第1話 今日から私はDクラス

絹のようにサラサラとした黒いローブを、滑らせるようにして羽織る。滑りが良い割に、意外と布が厚く重たかった。


「ゲネ、そろそろ時間じゃないのか?」


のんびりとした柔らかい男性の声が下の階から聞こえ、少女は声を張り上げて返事をする。


「今、出るところだけどっ。」


少し声に怒りを滲ませて返事をしたこの少女の名は、ゲネ。

ゲネ・カストロ。あまり見掛けることの少ない、三白眼の持ち主だった。それに加え、珍しいプラチナブロンド持ち主でもある。そのため、よくいじめの対象になることも多かった。


「はあ、憂鬱だー。また変なのに絡まれたらどうしよう。貴族の子たちって、面倒な子ばっかりなんだから。」


ゲネは大きく溜め息を吐いて、重たい腰を上げた。

それもそのはず、今からゲネが向かうのはニコラ・フラメル王立魔法学校だからだ。


世界の有名な魔法使いが教師として多く集い、国内外から筆記や実技ともに上位の成績を取る優秀な魔法使いの見習いの子供たちが集まる、超難関校。

だが、貴族の子供が多く、貴族や裕福な家庭の子供たちを優遇する傾向が見られ、学校のほぼ9割は貴族や裕福な家庭の生徒だった。そしてその中には、技能のない生徒も少なくはない。

そのせいで、贔屓だと問題になっている、評判の割れる学校でもある。


「ゲネー、そろそろ出ないと間に合わなくなるぞー。」


再び、今度は少し急かすような男性の声が下から上がってきて、ゲネは再び大きく溜め息を吐いた。


「はあーー、分かってるってば、父さんっ。」


声を張り上げて、ゲネは呆れたように返事をした。

だが、ゲネの父が焦るのも無理はない。

大抵の生徒が魔法の力を使って移動するにも関わらず、ゲネは蒸気の力を使って移動しようと言うのだ。

彼女曰く、体力を消耗することなく景色を楽しめるのだから良いことしかない、と言うのだが、機関車は運行の時間が決まっていて希望通りの時間に動かない。

魔法で空を飛ぶなり何なりして移動した方が、多少体力は消耗するかもしれないが都合が良いのではないだろうか。


「行ってくるね、父さん。私がいなくてもちゃんと家事するんだよ?」


と、そうこうしているうちにゲネは家を飛び出して行く。

それも箒に跨りながら。

駅までは魔法を使って空を飛んで行くらしい。

体力を消耗したくなさげだったのは、どこの誰のゲネ・カストロさんなのだろうか。


無事駅に降り立つと、ゲネは跨っていた箒から足を退けて、箒の両端を持って内側にグッと力を入れて押す。

すると、箒はみるみるうちに縮んでいき、最終的には手のひらサイズのキーホルダーになった。

ゲネはそのキーホルダーを手提げ鞄の中に放り投げると、駅の窓口へと向かう。


「すみません、アストレア行きで1枚お願いします。」


切符代を受け取りながら、窓口の向こうの駅員が聞き慣れた様子で頷く。


「はいはい。アストレア行きね。ダイヤル的にもうすぐ来るから、乗り遅れないようにね。」


ゲネはお礼を言って差し出された切符を受け取ると、駅のホームへとその足を速める。

ゲネがホームに入ってからものの数分で、窓口にいた駅員の言った通りに機関車が滑り込んで来る。

幸い降りてくる客は少なく、スムーズに乗ることが出来た。


窓際の席に座り、その横の席を荷物で陣取って、ゲネは誰にも邪魔されないようにして物思いに耽る。

それは今日から始まる新学期についてだ。

ゲネが1番気にしているのは、クラスだった。


「もう、あの人たちとは一緒のクラスになりたくないなあ。」


呟きながらため息を吐く。

あの人たちとは、ゲネが小等部から中等部まで一緒のクラスだったクラスメートたちのことだ。


ニコラ・フラメル王立魔法学校には成績が良い順にAクラス、Bクラス、Cクラスとあり、その上にSクラスというものがある。

Sクラスとは、成績に収まらないほど秀でた才を持った生徒を集めたクラス、所謂天才たちのためのクラスだ。

何の才を買われたのか、ゲネは入学した当初からそのSクラスに入れられ、その天才たちと比べられてきた。

その天才たちが凄まじいせいで、常に比較されて劣っているのを非難され、Sクラスの奴隷という不名誉なあだ名すら付けられたのだ。


もう流石に高等部ではそんな惨めな思いはしたくない、成績に追われずに純粋に魔法を愛し、学びたい。

そんな密かな願望を持つゲネを、ニコラ・フラメル王立魔法学校のある首都アストレアへ、機関車はスピードを上げながら運ぶのだった。


首都アストレアの駅へと着いたゲネは休む間もなく、ニコラ・フラメル王立魔法学校へと飛び立つ。

機関車でのんびりと移動していたせいか、魔法学校に着いた頃には周りにあまり生徒がいなかった。

いっけない……まだ授業始まってないと良いけどなぁ。

新学期早々に遅刻したら、またSクラスだった時にあの人たちにドヤされる。

青い顔をしながら、ゲネは魔法学校の事務局まで足早に移動した。


事務局の周りはまだ混雑していて、その様子を見てゲネは少し安心する。

だが肝心なのは、事務局の外の壁に張り出されているクラス表だ。

Sクラスじゃありませんように、今年だけでもSクラスじゃありませんように!

