魔王カーン

 とある日、カーンが地下室へ降りると、一枚の壁画が見つかりました。そこには凛々しく立ち、明るい未来を夢見て、誠実な表情を浮かべた人が立っていました。


 誰だろう、と思いその名をみてカーンは驚きました。そこにはハロルドと書かれていたのです。何を隠そう、自分が倒した魔王だったのです。その瞳はあの頃の自分と同じ、明るい未来を夢見て、希望にあふれていたのです。


 カーンはハロルドの言葉を思い出しました。


「それはお前がここに座ってみればいずれわかることよ」


 自分は結局魔王ハロルドが言っていた通りになってしまっていたのです。


 カーンは部下に命じました。


「この男、ハロルドを探し出せ」


 部下が世界中を探し、ハロルドの居場所を突き止めました。勇者はそこに行きました。


 ハロルドは人里離れた山奥で畑を耕していました。ハロルドはカーンを見ると、


「なんだ、バカにしにきたのか。帰れ」


 と突き放しましたが、カーンは食らいつきました。


「頼む、教えてくれ。私はどうしたらいい? 私は魔王になりたくない」


 ハロルドは答えました。


「私はここにきてわかったことがある。大事なのは誰かのためなどという幻想を捨てることだ。

 今お前はお前を支える全ての人の名前をあげることができるか? 宮殿を作った人物、食事を作った人物、税金を納めた人物、その他衣服を整えた人物。お前は多数の人の思いで今この一瞬を生きながらえている。我々は名前も知らない人のおかげで生きている。その名前もしらない人は名前も知らない人のことを考え、必死に誠実に尽くしている。

 世の中のほとんどが誰がしてくれたかもわからない善意でなりたっている。世の中を良くしたければ、誰かのためなんていう幻想を捨てろ。全てお前の自己満足だ。お前がしたいからするだけだ。相手は感謝もしないし、いい環境にいることに気づいてもいない。それでもやれると思ったことだけをしろ」


 カーンはうつむいたまま、その言葉を噛み締めた。そして一つうなずくと、顔を上げた。


「わかった、やってみるよ」


 そうとだけ言って、再び宮殿に戻ったのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王を倒した勇者が魔王になるまでの物語 木沢 真流 @k1sh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