172.魔王
「むぅ、弁慶殿。お願いします」
「承知つかまつった」
源義朝が頼むと弁慶が現れ、妖魔たちを一掃した。弁慶を出したのは羅刹や夜叉が攻めて来たからだ。既に戦いは混戦の模様に入っている。
そこに羅刹や夜叉が突撃してくる。どれも大きい。5kmの距離などあってないようなものだ。
義朝も刀を振るう。義兼も前に出ている。そうでもしないと即座に陣形に穴が空いてしまう。数で負けているのだ。陣形は死守しなければならない。
それは周囲の退魔士たちも同様の意識のようで任された場所をしっかりと守っている。
(他家の秘伝をこれほど見れるとはな)
源家は元々大空洞に引きこもっている一族だ。他家の術式など〈蛇の目〉に参加している者たちの物しか知らない。それでも秘伝は知らない。彼らにとっても生命線だからだ。
敵が現れた時、相手の術式を知らないでは守るべきものが守れない。源家とて無敵ではないのだ。むしろこれだけの高位の術士が集まることなど皆無と言って良い。これだけの戦力で攻められれば〈蛇の目〉でも源家でも神子を守るのは難しいだろう。
「むぅん」
弁慶の大薙刀が駆け寄る大狼の首を断つ。そこをすかさず羅刹が剣で斬り掛かって来る。義朝はそれを神通力で防ぐ。弁慶はそれを見てすぐさま羅刹を斬り伏せてくれた。
(やはり義経でいる時とは違うな。負担が大きい)
弁慶を召喚するにも霊力や神気を使う。しかし選ばれし義経であればそれがほとんどない。更に弁慶が宿ることにより自身の神気が底上げされるくらいだ。六郎義経は若いが100人の分家の人間に攻められても六郎義経と弁慶だけで苦もなく叩き伏せてしまうだろう。
源家の近くには神官たちがいる。神官たちは舞を舞い、神剣を召喚して妖魔の首を落としている。源家の人間たちにも強化の術式を施してくれている。ありがたい限りだ。
「父上、あそこがまずいです。増援に行っても良いですか」
「構わぬ。行け、義兼」
陣形が崩れそうな僧侶たちが居り、義兼が数人引き連れて助けに行く。
どうも大技を準備していたようだ。義兼が妖魔や夜叉たちを倒すと巨大な十文字槍が天から降ってきて妖魔や夜叉、羅刹を千切っていく。
「戻りました。それにしても途切れませんね。それにいつ魔王が動くか」
「そうだな、それが一番重要だ。だがこちらにも切り札がいる。常に戦況を見よ、先程の動きは良かったぞ」
「はっ」
義兼はレンとの戦いでは使わなかった神通力の剣で羅刹の眉間を貫いた。
ただ源家も無傷とは行かない。すでに数人妖魔に食われてしまった者や夜叉や羅刹に負けて死んでしまったものがいる。それは神官や僧侶たちも同じだ。
だがここで全力を出す訳には行かない。本命は魔王戦だ。夜叉や羅刹が動いたタイミングを見るに本当に織田信長が指揮を取っているのだろう。
ならば最もイヤなタイミングで魔王たちが投入されるはずだ。
そして義朝の勘ではそれはそろそろのはずだった。
妖魔や夜叉、羅刹に傷つき、目の前しか見れなくなっている者たちもいる。先程の僧侶たちもそうだ。あそこで大技など要らなかった。むしろ小技で陣形を乱さないように立ち回るのが正しい。
ほとんどの者はできている。だが一部で綻びができているのも事実だ。
その綻びが大きくなった時、必ず魔王は動く。
鷺ノ宮家を中央とするならば源家は左翼にいる。玖条家は右翼にいるようだ。できるならば玖条家と共に戦って見たかった。
話したのは短い時間だったが不思議な少年だった。出会った後こっそり調べさせたがその経歴の異様さに驚いた。
覚醒者がなぜあそこまで落ち着いて戦えるのか。特に対人戦だ。余程訓練を積んでいなければ義兼の長巻きを受けきれるものではない。術式はセンスでなんとかなるものではあるが、対人戦の鍛錬は月日が必要だ。たかが3年でたどり着ける境地ではなかった。しかも剣才に頼った剣術ではない。地に足がついたしっかりした剣術だった。
先読みの力があるのかと疑わしいほど義兼の動きを読んでいた。
(これが終われば酒でも酌み交わして話し合いたいものよ)
義朝がそう思い、刀を振るった時、左翼が大きく崩れた。
そしてその瞬間3柱の魔王が動いた。
ドンという音と共に飛んだのだ。
退魔士も夜叉、羅刹も構わないとばかりにその巨体が乱戦の中に落ちてきた。実際妖魔や夜叉、羅刹も魔王が作ったクレーターの中で息絶えているものもいる。
だが数の少ない退魔士の方が被害が大きい。
(まずい)
「お願いします、鬼一法眼様」
「うむ、任せよ」
