174.真の神域

「レン、私にやらせてよ」

「仕方ないな、紅麗。任せたよ」


紅麗が信長との対決を望む。当然吾郎がそれについていく。李偉と由美はこちらについてくれるようだ。紅麗ならば信長を倒せなくとも足止めくらいはしてくれるだろう。それにハク、ライカ、エンがいる。彼らが傍にいるだけで安心している自分がいる。彼らも一緒に戦えて嬉しいという気持ちが伝わってくる。

前線はぐちゃぐちゃだ。元々混戦だったところに魔王が降り立ち、左翼に信長の軍勢が飛び込んだのだ。左翼は半壊と言って良い。だがこの戦いに勝たねば先はない。そして勝つ為には信長の首が必要だ。


鉄床かなとこと槌か。古い戦術だが効果は高いんだよな。僕もよく使ってた)


信長が使った戦術は鉄床戦術などと呼ばれる。歩兵などで相手を釘付けにし、横や後背から別働隊が攻めて挟み撃ちにするのだ。

古くはアレクサンドロス大王などが好んで使った戦術でもあり、現代でも使われる戦術だ。それほど効果が高く、レンの読んだ兵法書にも乗っていた。魔物相手にはよく刺さるのだ。


「アーキル、重蔵、アレを」

「おう」

「はっ」


レンはアーキルたち全員に中位のブースターを配布していた。そうでなければ実力的に信長の軍勢に蹴散らされてしまう。

この2年で戦闘薬ブースターへの慣れさせる為の訓練もした。その訓練が今実っている。彼らの体は戦闘薬の負荷に耐え、いつも以上の魔力を放っている。


「ボス、こんな手札があるなら教えておいてくれよ」

「騙すならまず味方からだと言うだろう」

「慎重にも程があるってもんだ。やりすぎだぜ、俺はこの突撃で死ぬと思ってたんだぜ」

「戦場で死ぬのが華なんじゃなかったか?」


アーキルがちらりとハクたちを見て文句を言う。レンは笑い飛ばした。

アーキルと重蔵たちはハクたちの存在を知らない。知っているのは役行者、鞍馬山の天狗たちと吾郎や李偉たちだけだ。


「やるものよ、九条家の末裔よ。だが我軍も負けぬ。刀の錆となれ」

「英雄の亡霊よ、地獄へ帰れ。もうここにお前達の居場所はない」


信長が槍を構える。レンは意外に思った。信長は先陣を切っていたが本人が槍を構えるとは思ってもいなかったからだ。


「ハク、ライカ、エン。暴れていいよ」

「バウ」「ギャウ」「ガルルゥ」


3体の従魔たちがブレスを吐く。しかしそれは信長の障壁に阻まれる。それだけではない。流石魔王と名乗るだけはある。


(アレを防ぐのか)


レンは驚き、ハクたちは魔法を使うがそれも防がれる。しかも魔法は障壁に吸収され、瘴気となって信長に注がれていく。


「魔力吸収障壁かっ!」


レンの予定は大幅に狂った。思っていた以上に強い。特に魔法が効かないのがまずい。神気か仙気でないと信長にはダメージを与えられないのだ。


「いいよ、続けて。信長公も流石に全ては防げないだろう」


レンは新たに司令を出した。魔力吸収障壁を持っている信長に魔力の攻撃は通じない。レンはそれを端的に周囲に説明した。

ハクたちは信長たちの軍勢に飛びかかる。仙術しか効かないと言われて紅麗は信長と戦うことを諦めた。彼女は瘴気の塊だ。吸収されるのがオチで、これ以上信長を強化するわけにはいかない。これも予定外だ。紅麗はハクたちと同じレベルの切り札だった。

信長たちは100人ほどに数を減らしている。中央で分断され、後方の軍は眷属たちに蹴散らされている。


ただレンは油断してはいない。信長は魔王と言えるほどの力を持っているし、信長を固める前衛は特に精鋭揃いだ。受肉しているものもいれば怨霊体のままのものもいる。どれも大怨霊と言って良い怨念を感じる。

ハクたちが左右に別れてブレスを放つ。障壁はそれほど広くは張れないようだ。怨霊の何体かは消し去るがそれだけでしかない。受肉体たちを主に信長は守っている。他の怨霊が消し去られても気にしてもいない。彼にとっては雑兵なのだろう。

レンはハクたちが居ればなんとかなると思っていた。だが実際はどうだ。信長は部下たちに戦いを任せ、可成と勝家、成政が怨霊をうまく操って紅麗と吾郎と戦っている。紅麗は流石の実力だが一撃で怨霊を屠ることができていない。囲まれて吾郎が必死にフォローしている。


「俺も行くぜ」

「頼む、李偉。アーキル、重蔵、周囲の怨霊を減らしてくれ」

「わかった」

「使いが荒いボスだな。行くぞお前ら」


(信長公が槍を構えるとは思って居なかったな。まさか修行したのか? 時間は十分にあったはずだ。あり得ないとは思えない)


