鮮血に光る

生墓朝太

鮮血に光る

鮮血に光る

「子供達よ!もう恐れる事はない!なぜなら…この私、スーパーレッドがやって来たからだ!」


「悪しき怪獣よ、喰らえ!レッドパァァァンチ!」

「わーい!ありがとう、レッド!」


「これで世界の平和は保たれた!テレビの前の少年少女よ、来週また会おう!」


9歳くらいの頃だった。俺はスーパーヒーローだとかそういうのが大好きで、あの時は「スーパーレッド」にお熱だった。困っている子供達の元に駆けつけ、一撃で怪獣を吹き飛ばす。毎週30分程度の尺でそんな話が繰り返された。今になって見てみれば随分と陳腐なもので、毎週同じようなセットと同じような話、見た目だけ違う怪獣に…レッドパンチ以外存在しない技。所詮は子供騙しと言うべきか、この歳になって見た色々な映画と比べれば脚本は酷いものだった。それでも、どんな良い映画を見てもあの頃の熱狂は帰って来なかった。


ヒーローになりたかった。昔はただ漠然と迷走していて、何者かになりたかった。父さんはごく普通のサラリーマンだったが、毎日必死に働いて男手一つで俺を養ってくれていた。それなのに、俺はあの人を見て「こうはなりたくない」と思ってしまった。そうして、形のない野望だけが肥大化した結果今の俺になった。普通以下の給料を貰って、普通以上の残業をする男に。


こんな俺にも家族が居た。高校で知り合ってから付き合った彼女と、卒業してしばらくしてから結婚した。娘もできた。最初のうちは幸せだった。まだ、彼女が俺の事を知らなかったから。俺も知らなかった。俺がこんなにも駄目な奴だなんて。

俺の収入は一向に増えず、とうとう愛想を尽かされた。最後にした会話は煙草の煙が臭いとか…そんなものだった気がする。


娘は彼女に着いて行き、俺はと言うと父さんが病気で亡くなったのを知った。そういえば、暫く電話もかけていなかった。


田中 暁。俺に残ったのはその名前だけだった。


9月の夏。どういう訳か、未だに夏本番の暑さだった。日差しが照り付け、鬱陶しいほどに肌を焼く。たまには休日も外に出ようと思ったのが間違いだった。

電車に乗る気も失せてしまったので、一先ず家の近くの公園まで歩いた。この辺は人が少ないから、日曜の昼でも公園には誰もいなかった。ベンチにゆっくりと腰を下ろす、日陰だけがこの世界のオアシスだ。


汗が噴水の如く湧き出てくる。日差しはうんざりするほど浴びたし、そろそろ家に帰ろう。そう思って立ち上がった時だった。


「あっ…バレた」

俺の座っていたベンチの裏。そこにしゃがんだ男が隠れていた。コイツも夏バテでおかしくなったクチか?

「なぁ、君!見なかったことにしてくれるか?」

元々そのつもりだが。

「この辺を変な見た目のヤツが徘徊しているはずだ!見かけたら、絶対に私のことを言うんじゃないぞ!」

…やはり、暑さに当てられておかしくなっているようだ。軽い会釈だけして、家へ向かおうと後ろへ振り向く。

「おい。誰と話してた?」

真っ黒のジャンパーに身を包み、顔には白い目の書かれた仮面を被っている。熱くないのか?

「…いや、別に」

何はともあれ、「変な見た目」この上ない。隠れていたようだし、話さないでおいてやるか。

「そのベンチの後ろ。居るだろう。」

バレてる。なら俺から言うことは無いな。

「はい」

「おぉぉぉぉい!」ベンチの後ろから声が跳ね上がる。同時に男が立ち上がった。

「言うなと言っただろう!」

「いや、バレてたんで…」

「全く。あの頃のキミなら、何が何でも隠し通しただろうに。まぁいい」

「…あの頃、?」

「秘密結社エレジーの手先め、こんな所まで追いかけて来やがって!白昼堂々人を付け狙う輩には成敗を下さねばなるまい!」

男がおもむろにカードを取り出す。赤と金色で形取られた、妙に懐かしい色合いのカードだ。

『変身』


男がカードを持って、ポーズを取り呟く。その瞬間赤色の機械のような何かが男の体に巻き付き、同じく赤い閃光が放たれる。光が晴れると、酷く見覚えのある姿がそこに立っていた。

「待たせたな少年少女よ。この私…スーパーレッドの参上だ!」


「…はっ?」

思わず声が溢れ出る。あの時見たヒーローが確かにそこにいた。何かのドッキリ?なぜ俺に?

