第3話 君の席ですか?教卓です。

「ゲネ、この建物が旧校舎って本当か?俺には何とか雨風が凌げるような廃屋にしか見えないんだけどなあ。」


古臭く、所々木材の板が剥がれてきていて、いつか天井まで剥がれ落ちてきそうな空き家を前にして、ルーベンは不思議そうに目をしばたかせて言った。

空き家の周りは鬱蒼とした草木に囲まれ、どこかおどろおどろしい雰囲気を纏っている。

ゲネは同じように空き家を見て、ため息を吐く。

まあこんな空き家を前にしちゃあ、ルーベンがそう言うのも無理はない、ゲネはそう思いながら口を開いた。


「残念ながら本当。でも、君の目は本当の姿を捉えられていない。」


そう言いながら静かに目を閉じて、再び開いたゲネの視界には廃屋のような空き家は存在していなかった。

代わりに鉄の門扉とその奥に空高くそびえる古びた塔が見える。


「ごめん、どういう意味?君の言っていることがいまいちよく分からないんだ。」


まだ空き家の姿に囚われているルーベンは、ゲネの言葉の意味が分からず首を傾げた。

その姿を見て、ゲネは再びため息を吐く。


「君、本当にこの学校の学生?」


呆れを通り越して困惑した表情を浮かべながらも、ゲネは空き家の前に手をかざす。

口の中で何やら呪文を唱えながらかざすゲネの手は、ポウッと淡い光を発した。

その瞬間、ルーベンがあっと声を上げる。


「廃屋が、門に変わった!?」


ガラッと変わった景色に信じられないと言うように自分の頬を叩くルーベン。

ゲネはその手を掴んで叩くのを止めながら、


「魔法の才のある人間は、普通目を凝らしたらこの結界の魔法に気付くはずなんだけどな。」


苦笑いを浮かべる。

すると、ルーベンは不思議そうな顔で周りの景色を見つめて言った。


「結界って?そんなのあったかな。」


さらっと言うルーベンに、冗談を言っている様子は微塵もない。


「この先にある塔が旧校舎なんだけど、旧校舎は今の校舎より資料に富んでいてね、外に出せないような代物もいっぱいあるわけ。だから、外部の人間が入れないように、旧校舎を隠す結界が貼ってあるの。この一体が鬱蒼とした草木に、旧校舎が廃屋に見えたのもその結界の力だよ。」


仕方なくゲネはみなのみなまで説明するのだった。


「そう言えば君、高等部からの入学だったね。それなら基礎の基礎も出来てないはずだから、結界も見えないわけだ。」


しまったと言うようにゲネが頭を抱えると、ルーベンは苦笑いを浮かべる。


「そうなんだよな。本当は中等部から入りたかったけど、色々な面で厳しくて……。だから、入学出来たものの魔法関係の知識は空っきしだ。」


少しだけ自信なさ気になったルーベン。

その腕を掴んでゲネは言った。


「平民が中等部から入れるわけがないし、何なら入学出来ただけすごいんだよ。うちの学校は世界でもトップクラスの魔法学校。入学出来たなら、基礎知識くらいすぐに覚える。」


ルーベンの方を見なかったが、その横顔はさも当然と言うようにその発言に対する自信に溢れていた。

ルーベンはその自信をひしひしと感じたようで、少し自分に自信を取り戻す。


「じゃあ、全くの素人の俺でも、ちゃんと学べば魔法を自由自在に扱えるようになれるってことだよな。俺、この学校で学んでやってみたいことがあるんだ。」


その様子を見て、ゲネは片眉を上げた。


「言っておくけど、すぐ覚えられる前提なのって、基礎中の基礎だから。ちなみに、小等部の中でも初期に習うこと。高等部ではさらっと流す感じで教えられる、基礎くらいさらっと覚えるくらいに必死こいて勉強頑張らないといけないっていう意味だからね。」