祈りながら恐る恐る見たSクラスのクラス表には……何と、ゲネの名前はなかった。


「やったーー!今年はSクラスじゃない!」


思わず叫ぶ。

周りにいた生徒の何人かがそれを見て、コソコソと言った。


「今年は何故か、ゲネ・カストロがSクラスから落ちたみたいだぜ。どういうことなんだ?」

「どこのクラスに入るのかしら?」

「Aは分かるけど、BとかCは止めてほしいよな。俺たちの試験の順位が下がる。何ならクラスの成績順位最下位の奴は下のクラスに落ちるんだからな。これで落とされた奴は

酷だろ。」

「ゲネがBなんてあり得ないわよ。普通に考えてAね。むしろ、Aなんてあり得ないくらい。」


ゲネはそんな陰口を気にも留めず、嬉しさで舞い上がりながら他のクラス表も見て回る。


Aクラスは……名前なしかぁ。でもAクラスは、良い成績を取るのにクラス全体が躍起なっているようなクラスだから、あんまり肌に合わないかも。

Bクラスくらいが丁度良いかな、成績はそこそこで良いから、純粋に魔法学に取り組めるはず。

ゲネはBクラスのクラス表を熱心に見つめた。

しかし、そこにもゲネ・カストロの名前はない。

ないかー、ま、Cクラスで全然良いんだけどね。

ちょーっと就職に不利ってだけだから。

少し落胆しながらも、気を取り直してゲネは隣にあったCクラスのクラス表を見る。

だが、何と!そこにもゲネの名前はなかったのだ。


「あれ?私、いつ間にか退学扱いになった?」


どのクラス表にも名前がないことが信じられず、目をパチパチしながら呟く。

その呟きに周りが騒ついた。


「おいおい、Sから落ちるどころか名前すらないってか。どうしたんだ?ゲネ・カストロ」

「さあ?見落としてるって可能性もあるぜ?」

「それはないわよ。1度見たらすぐ覚えちゃうような子よ?見落とすことなんてあるはずない。」

「じゃあ、何で名前がないの?」

「「「さあ?」」」


何度見てもどこのクラス表にも私の名前はない。

やっぱり私の知らないうちに退学になったのかな。でも、そんな通知は1個も来てないのにどうして?

いまいち状況の掴めないゲネの隣に、爽やかな雰囲気を纏った青年が現れる。


「俺は……Dクラスか。Dクラスなんて初めて聞いたけど、新しい出来たクラスかな。」


その青年のDクラスという言葉を耳が素早くキャッチして、ゲネはその青年の見ているクラス表に飛びついた。


「うおっ、びっくりした。君もDクラスか?」


仰け反りながら脇に避け、青年はゲネを見つめる。

ゲネはクラス表をじーっと見つめながら答える。


「どうやら、そうみたい。自分でも信じられないけど。」


Dクラスなんて初めて聞いた、何のためのクラスなのかな。

ただCクラスの下のクラス作りましたーってだけなら、私が入ってるのが謎だし……。

中等部の最終学期の成績はSクラスでは最下位だったけどAクラスのトップ層くらいの成績は取ってるはずだから。

眉をひそめて難しい顔をしているゲネに、


「俺は、ルーベン。今日この学校に入学したばっかりだから、良かったらこの学校のことを教えてくれないか。」


青年ルーベンが手を差し出した。

ゲネは極力必要以上には人と関わりたくない性格だったが、これからクラスメートになる相手だから少しくらい手を貸してあげても良いかなと思った。


「私はゲネ。ゲネ・カストロ、よろしく。もちろん、お互いクラスメートなんだから私に出来ることなら力を貸すよ。」


差し出された手を握りながらゲネは安堵する。

ルーベンは好青年そうだし、どういうクラスかまだ分かんないけど、今のところDクラスになって良かった気がする。

あの人たちもいないし、少なくともSクラスみたいに成績に追われることは絶対ないから、今日からの学校生活が勝ったも同然だよね。


心の中で大きなバンザイをする私はこの時知らなかった。

Dクラスにいる方が、Sクラスにいた今までより大変だということを。


一方その頃、ニコラ・フラメル王立魔法学校理事長室にて。


「理事長。今年度のクラス分けの件ですが、ゲネ・カストロをDクラスに配属したのは何故でしょうか?」


白髪の混じった年配の男性が、自分に背を向けて立つ人物に厳しい声をかける。

男性の厳しい視線を受けながら、その人物は背中まで伸びた紫の3つ編みの髪を揺らして優雅に振り返る。


「自分が受け持てないからと、そうピリピリしないで下さいな。」


そして、太フチの片眼鏡の奥で黄金色の瞳を輝かせた。


「な、そそ、そんなのじゃありません!誰が平民など受け持てなくて抗議しますか。それに、私はSクラスの主任ですよ、彼らを受け持つことが出来るのだから不満などあるわけがない。私が言っているのは、Dクラスなんかに元Sクラスの生徒を入れたら他の生徒が不利になるでしょう、ということです。」


年配の男性は顔を真っ赤にして怒ったように言う。

その様子に呆れたように紫髪の男性は笑った。


「全く、素直じゃないんだから。心配なさらなくとも、そうはなりませんよ。」


年配の男性がその言葉の意味が分からず、呆気に取られていると、紫髪の男性は年配の男性の耳元へと口を寄せる。


「今年度の彼女は、学ぶ側ではなく、教える側なのですから。」


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