「やはり、貴様がスーパーレッドだったか。総員集合!」

黒い仮面の奴と全く同じ風貌のがゾロゾロと出てくる。全員手に剣を握っていて、俺とレッドは囲まれてしまった。

「…待て、なんで俺まで!?」

「心配するな少年よ!私がいるからにはもう安心だ」

スーパーレッドが勢いよく飛び上がり、先頭の黒仮面に蹴りを浴びせる。その一撃で敵の頭は地面にめり込み、大きな砂ぼこりが上がった。

「相も変わらず化け物だな、スーパーレッド!」そう叫んだもう1人の黒仮面が、剣を振り上げレッドに突進する。が、レッドの腕が剣を握る腕を掴む。身動きが取れなくなった敵目掛けてレッドは大きく拳を振りかぶり…


…殴った。同時に手を離したことで黒仮面は数m吹っ飛び、公園の縁にある手すりに激突した。轟音を鳴らし、手すりが大きくひしゃげる。


「甘いな、エレジーの手先ども!この程度か?」

「余裕そうには見えないぞ、スーパーレッド。息が上がってるじゃないか」

「フン、ハッタリはやめておけ」

「お前自身が一番良く知っているだろう。もう歳なんじゃないのか?」

「…心配せずとも、お前達を倒せるほどの余力はあるさ」

レッドがこちらに目配せする。

「公園の外まで走れ、少年!君は巻き込まないようにする!」

俺は言われるがままに走る。さっきから、起こっている事の半分も理解できない。

「ここに来た事を今から後悔するんだな、エレジーの手先どもめ…!」

レッドが右腕を構えると同時にそこに赤い稲光が走る。何かを察したらしい黒仮面達が後ろへ逃げ始める頃、レッドは拳を振り上げ飛び上がった。

「レッッドパァァァァァンチ!!!」

無数の稲光を纏った拳が地面に叩きつけられ、何かが爆発したかのような音と共に地面が揺れる。俺はダメージを受けなかったが、逃げ遅れた敵達は全員その場に倒れていた。

 

「怪我はないか、少年?」

「少年って歳でも…いや、それより…アンタ、何者なんだ?」

「私はスーパーレッド。かつて君が憧れたヒーローその人さ」

「…本物のスーパーレッドだって?現実にいるわけが…」

「今のを見て信じられないかい?」

「…そうでもない」

「まぁ、なんだ。細かい説明をしていたら日が暮れてしまうな。」

赤色の装備が分解されて外れ、手元にカードを持った男の姿が現れる。

「このカードを君にあげよう。これから君にはスーパーレッドになって貰いたい」

「…何て?」

「さっき言われた通り、私はもう歳でね。君が小さかった頃からこの国を守って来たが、そろそろ限界が近い。そこで君に代わりを頼みたいんだ」

「な、なんで俺が?」

「君が私に憧れたからさ。生きる意味を探す気概さえあれば誰もがヒーローになれる」

「…本当に何も分からない。あのテレビ番組はなんだったんだ?」

「あれは私についての…所謂プロパガンダだな。私の存在と"敵"の存在は秘匿されている。だから逆にスーパーレッドをキャラクターにする事で、私は違和感なく都市で敵と戦うことができた」

「本当に何者なんだ、スーパーレッド…」

「あの番組が作り物だったといえ、君がスーパーレッドに憧れたのは事実だろう?私の力を継ぐチャンスは今しかない。もちろん、責任が伴うがな」

「俺に出来ると思うのか?」

「ああ」

「…やる」

「本当にいいんだな?」

「…ああ。」


俺は家への帰り道を歩いていた。空はだんだんオレンジ色に染まり、暖かな光が街を包んでいる。

『カードを持って、自分にとって一番力の入るポーズを取る。後は変身、と呟けばいい。戦いには慣れていないと思うが、スーパーレッドの体だけでも十分に戦えるだろう』


話を聞く限り、スーパーレッドだけじゃなく怪獣や怪人も実在していることになる。俺はこれからそう言う相手と戦わなくちゃいけないらしい。…夢を見ているみたいだ。嬉しいとかそう言う意味ではなく、訳がわからないと言う意味で。

