第一章十三話 そして全てがリセットされる

「なんだいなんだい、あれは?」


 ウェイズは染み出してくる闇を見つめている。

 なにがしかの魔法で分析しようとしているのだろう、だが、そんなことで美月の異能は理解できない、彼女の異能は、どれだけ研究者たちが観察と実験を繰り返しても理解できなかった代物だ。


 「……わからない……、ありゃなんじゃ?見たこともない、むう?」


 結局美月に助けられるのか……

 前の世界でもそうだった、ウェイズに洗脳されていた俺は長いこと彼女の言いなりだったが、美月の『闇』をきっかけにその呪縛から解放された。


 思い出すのは前の世界、ある日東京からあふれ出した『闇』は瞬く間に世界を覆いつくした。

 その闇の前にはどんな人間、動物もなすすべなく呑まれ、そして記憶を失った。

 最後には呼吸の仕方を忘れ、脈動すらも忘れて死ぬことになる。


 美月の異能はそういう、どうしようもないほどに強力なタイプの異能だった。

 この様子だとウェイズはこの『闇』のことを憶えていないようだ。

 俺も随分とこれを思い出すのには苦労した、今の世界で、美月の『闇』に直接触れてようやく思い出したくらいだったからな。


 「ご機嫌取りをしておかなくてよかった……」


 前回美月が異能を発動させたのは、俺と一週間ほど会わなかったときだった。

 だからそろそろ美月の限界が来るんじゃないかと思っていたが、狙いどうりにいったらしい。


 「やむをえん、一度場所を変えるか」


 そういってうウェイズは俺と的場君を連れて転移の魔法を行使した。


 「さすがにここなら大丈夫だろう?」


 転移してきた先は山奥、どこの国かもわからないが意味はない。

 美月の異能はたった十分で世界を覆えるほどなのだから。

 目を細めれば、もうすでに闇が近づいてきているのが見える。


 「何?速すぎるだろう!」


 そうしてウェイズは繰り返し転移を続けたが、最後には『闇』に追い詰められた。


 「こ、これはまさか……終焉か?なぜこんな時に限ってこんな……?」


 取り乱しているウェイズに言ってやる。

 

 「おいおい、最近の俺が何でずっと『時間遡行』してたか知らないのか?」

 「まさか、この『闇』に対抗するためだとでもいうつもりか?」

 「そのまさかだよ、俺が何の意味もなくと『時間遡行』してたと思ってたんなら大間違いなんだよ!」


 まるで津波のような勢いとなった『闇』が、ついにウェイズの足先に触れた。

 

 「わ、私の記録が、記憶が抜け落ちていく??なんだこれは、なんなんだこれは!こんな、こんな終わりがあっていいものか!?」

 「おいおい、前の世界と同じこと言ってるぜえ、お前」

 「前の世界でも、私はこのようなくだらない結末を迎えたと言いたいのかお前は!?」

 「その通り、あの時のお前と今のお前、そっくりそのままだぜ?」


 悲痛な声を漏らしながらウェイズは『闇』に呑まれていく、俺も同様に的場君に抱き着かれながら飲み込まれていく。


 「野郎に抱き着かれながら死ぬのは、あんま良い気がしないな……」


 まず最初に、高校に入学してからの学園生活での思い出が呑まれ、中学校での記憶が呑まれ、その次には小学校のころの思い出が呑まれた。


 ゆっくりと巻き戻るように消されていく記憶の中でいくつもの記憶が断片的に意識に浮かぶ。


 円卓を囲む光景。

 アンナに叱られた光景。

 美月と夏祭りに言った光景。


 呑まれて、消滅して、たゆたんで、塗りつぶされる。


 最後には呼吸の仕方も忘れて……


 『ファイアーウォールの消失を確認、これより自動バックアップのデータを用いて復元を開始します』


ーーーーーー


 「祐也の異能はなにかな~?」


 お母さんが言った。

 今日で五歳になる僕、伊藤祐也は病院で異能診断を受けるのだ。

 この異能社会において、優れた異能を持つことはそれ即ち人生の難易度の簡易化を指し示す。

 なんとなく僕も楽しみになってきたのはお母さんが上機嫌だからだろうか?


