第71話

「なぁぁあぁぁぁぁんですってぇぇぇぇ!? 私のエル様に娘があぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 しゃくりあげるような絶叫の主は、水の都の統率者。外部には姿を見せていない女王その人だ。

 美しい黒髪、青いドレスを振り乱し、ドスの利いた絶叫を上げている。

「確かに写真を見れば、娘に見えなくもないぃぃぃぃぃ!? ちょっとこれ本当なのぉぉぉぉぉ!?」

 普段は鐘の音のような高くもよく響く美しい声なのだろう。だが、ここまでの大音量だと騒音以外の何物でもない。

「……あぁ、可能性の話しな? だから落ち着けって~」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!」

 フリョウは襟首をつかまれぶんぶんと振り回されていた。抵抗する気はないようで、人形のようにされるがままだ。

 それを見ていたボウは、やはりとため息をつく。

「……だから言いたくなかったんですよ。フリョウは口が軽いから」

「……すまないな。オレが余計なことを言ったようだな」

 いつもの光景だと落ちつく二人と比べ、気性が穏やかなマルタはなれてないのかアワアワとしている。

「どうするの? 止める?」

「いや、このままにしておこう。女王もフラストレーションが溜まっているだろうからな」

「そうです。適度な発散です」

 三人は、絶叫する女王が落ち着くまで静観している。

 しかしフリョウは、

「なぁ、いい加減あきらめろよ。死んだ人間に未練たらたらなのは勝手だが、娘にぶつけるのは違うだろ? 十二回も振られたんだろ?」

「違いますぅ! 振られたことありませぇぇん! 都合がつかず告白が出来なかっただけですぅぅぅ!」

 火に油を注ぐようなことを言うものだから、女王の絶叫は止むことはない。

「用事があったり、お仕事があったり大変だったんですぅぅぅぅぅ! まぁ、直接はお会いしたことありませんけど……」

「避けられてたんだな」

「何か言った!?」

「いや……」

 ベッキーは顔をそらした。

「耳まで年増なんですね……」

「何か言ったぁ!?」

「いえ……」

 ボウは顔をそらした。

 すると、マルタが手を上げる。

「女王様〜。僕たちはどうすればいいの? 一個前の話に出たフェニックスのシン君を連れてくるの?」

 女王は、フリョウの襟首を掴みながら考える。口元を尖らせ、上を向いている様子は若者そのものだが、実年齢はフリョウの約二倍だ。

「そうねぇ、強硬策には出なくていいわ。多分、彼はここに来なきゃいけないもの」

「そうなの?」

「えぇ。シン君はアクセサリウスを元に戻すためにゼドを探すでしょう。その為に必要なのは情報。そして、それを持っているのは同じ紋章(クレスト)を持つ私と考えるはず」

「ライアンのように単独で乗り込んでくると?」

 ボウは眼鏡を磨きながら問いかけると、

「いいえ。彼はそんな野蛮な!! ライアンのように野蛮!!! ではないようだし? そうよね、ボウ?」

「っ!? な、なんのことで?」

「知ってるのよぉ? アナタが無断でアクセサリウスに監視の芽を植えたこと? 一部始終みていたのでしょう?」

「……ふぅ、お人が悪い」

「それで? アナタの目に、彼はどう映った?」

 女王はフリョウと頬の引っ張り合いをしながら、ボウに問いかけた。

「アナタのご慧眼の通りかと。彼の気性は穏やかであるといえます。ただし、力の扱いには不慣れな様子。その点に関しては、未だ観察の必要性があるかと」

「例えるなら、マルタ(不安定)って感じかしら?」

「的確ですね。これからマルタになるか、ライアンになるかは導き手たるフェニックス次第かと」

「う~ん、多分そこは問題ない気がするのよね?」

 すると、女王は後方に流れ落ちる滝へ視線を投げかける。

「そうよね、蛟(みずち)?」

 高い天井から落ちる滝から声が聞こえてくる。

『そうだな。奴の性質を言い表すなら、”自己犠牲”と言えるだろうか』

 滝の水を割り、成人男性ほどの大きさの青い蛇が姿を現す。そこらの蛇とは違い、宙に浮き羽衣のような美しい布が周囲に漂っている。その神聖な雰囲気は、フェニックスと並び称されるに相応しい存在だと証明している。

『常に先頭に立ち、全ての災厄を引き受け、誰にも知られず死んでいく。そんな矜持を持っていたな』

 石のような硬質さを感じさせる女性の声だ。

「なんとまぁ、アナタと似てるわね」

『いいや。私なら耐えられなくなったら、殴りに行くさ。アイツは文句も言わず耐え続けるだけの心がある』

「なるほど、素晴らしい人格者なのね。う〜ん……そうね、そうね。よし、決めました――アナタたちに命令を下します」

 すると、フリョウを含めた全員が横に並び、膝まずいた。視線を下げ、女王の命令を聞き逃さまいと神経を尖らせている。

 張り詰めた緊張感。軽い身じろぎでもしようものなら首を落とされるかもしれない。そう思わせるほどに、今の女王の眼光は鋭く、冷酷な統率者だった。

 そして、

「アナタたち! マリア・カルメンの細胞データを採取してきなさい! そして、今度こそエル様のクローンを――」

「止めろ止めろ! ババアの乱心だぁぁぁ! マルタ、こいつを水に沈めるぞ! 手伝え!」

「う、うん!」

「離しなさいぃぃぃぃぃ! 私は女王ですぅぅぅぅぅぅぅぅ女王の命ですぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 女王はフリョウとマルタに担ぎあげられ、

「せ~の!」

「ちょっとなにを――あばばばばば……」

 女王は、滝の中に投げ込まれ、沈んでいった。

「……こんなのがトップなら、表に出せねぇよな」

 遠巻きで見守っていたボウとベッキーは、マリアのことを思い出していた。

「……情報統制の大切さが分かります。もしかしたら、王都も私たちと同じことをしていたのかもしれません。……秘密を守るのは大変ですね」

「情報は使い方でどんな武器にもなるってことか」

 水の都の名は、エルオット。

 数年前、女王が新たに名前を付けたのだ。その由来は、エルは自分の夫(おっと)だと世界に宣言をするためらしい。

 気狂いの女王と四人組がシンの前に立ちふさがるまで、あと数日だ。

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至上の魔法使いゼド @anemono

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