…そんな帰り道だった。アパートの近くまでたどり着くと、その入り口に数人の人が見えた。間違いなく、「秘密結社エレジー」の面々だった。

…まさか。あの場にいた分はレッドが全員倒したんだから、俺の顔は知らないはず。俺は何食わぬ顔で奴らの間を素通りし、二階へ…

「おい」

「はっ、はい」

「赤い鎧のような装備を着た男を見なかったか?」

「見てないですね」

「そうか。通れ」

 どうやら、たまたまこのアパートに居ただけのようだ。何にせよ、命拾いした。剣を振り回す集団が当たり前のように屯してやがる…警察は一体何をしてるんだ?

…なんて、ブツブツ言うのは心の中だけだ。俺は俯いて階段を登る。

「しかし、分隊一つ倒して逃げおおせるなんて。スーパーレッドの奴ビビってるんですかね、部長?」

「歳で衰えてると言う噂は本当らしいな。あのヒーローも没落したと言う事だ」

「これからは俺らの時代って事ですか!」

「そうだな。やっとあの面倒なヒーローがいなくなる。所詮、あの強さも老いには勝てないんだな。敢えて言うなら…堕ちたヒーローって感じだ」


「………」

「おい、そこで何立ち止まってる!さっさと行け」

「…はい」


2階に登り、奴らの視界の外に出る。俺はポケットからカードを取り出した。

 

『変身』

 

 さっき見た、「俺の憧れ」と同じポーズ。右手で持ったカードを左肩にかざし、真っ直ぐ前を見る。


「…部長!アレ…!」

「出やがったか、スーパーレッド」

試しに2階から飛び降りる。嘘みたいに体が軽やかだ。何年も運動していない体なのに、2階から少しの痛みもなく着地できた。

「俺達秘密結社エレジーの怖さを忘れた訳じゃないだろうな!ここに居るのはエレジーの『部長』だぞ!」

「………」

「おい、何とか言えよ!」

痺れを切らした1人が剣を振り上げこちらへ向かってくる。本気で走り込んでくるようだが、俺の目には止まって見えた。その何倍も素早く腹に拳を打ち込み、気持ちの悪い感触と共に敵は遥か後方へ飛ばされる。

「次」

「一斉に行くぞ!」剣を持った黒仮面が3人ほどで俺を取り囲み、一斉に襲いかかる。例のごとく、止まって見える。

体は硬い方だった。そんな俺の足が嘘みたいに上がり、そのまま回し蹴りが敵の顔に命中する。少し力を入れないように制限してみたが、関係ないと言わんばかりの威力で吹き飛んでいった。

「次だ」

「スーパーレッドめ……!」

剣を振り上げた黒仮面。その腹に軽く前蹴りをすれば、面白いほどに簡単に吹き飛んでいった。最後に残った1人も、その場に剣を落として走って逃げていった。

「後はお前だけだな」

「……………どうやったのかは知らないが。借り物の力が随分嬉しいようだな」

「…何だと?」

部長と呼ばれた男が、被っている帽子の鍔を触る。帽子を深く被り込むと、陰った目線がこちらを見つめた。

「お前、スーパーレッドじゃないだろ」

「なぜそう思う?」

「さぁな。そう思っただけだ」

「…関係ない、どうだろうとお前がブン殴られるのは変わらないからな」

「自信だな、偽ヒーロー」

帽子の男がまた鍔を掴む動作をした瞬間、男は俺の目の前に居た。コイツ、速…

「グッ…!」

そう声を漏らしたのは俺だった。素早い回し蹴りを顔に受け、俺は大きくのけぞる。痛みが顔から全身に駆け巡り、俺は額を抑えてよろめく。この体の防御力すら、貫通してくるのか…。

