第4話 魔法の五つの要素と精霊
「俺は、生まれつき魔力が低かったから、他を強化するしかなかった」
スレイトは、学園の裏庭での魔法学の授業中、先生から『教科書の百四十五ページの魔法を練習しなさい』と言われていたが、その魔法はすでに習得していた。だから、サボっていたチャートを見かけ、一緒に木陰で休むことにした。
「もっと、強力な魔法を教えてもらいたいぜー」
スレイトは、足元に落ちていた木の枝を手に取り、無意識にポキポキと折り始めた。 遠くでは、生徒たちが必死に呪文を叫びながら魔法の練習をしている。
「あんな簡単な魔法であたふたしやがって……」
スレイトは苦い顔で、呆れたように首を振った。
「魔法は、五つの要素で成り立っているからね」
「【魔力】【精神力】【契約精霊の数】【契約精霊の個体レベル】【精霊との絆】——この五つが魔法の総合力に影響するんだ。魔力ってのは、生まれつき持ってるもので、普通は増えたり減ったりしない。でも、魔力が高いだけじゃダメで、他の要素が低いと結局、魔法力は下がるんだ。実際、統計によると、生まれつき魔力が低い者でも他の要素を高めることで、魔力が高い者より優れた魔法を使うことがある」
チャートは教科書を指差しながらスレイトを見て言った。
「君も、この統計に入ってるんじゃないの。でもさぁ、それって単に天才より努力家の秀才が多いってことだよね」
チャートは『魔法と魔法使いの関係性』のグラフを指差した。
「……あーあ、俺に魔力があればなぁ」
「全てのパラメーターが高い人なんてレアだよ。君に魔力があったら、最高の魔法使いになってただろうね」
「俺もそう思う!」
スレイトはムッとした顔で、眉を上げてチャートを睨んだ。
「ああ、そういうこと。だから君、魔力の高い櫂吏王子に嫉妬してるんだ?」
「バッ……ち、ちがう! 魔力があるからってだけでムカついてるわけじゃねぇ! 魔力があるくせに、なんの努力もせず、現実から逃げてばっかだから腹立つんだ!」
「そんな奴、この学園にいくらでもいるじゃない。なんで櫂吏王子だけ……あ、わーかった!」
「な、なんだよ! 言えよ!」
「櫂吏王子の兄、奨吏さまの存在だよね」
スレイトは手に持っていた枝を、バキッと力任せにへし折った。
「君、デュアリスの第二王子で櫂吏王子の兄、奨吏さまを崇拝してるもんね〜。わかるよ、だってあの方は世界最強の魔法騎士でもあるし、すべてのパラメーターが最高値にある、まさに激レアの存在だよね。特に君みたいな王族には憧れの人だ」
「俺は……認めねぇ。あんなヘタレが奨吏さまの弟なんて。俺だったら、もっと……」
スレイトは言葉を切り、歯を食いしばった。そして、怒りを込めて言った。
「とにかく! あいつは……デュアリス国どころか、ソムネア全世界の恥だ!」
「全世界って……君、それは酷くない?」
「また根性叩き直してやろうと思ってたのに、長々と登校拒否してるんだよ、あいつ!」
「そりゃ来ないって。毎回、あれだけ君にいじめられてたら……」
「いじめじゃねぇ! 腐った根性を叩き直してやってるだけだ!」
「……いや、それがいじめだって言ってんの」
*
スレイトは、最後に櫂吏王子が学校に姿を見せた日のことを思い出していた。
櫂吏はデュアリス国の第三王子であり、彼のフルネームは櫂吏・アーサー=デュアリス。彼は、この世界を救ったデュアリス国の国王と王妃の第三子だ。そして、現在世界最強の魔法騎士とされる第二王子、奨吏・ルーサー=デュアリスの弟である。
長男の扇吏・シーザー=デュアリスは、現在のデュアリス国王だ。
デュアリス王家は、生まれつき魔力が高く、大精霊からの信頼も厚いため、ソムネアの中心に君臨する国として広く認められている。
「櫂吏、俺と魔法で勝負しろ!」
ある日、スレイトは櫂吏に勝負を申し込んだ。
「……なんでだよ?」
櫂吏はスレイトの方を見ずに静かに返事をした。
「お前が主導国の王子として、どれほどのものか、俺が確かめてやるよ」
「なんで、お前にそんなことされなきゃならないんだよ」
櫂吏は黒い前髪の下から嫌な目つきでスレイトを一瞥し、読んでいた本を閉じると、バルコニーから立ち上がり歩き出した。
「おい、待てよ! お前……あの奨吏さまの弟だろ!?」
「だったらなんだよ?」
櫂吏は足を止めて振り返った。もともと不機嫌な顔に、さらに眉間に皺が寄り、その瞳には嫌悪の色がはっきりと浮かんでいた。
