173.離脱・突撃

「移動するぞ」


 レンが号令を掛ける。


「移動!? どこにだ、ボス。それに戦線を離れていいのか?」

「左翼だ。あそこが崩れ、それに合わせて魔王たちが飛んでくる。そして同時に左翼に信長公の軍が突っ込んでくる。それで終わりだ。それに右翼は余裕がある。鞍馬山の天狗たちが戦っているからな、藤は魔王に対抗するつもりなんだろう。豊川家なら任せられる」

「だが俺たちが行っただけでなんとかなるのか? 左翼には2柱の魔王が攻めて来るってことだろう?」

「なんとかするさ」


 レンはそう言って郎党に丘をぐるりと回って左翼に援軍に行くことを伝えた。幾人かは半信半疑だったがレンの命令に逆らうことはない。

 レンはカルラとクローシュを残した。カルラにクローシュの指揮権を預ける。カルラはレンと共に戦場を駆け抜けた百戦錬磨の神霊だ。魔王相手でもなんとかやってくれるだろう。


「レンくん、使うの?」

「あぁ、この場で使わなきゃどこで使うんだって話だよね。隠し事はもう終わりだ。仕方ない」


 灯火が端的に聞いてくる。それは〈箱庭〉にいるハクやライカ、エンのことだろう。眷属も大量にいる。彼らの力を借りられればこの場を切り抜けることも難しくない。

 カルラとクローシュは右翼に置いてきてしまった。もう頼れないが右翼には彼女たちの力が必要だ。魔王が簡単に倒せるとはレンも思ってはいなかった。


 レンたちが移動し、中央の後方に至った頃、魔王たちが飛んできた。

 一瞬狼狽えていたが退魔士たちは即座に態勢を立て直した。妖魔や夜叉、羅刹たちと戦いに来たのではない。魔王を駆逐するためにやってきたのだ。

 僧たちが真言を唱えて修験者や武士たちが守りを固めている。

 右翼に摩利支天、中央に不動明王が現れる。

 明王を召喚できるのならば右翼も天部ではなく明王を召喚して欲しいものだと思った。他にも朱雀明王や愛染明王など幾らでもいるだろう。


「どうせなら菩薩でも召喚して貰いたいものだ。一掃してくれるだろうに」


 そうこぼしたが中央で真言を唱えている僧が倒れた。それなりにリスクがあるのだろう。特にここは織田信長の神域だ。全員にデバフが掛かっていると言っても過言ではない。その状況で明王や天部を召喚するのだ。彼らも命がけなのだろう。


「できないものを求めても仕方ないか」

「あれは高野山や比叡山の僧たちよ。高僧ばかりで、老人も多いわ。無茶を言っちゃダメよ」

「レンっち、神仏を召喚するのはすっごい神気を消費するんだよ。簡単に言っちゃダメだよ」


 灯火や美咲からもダメだしをされてしまった。

 そう考えると僵尸鬼である紅麗や由美というのは凄い。なにせ力を使っても自動で回復する上に使役する魔力が必要ないのだ。カルラやクローシュと同じで自立している。

 確かに美咲は荼枳尼天を召喚するのもほんの十数秒しかできなかった。それでいて全ての神気を使い切ったのだ。魔王と戦っている天部や明王は一撃で魔王を倒せていない。


(継戦能力に不安が残るな、大丈夫か?)


 右翼や中央は今は大丈夫だと思っているが、実際は綱渡りなのかも知れない。だが右翼にレンが居てもいずれ瓦解するのがわかっている。横腹から食い千切られて中央が瓦解して合戦は負ける。


「流石信長公だな。戦の仕方がうまい」


 丘も敵方の方が少し高く作ってある。あそこに突撃するのは無謀だった。数をこちらより多く準備し、確実に勝ちに来ている。レンたち退魔士など罠に掛かったネズミのようなものだ。


「左翼が崩れたぞ。もう行くのか?」

「いや、もうちょい待つ。大きく崩れれば必ず信長公が兵を率いて突撃してくる。そこの横腹を狙う。アレは源家か、ここで戦ってたんだな。あそこで戦っているのはまさか鬼一法眼殿か? 百人力だな」


