第3話 ラヴァンデュア魔法学園と魔大戦

 今日は魔法レベルの結果発表の日だ。

 クラス全員の試験結果が張り出され、順位が発表される、重要な日。スレイトは表向きは平静を装っていたが、心の中では興奮が抑えきれなかった。この日のために、精神を鍛え、契約精霊を増やし、絆を限界まで深めた。

 努力は必ず報われなければならない。

「学園で誰が一番かクラス中に張り出す……なんて、公開処刑もいいとこだよ」

 チャートは机に顔をうずめるようにして、肩を落としながらぼやいた。

「公開処刑? なんで?」

「だって、全生徒に晒されるんだよ? 自分が何位でどのレベルにいるか丸見えじゃん。恥ずかしいじゃない! だって僕、絶対に下から数えた方が早いもん」

「はぁ? だったら努力して順位上げればいいじゃねーか」

「努力したくないから言ってんの! 僕は君みたいに王子でもないし、人生に重いものを背負って生きてるわけじゃない。将来だって、外交官や学者、賢者になるつもりもないし、魔法士なんてもってのほかだ。それなのに、勝手に順位なんて張り出されて迷惑だっての! 学園は羞恥心を鞭にして学生を奮い立たせようとしてるんだろうけど、僕に言わせれば拷問だよ。僕は飴が欲しいんだ。優しくしてくれなきゃ頑張れない!」

 スレイトは、チャートの言っていることの半分もわからなかったが、彼の将来について少し不安になった。

「じゃあ、将来は何になりたいんだよ? 騎士(ナイト)か?」

「んなわけないでしょ。僕が剣技苦手なの知ってるくせに!」

「でも、何かにはなるんだろ? 何もせずにぼーっと生きてるわけにもいかねぇだろ。いくら親が金持ちだからって、そのままじゃお前が食いつぶして、家ごと破産して、お前の代でシュヴァルツ家は終いだ。夢とか目標、なんかないのかよ?」

「夢? 目標? んあ〜?」

 チャートは天井を見つめたまま、固まってしまった。

「あ、こいつ、現実逃避してやがる!」

 スレイトは、チャートがやればできるやつだと知っていた。ただ、今は何事にもやる気が持てないだけで、将来に夢や目標ができれば変わるだろう。そう思い、今はあまり刺激しないことにした。

「順位発表だ!」 

 教室の壁に光の幕が浮かび上がった。

「お、出る! 出る! ほら、チャート!」

 スレイトは興奮しながらチャートの袖を引っ張った。」

 

