第2話 教室は校外

「Dクラスって多分、今学期から導入されたクラスだと思う。今までそんなクラスなかった。だから、私もクラスの場所とか知らないんだ。」


ゲネはルーベンの腕を掴みながら、事務局の中へと進む。

事務局の職員にDクラスの教室の場所を聞くために。


「俺、それぞれのクラスの特性をまだよく分からないんだけど、それぞれどんな特性があるんだ?」


ルーベンは半ば引きずられるようにして歩きつつ、好奇心で目を輝かせる。

ゲネは少し考え込むように眉をひそめ、歩く速度を落とす。


「君は、それぞれの学年に何クラスあるのか知ってる?」


後ろを歩くルーベンを振り返ってそう言うと、


「えっと、全部で3つ、Aクラス、Bクラス、Cクラスの3クラスだろ?」


ルーベンはもちろんと言うように自信ありげに言った。


「Sクラスっていうのがあることは?」


ゲネはルーベンの言葉を肯定するように頷くこともせず、質問を続ける。

ルーベンはそんなゲネを気にすることもなく、にこやかに答えた。


「あー、入学説明会の時にそんな話を聞いたような……。でも詳しいことは分からないな。」


そこまでのやり取りをして、ゲネは大きくため息を吐いた。

理由は、この青年が家柄での差別を受けているだろうと推測出来たから。

冒頭に言ったと思うが、この魔法学校は貴族や裕福な家庭を優遇する家柄重視主義だ。

田舎の平民出身でもゲネは才を買われてそれなりに優遇されているので例外だが、大抵の平民はまず入学出来ない。

ルーベンのように稀に入学出来ても、必要以上の説明や施しはされず、卒業できないなんてことはザラだ。

陰で生徒や教師から嫌がらせを受けるからである。校内のカースト制度は成績と同等に家柄も重視され、いくら良い成績を残しても、やっぱり陰で家柄を揶揄されるのだ。

ゲネがその良い例だ。小等部からSクラスなのに、未だに陰口を叩かれている。

高等部から入学なんて大体が平民だと思ってたけど……。


「……やれやれ、災難だね、君も。」


ゲネが憐れみの視線をルーベンに向けると、


「何が災難なんだ?」


ルーベンは憂いの1つも見えない、真っ直ぐな視線をゲネに向けた。


「いいや、こっちの話だよ。教師が教えないのであれば、クラスメートの私が教えれば良い話だ。」


ゲネは首を振って、ルーベンを憐れみの視線を向けるのを止める。


「良いかい?成績が優秀な順にA、B、C、だというのは知っていると思うけど、将来の進路に有利なのもその順なんだ。だから、全生徒がまず学習の目標にするのは、進級のタイミングでより上のクラスに入ること。」


そして教卓に立った教師のように、人差し指を立てて話した。


「だけど、進級のタイミング以外でもクラスが変わることがある。それは、1年は3つの学期に分けられるけど、その各学期末だ。学期内の各科目の成績の合算が生徒個人個人の総合点となり、その総合点でクラス内順位が決まる。BクラスとCクラスのみ、その順位の首位に立った生徒は上のクラスに繰り上がる。そして、AクラスとBクラスともに、その順位最下位の生徒は下のクラスへと落ちることになる。ちなみにCクラスの順位最下位の生徒はどうなるかと言うと、内申点の減点が驚異的な数字とのこと。簡単にマイナスの世界に行くから、プラスの世界に戻るのが大変だと言う話を聞いたことがあるよ。」


