第9話愛しくないあなたへ
愛しかったあなたへ。
あなたは私が火事にあった時真っ先に反応してくれた。
普段から付き合いのある人々が連絡をくれない中、真っ先に安否をあんじてくれた。そこからあなたとの付き合いが深くなりましたね。
「彼氏と別れたいの」
あなたはそう言った。彼氏にお金を搾り取られて最早百万円の大台に乗った借金。
DV彼氏。別れたい。
私はあなたの背中を押した。別に下心があった訳では無い。酷い話だと告白を聞いていた。
「愛人になってほしい」
あなたから私に放たれた言葉。
「はっ?」
私は耳を疑った。あなたは言う。「別れるのが怖い」
私は憤った。「愛人に等ならん」
私は突っぱねた。「付き合いたいなら別れてからにしろ」
そんなやり取り。思えばそこから未来が見えていたのだ。
晴れてあなたはDV彼氏と別れて私と付き合うことになった。
20歳そこそこ、蓄えもない。苦労しない訳がない。
私は薄給ながら貯蓄に励んだ。これまたおかしな話であるが、通い妻ならぬ通い彼氏。
「両親が遊びに来たら困るから同棲は出来ない」
おかしな話だ。
付き合ったならば将来的に「ご挨拶」しなければならない。
だがあなたは「両親と不仲なの」そう言ってやり取りを躱す。
理由があるのだろうと私は無理矢理納得したのだ。奥歯をかみながら。
両親は頻繁にやって来た。その都度「あなたの部屋」の片付けを私がやった。
私は夜勤。あなたは日勤。「時間がないの」あなたの口癖。私は夜勤明け眠い眼を擦りながら少しずつ片付けをする。
だが両親に紹介されることは無かった。
おかしな話である。
更にはあなたは食費を出してはくれませんでしたね。調理も私が担当した。日勤を言い訳にされて。あなたは料理が出来ませんでしたね。
私は料理本片手に安く上げられる料理を作る。
「あなたは料理上手ね」
その言葉だけを励みにしながら。
「お金が無いから貸して欲しい」
たいして節約もしなかったあなたは私から住居更新料を借りていきましたね。2年に一度。そして自分は禁煙もせず酒も呑み。借金を積み重ねる。メビウスをふかす。
「疫病神だよ」
私の友人達はしきりにそう言って別れるようにすすめる。
だが私は欠点は有ってもいつか報われると信じていた。若い頃の苦労は買ってでもしろ。その言葉を信じて。
私は「心を病んだ」
だがあなたは何もしてくれませんでしたね。病院に付き添ってもくれない。
「日勤で休めないから」
そう申して。クリニックには病気のパートナーの為に付き添う夫婦や彼氏彼女が多数居る。
私は一人で己を抱き締めるしかなかった。
「マッサージして」
あなたは私にしきりに言いますね。「疲れたから」そう申して。
私は病んだ心身を駆り立ててマッサージをした。クイック整体と言うマッサージを覚えていたからだ。あなたはそれを知るとしきりにねだった。何せタダでプロに近いマッサージが受けられるのだから。
辛かった。私はなんの為に学んだのか。
私の仕事は肉体労働だ。身体中に激痛が走り、強力な痛み止めケンタンを飲みながら、身体に湿布を貼りながら生活する。
心身共に限界になった。
身体は激痛を訴え「線維筋痛症」となり、耳も薬剤性突発性難聴になった。音が聴こえないのは恐ろしい。そう診断されてもあなたは買い物もしてくれませんでしたね。
私は痛む身体を引きずり3時間かけて買い物をしていたと言うのに。
あなたはお姫様。私はいつの間にか下僕に。
元彼にタカられていたあなたはいつの間にか私にタカるようになっていた。
心が壊れた。肉体は線維筋痛症治療、難聴治療が進んでいたが心が壊れたのだ。
仕事に行こうとすると涙が止まらない。足が震える。私は倒れ込む。
仕事をクビになる。
最早東京にしがみつく理由もない。
仕事をクビになり失業保険を受け取っている私から、あなたはまたお金の無心をしましたね。
「更新料が出せないの」
私はあなたを愛せなくなった。
愛しくないあなたへ
奥歯をかみなさい 太刀山いめ @tachiyamaime
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