義朝の秘策。それは鬼一法眼だった。鬼一法眼とその天狗一党は荒ラ獅子魔王と思われる巨大な戦斧を持った魔王に飛びかかっていった。
◇ ◇
「むぅ」
「翁、信孝様が少し出過ぎかと」
「そうじゃな、少し下げさせよ」
信光は戦線を見て唸っていた。数が多い。それに質も高い。だが外域に入れなかった退魔士が居たように実力の足りていない退魔士はこの戦いに参加できない。
信光が声を掛けた退魔士はほとんどが名乗りを上げてくれたのだ。これ以上の戦力は今の日本では用意できない。
(平和な時代が長すぎたか)
平和は良いことだ。日本は繁栄と平和を謳歌してきた。経済的には厳しい時代もあったが、世界的に見ても経済大国と呼ばれるまで発展したのだ。極東の島国である地理的要素を考えれば、そして近隣に中国と言う大国があることを考えれば十分な成果だ。
だが最後の戦争、第二次大戦からもう80年近く経つ。寿命の軛を逃れた者でないと戦時中の事を知る者はもうほとんど居ないのだ。
そして〈封眼〉を受け継いだ者や候補者は代わりではないが寿命の軛からは抜けられない。普通の人よりは少し長いが寿命で死ぬのだ。それは〈封眼〉が短いサイクルで受け継がれることになり、鷺ノ宮家の新陳代謝を高めることになる。
信光は自身が〈封眼〉の所有者に、鷺ノ宮家の当主に選ばれるとは思ってはいなかった。まだ若かったのだ。20代後半であった。候補者は他にもたくさんいた。しかし信光が選ばれた。基準は誰にもわからない。
故に信光が当主の時代はかなり長い。そろそろ隠居を考えていたくらいだ。鷺ノ宮家には幸いにしてそれなりに人材が揃っている。愚かな者は後継者候補になどなれない。また、なっても選ばれない。
「どの退魔士も強いが連携が悪いの。戦争を知らぬというのは恐ろしいことじゃ。儂が鷺ノ宮家を継いでから退魔の家同士の抗争は止めさせてきた。それが日本の為だと思っていたからじゃ。しかしそれが仇となっているのかも知れぬ」
「抗争など起きないのが一番良いのですがね」
「そうじゃがそうも言っておられぬ。実際退魔士の連携がなっていない。この戦、まずいぞ」
「魔王が4柱というだけでまずいですよ。更にこの妖魔の数。こちらは寄せ集めです。どこかで破綻しましょう」
鷺内の言う言葉は予言に等しかった。信光もそう見ていたのだ。魔王たちは動かずにじっと戦いを見つめている。
一斉に掛かって来ないのは機を見ているからだ。流石第六天魔王と名乗った信長である。一気に掛かられた方が退魔士たちは腹が括れた。秘伝、秘術を使い、互角の戦いにまで持ち込めただろう。
だが実際はそうなっていない。強力な妖魔や夜叉、羅刹の相手に手一杯になっている。
彼らも情勢がまずいことには気付いている。しかし良い手がない。相手に先手を取られてしまっているのだ。
かと言ってこちらから攻めては丘と丘の間の低いところで飛行系妖魔や怨霊に狙われただろう。更に丘の下から攻め掛かることになる。そんな博打は打てない。それがわかっていて信長は妖魔と夜叉、羅刹を波状攻撃のように攻め立てさせているのだ。地形を生成した時点から既に戦略が立って居たのだろう。信光はそれを歯がゆく思う。数でも、戦略の時点でも既に負けているのだ。それを覆すには質しかない。
どこかが綻ぶ、そこで必ず魔王が動く。中央、左翼、右翼。全てに来るだろう。そして信長が最も崩れている部分に攻めかかってくる。
それがわかっていても動けない。信光が唸る理由である。
「左翼の連携が一番まずい。あそこから来るぞ」
「左翼に近い熊野大社の者たちにそう報せましょう。左翼が崩れる前に援軍を出すのです」
「そうじゃな。中央は儂らで持ちこたえるしかないか。行けるか?」
「行くしかありません。もう引き際などないのですから」
神域からでることはできない。少なくとも神域を作った信長を討たなければ。もう勝つか負けるかしか信光たちには手がないのだ。
そして予想していた通り、左翼が綻んだ。
瞬間、魔王たちが飛び跳ねる。烈風魔王がグチャリと退魔士や夜叉たちを踏み潰しながら中央に降りてきた。続いて近衛と思われる一段強い夜叉や羅刹たちも降りてくる。
「降臨・不動明王」
高野山の僧が不動明王を降臨させる。烈風魔王と不動明王がお互いを殴る。巨大な魔王と不動明王の戦いは激しく、近づくことすらできない。
ついにお互いががっぷりと四つに組む。
烈風魔王も不動明王も動かない。そこに幾つもの術式が烈風魔王相手に飛んでいく。信興が飛び込んだ。
「待てっ、信興っ」
しかし信光の言葉は届かなかった。