 鬼一法眼の神域で会った義経の戦う姿が見える。神通力を使い、武蔵坊弁慶も戦っている。八面六臂の活躍だ。やはりあの時は力を抑えていたのだとわかる。

 李偉が訪ねて来るがレンは待つように言う。

 見ているうちに戦況はどんどん変わる。左翼の僧侶も毘沙門天を召喚したようだ。荒ラ獅子魔王の戦斧と毘沙門天の十文字槍が打ち合っている。

 だが荒ラ獅子魔王の側近たちが真言を唱える僧を狙っている。それに気を取られて陣形が乱れる。


「来るぞ」


 レンが言った瞬間に左翼の丘の下から200ほどの兵を引き連れて信長が現れる。兵は馬に乗っていて武者鎧を着ている。どこから調達したのだろうか。ほとんどが怨霊だが一部は受肉しているのがわかる。


「行くのか」

「いや、もうちょい待とう。左翼に食い込んだくらいがちょうどいい」

「待っていたらたくさん死ぬぞ」

「仕方ないさ。勝つためには必要な犠牲さ」

「レンはこういう時は冷徹だな」


 李偉にからかわれるがレンもわかっている。多くの退魔士たちが蹂躙されている。信長の軍勢が源家に届こうとする瞬間、レンは動いた。


「ここだ。行くぞ。眷属たちよ、出でよ」


 〈箱庭〉を開き、ハクとライカとエンの眷属たちが飛び出す。5体ずつだ。ハクたちに次ぐ実力を持った個体たちだ。ようやく自分たちの出番が来たと歓喜の意識が飛んでくる。

 レンはニヤリと笑い、驚いている蒼牙や黒縄たちに活を入れて突撃した。



 ◇ ◇



「まずいっ」


 義朝は1人戦況を理解していた。このままでは2正面作戦になる。

 荒ラ獅子魔王に対しては僧侶たちが毘沙門天を召喚する。荒ラ獅子魔王と毘沙門天は互角の戦いを繰り広げている。戦に慣れて居ないとは言えこの場に呼ばれた高僧だ。魔王を目の前にして即座に毘沙門天を召喚した。

 それに鬼一法眼や天狗たちも加勢している。荒ラ獅子魔王は側近とも言える高位の神霊の夜叉や羅刹を共に連れてきていて、簡単には近づくことすらできない。


 鬼一法眼や天狗たちは先にそれらを排除する動きのようだ。

 だが先ほどまで攻めてきていた妖魔や夜叉、羅刹が消えて居なくなるわけではない。義朝たちはそれらの排除に気を取られ、魔王との戦いに参加できずにいる。

 そこを横から信長の軍勢が丘を上ってくる。不意を突かれた修験者たちが騎馬に吹き飛ばされている。

 信長は最前列にいる。士気が高い。力も強い。この一撃で退魔士たちの軍団を駆逐するつもりだとわかった。


「ここまでか、しかしこの命、ただでは渡さんぞ」


 義朝が気合を入れた瞬間、信長の軍勢に大きな狼と虎、獅子が横腹に喰らいついた。軍勢が乱れ、その合間を縫って鬼一法眼が助けに入ってくれる。


「助かります」

「まだだっ。気を抜くな。アレには我も勝てぬ」


 鬼一法眼は信長を睨んで言った。


「だが止めることだけならできる。あれは玖条家か、このタイミング、狙っていたな。やるものよ。それに何だあの神霊の大群は……恐ろしい小僧よ」

「お願いします」


 鬼一法眼が続ける。15柱の神霊が信長の軍勢の中央を突破し、後続を断っている。信長の軍勢はぐちゃぐちゃだ。

 そして先鋒に立つ信長に向かって玖条家が向かうのが見える。


「ワオオオオオオン」


 狼の遠吠えが響き、騎馬たちの陣営が乱れる。馬が暴れているのだ。

 更に中央からは熊野大社の修験者たちが増援に来る。中央も左翼がまずいと認識していたのだろう。

 義朝はギリギリの所で命を拾った。ならば拾った命、尽きるまで使おうと思った。


「弁慶殿、本気を出して頂きたい」

「良いのか?」

「構いません」


 弁慶と鬼一法眼が本気を出せば魔王とて足止めくらいはできよう。玖条家も何の考えもなしに突っ込んできたとは思えない。何か策があるのだ。

 事実見知らぬ神霊を連れている。あれほどの強力な神霊をレンが従えているとは思えなかったが、実際玖条家から出てきた。更に3体の神霊が現れる。第二波の神霊たちは最初に現れた神霊たちよりも更に力があるように感じた。彼らは信長を狙うが近衛たちがそれを防ぐ。