 魔法学クラス総合得点順位


 一位 ユーフォルビア・アングレウム      700点

 二位 スレイト・クロート・ブレシア      685点

 三位 マイカ・キーラナイト          656点


 金の砂がどこからともなく現れて、教室のボードに順位と名前、得点を書き上げた。

 一位の名前が自分ではなかったことに、少しがっくりしたスレイトだったが、ユーフォルビアなら仕方がないと納得する。

 二位に名前の頭文字が現れると、まだ、途中にも関わらず、スとでた瞬間にスレイトは「よっしゃああ!」と立ち上がってガッツポーズした。

「よかったじゃん、スレイト! 二位だって!」

 チャートが自分のことのように嬉しそうに言い、ハグをする。

「当たり前だ。努力は報われんだよ!」

「うん、うん。君はいつも頑張ってるもんねー」

「チャート、お前は? 何位だった?」

「げ……。それ、聞くかなぁ?」

 チャートは未だ順位を書き連ねている金の砂に向かって顎を引き、「今、五十位代が出てるから僕の名前はまだ出ないと思うよ。あはは」と自嘲気味に笑った。

「勿体無い。お前は頑張れば絶対十位内に入れる奴なのに」

「だから、僕は将来魔法を使って何かする気はないってば」

「けど、万が一、昔のように魔大戦が起こったりしたらよ……」

「スレイト!」

 チャートが険しい顔でスレイトを睨みつけた。ヘーゼル色を含んだ彼の碧眼に厳しい光が宿る。

「魔大戦の話はタブーだよ。絶対に口にしちゃいけない。闇の精霊に聞かれでもしたらどうするんだよ!」

「……そ、そうだった」

 スレイトは悪かったと、チャートに素直に謝った。

「やっぱユーフォはすごいね。満点だって」

 チャートがいつもの笑顔で話を戻す。

「ああ」

「負けて悔しくないの?」

「あいつなら負けてもしょうがないって思うから」

「へー? 珍しい。負けず嫌いのスレイト様が素直に負けを認めるなんてね」

「だって、あいつはエルフの血が入ってんだぞ? エルフは何もしなくても精霊たちに好かれる体質だから、契約だってされやすい。魔法力が強くて当然だ」

「へぇー」

 チャートはニヤついた顔でスレイトを見た。

「な、なんだよ」

「言い訳なんて君らしくないねぇ。負けて悔しくない理由は、本当にそれだけかなぁ?」

「何が言いたいんだ?」

「え? 思ってること、言っちゃっていいの〜? スレイト様は、ユーフォのことが」

「やめろぉ! お、お前が何を言おうとしているか俺にはさっぱりわからねーが、とりあえず今は黙っててくれ!」

「はいはーい」

 チャートは揶揄うような口調で返事し、再び真面目な口調で問いかけた。

「ユーフォってさ、神の恵みを受けて生まれた子供なんだってね」

「え? ああ、そうらしいな?」

「人間とエルフの間には子供ができにくいからね。【神の涙】でもないとさ」

「あ、ああ……」

 スレイトはふとユーフォルビアに目を向けた。

 透き通るような色素の薄い肌に、陽光を受けて輝くプラチナブロンドの長い髪。少女でありながら、彼女は人間にはない神秘的な美しさと妖艶さを湛えていた。

 突然、ユーフォルビアが『何見てんのよ!』とでも言いたげな鋭い視線をスレイトに向けた。彼女のアーモンド型の瞳が、鋭く光を放つ。

 スレイトは慌てて視線を逸らし、胸の鼓動が速まるのを感じた。

「(あの気の強さが、またたまらなく魅力的なんだよな……)」

 スレイトは早まる心臓の鼓動を何とか抑えようと、静かに深呼吸した。

「いいよねぇ。神の涙」

 チャートが呟く。

「なんだよ、チャート。欲しいのか?」

「そりゃ欲しいよ。神の涙。【天降石】。どんな願いも叶うんだよ?」

 ソムネアのどこかに存在すると噂される『神の涙』。

 その石に願いをかけると、神が降り立ち、一つだけ願いを叶えてくれると言われている。その石を求め、数多くの冒険者や探検学者がソムネアの地を彷徨い続けている。

「けっ。俺は、神様だろうが誰だろうが、他人に叶えてもらいたい願いなんてねぇーよ。全部自分の力で手に入れてやる」

「僕は君みたいに努力家でも真面目でもないからね。他人の力で簡単に手に入るなら是非、利用させてもらうよ」

「じゃあ、何を願うんだ? もし今、天降石を手に入れたら」

「えー、今? 今ならそうだなぁ、テストで一位を取る、とか?」

 スレイトは呆然と口を開けたまま、固まった。

「……しょ、しょーもな」

「だって、それくらいしか思いつかないもん。僕、野心ないし。金にも困ってないしさ。今一番の願いってったら、いい成績の順位くらいだよ」

「お前、よくそんなんで神の涙を欲しいなんて言えるな? なんでも願いが叶うんだぞ? 人だって生き返らせれるし、億万長者にもなれる。人生投げ打って探してる冒険者が聞いたら発狂して殴りかかってくるレベルだぞ?」

「だって、欲しいことは欲しいよ、いざという時のためにさ」

 チャートはそこまで言ってから口を噤んだ。

「いざというときのため……か」

 スレイトも黙って俯いた。



 魔大戦———十二年前、ソムネア全世界を巻き込み、大勢の命を奪った最大の戦争。

 【魔大戦】と呼ばれるその戦争は、今ではその名を口にすることさえタブーとなっている。

 この戦争に終止符を打ったのは、デュアリス国の王と王妃だった。彼らは天降石の力を用い、戦争に終止符を打ち、ソムネアを救ったのだ。この話は一時語り継がれたが、やがて口にすることすら避けられるようになった。