十拳剣を握り、光の剣を20mまで伸ばして一気に烈風魔王に斬りかかろうとした信興に一体の羅刹が斧を振るう。信興の身は2つに別れた。
◇ ◇
「来たね」
「行きましょう。もう鞍馬山大僧正坊とその郎党は虫の息です。我らの出番です」
藤は目の前に降ってきた天龍魔王を見上げ、5本の尾をさらけ出した。
そして巨大な白狐に変身し、天龍魔王の軍勢に咆哮を喰らわせる。
即座に暴れようとしていた天龍魔王とその側近の夜叉、羅刹たちの動きが止まる。
瞬間、豊川家の精鋭がまず側近たちを倒しに動き出す。仙狐たちが仙術を放ち、妖狐たちが妖術を放つ。
夜叉の1体に黒蛇の神霊が喰らいつく。5mを超える夜叉が一噛みで息絶えた。
(やるじゃないか、レンくん)
レンは戦況を読んでいた。そして魔王たちが降り立つタイミングを測っていた。そうでなければこのタイミングで黒蛇が即座に動くことはできない。
(仙術・天雷)
「クオオオオオオォォォン」
藤が吼えると天から幾条もの雷が落ちる。それは正確に魔王とその側近たちを打ち据える。
不意を打ったつもりだった天龍魔王が怯む。そこに藤が牙を食い込ませる。
(不味い。魔王の肉なんぞ喰うもんじゃないね)
腕の肉を食いちぎり、即座に藤は後ろを向く。しかしそれは撤退の為ではない。5本の尾を全て炎に変え、天龍魔王と夜叉、羅刹たちを焼いていく。
「下賤な妖狐め、許さん。そこな黒蛇も龍に従わぬなどありえぬ。愚か者がっ」
天龍魔王が吼える。だがその言葉は届かない。侵略者の言う事など誰が聞くものか。それに黒蛇はレンの操る神霊だ。元々異国の旧き神である。間違っても天龍魔王の言う事など聞かないだろう。実際に2体目の羅刹を食いちぎっている。
土御門家の十二天将も天龍魔王に向かっている。その間は賀茂家が他の妖魔や夜叉、羅刹を押さえているようだ。
「降臨・摩利支天」
比叡山の僧が摩利支天を召喚する。現れた摩利支天は神剣で天龍魔王を打ち据えた。腕の肉が食い千切られた天龍魔王は摩利支天の一撃を片手で受けざるを得なかった。そしてそれは叶わなかった。金棒は弾かれ、天龍魔王の肩に摩利支天の神剣が喰い込む。これで一時的に両腕が使えなくなった。魔王と言えどそう簡単にこの情勢は覆せないだろう。
「うぐおおおおおっ」
天龍魔王の悲鳴が響く。だが容赦はしない。摩利支天は更に神剣で追撃する。藤は3尾の仙狐たちと共に仙術・狐円斬を放った。幾つもの円の刃が天龍魔王を斬り裂いていく。
「引きなっ」
藤が号令を掛けると仙狐や妖狐たちが一斉に引く。同時に天龍魔王の口からブレスが放たれる。ブレスは摩利支天の体を焼き、周囲に居た十二天将のうち幾つかの式神が燃える。藤も危うく焼かれそうになった。それほどの範囲と威力だった。逃げそこねた僧や武士が何人も焼かれている。
しかしブレスが収まった時、水蛇と黒蛇の神霊が天龍魔王に食いつく。水蛇が脇腹に食いつき、黒蛇が足首を喰らう。
「うぐぉぉっ、貴様らっ。人間なんぞに使役されて恥とは思わぬのかっ」
天龍魔王は食いついてきたカルラとクローシュに文句を言うが彼女たちは一切聞かず天龍魔王に追撃を与えている。
(やるやん、最高のタイミングや)
藤は玖条家の居た位置を見たがレンたちの姿は見えなかった。
(どこいったんやろ? 逃げるなんてあり得えんわ。大体水蛇と黒蛇は戦ってるし……術者がそれほど離れられるはずあらへん)
藤は玖条家を探すが見当たらない。美咲の気を探ってみる。すると中央後部を迂回して移動しているのが見えた。
まさか逃げるわけがない、つまり中央か左翼へ増援に行ったのだ。遠見で見ると左翼が崩れかかっている。
(どうなってるん? 従えている神霊が独立して戦うなんて有り得へんよ?)
しかし実際カルラとクローシュは天龍魔王に更に攻撃を加えている。
藤の理解を超えたことが起きている。しかし目にしたものが事実だ。レンは離れていても神霊を操る術があるのだ。
(ふふっ、面白い子やね。長生きもしてみるもんや、知らんことが目の前で起きる。それに戦略眼もあるんか。どこで培ったんやろ。美咲ちゃんをあげて良かったわ。あの子なら美咲ちゃんも幸せになれるやろ。ただまずはとりあえず目の前の魔王を倒さんとね)
天龍魔王は劣勢ながらも流石魔王の名を冠するだけあって今だ暴れている。摩利支天を召喚した僧たちは必死に真言を唱えている。そして修験者たちが彼らの護衛をしている。
藤は戦場を移すレンたちを見てニヤリと笑った。
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