次の夏も、二人で
@Yanaaka
次の夏も、二人で
夜の海は、空にある星や月が溶け込んで見えた。潮の匂いとともに湿った風が肌に当たる。「いいの?優等生が夜に出歩いて。」
「俺の親は旅行に出掛けてる。それに夜って言ってもまだ八時半だし。」
視線を海から彼へ移す。潮風に靡く髪が綺麗だ。彼の黒髪が星の光を反射してキラキラしている。
なぜ早瀬と夜の海へ来ているのか、それは私もまだよく分かっていない。早瀬とは委員会が同じで、まあそこそこ仲は良い方だと思っている。私が「夜の海を見たい」と口にしたら「だったら俺も行く。夜に一人は危ないから。」と言ってくれたのだ。
正直内心浮かれていた。私は早瀬に淡い恋心を抱いていたから。
ノートを取るときの表情、意外と私のボケに乗ってくれるところ、放課後に一生懸命部活をしているところ、沢山好きなところがある。その気持ちを伝える勇気なんて持ち合わせてないけど。
「あー、もうすぐで夏休みも終わっちゃうなー。」
「急だな。なんか思い残したことでもあるのか?」
夏休み中の思い出に思いを馳せる。なんだかんだ今年は一番楽しい夏だったかもしれない。
思い残したことといえば⋯いや、思い残したことなんて
「…いや、特にない。今年も夏休み満喫したし。」
「ふーん。思い残しがない奴はそんな顔をしないと思うけど?」
そんなに顔に出ていただろうか。確かに、早瀬の言う通りだった。思い残したことなんてない、と自分に思い込ませているだけ。早瀬にはいつも思っていることを当てられてしまう。
「うーん、まあね。私の思い残したことも早瀬なら当てられる?」
私のこの好意も、好きと伝える勇気がないことも、彼には全部お見通しなのだろうか。
「人の思いを当てるなんて能力なんて俺にはないから、分かんない。」
「⋯そっか。」
ホッとした感情と、いっそ察してくれたらいいのにという感情が入り交じる。
勢いをつけた海水が私の足を浸した。
「早瀬は心残りとか無いの?」
そう聞くと少し考えるような素振りを見せた「ある。それを今から実行する予定。」
「今から?」
今から数日で出来ることなど限られている。一体彼は何をするつもりなんだろう。
「ああ、想いを伝えようと思っている人がいるんだ。」
心臓を手で握られた感覚がした。私の心中を当てられたのかと思ったから。
「あ、そう、なんだ。誰に?なんか好きな人とかいるの?」
辿々しくなってしまった。これじゃあ動揺したのが丸わかりだ。
「⋯そう。ただそれを心残りで終わらせるつもりはない。」
早瀬がゆっくりとこちらを向く。伏し目がちな眼と目があった。
「そうなんだ。強いね。私だったら関係が変わるって考えると怖くて何もできないや。」
ああ、やっぱり早瀬は凄い。私の好きな彼はいつだって強くて格好良い。
「かなり勇気がいる行為だと身を持って実感してるよ。」
早瀬の横顔が月灯りに照らされる。
「⋯綺麗、だな。」
「えっ、あぁ。綺麗だね、海。」
一瞬私の方を見ていたような気がしてドキッとしてしまった。
「⋯夜の海も趣があっていいな。今日は来てよかった。」
「でしょ?その人と⋯あの、付き合えたら、一緒に来ればいいよ。」
思ってもない事が口から溢れていく。自分で言っておいて居た堪れない気持ちになってしまった。
「…そうだな。そしたらまた来たい。」
早瀬は徐ろに空を見上げた。きっとその人の事を考えているのだろう。
「…本当に今日はありがとう。もう遅いし、帰ろ。」
この感情が溢れてしまう前に帰りたかった。泣きそうになる気持ちを押し殺して、わざと明るい声を出す。
「うん。⋯最後に一つ、いい?」
声色が変わったのがわかってなんとなく身構えてしまう。
「どうしたの?」
波が引く、風景が潮風で揺れて、早瀬が口を開いた。
「好きだよ。…お前の事が、誰よりも。」
ザーンと大きな波の音が響いた。しかし、私には彼の言葉が一番鮮明に聞こえた。
「え⋯」
脳が言葉を処理出来ない。好き?私を?
「あ、⋯本当に⋯?」
「嘘なんてつかない。これは紛れもない俺の本心だ。」
私を見る瞳は少し熱を帯びていて、疑う余地なんてなかった。私は、夢でも見ているのかもしれない。
「お前は⋯俺のことをどう思っているのか聞かせてほしい。」
そんなの決まっている。
「私も、好き⋯です。」
彼の表情が緩んだ。分かりづらいように見えて案外顔に出やすいのかもしれない。
「次の夏も、俺と二人で海に来てくれる?」
「っ⋯勿論。」
潮風で少し冷えていた私の手を彼の温かい手が包み込んだ。
次の夏も、二人で @Yanaaka
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