのない都道府県でチジねぇ〜!」


「やっぱり弱小知事だったでチジ。」


 都道府県知事法により、全ての知事に都道府県が与えられる。そしてほぼ全ての国民は知事である。よって、日本には都道府県が1億以上存在するのだ。全国の小中学生は毎年社会の授業で絶望しているらしい。


「弱小知事は俺達列強知事に従っておけばいいでチジ。」


「逆らえば貴様の県を我が県に吸収合併してやるチジよぉ〜?」


「きゅ、吸収合併!? それだけはやめてください! 」


 あぁ、哀れなる弱小知事。吸収合併されてしまうと知事としての権限を失い、ついでに人権も失う。そうなったら後は奴隷としての人生が待っているだけだ。


「その体に知事の仕事をじっくりと教え込んでやるチジよぉ〜!」


 ついに弱小知事が悪い知事の餌食になりかけたその時! ひとりの男が立ち上がった! 彼はたまたまレストランで食事をしていた中年の男性。


「待ちなさい、そこの知事達。店員さんが困っているじゃないか。」


「はぁ〜? テメェどこの誰だチジ? 所属を言え所属を!」


 男性はフォーマルなスーツの内ポケットから名刺入れを取り出すと、その中身を差し出した。


「なになに、名前は伊藤 博文……。統治県は……なし!?」


 その名刺には衝撃の事実が記載されていた。なんとこの男性は知事ではないというのだ!


「そうです。私は知事ではありません。」


「ぷ、ぷぷぷぷぷ〜っ! 知事じゃないヤツがいるでチジよぉ〜!」


「知事じゃないってことは人間じゃないってことチジねぇ〜! 奴隷ごときがいっちょ前にスーツなんて着てんじゃねぇチジ!」


 悪辣なる知事達は男性に殴る蹴るなどの暴行を加える。しかしそれは当然の行為だ。知事でないということは、そういう行為をされて当然の人間ということなのだ。


「まぁ、お待ちなさい。あなた達、私と知事バトルをしませんか?」


「あ〜ん? 知事バトルでチジ?」


「知事でもない輩がなにを言っているでチジ!」


 知事バトル。それは互いの政治力を比べて戦う、日本古来のスポーツである。古事記にもそう書いてある。


「負けた方は勝った方の言うことをなんでも聞くというのはどうでしょう?」


「チージチジチジチジ! 偉そうな態度が気に食わないチジ。いいチジよ、貴様の知事バトルを受けてやるチジ。」


「もし俺達が勝ったら貴様を我が県の奴隷にして一生パワハラしてやるでチジ〜!」


 かくして知事バトルは始まった。レストランの客や店員達は心配そうに見守る中、先手を取ったのは悪い知事達だった。


「政治力マックス! 使えない部下には暴力を振るうでチジーッ!」


「年中無休にして年中無給! その恐ろしさを味わわせてやるでチジーッ!」


 あわや悪しき知事達の手によって、切り裂かれようというその時、突然男性の政治力が大幅に高まった! 溢れる政治力は目に見えるオーラになるほどだ!


「な、なんという政治力!?」


「列強知事の政治力をこんなにも上回るとは、貴様何者だ!?」


 あまりの驚きにキャラ付けも忘れて素の口調で喋る悪い知事達に近づき、男性は片手を掲げた。それだけで知事達はその場に膝まづいてしまう。


「勝負ありましたな。」


 圧倒的政治力を前に、知事達は敗北を認めるしかなかった。これほどまでの政治力をもってすれば、社会的抹殺など簡単にできてしまうと本能で理解したからだ。


「バカな゙! 俺は知事だぞ!?」


 知事達はレストランの床に冷や汗を垂らしながら、力いっぱい叫んだ。俺は知事だ、知事なのだと、自身の基本的人権を主張した。


「知事よ、お前の前にいるのは、この国を統べる王。総理大臣だ。」


 総理大臣。それは全ての知事の王にして、王の中の知事。この日本知事王国をまとめる、神のような存在。日本の知事は皆、彼のことを現人神と呼び称えるのだ。


「知事よ、辞職しろ。」


「あり得ない……この俺が……!」


 こうして、世界からまた知事が消えた。しかし明日にでもまた新たな知事が誕生するだろう。そして悪しき知事は総理大臣が直々に裁く。こうして日本は回っているのだ。これを読んでいる君も、悪いことをしたら総理大臣に辞職させられるかもしれない!

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