第8話新聞配達と奴隷

 新聞奨学生制度について述べました。「社員並み」の仕事を求められつつも「学業」にも勤しまなければならない。中々に過酷な環境。

 雨だろうと台風だろうと雪だろうと地震だろうと火事だろうと事故ろうと休みはない。


 社員にHさんと言う二十歳そこそこの人が居た。

 その人は「奴隷」だった。若くして女性にいれあげ借金を積み上げてしまった。

 そしてその借金を「販売所」が肩代わりする事でHさんは頭が上がらなくなり「奴隷」となった。


 Hさんは集金の帰りに車に当て逃げされてしまった。カブから降りて足を引きずりながらオーナー夫婦に報告する。

 ねぎらいの言葉やいたわりもなく、人数もカツカツの新聞配達。

 「休息」も許されない。Hさんは、販売所に残り仕事をしている私に目を向ける。だが私にはどうすることも出来ない。私も無視を決め込み仕事を片付けた。

 オーナー家族に彼は本当に奴隷の如くの扱いを受けた。

 オーナー家族は家業として新聞配達をしている。家長が所長、長男が副所長、次男が従業員長、奥さんが経理と調理。

 彼等が夏に別荘に数日間滞在する事があった。

 するとHさんは「留守番」を仰せ付けられる。 販売所に二十四時間丸々滞在する。睡眠も机に突っ伏してだ。食事もカップ麺。

 見ているのも忍びなくなる。



 明くる日。また奴隷が来た。青森からやって来たМさんだ。彼はパチンコと女遊びでブラックリストに載っておりお金が借りられない。

 そして「奴隷好き」のオーナー夫婦に目を付けられ「買われてきた」。だが彼は学ばない男だった。遊ぶ金欲しさに金庫から金を抜く。

 故に奴隷扱いであったがHさんの様に使い勝手が良くなく、したがって自由時間にパチンコと言う爛れた生活を続ける事が出来た。

 

そしてМさんはやらかした。


 寮に入っていたのだが、Мさんの寝タバコから「火事」を起こしたのだ。

 第一発見者は「私」だった。

「火事だ!起きろー!」

 販売所に帰ってきていた社員さんと一緒に叫んで回った。消防車も初めて呼んだ。

 そして後ろ髪を引かれる思いで残りの配達を済ます。

 その寮は販売所に近い古アパートを長年借り上げていたもの。一番近いので「奴隷」扱いの社員が詰められる。故にHさんМさんも同じ古アパートだった。

 故に二人共、更には関係のない奨学生も焼け出され、最も辛いのは新聞社とは全く関係ない一般住民も焼け出された事だ。



 そこからも「うまくない」

 副所長は「お前が対応しろ」とまだ19歳の私にホッカイロを持たせて「焼け出された人に配れ」そう命令する。

 私は「やはり奴隷」なのだろう。そうして「申し訳ありません」と謝罪しながらホッカイロを配るのだ。「学生さんが悪い訳じゃないのに…」「誰に詰め寄れば良いんだ…」焼け出された人々に暗い気持ちが渦巻いていた。


 Мさんが私に謝罪に来た。私は焼け出された人に謝罪すべきと突っぱねた。彼はそれでも私に縋り付く。

 何故私なのだろう。訳が分からない。

 私の同期やHさんは家財道具も焼けたし、一般住民もそうだ。

 彼は何を言いたいのだろう。


 無事に学校を卒業した私。あの火事は忘れない。アパートの扉を開けた時に天井を舐めている炎。ガラスからチロチロ光る炎。


 それからは風の便りで聞いた。

 火事の張本人Мさんは電車のキセルで警察に捕まり、身元引受人になった所長が迎えに行く。

 駅舎から出てきて「トイレに」と言いふらりと離れたあと自転車を盗み飛んだ。


 元々の奴隷Hさんも飛んだ。彼を最後迄真面目足らしめていた「日常」が壊れ、販売所併設の寮に詰め込まれ家財道具も無い状態に耐えられなかったのだろう。


 販売所も被害を受けた。焼け出された人々へ火災を出したМさんは補償能力が無かった。それを肩代わりしたのは販売所でありオーナー家族だった。

 長年人を「奴隷」足らしめていた、虐げていた人々には相応しい終わり方かも知れない。


 今回は私を含め「奴隷」とされたカーストの者達の底辺生活だ。仕事や債務で人を絡め取り現代では消滅したかのような「奴隷制度」を使った人々の末路とでも言えばいいか…



 金は持っておいた方が何事も良い。

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