「さっきから思ってたが、戦い方が素人同然だな。もしかすると、一般人の出か?」

図星を突かれた。取り敢えず、黙りこくる。

「それなら知らないだろう。刃で肉を裂かれ、身体を抉られる痛みはな」

男が刀を取り出す。今までの敵が持っていた剣とは違う、長柄の黒い刀。

その辺の雑魚とは違い、コイツの攻撃は俺に通じる。刀で斬られる自分を想像して、足がすくむ。

「言え。誰から貰った力だ」

「…知らない」

「そうか」

視線は未だ真っ直ぐこちらを貫き、殺意を孕んで刀が振り上げられる。恐怖で体が震えるが、拳を強く握りしめて耐える。俺には、スーパーレッドの力がある。戦い方は誰よりよく知ってるはずだ。

「はああぁぁぁぁッッッ!」

人生で一番と言えるほどデカい声で力み始める。拳に赤い稲光が走る。何百回も見て来た、俺なら出来る。

「答えはお前の死体から聞くとしてやる」

「ッッレッドパァァンチ!!!」

 振り下ろされた刀に正面から拳をぶつける。痛みはなかった。即座に刀はへし折られ、拳はその奥へ突き進む。帽子の鍔を潰し、顔に赤い稲光が衝突する。


…………


「ハァッ、ハァ…疲れた…」

レッドパンチ、スーパーレッド唯一の必殺技。単純に物凄い威力のパンチを繰り出すだけだが、俺のような素人でも人ひとりが見えなくなるまで吹き飛ばせる。ただ、多分まだ本物には敵わない。


…変身が解け、倒れた黒仮面と俺だけが残る。俺は颯爽と家に逃げ帰った。


「………あれ」

机の上の振動に気が付く。家に忘れていた携帯の通知が鳴っていた。机から落ちる前にそれを手に取り、画面を付けた。

「アサミ」懐かしい名前だった。つい3年前に離婚した妻。それ以外で知り合いに「アサミ」は居ない。

でも、どうして今更メールが?もう3年間も話したことなんてなかったじゃないか。

「暁へ。最近、伊織があなたに会いたいと言って聞かないの。もし良かったら、会える日付を教えて貰えない?」

伊織は俺と朝美の娘だ。もう直ぐ15になるんだったか、それなら物心ついた時からいない父親に興味を持つのも仕方のない事だ。…正直、俺はそう乗り気ではない。気になっていた父親の姿がこんなんじゃガッカリされちまうだろ?

ただ。伊織はいつまでも俺の大切な一人娘だ。横目にでもその成長した姿は見たい。

受け入れる他なかった。幸い時間はいくらでも作れる、仕事以外に予定はないのだから。

「伝えてくれてありがとう。明日なんてどうだ?」


スーツ以外で、人前に出れるようなまともな服を見繕ったのはいつ振りだろうか。

よく知らない偉人の彫像、その前に俺は立っていた。伊織は1人でやって来るらしい。…会ったからと言って何が起こるでもないのに、年甲斐もなく俺の心は浮ついていた。

そんな他愛もない考え事で少しずつ俯いた俺の首は、耳をつんざくような叫び声で振り上げられた。声の方向を見る、それは悲鳴だった。

2mほどの体長の男、手には巨体に見合った大きさの刀。刃を彩る鮮血は奴の背後に倒れている人たちの物だろう。だがより最悪な事実は別にある。アイツの付けている眼帯、白い目のデザインがあしらわれている、秘密結社エレジー…。