「何奴っ、名を名乗れ」


 信長がカン高い声で叫んだ。それほど突撃を阻止されたのが悔しいのだろう。


「玖条家当主、玖条漣。信長公、地獄の果てより蘇ったのは良いが冥府へ帰って貰う。死ね」


 水蛇と黒蛇を合わせれば20柱の神霊を操っていることになる。どれだけ神霊を従えているのか。水蛇と黒蛇の神霊だけでも十分に脅威だった。

 義朝はゴクリと唾を飲み込んだ。レンから目を離せなかった。鈴華の言う事を聞き、あの時怒りに任せて玖条家と本気で争わなくて良かったと思った。源家など皆殺しにされていただろう。

 信長とレンが対峙する。レンの周りには数人の少女とあの時居た仙道と3柱の神霊が守っている。



 レンの本領が今、発揮される。



 ◇ ◇



「楽しいな、権六」

「はっ、大殿。やるならば勝ちたいものですな」

「勝つべくして勝つ。それだけの準備は整えてきた。なにせ魔王を3柱も従えたのだ。魔王たちも力を蓄え、虎視眈々と日ノ本を欲していた。奴らは強いが戦のことをわかっておらぬ。だが戦力として使うには十分じゃ。存分に暴れまわって貰おうぞ」


 織田信長は楽しんでいた。なにせ400年ぶりの合戦だ。妖魔や夜叉、羅刹を日本全体にばら撒けば容易に日本を取れただろうが、信長は合戦がしたかった。その為に暴れたいと喚く魔王たちを宥めてきたのだ。

 本能寺で焼かれた信長は即座に怨霊となり、捕縛された。明智光秀はそのことも予見していたのだ。抜け目のないことだ。そこが気に入っていたのだが、まさか裏切られるとは思っても見なかった。


 だが信長はそれほど怨念を持っていなかった。人生50年、存分に暴れ、勝ち、負け、多くの武将をひれ伏させてきた。

 権六、柴田勝家も信長を裏切って信行についたことがある。裏切りなど戦国の世では日常だった。裏切られたことにショックはあったものの、十分満足していたと思っていたのだ。

 しかし燻るものがあった。日ノ本を自身の手で統一したいと言う思いが残っていたのだ。それも秀吉サル家康タヌキが為してしまった。信長が封印から逃れられたのは家康が幕府を建てた後だったのだ。


 信長は怨霊としてそれほど強く蘇らなかった。ただ1つの未練しかなかったからだ。未練が大きく、恨みが大きいほど怨霊としては強くなる。信長の中に恨みはなかった。実際途中で拾った勝家の方が怨霊としては強かったほどだ。

 そこで信長は戦略を練った。弱いままでは日ノ本統一などとは言っていられない。過去の信長は個人で最強というわけではなかったが、怨霊になった信長は個としての力を求めた。そうでなければ僧や神官に祓われてしまう。


 それで甲斐の国に逃げた。甲斐の国を選んだのは甲斐の国が貧しく、怨念に満ちていたからだ。北信濃では上杉と武田が大きな合戦を幾度も行っていた。更に信長は武田家を滅ぼした。民衆の恨みは深い。

 そこで富士の地脈を見つけた。天啓だと思った。ここで潜み、力を付けいつか必ず日ノ本を手にしようと思った。

 その集大成が今、暗黒期の襲来という絶好機をもってやってきた。信長達の力も上がっている。魔王たちも傘下に入れた。今やらずしていつやるのか。


「今の日ノ本の武士もやるものよ。魔王3柱と相対して互角に戦っておる。だが甘いな、戦慣れしておらぬ」

「大殿ほど戦慣れしていたら大変ですな」

「左様、むしろ我らの活躍の場がなくては詰まりませぬ」


 佐々さっさ成政が笑いながら言う。続けて森可成よしなりが騎馬に乗りながら話す。

 前田利家や滝川一益は怨霊にはならなかった。もしくは祓われたのか。豊臣方についた家臣たちはほぼ残っていなかった。徳川政権になって狩られた者たちも多いだろう。

 武士が怨霊になることは多い。その分戦国時代には怨霊になった者たちを弱いうちに祓うのは当たり前のことだった。残念だが仕方のないことだ。彼らは彼らの人生を精一杯生きたのだ。