上げたかと思ったら容赦なく落とすゲネの言動に、ルーベンは絶句する。

その腕を引いて、ゲネは呆れ顔で鉄の門扉に手をかけるのだった。


門を抜けて、タイルが雑草や苔に覆われた道を突き進む。

庭園のようなその場所は、周りを囲む壁や柱が苔に覆われていて、どこか古代都市を思わせる神秘的な雰囲気で満ちていた。


その庭園を突き抜けた先には、鉄の門扉の前からも見えていた巨大な塔がそびえている。

その塔もやはり、周りがところどころ苔で覆われていて歴史を感じさせた。


「この塔の中に、俺たちの教室が?」


ルーベンが塔を見上げながら感嘆の息を漏らす。


「そうだね、この中だ。」


ゲネが小さく頷いて、塔の門に手を伸ばした。

先ほどのように、口の中で何やら呪文のようなものを呟いて、かざした手を引く。

すると、閉ざされていた門がゆっくりと開いた。


「すごい!君は自由自在に魔法を使いこなせている。羨ましいな。」


目をキラキラと輝かせてゲネを見るルーベンに、ゲネは目を細めた。


「魔法を自由自在に扱う、その第一歩は教室に行くことから始まる。さ、行くよ。」


塔の門を潜るとその先は、真っ暗だった。


「ゲネ!」


焦った声を出すルーベンを、


「大丈夫。すぐ側にいるよ。」


ゲネが自分の側に引き寄せる。

……もう少しで来るはず。

ゲネが周囲を警戒していると、2人の足元が眩く光る。

白い光で展開された魔法陣が現れ、2人の体を包んだ。


「ゲネ、これって何!?」


ルーベンが興奮したように目を瞬かせてゲネを見た。


「転送魔法だよ。旧校舎ここは機密だらけだから、そういったものを狙った連中に危害が加えられないように、学校の理事長が許可した者が許可した場所にしか入れないよう、セキュリティー関係の魔法がガッチリかかってるってわけ。この魔法陣もその一環で、私たちもこの魔法陣で教室に瞬間移動させられる。」


ゲネは見慣れた様子でその魔法陣を見つめる。

ルーベンはそれを聞いて、更に目を輝かせた。


「じゃあさ、このセキュリティーを突破した人っているのか?」


ワクワクした様子で言うルーベンの問いかけに、ゲネは少し考え込む。


「いるって話は聞いたことがある。けど、噂程度だし、真偽の程は不明。ま、いたとしてもこのセキュリティーを突破出来る力量の持ち主ならば、誰もその尻尾を掴むことは出来ないだろうね。」