人々は恐れ慄きながら道をあけ、男は一直線に俺の元へやって来る。俺はポケットの中のカードに手をかけ、目の前に立った男を見上げた。

「カミラ部長の部隊を壊滅させたのはお前だな?」

「…さあ。誰の話だ?」

「スーパーレッドの後継者はお前だろ?」

「スーパーレッド?あのヒーロー番組の話か?」

「実に笑える余裕だな。これを見ろ」

大男がスマートフォンを取り出す。点灯した画面に写っていたのは…

「緋多伊織の身柄は、我々エレジーが預かっている。指示を出せば、今ここからどんな事でも出来る」

「クソ野郎…」

「お前が本物だろうと偽物だろうと、我々の面子の為にはスーパーレッドの首を飾らなければいけない。大人しく死ねば2人は解放する」

「こんなやり方で立つ面子がどこにあるって?」

「口答えするな。お前が死ぬか2人が死ぬか、どっちだ?」

「……………」

…あの2人は最早他人だ。もう家族関係は解消されているし、あの二人が死んでも…だが、俺が生き残って何になる?俺のクソみたいな人生を残して、何になると言うんだ。

「分かった、俺を殺せ。その二人は絶対に解放すると約束しろ」

賢明な選択ではないが、俺にはこれしか思いつかない。最後の最後に憧れのヒーローになる夢も見れたことだし、この辺で終わるとするか…

「それでいいのか、スーパーレッド」

人混みをかき分け、女がこちらへ歩いてくる。この辺りじゃ珍しい長い金髪を靡かせ、俺と奴の間に入った。

「お前はそんな甘っちょろい男じゃないだろう。何度も血を被って血に染まってきたんだろ?」

誰だ、コイツ。何を言っているんだ?

「おい、女。大事な話をしてるのが分からねぇか?」眼帯の男は刀を強く握りしめ、振り上げる。

「クッ…!変身!」


咄嗟の判断だった。俺は目の前で誰かが死ぬのを見過ごしたくなくて、つい彼女の前に立ってしまった。刀が俺の腕に当たる。重い。つい昨日戦った奴とはまるで実力が違う。

「殺すのは俺だけにしろ!そもそも俺の顔じゃなく、欲しいのはスーパーレッドの首だろ!?」

「黙れ!俺が気に入らないからその女も殺す」

「チッ…早く逃げろ!」

何をしているんだ、俺は。頭がパニックになって何一つ正常に考えられない。今この瞬間に2人が殺される可能性だってある。大人しく死んでいればよかった。…そんな風に、色んな考えが目まぐるしく頭をよぎる。

「…………」

しかも、女は逃げる様子がない。一体何なんだ、コイツは?

「前」女が言う。

「は?」

「刀。来てるぞ」

急いで前を振り向く。刀をなんとか躱し、反射的に拳を打ち込んだ。

「痛ッてぇなぁ…」

のけぞりすらしない。どんな相手も簡単に吹き飛ばした拳が通用しない。

「……お、お前…役職は?」

「あ?…本部長だ」

やはりか。あの部長と呼ばれた男より更に上が居た…。正直、勝てるか分からない。

「………」

だが、ここまで来た手前やるしかない。コイツを即座に対して2人も助ける。そして――

「前」

「え?」

――俺の片方の腕が切り落とされる。…見えなかった。注意散漫とかそういう原因じゃなく、単純に見えなかったのだ。

痛い、物凄く痛い、当然だ。こんなの始めてだし、頭の中を血の赤が埋め尽くす。痛い。

 

「次は首だ」男が刀を振り上げる。

…あっ、死――

「変身」


声に反応して後ろを振り向く。金髪の女の体を黒い角ばった物質が覆い隠し、スーパーレッドさながらのヒーロー姿に変身した。その頭部は犬のような見た目をしていて、体全体が美しいほどに黒い。

「なっ…聞いてねぇぞ!スーパーレッド以外にもヒーローがいるのか…?」

「残念だな、スーパーレッド。そこらの秘密結社の本部長にも勝てないとは」

「話を聞け、女!お前の腕も圧し切って……」

「さっきから、喧しい口だな」

黒犬の女が男の口を手で塞ぐ。

「私はヴォイド。そう、お前の間抜けなリーダーに伝えておけ」

ヴォイドが口を塞いだ手を離す。男はその場に立ったまま動かない。

「――あの世でな」

ヴォイドの掌から何かが『吐き出された』。…それは、脈打つ赤い何か…心臓?