だが、その嫌悪はスレイトに向けられたものではなかった。スレイトは、櫂吏が自分を通して別の誰かを見ていることに気づいた。
こいつは、自分が奨吏さまの弟と呼ばれるのを嫌がっているのだ。でも、それが普通なのかもしれない。一人っ子のスレイトには完全に理解できないことだが、偉大な兄を持つ弟がコンプレックスに苦しむことはよくある話だ。
しかし、偉大な兄を持つことを誇りに思う者もいるだろう。
もし自分なら、誇りに思う。代われるものなら、代わりたいとさえ思う。あれほどの素晴らしい人物が兄だったら、どんなに幸せだろうか――。
「生まれつき強大な魔力を持つ血筋が……力を、正しく使おうとしないのは……王子として職務放棄だ!」
スレイトは無意識のうちに、攻撃魔法を櫂吏の背中に放っていた。不意打ちだ。
「っ!?」
後方から襲いかかる攻撃に櫂吏は一瞬たじろいだが、すぐに冷静に防御魔法を発動させた。
スレイトの火属性の攻撃魔法は、櫂吏の水属性の防御魔法に相殺され、熱い蒸気が周囲に立ち込めた。白い蒸気が廊下を霧のように覆い、二人の視界を完全に塞いだ。
「なにしてんだよ、いきなり……危ないだろ!」
「わ、悪ぃ…」
「は?」
「不意打ちするつもりはなかった……つい……」
強力な攻撃魔法を放った後、頭を掻きながら真剣に謝るスレイトに、櫂吏は戸惑った。
「なんなんだよ、お前……」
「次は、正面からいく! 今度こそ、俺と勝負だ」
「ちょっ……おい、待てよ!」
スレイトは右手に赤い魔法陣を浮かび上がらせ、左手に現れた黄緑色の魔法陣を重ね合わせた。
「混合魔法っ!?」
櫂吏は焦って両手に魔法陣を繰り出した。
「水属性だけで火と風のコンプリメンタリーが防げると思ってんのか? 火の精霊と風の精霊は相性が抜群だぜ!」」
スレイトは矢の形をした炎を力強く櫂吏に向かって投げつけた。炎の矢の周りには、黄緑色のコイル状の風が絡みつき、矢を包み込んでいた。火と風の精霊が融合した強力な
「くっそ……ハイドリーズ! 全員起きてくれ!」
櫂吏は精霊たちに必死に呼びかけたが、すでに遅すぎた。
炎の矢は、櫂吏が咄嗟に作り出した透明の壁に突き刺さり、瞬時に大爆発を巻き起こした。
櫂吏は爆風で後ろの壁まで吹き飛ばされ、背中を激しく打ちつけてバウンドし、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。
掠れた声が櫂吏の喉から、弱々しく漏れ出た。
「……っ……う……く!」
スレイトは冷たい目で苦悶する櫂吏を見下ろし、静かに彼の上に手をかざした。
スレイトの掌から、黄緑色と水色の魔法陣がゆっくりと浮かび上がった。
「や、……や…め……ろ」
櫂吏の瞳は恐怖に完全に怯え、震えていた。
防御の体勢を取ろうと必死に体を動かそうとするが、まるで体が言うことを聞かない。
なんとか這ってその場から逃れようとするが、力が入らないまま廊下をゆっくりと這い進んでいく。
「お前……俺をなんだと思ってるんだよ……」
スレイトは唇を固く結び、手からまばゆい光が一瞬で放たれた――。
「!?」
スレイトの手から放たれた魔法が櫂吏の体を包み込み、じわじわと傷を癒し始めた。
櫂吏は驚愕の表情を浮かべ、スレイトを見上げた。
「治癒魔法は、混合魔法が使えなきゃ出せねぇからな。お前、使えないんだろ?」
「……っ!」
櫂吏はスレイトから視線を外し、悔しそうに拳を握りしめた。。
痛めつけられた相手に治療されるなんて、櫂吏のプライドは間違いなく傷ついているはずだ。自分だったら、そうだ。
スレイトはそう思いながら、無言で櫂吏の傷を癒し続けた。
「俺は、お前を絶対に認めねぇ。お前が、デュアリスの王子であることも、奨吏さまの弟だってことも。悔しかったら、俺を倒してみろよ。できるはずだろ? お前は……生まれつき俺の何十倍も魔力を持ってんだからよ!」
*
……イト。
……レイト。
「スレイトってば!」
突然チャートの顔が飛び込んできて、スレイトは回想から引き戻された。
「な、なんだよ! びっくりさせんなよ!」
「そんな腹痛みたいな顔して、何を思い出してたのさ?」
「……別に、なんでもねぇよ」
スレイトはチャートから目を逸らした。
「気楽な王なんて、国民はついてこねぇんだよ! 精霊だってそうだ。みんな堅実なリーダーを求めてるんだ!」