そして、魔法陣をじっと見つめながら含み笑いを浮かべた。

その様子を見て、ルーベンは残念そうに唸る。


「うーん、噂程度か……。でも、いたら会ってみたい、きっとすごい魔法の使い手なんだろうな。」


だが、まだその目には羨望の光が浮かんでいるのに気付き、ゲネは小さくため息を吐いた。


「ほら、目を閉じて。そろそろ転送魔法が発動する。」


その目に手を伸ばして目隠しのようにすると、ゲネは目を閉じる。

ルーベンは驚いて小さく声を上げつつ、促されるがままに目を閉じた。

すると、2人の体は魔法陣の光に溶けて、一瞬で消えてしまうのだった。


視界が一気に明るくなり、2人は眩さにゆっくりと目を開ける。

目の前に現れた、教室と思わしき部屋を見つめて、


「わあ、すごい…一気に景色が変わった!この部屋が俺たちの教室?」


ルーベンが目をパチパチさせた。

ゲネは表情を一切変えずに頷く。


「うん、たぶん。私も旧校舎に自分の教室があることは初めてだから断言は出来ないけど、転送魔法に欠陥がない限りたぶんそうだよ。」


ゲネはキョロキョロと周囲を見回すルーベンの腕を引いて、教室のドアに手をかけた。


「楽しみだ、Dクラスにはどんな人たちが集まっているんだろう。」


「クラスメートに変な期待を抱かない方が良いよ。大概、良い人ばっかりじゃないから。」


目を輝かせるルーベンをたしなめて、ゲネはドアを開ける。

ガラガラッと音がして、教室内の視線が一気にゲネたちの方へと注がれる。

その視線は特にゲネに注がれており、


「何でここにゲネ・カストロが?あいつ、中等部でSクラスだったろ。」


「ゲネ・カストロ……問題でも起こしたのかしら。」


ゲネを知っている生徒の多くは驚愕の表情だった。


「ゲネ、君って有名人なんだな。」


ルーベンがゲネに大勢の視線が注がれていることに気付き、目を瞬かせる。

ゲネはそんなルーベンを見るとため息を吐いて、


「まあ、そこそこ名は知れてるとは思うけど……。でも、大したことないよ。さ、席順表を見に行こう。」


その腕を引いて教室内へと足を踏み入れた。


黒板に張り出された紙を、事務局の時のように2人で覗き込む。

その紙、席順表によると、ルーベンの席は教室の中央で前から2番目の席だった。

ゲネはどうなのか、と言うと、


「あれ?また私の名前がない。」


またまたゲネの名前が見当たらない。

ゲネが困惑した表情で呟くとルーベンはその肩を寄せて、


「俺の席、教卓のすぐ前みたいだ。授業がよく聞ける場所で気に入ったよ。ゲネは?」


ゲネと共に後ろにある机たちの方へ振り返って言った。


「良かったね。私は……」


どう答えようか迷っているゲネの目に、教卓に置かれた紫色と黄色で配色された封筒が飛び込んでくる。


「これ、何だろう。」


ゲネがその封筒に手を伸ばすと、ルーベンもその封筒に気付いてクラスメートの方を見た。


「ねえ、この封筒を開けた人っている?」


教室内を見回すが、首を振ったり無言のままで頷く人はいない。


「事情を知っている人は?」


今度はゲネも問いかけたが全く同じ反応が返ってくる。


「開けてみたら良いんじゃないか?」


ルーベンが屈託ない笑みを浮かべて言った。

ゲネは浮かない顔をして首を傾げる。


「でも、私たち生徒に向けたものじゃないかもしれない。もしかしたら、担任教諭に向けたもので教卓ここに置かれてるのかもよ。それを勝手に開けるのは……。」


尻込みするゲネ。


「それは開けてみたら分かるさ。開けても何も起こらないから、大丈夫大丈夫。万が一、先生宛だったとしても、間違えて開けて見ちゃいましたって言えば良いよ。」


ルーベンがその肩を叩いてあっけらかんとして言う。

いや、だから、生徒には内密にしなきゃいけない内容だったらセキュリティー系の魔法がかかってて差出人にも第三者が見たことがバレるだろうし、そもそもこの封筒自体がただの封筒じゃなくて魔法具の可能性もある。魔法具に関しては害のなさそうな物に扮して武器だったりする物もあるし、それもあってどんな物か分からない時は危険だから触るの自体アウトだし……。

って、この人、そういう基礎的なこと知らないんだったー!

この様子じゃ、封筒に魔法が仕込んであることもあるってのも分からないはず……。


ゲネが1人頭を抱えていると、その隣でペリペリッと音がする。

何かを剥ぐようなその音に嫌ーな予感を感じて横を見ると、


「あ、きれいに剥げた。」


ルーベンの手には封蝋が綺麗に剥がされた封筒が。

ああ、ルーベン。何してくれてんの……。

ゲネが慌ててその手から封筒をひったくり、封蝋が乾かないうちに封筒に貼り付けようとした瞬間、


「salvete!みなさんお集まりかな?」


誰かの声が聞こえたかと思うとその封筒がボンッと弾け消え、周囲に紫色と黄色の煙がモクモクと立ち込める。

その煙はゲネのすぐ横で人を形取り始めた。


「ルーベン・カトラー、席に着いてください。」


その煙が声を発し、ルーベンは何かに押されるようにして席に座る。

ルーベンが席に着いたと同時にその煙は完璧に人の形になり、


「さて、クラスが変わり、校舎も変わりましたが、いかがですか?不便はしていませんか?」


教室内を見回した。

その姿に見覚えのある生徒は少なくなく、教室内は騒めく。


「理事長だ。理事長がどうしてここに?」


「理事長なんて、行事でしか見たことないのに。」


「理事長が直々に顔を出すってことは……やっぱりこのクラスにも何かしら意味があるってことなの?」


紫色の髪を揺らし、騒めいた教室を鎮めるように理事長は口元に人差し指を添える。


「しー、お静かに。今僕がここにいるのは、みなさんにお伝えしたいことがあってのことです。さて、ゲネ・カストロ。僕に言いたいことがあるのではないでしょうか?」


そして、黄金色の瞳を細めて、隣にいたゲネに視線を向ける。

どこかこの先に起こる展開を読んでいるかのようなその視線に、嫌な予感を感じながらゲネは口を開いた。


「言いたいこと、というより聞きたいことなのですが、私の席はどこですか?席順表に名前はないし、見たところ私の座る席はあそこしか空いてないようですが……。」


理事長は目を見開いて空いた席を見た後、苦笑いを浮かべる。


「おや、まだ1人来てないようですね。やれやれ、彼はいつもマイペースですから仕方ないことなのでしょうが。ゲネ・カストロ、残念ですが、あの席は君の席ではありません。」


ゲネはその言葉に呆気に取られた。


「え、じゃあ、私の席はここにはないということですか?」


いじめか何かですか?

まさかそんなにも学校からの当たりが強いとは思ってなかった。

これが俗に言う、お前の席ねえからってやつですか?


困惑を通り越して絶句していると、理事長は首を振ると微笑む。


「いいえ、そうではありませんよ。ゲネ・カストロ、早とちりしてはいけません。よーく考えれば分かるでしょ?君には居場所があるではありませんか。」


貼り付けたようなその笑みに、ゲネは再び嫌ーな予感がした。

よーく考えろと言われたように、教室を見回して自分の居場所を探すが、空いた席以外には見つからない。

ダメだ、あの席以外目に入らない。

あの席は他の生徒が座るってことだし……もしかして、私の居場所は床ってことですか?床で座って勉強しろって?


ゲネが違う方向に考えているのに気付いた理事長は、呆れたようにため息を吐いて口を開く。


「ゲネ・カストロ。気付きませんか?君の頭脳を、私は買っていたはずなんですけどね。」


その言葉に、再び思考が迷宮入りしそうになるゲネ。

それを見て仕方なさそうに理事長は懐から出席簿を出して、教卓を指す。


「君の居場所はここ。つまり、教卓です。君は今日付でDクラスの担当教諭となりました!今日から生徒ではなく教師として、Dクラスのみんなと仲良くするように。」


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ゲネは今日も怠惰的でありたい(願望) 石川詩空 @ishikawaayama0507

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