…恐る恐る男の方を向く。既に地面に突っ伏し、物言わぬ死体になっていた。


「変身を解除しろ、スーパーレッド。腕も治る筈だ」

言われるがままに解除をする。本当だ。腕は生え揃っており、痛みも無くなった。

「色々と言いたい事があるが。まずは目の前の課題だな」

ヴォイドは地面からスマートフォンを取り上げた。

「この2人。助けたいのか?」

「…ああ。でも、どうすれば…」

「ここはエレジーの本拠地。本部長が死んで連絡が途絶えた今、推定するにあと1時間で処刑が決行される。そういうルールだ」

「そんな…!どうにかする方法はないのかよ!?」

「それを今からすると言ってるんだ」

ヴォイドが変身を解除する。中から出てきたのは、やはり長い金髪の美しい女だった。

「本拠地に殴り込み、私とお前で全員殺す。あとは捕まってる人間を全員解放してハッピーエンドだ。そうだろ?」

「そうだろ、って…俺は人を殺す事なんか出来ないぞ」

「なんの冗談だ?」

「スーパーレッドの事を知ってるなら見て分からないのか!?俺は前のスーパーレッドとは違う!」

「そんな物関係あるか。元より私は中身に興味ない。それに…スーパーレッド。お前がなぜレッドなのか知ってるか?」

「…知らない」

「お前の装備は元々白色だったんだよ」


「ここが…そうなのか?」

「見た目的には良くある工場だが。エレジー関係者がここに出入りしているという情報を私の仲間が掴んだ」

「…ここまで来てなんだが、俺はお前を信用して良いのか?」

「それ以外に方法があるか?」

「いや。…無い」

「頭の出来は前任より良いな。上出来だ」


ヴォイドについて歩く。工場の入口、駐車場のゲート前にたどり着いた。

「だが、お前の戦闘力は前任に比べて毛ほども及ばない。今からは私の後ろについて動け。スーパーレッドの戦い方を覚えろ」

「…分かった」

「変身するぞ。一気に突入する」

ヴォイドが変身し、ゲートを管理する係員の口を塞ぐ。また同じ様に心臓が掌から飛び出、地面に落ちた。

「行くぞ」

ヴォイドに応じて俺も変身し、走って後に続く。工場の入口であるシャッターに黒い掌が押し付けられるとシャッターはひしゃげ、轟音を鳴らして吹き飛んだ。工場の中には無数の黒仮面、その白い目が一斉にこちらへ向けられる。

「この場から動くな。迎え撃つ」

俺とヴォイドの2人は、思い思いの武器を持って迫りくる敵を次々と殴り、時には蹴った。途方もない人数のように見えたが、雑魚程度なら俺の力でも無限に倒せる。…問題は…

「グロック小隊到着。侵入者の処理を行います」

吹き抜けの2階部分から覗くあの帽子は…部長だ。レッドパンチを繰り出さなければどうしようもなかった相手。

「見ろ、スーパーレッド。」

「ん?…あれは…」

グロックと言うらしい部長の横に構える黒仮面は、それぞれが長い銃を所持していた。

「ライフルだ。ああいうのは私よりお前向きだな」

「…何だって?」

「今すぐ跳躍してあそこへ向かえ。銃は近づけば無力だ」

「あの部長は!?」

「私が引き受ける」


集ってくる雑魚の群れを突破して、足に力を込めた。赤い稲光が足に走る。

「うぉぉぉぉッッ!」

思い切り地面を蹴る。凹む地面に反発して俺は2階へと到着した。

「久しいな、グロック!降りてこい!」

「…ヴォイド。どの面を下げて帰ってきたのですか?」

「まぁ落ち着け。そこの赤いのは私より弱い!まずは私を狙え!」

「はぁ。仰せのままに」

グロックが一階へ飛び降りた。俺は即座に銃を持つ黒仮面を殴り、壊滅させた。

「甘っちょろいぞ、スーパーレッド」

ヴォイドが声をかけてくる。

「殺せ」

殺せるものか。俺はつい二日前までその辺の普通の男だったし、今戦えてるだけでも衝撃なんだよ。

敵は全員気を失っている。銃器を全て踏み潰した後、一階を見た。

「次へ行くぞ!降りてこい!」

勝者はヴォイド。しかしこれまでのような心臓を抜き出す勝ち方ではない。恐らくあの部長と真っ向から殴り合い、その末に殺している。化け物だ。


不自然な程に静かな廊下。ヴォイドに続いて俺は歩いていた。

「エレジーは人員を広範囲にバラけさせる活動方針で、本拠地に実力者が集まってる時は少ない。今から本部長クラスと戦う可能性はほぼないだろう」

「それは良かった…」

「ただ、居るのは『取締役』だな」

…何だと?