 「今までに見たことのない異能ですね、資料にも記載されていないので、もしかすると新発見かもしれませんよ?」

 「あの、息子はどうなるんでしょうか?」

 「ああ、心配しないで。今は法整備も進んでますからね、非人道的な扱いを受けることなんてないですから」

 「そう、ですか……」


 なんだか複雑なことを話しているようだったが、僕は自分の異能に夢中だった。

 砂時計の砂を逆向きに動かしてみたり、鉛筆が新品になるまで時間を巻き戻してみたり。

 初めてのことだから、その分わくわくが止まらなかった。

 だからこそ異能を使うことをお母さんに止められたときはびっくりした。


 「いい?あんまり人前で異能を使っちゃだめよ」

 「何で?何で?見てよ、文字が消えるんだよ、ほら!」


 ひらがなを書く練習に使っていた練習帳を真っ白にしてみると、お母さんは目を伏せながら言った。


 「悪い大人の人に見つかったら捕まっちゃうわ、だから我慢して、いいわね?」

 「むー」


 ほっぺたを膨らませて反抗してみたが本当にダメらしく、お母さんは厳しい表情を貫いた。


 「はーい」


 不承不承ながらも僕は頷いた。


 「もしもし、伊藤さんのお宅でしょうか?今度災禍研究所にいらしてくださいませんか?」

 「そ、そんな……」


 お母さんが慌てていたが、僕には良くわからなかった。


 「初めまして、祐也君。ここが災禍研究所だよ!」


 黒ぶち眼鏡をかけたお兄さんは目が血走っていて恐ろしかった。

 

 よくわからない装置を体に着けたり、血を取られたりしながら、僕は一日を過ごした。


 「ねえ、あの部屋、なに?」

 「あれはねえ、上手く異能の力を使いこなせない子の部屋なんだ。危ないから近寄ったらだめだよ!」

 「ふーん」


 ダメと言われればやりたくなってしまうものだろう。

 僕はてくてくと扉に近づいてガラス窓から部屋をのぞいた。

 部屋の中には、僕と同い年くらいの子がいてしくしくと泣いていた。


 「どうしたの?だいじょうぶ?」


 泣いている女の子を何でか見て居られなくて、僕は声をかけた。


 「うん?」


 顔を上げた女の子の髪は夜をさらに暗くしたもののように深く、黒く、その瞳は真っ暗な夜空に、いくつかのお星さまが浮いているみたいだった。


 「きれい……」


 思わず声にしてしまった僕に女の子が近づいてきて、その小さな手を窓ガラスに押し当てた。

 何だろう?と思って、思わずガラス越しの彼女の手に自分の手を重ねた。

 なんだか黒いものがうねうねしているのが見えた。

 そして僕は意識を失った。


 「大丈夫?祐也?」


 お母さんの、いや、母親の心配そうな顔が目の前にあった。

 どうやら俺は随分と幸せな夢をみていたらしい。


 まあ、これも現実には変わりないが。


 「ああ、大丈夫だよ、母さん。ごめん、心配かけて」

 「私のことわかる?」

 「わかるってば、もう……」


 状況を整理しよう、まず俺は、ウェイズとともに『闇』に呑まれた、そしてその次に、俺の肉体が死亡し、最後に異能が発動したってところだろうか。

 そのころには的場君も死んで、彼の異能も効果を失っていたのだろうし……

 やはり、俺の異能は便利だな!

 あとはこれがウェイズに無理やり体に仕込まれた技術じゃなければ万々歳だったんだけど……


 あまり思索に耽っている時間もない。

 そろそろウェイズが俺を攫いに来る頃あいだろう。

 災禍研究所から漏れ出たデータをウェイズが手に入れ、その情報をもとに仲間とともに動き出すのである。


 たしかあの日は俺の誕生日だったから……ってもう明日じゃん!

 かなりぎりぎりだったな。

 いつも助けてくれる美月には感謝だ。

 今回の世界ではもっと優しく接しようと心に決めた。


 そうして眠りについて翌日。


 「お母さん、お買い物に行ってくるから、上手にお留守番できるかな~?」

 「ああ、行ってらっしゃい、母さん」


 なんだかすっきりしない、といった風な母さんを見送って、俺は決戦の時を待った。

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2024年9月21日 17:00

異能学園の安全装置~バッドエンド後のお助けキャラ~ 五橋 @Itutubasi

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