最終章、 鍵

 軽音楽部を辞めると健人けんとに伝えた日、僕は家に帰った後熱を出してしまった。

 風邪を引いてしまったのだ。

 二日間学校を休み、今日は久しぶりに登校する日。

 正直、健人に対して気まずさを感じないわけではない。

 でもクラスも違うのだし、合わなければ大丈夫だ。練習も、今日は休むと連絡を入れたら大丈夫だろう。

 よし、と重い体を引きずりつつ学校に向かった。


 一日中、なんとか健人に会わないことに成功している。後は、練習休むことを伝えて帰るだけ……!

 そう思っていた時だった。

 視界の端で、何かがきらり、と光ったのが分かった。

 なんだろう、と思い光った方へ行くと、そこには鍵が落ちていた。見たことのある、ストラップ付きの鍵。

「健人の、鍵だ……」

 見つけたからには健人に返したい。だけど会っていいのか分からない。

 いや、今はそれよりも鍵を返す方が優先だろう。

 そうして健人を探すことにした。


 まずはD組。

「あれ? ゆうくんじゃん!」

「健人見てない?」

「健人? 学校には来てたはずなんだけど、気付いたらいなかったんだよね……」

「そっか。ありがとう」

 笹川ささかわさんなら知っているかも、と思ったが知らなかったようだ。

「うん。……もし、健人と何かあったなら、ちゃんと素直になった方がいいと思うんだ。余計なお世話だったらごめんね……!」

「……なんで分かったの?」

「だって、健人も優くんもどっちも目に見えて落ち込んでるんだもん。想像くらいするよ」

「そっか……。素直、になれるかは分からないけど頑張ってみる。ありがとう」

「ううん! 頑張ってね!」


 素直に、か。今の僕にぴったりな言葉だ。

 鍵を渡して、軽音楽部を辞めるって言ったこと、謝ろう。少なくとも、健人を悲しませてしまった。

 それで、自分の気持ちを正直に話してみよう。僕はまだ、健人と音楽がしたいから。


 健人はどこにいるだろうか。

 考えうる場所はどこも見たつもりだが、一向に見つからない。一体、どこに……。


「あっ、屋上……!」

 そうだ、屋上がある。なぜかは分からないけど、健人はそこにいる、と直感が言っていた。


 一歩ずつ進む度に、歩幅が大きくなっている気がする。息が切れている気もする。

 そこまできてはじめて、僕は自分が走り出していることに気付いた。

 早く、健人に会いたい。ちゃんと、話がしたい。もう一回、一緒に音楽がしたい。

 その一心で階段を駆け上がり、扉に手をかける。ドアノブを回すと、抵抗はなくするっと回った。ビンゴ!


 勢いよくドアを開け放つ。空では、太陽が沈みかけていて、深い闇が迫ってくるギリギリの時間のようだ。

「っ、健人!」

「ゆ、優……?」

 なんでここが分かったのか、と驚いている健人を置いて僕は話し出す。

「健人! ごめん! 軽音楽部辞めるって言ったの、取り消したい! 僕、やっぱり健人と音楽がしたい! 例え、釣り合ってなくても!」

 そこまで一息で言い切ると、今度は健人が叫ぶ番だ。

「その、釣り合ってないってなに⁉ 俺は、いつも優に照らしてもらってるんだよ! 太陽みたいな優に!」

 そこまで言い終わって、健人は泣き出してしまった。肩で息をしている様子が分かる。


 思わず、僕は健人に近づいた。そして、気付いたら僕はゆっくり肩に腕を回していた。

「健人、僕は太陽なんかじゃないよ。太陽は健人のことでしょ……? 僕は、ただの影だよ……」

 そう言いながら、僕は自分も泣いていることに気が付いた。声が掠れていたのだ。

「ううん、太陽は、優だよ。間違いなく。俺が光って見えたなら、輝いて見えたなら。それは、優の光だよ……」

 健人の涙声が耳元で聞こえる。

「でも、それでも。僕にとっては、健人が太陽なんだよ」

 そう言うのが精一杯だった。涙が、胸に詰まって、それ以上の言葉が出てこなかった。

「俺は、月。優の光を反射して光る、月なんだ。だから、優がいないと歌えなくなっちゃう。ねぇ、これからも、キーボード弾いてくれる? 俺も、優と歌いたい」

 必死に、優の肩の上で首を縦に振った。それが伝わったのか、消えそうな声で健人は「良かった……。ありがとう」と呟いた。



 いつまで抱きしめあっていただろう。吹く風が冷たいことに気が付いて、お互い腕を離し、涙を拭いた。

「そうだ、健人。これ」

「これって……俺の、鍵?」

 うっかり返し忘れてしまうところだった。

「そう。途中で拾ったんだ。この鍵があったから、僕は健人のところ来れた」

「そっか……。なら、落としちゃって良かった」

「なんかさ、僕たちっていつも鍵で繋がってる感じするよね」

「そうかな?」

「だってさ! プールも入ったし、それこそ屋上だってそうだし! 今も鍵借りてきたんでしょ?」

「……ははっ! 確かに、そうかも! うん、今ここにあるよ。ほら!」

 健人はいつものようにニカッと笑って鍵を掲げる。

 その鍵は、夕陽の最後の一筋に照らされて、確かに光っていた。



       ***



「良かった! 二人とも、仲直りできたんだね!」

 あの後、仲直りにいなくてはならなかったD組の笹川さんの元を、二人で訪ねにいった。

「ありがとう。笹川さんのおかげだよ」

「いやいや! そんな!」

 笹川さんはそう言ったあと、少し考えるような素振りをして再び話し出した。

「……二人はいつも光ってるからね。地球から見た、星みたいに。星ってね、どっちも恒星なんだ。太陽とおんなじ。だからこそ、お互いを眩しく感じちゃうのかも。なにはともあれ! いつもの二人に戻ってよかったよ〜」

 笹川さんの言葉を聞いて、思わず健人と二人で顔を見合わせてしまった。


 僕たち、どっちも星なんだ。

 それが一番、自分の中でしっくりきたような気がする。


 これからも、僕は健人と一緒に輝いていくのだ。そんな思いが通じあったかのように、僕たちは微笑みあっていた。

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あのきらめきを辿って はれ わたる @harewataru

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