ヴォイドが壁の前に立つと、掌が前へ向けられ壁に当たる。壁がさっきのシャッターのように破壊され崩れ落ちるとき、俺はその向こうの様相に目を疑った。

町外れの廃工場に存在する隠し部屋…それは、大量の女性を監禁する部屋だった。奥に目を凝らすと…伊織が居る。

「…!伊織…!」

「おい、バカ!正体を明かすのはまだだ」


瓦礫を踏み潰したような足音が聞こえる。俺とヴォイドは急いで後ろを振り向いた。

「居たようですね。不届き者が」

2mほどの長身、そして本部長のものとはまた違う金色の装飾のあしらわれた大剣。左目の上に白い目のロゴが入れられている。

「お前が…」

「秘密結社エレジーの取締役、江崎です。」

「…コードネームは使わないのか?」

「イヴェルとでも江崎とでも好きに呼んで下さい」


「気を引き締めろ、スーパーレッド」

「…ああ。オイ、江崎…」

「はい」

「どうして伊織を狙った。そんなに早く俺の身辺の調べがついたのか」

「半分そうですね。まぁ、でも正確に言うなら…たまたまです。たまたま」

「たまたま?」

「はい。私、好みの方が居たら我慢できなくなってしまうんです。そして、それがたまたまあちらのお嬢様方だったというだけで」

「そんな理由で伊織や他の人達を攫ったのか…?」

「我慢は体に良くありませんから」

「てめぇ…」

拳を握り込み、地面を蹴る。大丈夫だ。俺は強いし、ヴォイドはそれ以上に強い。まずは一撃――

「避けろ、レッド!」

青い軌跡を描く斬撃。それは俺の体の半分に巨大な切り傷をつけ、血を吹き出させた。

「ガハッ…!」

振り上げられた剣から迫りくる2撃目。ヴォイドの蹴りが剣を押し戻し、俺は守られた。

「いいか、レッド。生半可な気持ちで奴に勝てると思うな。ハッキリ言って、他の相手とは格が違う」

「……やっぱり、そうか」

「…3秒。私が他者の口を手で塞いでから心臓を抜き取るまでの時間が丁度3秒だ」

「3秒も止まってくれそうにないぞ」

「止めてみせろ」

「……………」


「作戦会議は終わりましたか?」

江崎が薄ら笑いを浮かべながらこちらを見る。…大体、なんでこんな事になってるんだ。突然ヒーローだか秘密結社だかそんな争いに巻き込まれて、今じゃ柄にもなく命を懸けて戦っている。それも、今の敵は他とは比べ物にならないときてる。助けようとしている相手は…俺を置いて去った娘だし。


「あなたの事情は知らないですがね、スーパーレッド。拳に迷いが見えますよ」

そりゃそうさ。ずっと迷っているんだ、俺は。


ヒーローになりたかった。画面の向こうのスーパーレッドは誰でも無償で助けた。俺は、助ける相手が伊織で…それを自分の命と天秤にかけてしまった。その時点で、俺にヒーローは相応しくない。そう思ってしまった。漠然と何者かになりたかった頃。力さえあればなれると思っていた。やっと分かった、ヒーローとはそういう事じゃなかった。


…でも。


「お前の装備は元々白色だったんだよ」

「白色?レッドじゃなかったって事か?」

「ああ。お前の前任も、人を殴るのがどうとか言ってたよ。でも変わった」

「変わった…。」

「あいつは自分の倫理とか何とかを『ヒーロー』と天秤にかけていた。最終的には自分のルールを破ってでも、ヒーローになることを決めたんだ」

「それで、敵を殴って…血を浴びて、赤色になったのか」

「そういう事だ。スーパーレッドになるなら、お前もそうならなきゃいけない」

「………」

「お前、名前は」

「アカツキ」

「ヒーローになったからといって敵を殺していいのかどうか。それは、多くのヒーローがぶち当たる問題だ。…私とスーパーレッドには共通の師匠がいて、いつも或る言葉をもらっていた」