サラーと1通り説明してルーベンを見ると、


「すごい世界だ……。君はクラス替えの経験をしたことは?」


ルーベンは魔法学校のシステムに驚愕したような顔で頷くと、ゲネに視線を移す。


「ないね。進級しても、私はずーっとSクラスだったから。今回が初めてだよ。」


ゲネは忌々しげにため息を吐く。


「さっきからずっと気になっているんだけど、その、Sクラスってどんなクラスなんだ?」


そんなゲネを気にも留めず、ルーベンは純粋な目でゲネを見る。

説明するのも憚られると言うように嫌そうな顔になりながらも、純粋な興味の塊でこちらを見るルーベンの様子に、仕方なくゲネは口を開いた。


「Sクラスっていうのは、各学年にあるクラスとは違って、各学部に1つ設けてあるクラス。その学部での所謂、天才たちばかりを集めたクラスだよ。秀才たちの集まるAクラスですら手に余るね。癖強い人たちばかりだし、他のどの生徒よりもこの学校の贔屓を受けている生徒たちだから睨まれたら終わる。特に、私と君みたいなバックのない平民はね。ま、私は肌に合わなかったクラス。」


吐き捨てるようにそう言うと、不機嫌そうに歩くスピードをグンッと上げる。

ルーベンは再び引きずられるようになりながら頷く。


「なるほど。すごいけど癖の強い人たちが集まったクラスなんだな。それで、君もその1人だったってことだろ?じゃあ、君もすごい人じゃないか!」


微笑むルーベンの声を背で聞きながら、ゲネは突然立ち止まる。

ゲネの立ち止まった先では、だいぶ年配の女性職員がデスクに向かっていた。


「すみません、Dクラスの教室ってどこにあるか分かりますか?」


ゲネは椅子に腰掛けているその女性を見下ろして、その女性の提げている名札を見つめながら言った。

この人、昔からいるんだよなあ。この人になら色んな情報入ってそうだし、出来たばっかりのクラスの教室でも知ってるはず。

小等部から見覚えのある、名札の顔写真と同じ顔がこちらを振り返る。


「あなたたちは……ゲネ・カストロと、ルーベン・サントスね。Dクラスの教室は本校舎ここにはないの。そうだわ、私が教室まで案内しましょうか?普段使わない教室だから行くのが大変だもの。」


博識そうで人当たりの良さそうなその女性はスッと椅子から立ち上がると、ゲネたちを見つめて穏やかに微笑む。

曲がるということを知らない真っ直ぐな好青年ルーベンがその笑顔に頷きかけるのを阻止しながら、ゲネは首を振った。


「いいえ、お気遣いなく。場所だけ教えてもらえれば大丈夫ですから。」


ゲネは知っていた、この魔法学校の中にいる敵の多さを。

穏やかそうに見えても必要以上に関わることを避けるべきだ。生徒以上に教師は危険だから。


「遠慮しなくても良いのに……。まあ、あなたたちが良いなら良いわ。Dクラスの教室はねえ、旧校舎の地下教室なのよ。旧校舎、特に地下教室なんて普段行かないところだけど、場所は分かるかしら?」


女性は苦笑いを浮かべながら言った。

旧校舎ぁ!?Dクラスって一体どんな生徒が集まってんの……。

眉をひそめつつ、ゲネは素早く頷くと、


「大丈夫です。お時間頂き、ありがとうございました。」


小さくお辞儀をして、ルーベンの腕をしっかりと掴むと事務局を飛び出す。


「おおっ!急に引っ張るなよー。」


いきなり強く腕を引っ張られたルーベンは、困り顔でその後ろに続く。


「ところで、その旧校舎ってどこだ?」


本校舎を出てすぐのところで、広大な敷地を見渡しながらルーベンは言った。


「こっち。」


ゲネは短く答えると、再びルーベンの腕を引く。


「ゲネ、その方向は校門の方向のはずだけど、帰るのか?」


校内を、校門のある西の方角へと進むゲネに、ルーベンは不思議そうな目で見る。

ゲネは無言で突き進み、校門の前でルーベンに止められた。


「なあ、このまま行くと校外だぞ?」


心配そうな視線を向けるルーベンに、ゲネは大した問題じゃないという顔で答える。


「うん、知ってる。でも、出なきゃいけないんだ。旧校舎はこの敷地内にはないから。」


ゲネの言葉を聞いて、ルーベンは目が点になった。


「教室が校外にあるって……そんなことあるのか!?」

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