 信長が祓われず、封印されたのは明智光秀の温情だろうか。それともそれほど強くなかったので祓うほどでもないと思われたか。


 ここだ! と、言うタイミングで信長は軍を動かした。突撃が決まれば勝ちが決まる。実際決まりかけた。敵の左翼にがっちりと喰い込んだのだ。

 まだ魔王3柱は健在で僧侶たちが召喚した神仏と戦っている。それで良い。彼らは陽動だ。陣形を変えさせる余裕もなく敵の左翼を突破し、中央を食い破る。それで戦は決まる。勝ったと思った。


 そこに小勢ながら向かってくる者たちが見えた。今の世にも趨勢が見えている者がいる。一番イヤなタイミングで見たこともない神霊たちが走ってくる。

 名のあるものたち以外はそこらで拾った怨霊だ。武田家や上杉家の家臣たちも混じっている。

 狼の神霊が吼える。馬が怯え、陣形が乱れる。狼は大神とも呼ばれ、その声には強い神気が乗っていた。怨霊である信長の軍には最も相性が悪い相手だ。

 見たこともない虎や獅子の神霊が信長の陣を食い破ってくる。雷を放ち、炎を吐く。信長の軍勢たちが強い神気に焼かれていく。


「止まるなっ、このまま突っ込め」

「「「応」」」


 信長が檄を飛ばす。後ろの軍など滅ぼされても構いはしない。信長たちが左翼さえ突っ切れればこの戦は勝ちが決まるのだ。

 先頭を走る信長に向かって更に神霊が向かってくる。あれほどの神霊だ、まさか多数もいるとは思ってはいなかった。分霊だろうか。だが先に現れた物たちよりも強い力を感じる。魔王となった信長でも無視できない戦力だ。

 足止めされているうちに50に満たぬ軍が隊列を乱さず襲ってくる。


「何奴っ、名を名乗れっ」

「玖条家当主、玖条漣。信長公、地獄の果てより蘇ったのは良いが冥府へ帰って貰う。死ね」


 先頭を走る少年がそう言いながら青く光る槍を手に信長に斬り掛かってくる。信長は九条家だと思った。摂関家の子孫ならばこの霊力量も頷ける。だが本当に魔王となった信長には敵わない。横槍を入れられたのは悔しいが逆に嬉しいとも感じた。これで本当に合戦が信長の思う通りに進んでしまっては詰まらない。なにせここにいるものたちを倒せば残りは蹂躙劇になろう。合戦はこれが最初で最後、ここで勝てばもう日ノ本は自分の物になったようなものだ。ならば敵は強い方が良い。そう思う自分がいたのだ。


「大殿の命を狙うなど不届き千万、この勝家が相手をしてくれる」


 勝家が前に出ると巫女服を来た少女が大太刀を構えて飛んでくる。大太刀には大量の神気が込もっている。


「権六、避けろ」


 信長はまずいと思った。信長ならばともかく勝家ではあの一撃を受けてはならない。

 可成が十文字槍で水琴の剣を受ける。

 そこに赤い雷が飛んでくる。成政がそれを逸らした。成政の腕が焼けている。やるなと思った。


(この程度の小勢で勝てると思ったか、まさかな。ならば必ず何かある)


 信長は確信していた。魔王である信長に勝算もなく突っ込んでくるはずがない。左翼は半壊している。このままでも押し切ることができる。そしてそれを防ぐ方法はある。信長の首を取ることだ。信長の首を取れば神域の効果がなくなり、退魔士たちの本来の力が戻る。

 戦っている魔王も奮戦しているが、力を落としている。退魔士たちが本来の力を発揮すれば弱った魔王たちも危ないだろう。


 蒼い光を放つ槍を持つ少年の右目は金に、左目は翠に光っていた。そしてその目は間違っても刺し違えても信長たちをここに留めるという目ではない。言葉通り信長の首を取りに来たのだ。


「面白い、やれるならばやってみろ、小僧」

「信長公、一手お相手つかまつる」


 レンは信長を前に一歩も引かずにそう言い放った。

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