ヴォイドが俺の肩に手を置く。

「鮮血に光れ、アカツキ」


「俺が…ヒーローになる。スーパーレッドになるんだ」

奴の大剣は普通とは違う。斬撃に青色の軌跡を残し、その軌跡もまた物を斬ることが出来る。つまり、斬撃をモロに受ければ二重のダメージを受けるという事だ。

想像を絶する痛みだった。変身を解けば治るとはいえ、身体を斬られるのは筆舌に尽くし難いほどの地獄だ.今だってさっきの傷が痛む。…それでも。ヴォイドの能力を使うにはこの方法しかない。


「甘いですね、スーパーレッド。馬鹿の一つ覚えのように突っ込んで来るとは」

また斬撃を直接受ける。痛い。意識が飛びそうになる頭を必死に抑える。無理やり身体を動かして、俺は全身で大剣を掴んだ。

「ッッアァァァァァァ!!!」

痛みを少しでも紛らわす為に雄叫びをあげ、全体重で剣を押さえつける。丁寧に磨かれている大剣の刃が俺の体に食い込む。だが、そんなもの気にしていられない。

「ヴォイド!」

「上出来だ、レッド!」

「ぐ…っ」江崎の口が塞がれる。俺はなおも全身で大剣とそれを持つ腕を押さえつける。江崎はもう一方の腕でヴォイドを殴るが、それじゃヴォイドには通用しない。

スーパーレッドの装備が裂け、そこかしこから血が溢れ出す。大剣の刃は未だ俺に激痛を送り込み、俺は叫び悶えながら全霊をかけて奴の腕を阻止する。


「鮮血に光れ」。強いヒーローはみんな鮮血を纏い、その反射で光っているのだろう。…スーパーレッドがそうであるように。

だが、その血は敵の血だけじゃない。自分自身の鮮血も浴びてこそ、ヒーローになれる。…そう言う事なのだろうか。


…………


「ハァッ、ハァッ…!」

「変身を解け、レッド。何かあっても私がなんとかする」

「ああ、もちろ…ん?」

血みどろになり座り込む俺の前に誰かが歩いて来た。それは伊織だった。

「あの…ありがとうございました。私もお母さんもどうなっていたか…本当にありがとうございます。」

伊織に続いて、部屋の人達も口々に感謝の言葉を述べている。俺はよろける身体を抑えて立ち上がった。

「何してる、レッド?」

「………」余力を振り絞り、壁を殴った。壁は瓦礫となり崩れ、外からの風が吹き抜ける。

「全員ここから出るんだ。あとは私達が何とかしよう」

「ありがとう、スーパーレッド!」女の子の1人が言った。


ーーーーーーーーーーー

「あんな小さい女の子にも、スーパーレッドを知ってる子がいるんだな」皆が脱出し、予め呼んでおいた警察に引き渡した後。俺は変身を解いて部屋で腰掛けていた。

「スーパーレッドがサマになって来たじゃないか」ヴォイドが言う。

「ファンだからな」

「最初にお礼を言ったの、知り合いじゃなかったのか?」

「知り合いさ。でも…いいんだ」

「そうか」


「お父さん、あのヒーロー好きだったでしょ?私、会って来たんだよ」

「え?あ、ああ…良かったな」

「何、その反応。さては信じてない?」

「いや…俺の事をお父さんって呼んでくれるんだな。嫌いなんじゃないのか?」

「誰から言われたの?そんな事。」

「…いや。良かった」


 

あくる日の夜。

「来たんだな。もうこういう事からは手を引くと思ってたが」

「アンタには恩があるからな、ヴォイド」

「空香だ。私の名前」

「…すんなり教えてくれるんだな」

「どうでもいい事だ。それより、行くぞ」


そうして。カードを捨て切る事もできず、生活は変わりはしなかった。ただ一つ変わったのは…巷で話題のヒーロー「スーパーレッド」の中身だけだ。

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鮮血に光る 生墓朝太 @namahaka

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