信長自体が剣や槍に通じているという話は聞かなかった。彼はあくまで大将であり、戦上手であって個人の武勇を誇る武将ではなかったからだ。

更に神官の家系である。剣技や槍技より霊力を扱う方が得意なはずだ。

しかし信長はその力を十全に使えるようになった紅麗の動きを目で追って部下たちに的確に指示をしている。レンが魔眼の力を使わなければ追えないほどの激戦だ。

信長に力が集まるのがわかる。


「ハク、ライカ、エン」

「きゃぁっ」


即座に戻ったハクたちが結界を張る。レンたちの元に巨大な雷が落ちる。

バリバリと結界と雷が鎬を削る。流石魔王の一撃だ。レンでは防ぐことができない。灯火や水琴、美咲と葵は悲鳴を上げて頭を下げている。


(ねぇ、愛しい子。私も戦いたいわ)

(待ってくれ、エルフリンデの出番は必ずある)


エルフリンデは聖属性の精霊だ。彼女の力を借りないとこの戦いには勝てない。


「ワハハハっ、良いぞ、良い。これでこそ戦いというものよ、だが中華の仙道がいるのが気に入らぬな」

「ちっ、こいつらっ。戦い辛いっ」


信長が哄笑をし、紅麗は武将たちを抜けずに苛立っている。怨霊の武将たちが信長に加勢しようとするがハクたちがそれをさせない。アーキルたちも働いている。だが戦況は膠着していた。

レンは更に眷属たちを召喚することにした。眷属たちでは信長には対抗できない。だが数は力だ。眷属たちを減らしたくなかったが断腸の思いでレンは眷属たちを〈箱庭〉から呼び出そうとする。しかしそれは一瞬遅かった。


「むぅ、うざったい神霊たちよ」


信長がパチンと指を弾いた。瞬間、レンたちは真っ白な世界に飛ばされていた。



◇ ◇



「おかしいことよ、なぜ取り巻きやおなご共までいる。お主だけを隔離したつもりだったのだが」

「ここはどこだっ、ハクたちや紅麗たちはどこに行った」


信長が余裕そうに首を傾げている。10名の怨霊を連れている。全て受肉体だ。信長にとって最も大事な側近なのだろう。

それに比べてレンたちの戦力は大幅に落ちている。まず吾郎、紅麗、李偉、由美が居ない。ハク、ライカ、エンも居ない。彼らとは小さなパスが繋がっているのがわかる。だが普段と比べてかなり薄い。ハクたちの困惑の感情が流れ込んでくる。更に蒼牙、黒縄もアーキルと重蔵、他数名しか居ない。

灯火、水琴、美咲、葵はいる。だが瑠華と瑠奈がいない。これでは荼枳尼天を召喚することができない。

レンはハクたちに届くかどうかわからないが、そのまま怨霊や妖魔を倒すように願った。


「ここは儂の真の神域よ。九条の末裔よ、中核を担うお主だけを招いたつもりだったが余計な者たちがついてきておる。なぜじゃ。それは儂もわからん。だがこれで勝ちは成った」

「なるほど、だが僕たちはまだ負けていない。諦めるつもりなんぞないぞ」

「くくくっ、この状況でその言褒めて遣わす。だがその小勢でどうにかなる戦力差ではないぞ」


レンは〈箱庭〉を開こうと思った。しかし〈箱庭〉が開かない。開く感覚はあるのだが防がれている。どうやら信長はレンの〈箱庭〉を防いでいるようだ。

この場にいる者たちはレンの魔力回路の調整を長年受けてきた者たちだけだ。レンの魔力に染まっているとも言える。故にレンの魔力を元に神域に引き入れた信長の裏をかけたのであろう。だが彼女たちが死ぬのはレンは見たくなかった。しかし〈箱庭〉が開けない以上彼女たちの力を借りるしかない。


「その黒渦が切り札なのであろう。神霊があれほど出てくるとは思わなんだ。儂の戦術を見破り、防いだのは見事であったが儂の勝ちは揺るがぬ。今の日ノ本の術士たちのなんと弱いことよ。儂が魔の国を作り、管理した方が余程マシと言うもの。幸い餌は多くいる」

「黒瘴珠をバラ撒いたのも信長公か」

「そう呼ばれておるのか。アレは日ノ本の術士たちの練度を試すために撒いたものよ。あんな木端に苦戦するようでは、日ノ本を任せるわけにはいかぬ。魔王たちすら退けることは難しいであろう」