 表向きには、二度とこのような悲劇を繰り返さないための教訓として、歴史の授業で教えられていた。だが、過去の戦争や歴史の話は、人々に不安や怒りをもたらし、そうした感情が闇の精霊を喚ぶ危険を孕んでいるとみなされるようになった。

 実際、過去には、戦争を経験していない子孫が、先祖から聞いた話を元に、元敵国への憎しみを抱き、その憎しみが闇の精霊を喚ぶ結果となったことがある。

 歴史の情報は時に、人々の心に無用な憎しみを植え付ける危険な種となるのだ。

 何も知らない方がいいこともある。前に進むために必要なのは、過去ではなく未来への希望だ。

 そして、学校の授業から【歴史学】は消えた———。



「げぇ! 百五十三位だってぇ!」

「え?」

 張り出された魔法学のレベルチェックは終了していた。

 壁には一位から二百位までの順位が細かく金色の文字で描かれ、不規則に揺れ動きながら浮かび上がっていた。

「二百人中、百五十三位か」

「は、はずかしぃ〜」

「恥ずかしいならもっとちゃんと試験受けろよ。このままじゃクラスまで落とすぞ?」

「いいよ。そしたらまた受けるもん。僕は別に、このままずっと学園にいてもいいかなって思ってるくらいだよ」

「やめとけ。じじぃになったらそれこそ恥ずかしいぞ。若い衆に混じって教師よりも年上の、万年落第生のお前が授業受けてる姿を想像してみろ」

「じゃあ、スレイトが僕を雇ってよ。その頃にはブレシアの王様になってるだろうし、なんとかできるでしょ。給金はそんなに求めないからさ。三食昼寝付きで君の話し相手役でどうだい? 心を許せる友や話し相手がいるっていうのは一番のストレス解消になるって言うよ?」

「どこまで他力本願なんだよ、お前……」

 スレイトは呆れすぎてチャートに言い返すのも面倒臭くなった。

「あ、ねぇ見て。スレイト。最下位は櫂吏王子だよ」

「ああっ!? なんだと!?」

 スレイトは金色の文字で書かれた最後の名前に目を凝らした。

「まぁ、試験放棄したから0点だったわけだけど。魔力はあのユーフォにも劣らないほど持ってるのにねぇ、彼。試験受ければそこそこ上位とれると思うんだけどなぁ〜」

「けっ! どんなに魔力があっても、混合魔法も使えねぇヘタレ野郎は何をやってもダメだ。あいつはデュアリス国の恥だ。ソムネアを救った王と王妃も天国で泣いてるぜ」

「君、櫂吏王子には厳しいよね」

「当然だ!」

 スレイトは、顔がじわじわと熱くなるのを自覚していた。

 毎回、あのデュアリスの王子、櫂吏のことを考えると、イライラして、冷静さを失ってしまう。

 なぜ櫂吏が自分をここまで苛立たせるのか、スレイトは本当はわかっていた。しかし、それを認めるのが嫌で、その本音を胸の奥深くに押し込んでいた。

 処理されない怒りは内側でじわじわと膨れ上がり、スレイトはその感情を攻撃という形で発散するしかなかった。

 周囲から見れば、それは一方的な暴力やいじめに映っただろう。だが、その衝動を抑えることはスレイトにはできなかった。

 櫂吏を見かけるたび、スレイトは彼に勝負を挑まずにはいられなかった。

 勝つことでしか、自分を肯定できなかった。

「ねぇ、櫂吏王子が学校へ来なくなったのって、君のせいじゃない?」

 スレイトにはチャートの声は耳に入っていなかった。

「あの野郎……今度、学校へ来たら俺が根性を叩き直してやるぜ!」

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