「でもさぁ、奨吏さまの兄上で現国王の扇吏さまって、結構お気楽な人だって聞くけど? それでも国民の支持を得てるじゃん」
「それは……! 奨吏さまのサポートがあるからだ!」
「君、今さりげなく扇吏さまをディスったよね? 今度デュアリスに行ったら、誰かに言っちゃおうかな~」
「おい、テメェ……チャート!」
スレイトは本気で殴りかかる。
「うわっ! 冗談、冗談だって!」
はぁはぁと息を荒げ、肩をいからせているスレイトを横目に、チャートは呆れた顔で言った。
「君さ、そんなに堅いとハイドリーズやエオリアルだって逃げちゃうよ? ね? エアちゃん、そう思うでしょ?」
チャートは胸ポケットから青い葉っぱを取り出し、肩に乗った小さな精霊に差し出した。
薄緑の小さな精霊は、葉っぱを丸呑みにしてサクサクと噛み砕き始める。頭部のぜんまいのような触手か髪が、風にそよいで揺れていた。
「エオリアルとハイドリーズは、自由を愛する精霊だからさ。君の火の精霊、パイロクラスタみたいに堅苦しいのは嫌いなんだよ」
エオリアルはもっと葉っぱを欲しがり、チャートに手を伸ばしたが、横からハイドリーズが素早く現れ、エオリアルの手から葉っぱをもぎ取った。二体の精霊は目を釣り上げ、睨み合いながらもみ合いを始めた。
「あーあー、君たち、葉っぱはまだあるから、そんなに喧嘩しないでよ。ほら、こんなのならいつでもあげるから、僕の言うことちゃんと聞いてねー」
「チャート、お前、精霊を物で釣ってるのか!? あり得ねぇだろ!」
「そうだよ。僕は君と違って【魔力】はそこそこあるけど、【精神力】が強くないし、【精霊との絆】を深めるには賄賂が一番手っ取り早いんだ。まぁ、レベルの高い精霊は気高いから、賄賂なんて見向きもしないけどさ。僕が作った葉っぱが好きな子は、すぐ契約してくれるんだよね。ねぇ?」
スレイトの肩越しに、彼と契約しているハイドリーズがひょこっと顔を覗かせた。
「ふふ。君も欲しいのかい?」
ハイドリーズはちらっとスレイトの顔を見て、様子を伺うようにした。」
「おい、俺のハイドリーズを誘惑すんじゃねぇよ。こいつら、火の精霊と違って権力に屈しない。だから、気分次第で勝手に契約解除して、乗り換えやがるから」
「だからさ、君も精霊の性格をちゃんと把握して、態度を変えるべきだよ。それは精霊だけじゃなくて、人間に対しても同じこと。厳しいムチが効く人もいれば、優しい飴が必要な人もいるんだよ。次期王になるなら、一人一人の性格をちゃんと把握して、上手く付き合っていくべきだよ。さ、エアちゃん」
チャートはピンク色の花びらを風の精霊に差し出した。
風の精霊は花びらの上に乗り、まるでサーフィンをするように、風に乗ってくるくると回り始めた。
「さっきから、エアちゃんってなんだよ?」
「精霊の名前だよ。エオリアルだとみんな同じだからさ」
「は!? お前、まさか一体づつ名前つけてんのか!?」
「うん。これがエアちゃんで、こっちがリオくん。んでこの子がエリちゃん」
「マジかよ……みんな同じ顔してんのに、どうやって区別してんだ。しかも、ちゃんとかくんって……こいつら性別ないだろ」
「スレイトも精霊たちに名前つけてあげたら?」
「バカ言え。何匹契約してると思ってんだよ。特に、俺の国、ブレシアの守護精霊にもなってる火の精霊パイロクラスタともなると、何万匹もいるんだぞ!?」
スレイトの背後から、赤い半透明の球体がゆっくりと姿を現した。目はつり上がり、厳格な表情を浮かべている。その頭部は、まるで太陽のフレアのように炎が揺れ、力強い存在感を放っていた。
「じゃあ、炎一号、炎二号とかでもいいじゃん」
「つけたって、どいつが一号だか二号だか分からねぇだろ!」
「よく見れば分かるよ。ほら、この頭の部分とか、目とかさ。微妙に……」
ドカンッ!
と大きな爆発音が響き、スレイトとチャートは驚いて体を跳ねさせた。
「な、なんだ!? 今の音、何だよ!?」
チャートは音のした方向に目を凝らし、広場をじっと見つめた。
「あー、ネイス王子がまた魔法に失敗したみたいだね」
「あ? ネイス? 誰だっけ……」
スレイトは一瞬首を傾げたが、すぐに思い出し、疲れたように呟いた。
「ああ、そういやもう一人いたな……高い魔力を持ってるくせに、魔法力が全然ダメな王子が……」
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