第70話

水の都。

 都市全体に張り巡らされた水路を使った、水と動植物の共生を目指す六大都市の一つ。

 中央にそびえる木造の建築物こそ、素顔を見せない統率者の城であり都市の象徴だ。

 全ての水路の始点に位置するそこで、世界が変わるきっかけが起ころうとしていた。

「はぁ、胃が痛い……」

 木の軋む音が響く。細身の男性が胃を抑えながらゆっくりと歩いている。石灰を肌に塗ったような病的な血色の悪さだ。

 彼が胃を痛めている原因は、この廊下の向こうにそびえる巨大な扉の奥にある。

 すると、扉の前で壁に背を預けていた二人。その内の女性が接近に気がついたようだ。

「おぉ、ボウも来たな! ってかなんつー顔してんだよ? 夏バテかぁ?」 

 艶のある黒髪に、青いメッシュが入った勝気そうな印象の女性が声をかける。

 彼女の名はフリョウ。

「飯もろくに食ってないんだろ? ん?」

「い、いえ……それは急な仕事が入りましてね。なので仕方なくです、仕方なく」

「あれだろ? また覗きしてたんだろ? しかも、女王に秘密のやつ……違うか?」

「ギクゥ!?」

 ボウは嘘をつくのが下手なようだ。

 フリョウは、彼のそんな様子を予測していたようだ。薄紅色の唇が三日月型に形を変える。犬歯むき出しでニヤリと笑う。

「まぁ、いいんじゃねぇの。でもよ、無理すんなよ。今にも死にそうっと――そうだ! アイツみたいに顔面絵画レベルの誤魔化し化粧でもすりゃいいじゃんか!」

 ”アイツ”とは、水の都の統率者のことだ。

「ちょっ!? それは絶対に言わないほうがいいですよ。あの人、キレたら面倒なんですから!」

「その時はアレだ。あの池に突っ込もうぜ?」

「ええぇぇ!?」

 二人のじゃれ合いを見守っていた浅黒い肌を持つ筋肉質な男性、通称ベッキーが片目を開き、ボウに問いかける。

「それで? お前が急な監視をしたってことはそれほどの重要案件だったのだろう? 何があった?」

「そうだそうだ! ヤバいんだったら手ぇ貸すからよ! 隠し事はなしだぜ?」

「それは……」

 ボウは、両手に持った資料を胸に強く抱き、言い淀んでいる。

「どうしたんだよ? そんな言いにくいことなのか? 私らの仲だろ?」

「……言いたくなければ構わない。……が、変な遠慮はするな。何があろうとオレたちの絆は壊れない」

 ボウは、覚悟を決めたようだ。

「……私はアクセサリウスの異常を探るべく監視をしていたんです。そこで二つの発見をしました。一つは、女王の呼び出しの件と関連があるでしょうから置いておきます。問題なのは二つ目です」

 二人は固唾を飲む。

「な、何があったんだよ!?」

「それが……王都騎士団のマリア・カルメンをご存じですか?」

 ボウの口から飛び出たまさかの名前に、二人は面食らったようだ。

 お互いの顔を見合わせ、

「そりゃ……な。王都騎士団の顔役だろ?」

「あぁ、あのマスコットか。ッ!? まさかソイツがお前に何かしたのか?」

「はぁ!?」

 二人は怒りを露わにするが、

「ち、違います!? 大丈夫ですよね……ちょっと、ちょっと……絶対に女王に言わないで下さいよ」

 ボウは周囲を見回すと、誰もいないことを確認。二人を手招きして、その場にしゃがみこんだ。

 二人もおずおずと、ボウに続く。

「実は……マリア・カルメンが、あの英雄エルの娘である可能性が高いのです」

 言葉を咀嚼する時間が流れた。

 そして、二人は破顔した。

「はぁ!? んな訳ねぇだろ!?」

「……それは本当なのか? エルには娘がいないと、そう情報が上がっているが? いや、お前がそういうのなら根拠があるのだろう。それを教えてくれ」

 ボウは頷く。

「実は、エルの指輪を自在に扱っていたのです。あの封凍葛を……誰も扱えなかった紋章(クレスト)に迫ると言われるアレを……」

「そりゃ……他人ってことは……ねぇのかも......な。どんな才能があるやつでもアレは扱えねぇ。……ってことはなんだ!? 王都のやつら、私たちに嘘ついてたのか!?」

 ベッキーは顎に手を置き、思考を巡らせる。

「断定は出来んが、可能性はあるだろう。オレたちに秘匿すべき理由は……まぁ、ありすぎて困るな。英雄の娘がいれば利用価値はどれほどの物か。ボウ、フリョウ。これは女王には言えんぞ。可能性の話だとしてもだ。……最悪、王都とウチで戦争が始まる」

 大きく息を吐くフリョウはその場に胡坐をかき、腕を組む。

「……だな。エルの激烈ストーカ(現在進行形)の顔面絵描き若作りババアだ。何するか分かったもんじゃねぇ」

 三人は神妙な面持ちをしていると、

「みんなどうしたの? もうすぐ時間だよ?」

 三人を見下ろす丸々と太った男性が姿を現した。彼の名はマルタ。見上げるほどの巨体は優しさで出来ていると言われるほどの心清き青年だ。

「んじゃ、揃ったか」

「オレたちが召集されるってのは……気味悪いがなぁ……」

「安心してください。僕たち四人が揃えば」

「うん! 僕たち四人なら、なんでもできる!」

 この場にいる彼らこそ、水の都が誇る精鋭部隊”四人組”。水の都が誇る総勢一万の軍隊と双璧を成す独立部隊であり、全員がゼドのアクセサリーを操る兄弟だ。

 リーダーであり、二つの銀(シルバー)を操る長女、フリョウ。四人組の前衛であり、武闘派の長男、ベッキー。参謀であり諜報、植物と会話できる宝石(ジュエル)を持つ次男、ボウ。癒し担当、動物と会話できる宝石(ジュエル)を持つ三男、マルタ。四人組の総戦力は、王都騎士団以上だろう。ロザリアと契約をしたシン、封凍葛を使いこなしたマリアを含めたとしても依然として、四人組に軍配が上がる。

 特に、フリョウを背中に乗せた男、マルタはライアンと引き分けている。

「ほら、考えても仕方ねぇよ。さっさと行こうぜ。アイツの癇癪はききたくねぇんだよ」

 フリョウは話をまとめると、

「ほらほら、出発~!」

「ごーごー!」

 マルタのドシドシとした足音と共に二人は先に扉に入っていく。

「ベッキー兄さんの勘はよく当たります。フリョウ姉さんには聞かせたくないでしょうから今聞きます。今回の呼び出し、どう思いますか?」

「吉凶が半々。そんな感じだな。どう転ぶかは、人知を超えた者が選ぶだろう」

「キマイラ、フェニックス。そして……」

 選択するのは二人ではない。ましてや、フリョウでもマルタでもない。扉の先に待つ、紋章(クレスト)を持つ統率者だ。

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