「そうかな、今の術士たちもそう捨てたものではないさ。魔王たちともなかなかに渡り合っていたじゃないか。それに信長公の首を取れば僕らの勝ちだ」

「できるならやってみるが良い」

「ぐうっ」


瞬間、体が重くなり、全員が膝をつく。重力が10倍になったような感触がする。魔力持ちだから耐えられるのであって、通常の人間なら押しつぶされていただろう。

レンは領域を展開した。ここは信長の神域。重力を操れるのもそれだからだろう。神域を侵すように領域で味方を包み込む。すると体が軽くなる。

だがガンガンに魔力は減っていく。神域に抵抗するのはそれだけで魔力の消耗が激しい。


「ほう、耐えるか。やるな」

「ぐっ」


信長が更に神域を強める。それに合わせてレンも領域を強めざるを得ない。仕方がないとレンは上級の強化薬を霊薬と合わせて飲んだ。葵が咎めるような目で見てくる。副作用の強さを知っているのだ。


「レン様っ、それはっ」

「灯火たちも聖水を飲め。霊力は使うな。吸われる。神気だけで戦うんだ。短期決戦になるぞ」

「「「はいっ」」」


起き上がった灯火たちが即座にレンの与えた聖水を飲む。これは彼女たちに合わせてレンが調合した聖水だ。水琴には鹿島神宮の神水を。他の娘たちには伊勢神宮で神前式をした時に分けて貰った神水を使った。

灯火たちから神気が立ち上る。


信長を守る10騎の怨霊たちが前に出る。おそらく名のある武士なのだろう。面頬を付けているものもいるし流石に誰が誰だかはわからない。

水琴は大太刀を構え、灯火が舞う。美咲と葵は仙術を練っている。

アーキルと重蔵は取り巻きを相手にすることにしたようだ。アーキルも重蔵も神気を扱うのに向いていない。こればかりは仕方のないことだ。


(ここが踏ん張りどころだ。まだこの世界のこともよく知っていない。魔法の頂きも見えていない。こんなところで死ねるものか)


レンはシルヴァでは分が悪いと考え、光刃剣〈聖光姫リラ・イリス〉を手に取った。信長が雷を使ったことからも雷の耐性があるかもしれないからだ。リラ・イリスは浄化の力を持つ魔剣だ。妖魔や怨霊相手には格好の武器である。気位の高い彼女に認められたのはレンにとって僥倖であった。


「信長公、1つだけ。僕は九条家の末裔ではない。覚醒者だ」

「そうか、秀吉サルと同じか。やはり戦乱の世にはお主のような異物が現れる。面白いものよっ」


信長が更に雷を落としてくる。


「うぐっ」


レンは必死に結界で守った。魔力が一時的に強化されているからこそなんとか防ぐことができる。信長も短期決戦で来る気のようだ。死の刃が首に添えられている気さえする。

レンは聖水を飲んだ。強化薬と聖水を同時に飲んだことはない。どれだけの副作用があるか考えたくもないが、四の五の言っている場合ではない。

レンが進まなければ領域は動かない。レンを中心に領域が展開されているからだ。レンたちは信長の部隊に接近する。乱戦になれば雷も撃てないだろう。


「はっ」

「なんだとっ」


水琴が神気を大太刀に込めて2体の武将を斬り伏せる。その剣技には信長も驚いたようだ。灯火の戦闘舞の力と聖水の力で全員の力が一時的に上がっている。今倒さなければ勝てない。制限時間は短いのだ。


「可成、行け」

「はっ」


十文字槍を持った武将が水琴と対決する。可成というからには森可成だろう。流石の腕だ。2体の武将を一刀に斬り伏せた水琴と打ち合っている。

蒼牙と黒縄は1体ずつ武将を受け持ってくれている。倒すのは難しそうだが引き付けてくれているだけでも十分だ。

葵が前にでた。するりと武将の槍を躱し、仙気を発剄で通す。


「仙術・〈白蛇鞭〉」


そして白く光る鞭が葵の周囲に振り回される。2体の武将を倒すが、大柄な男に止められてしまう。


(あの3体は格別だな)


信長を守る怨霊武将のうち、3体が明らかに力が強い。赤母衣と黒母衣を付けており、織田方の武将であることが伺える。他の怨霊武将たちは鎧の意匠が違う。強いには強いが格が1段劣る感じだ。

美咲の仙気が吹き上がる。仙術で起こした白い炎が信長に向かって直進していく。


(今だっ)


白炎で相手の視界が途切れている。

レンは白炎に追随して飛び込んだ。リラ・イリスで浄化の斬撃を飛ばし、1体の怨霊が白炎で焼かれる。更に白炎は信長たちを襲う。それを追うように信長を守る武将に斬りかかる。

ガインとリラ・イリスが弾かれる。


(届かないか)


レンは白炎に焼かれながらも信長を守る佐々成政と柴田勝家に向かって剣を振るった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月28日 19:00

バカは死んでも治らない ~異世界の大魔導士、日本に転生す~ 柊 凪 @nagi_yomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画