見つからない探しもの

学校を出てすぐそこにある坂を下る。

住宅街にある細い道を降りながら、私はツバサを見上げた。


「調子はどう?もうすぐ大会なんでしょ?」


私にそう聞かれて、ツバサは手元にあるテニスのラケットに視線を落とす。


「まあまあだよ。どうせ、そこまで勝ち上がれねえと思う。」


真面目な顔をして既に勝ちを諦めたような様子に、私は肩をすくめた。


「そんなことないって。東京にいた時はそこそこ勝ち上がってたんでしょ?地方大会でもそれなりなとこまで行けるよ!」


肩を叩いて鼓舞すると、ツバサは眉をひそめてその手を払う。


「それは中学ん時の話。だいぶ前の話だし、高校と中学じゃレベルも違う。おまけに松濤島|ここじゃ設備もあまり整ってないし、コーチはテニス未経験。同じ地方でも、ガチでやってる奴と当たれば負けるね。」


そう、ため息を吐いて言うツバサはどこか焦燥感に駆られているようにも見えた。

この話題を振った私が悪かったみたい、反省反省。


「分かった分かった、この話終わり!楽しい話しよ、何か面白い話ない?」


私は宥めるようにその肩を抱き寄せ、声を明るくして言う。


「いきなり難題を振るなっての。何だよ、面白い話って。芸人が振られても困る話題なんだぞ、それ。」


ツバサはブツクサ文句を言っていたが、表情はさっきより明るくなっていた。


ツバサの面白いと思った話、クラスのお調子者ダイキの鞄に何故か間違えてダイキのおじいちゃんのパンツが入っていた話とか、学年1の美人ナナミちゃんが現代文の授業の音読の時に噛み噛みで可愛かった話とか、そんな話を聞きながら海沿いを歩く。

潮の匂いが私たちの鼻をくすぐり、続いて海風が私たちの髪を揺すりながら真横を通り過ぎる。

その風に涼しさを感じながら、防波堤に沿うように歩いていると、目的地が見えてくる。


防波堤から車1台が通れるほどの広さの道路を挟んだその向こう側に、民家と民家の間にポツンとある建物、それが島の図書館だった。

他の地域で言う市立図書館にあたるこの図書館だったが、ボランティアの地域の古賀ふるがさんというおじいちゃんが管理していて、他の地域の図書館と比べてかなりこじんまりとしている。

だが、島の歴史などの資料や文献に特化していて、今の私にはぴったりな場所だった。


古さを感じるガラス戸を引いて館内に入ると、顔馴染みの顔が私たちを出迎える。


「おお、斎賀さんと黒井さんとこん子じゃなかか。学校ん帰りか?」


しわくちゃの顔を更にしわくちゃにして、古賀さんは嬉しそうに言った。

館内は私たち以外には誰もおらず、古賀の表情を見るに今日は足を運ぶ人が少なかったのかもしれない。


「そうたい。学校の図書館で本ば探しとったんばってんのうして、ここんならあるかなって。」


困ったように私が言うと、古賀さんは張り切った様子で頷いた。


「どがん本ば探しよーと?言うてみて、探しちゃる。あ、ちかっと待ちんしゃい。鉛筆はどけーやったかな。」


振り返って奥にある机に向かう古賀さん。

きっとメモをする紙を取りに行ったのだろう。

古賀さんが戻ってくるのを待ちながら、私はツバサの方を見る。


「好きな本、見てきていいよ。」


私の横にいて全然本棚に向かう様子のないツバサ。


「良いよ、お前の用事が気になるから一緒にいる。必要なら手を貸すし。」


たまには本を読むのも良いなあ、なんて言ってた人はどこに行ったのだろうか。

最近のツバサは、私が自殺未遂したせいか心配性になって、人1倍私にベッタリになったような気がする。


「そっか、まあ、ツバサの手を借りれたら良いなって思ってたところだから丁度いいかも。」


私がありがたいような申し訳ないような複雑な気分で頷くと、奥の方から古賀さんが戻ってきた。


「ごめんなあ、待たせたね。それで、どがん本ば探しよーたい?」


右手に紙と鉛筆を持ちながらやってくる古賀さんを見ながら、私は口を開く。


「島ん神様とそん神社について書かれた本ば探しよるんばい。もし、そがん本がのうしてん、島にある神社ん歴史とかが載っとー本でん良か。」


さらっと探している本の概要を伝えて、古賀さんがそれを紙にメモしようとして俯きかけ、ふと顔を上げてこちらを見た。


「悪かね、そん手ん本ばちょうど、今なかばい。」


予想外の答えが返ってきて、私は呆気に取られる。


「え、なかと?」


目が点の私に、古賀さんはちょっと笑いながら頷いた。


「うん、先週くらいに狗田さんに学校ん方に貸し出ししてほしかって言われて、ちょうどさっき学校の方に持って行ったばっかいだ。あいやぁ、こりゃあ行き違いになったんばい。」


頭を掻いて苦笑いを浮かべて参ったと言うような様子の古賀さんに、私も同じように苦笑いを浮かべる。


「そうやったと……こりゃあ、タイミング良う入れ違うたね。分かった、それなら学校ん方で探すね。」


そのままお礼を言って図書館を後にしようかと思うと、古賀さんがおずおずと口を開いた。


「せっかく来てくれたんやけん、ちかっと本ば見ていかんか?」


がらんとした館内に1人ポツンといる古賀さん、そんな寂しい様子を思い浮かべて私は少し帰るのが遅くなってもここで何冊か本を読んで帰ることを決める。


「何冊か読んで帰ろうと思うけど、ツバサはどうする?」


そう言って隣のツバサを見ると、そこにはツバサの姿はなかった。

あれ?いない。

慌てて館内を見回すと、ツバサの姿は文芸書のコーナーの前にある。


「もう早速、本読んでたんだね。」


文芸書のコーナーに移動してツバサの隣に立つと、ツバサが私を見下ろして頷く。


「ここの本は新鮮で良いな。最近の流行りの本は置いてないけど、それがまた良い。最近流行りのライトノベルとか、あんま好きじゃないから。」


その手にあったのは、『真っ白の世界』という題名のそこそこ厚みのある文芸書だった。


「その本、気に入ったの?」


私がツバサを見上げて首を傾げると、ツバサはやんわりと微笑む。


「ん、言葉に装飾があんまりされてなくてシンプルで読みやすくて気に入った。小学生くらいの少年が、ある時真っ白で何もない空間に閉じ込められる話なんだけど、その空間の管理人と呼ばれる年上の少女と出会ってその空間からの脱出を試みるっていうのが大筋。」


背表紙の白で形取られた少年と少女の絵に触れながら言うツバサを、


「なるほど。で、話だけじゃなくて、その少女も気に入ったんでしょ?意外だなあ、そんな感じの女の子がタイプなんだ。」


茶化すように笑って私が指でつつくと、


「バ、バッカ!違う、少女がタイプなんて俺、ロリコンじゃん。それに、俺はちゃんと好きな人いる、物語の登場人物に恋なんてするわけないだろ?」


ツバサはムキになって怒った。

そんな感じで読書をして、時にツバサと会話しながら時間は流れていく。

気付けば午後7時前になっていた。


「そろそろ閉めて良かね?」


古賀さんのその声で、私たちは慌てて持っていた本を仕舞う。


「そろそろ帰ろうか。」

「おう。腹減ったなあ。」


重い腰を上げて、私たちは帰路に着くのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガラス玉 石川絢麻 @ishikawaayama0507

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画