学校の図書館
最後の授業が終わって、今は放課後。
私は校内にあるテニスコートに向かっていた。
ツバサに会いに行くためだ。
コートの近くに着いて目的通りにツバサの姿を見つける。
丁度、練習の合間の休憩のようで、コートを出てタオルか何かを取りに自分の荷物の方へ向かっているようだった。
「ツバサー!タオルいるー?」
「うち、塩分入っとー飴持ってきたばい。あぐーばい!」
コートのすぐ外では、いわゆる1軍のキャピキャピ女子たちが、そのツバサをハイテンションで待ち構える。
ツバサは少し鬱陶しそうに、その纏わりついてくる手を避けた。
「良いよ、遠慮しとく。タオルは俺が使ったら汗臭くなるし、洗濯しなきゃなんねえだろ?塩分系のタブレットなら持ってるし、そこまで俺に労力や金を使わなくて良いよ。俺、そこまでされても何も返せねえし。」
少し冷たいように思える態度だったが、1軍女子たちは全然気にしていない。
ツバサが間近にいて自分を見てくれて嬉しいっていうような感じだ。
よくやるよ……ツバサのためにそこまでしたがるのか、理解出来ない。
そんな女子たちとツバサの間に割って入る勇気もなく、少し離れたところで感心しながらその様子を見ていると、
「ハルカ!テニスコートに顔出すなんて珍しいな。何か用か?」
ツバサが私の存在に気づいて駆け寄って来る。
その瞬間、1軍女子たちの鋭い視線が私に向いたが、私は気にせずに頷いた。
こういうことは慣れっこだったし、そもそも私はツバサに恋愛感情を抱いていない。
彼女たちに恨まれるようなことは何もしてなかった。
「帰りに島の図書館に行こうと思うんだ。ツバサも行く?」
そう言ってから気付く。
もしかしてこういう言動が原因?
でも私は別に悪いことだと思えなかった。私は純粋に友として、ツバサとつるんでいるから。
彼女たちには悪いが、私は男女の友情は成立すると思っている人間だ。
そして、それは多分、ツバサも同じだろう。
「たまには本を読むのも良いな。お前は何か調べ物か?」
ツバサは口の端に笑みを浮かべて頷く。
彼女たちには見せることのないだろうその柔らかな笑みを見つめながら、彼女たちがもの凄く可哀想に思えた。
純粋に友として接すれば、ツバサに邪険に扱われることもないだろうに。
「ハルカ?」
ぼーっとそんなことを思っていた私の視界を、ツバサが遮る。
「あ……うん、そんなとこ。」
慌てて頷くと、ツバサは笑顔で頷きかけて心配そうな表情になる。
「そっか。あ、でも部活終わるの遅いぞ。だいぶ待たせることになる。」
それでも良いか?と言うように私を見た。
「大丈夫。学校の図書館にも行って見ようと思ってたところだから。」
私は手を振って気にしないように言う。
そろそろ休憩も終わる頃だろう。
「じゃあ、図書館にいるから。終わったら来てよ。」
私はそう言ってツバサに背を向ける。
「おう。なるべく早く行けるように努力する。」
ツバサの答えた声を背で受け止めて、私は校舎へと来た道を戻る。
少し埃っぽい匂いが鼻を突く。
そこは他の場所より、少し涼しかった。
「あら、斎賀さん。あなたの顔をここで見るなんて、珍しいこともあるのね。」
独特の雰囲気を纏った中年の女性が私を出迎える。
この場所は校内の図書館だ。
「
挨拶をしながら彼女を見つめる。
狗田さんはこの学校の教師ではない。突然フラッとこの島に現れたかと思うと、外部の人間にも関わらずこの図書館の司書になりたいと自ら志望して司書になった、ちょっと不思議というか、変わった人だ。
口元のホクロが印象的で、どこか妖艶な魅力を持ち合わせていて、何というか男子たちに人気って言ったら彼女の独特な雰囲気が伝わりやすいだろうか。
「フフッ、そんなに見つめられたら穴が開いちゃうわ。それで、何時まで開いてるかって?そうねえ、あなたは何時までここにいたいの?」
狗田さんは見つめられたお返し、と言うように頬に手を当てて私をじっと見つめる。
同性の私は何とも思わなかったが、異性である男子たちはその仕草にきっと沸くことだろう。
「6時くらいまでっていうのは可能ですか?」
私は視線を狗田さんから本棚に逸らして聞く。
そこにすごく興味の惹かれる本があったわけではない。
何となく、狗田さんの視線が私の心の中を見透かそうとするような異様なものに感じ、嫌だったからだ。
「ツバサ君を待っているのね。良いわよ、そういうの大歓迎。」
青春って良いわよねえ、そう言って過去を懐かしむように息を吐いた狗田さんを見て、私はそこはかとない恐怖を覚える。
何でツバサを待つためにここに来たって分かったんだ?
「どうかしたの?」
狗田さんは、固い表情の私を不思議そうに見る。
うっすらと滲む冷や汗を感じて、私は体を強張らせながら首を振る。
「いえ、何でも。」
そうなの、と返す狗田さんの声を背に、私は島について書かれた本を集めた本棚の方へと向かう。
郷土料理、漁師飯、本州と島との関わり……いや違う、ここの本じゃない。
本の背に書かれたタイトルを指でなぞりながら探す。
本を手に取りながらパラパラとページを捲る。
私が今探しているのは、
その神社が島のどこかにあるはずだが、私は島で神社を見かけたことがない。
某有名なネットサイトにも島の詳しいことは載ってないので、頼る術は文献のしかなかった。
それでも、探すのを止める気はない。
会いたか、島ん神様に。
あーたに聞きたか、うちばなして助けたんか。
だが、伝承の話は載っていても、神社に関する話を載せた本は一冊も見当たらなかった。
うわあ、見当たんない。どうして一冊もないの?
もしかして、神社というもの自体存在してないとか……いや、こんなに信仰の深い島なんだから、ないってことはないはず。
1人で四苦八苦していると、
「ハルカ……」
突然、後ろから声を掛けられて驚きで飛び跳ねる。
「なにっ!?」
声を出して振り返ると、
「な、何だよっ、でかい声出して。」
後ろにツバサが立っていた。
切長の目が大きく見開かれ、その瞳には驚いた表情の私が映っている。
「ごめん……考え事してたもんだから、急に声を掛けられてびっくりしちゃった。」
驚かせてしまったことを謝ると、ツバサは気にしてないと言うように首を振る。
「いや、そういうことなら俺が悪いな。それより早く行かねえと閉まるぞ、島の図書館。」
そして、本棚の前でしゃがみ込んでいた私の腕を引いて立ち上がらせた。
そのまま図書館の外まで連れて行こうとするツバサに、私は慌てて引っ張られている腕を押さえる。
「待って。本、戻さないと。」
私の言葉を聞いて、ツバサの目が床に積み上げたままの本を捉える。
「こんだけ本出してくるって、何を調べてたんだ?」
床に置いてある本を拾い上げながら、ツバサが怪訝そうな顔をして私を見た。
「島の神様について調べてたんだ。祀られてる神社を探してたんだけど、進捗はあんまり。」
私は少し息を吐いて、肩をすくめながら言う。
ツバサは頷きつつも、どこか不満を滲ませる顔で口を開いた。
「会いたいのか?その島の神とやらに。」
少し雑に本を本棚に戻す様子に、少しおかしくなりながら私はツバサを見る。
「なーに?嫉妬してるの?神様に。」
ツバサは恥ずかしそうに顔を赤らめながらも素直に頷く。
「最近、俺のことより、その神様のことばっか考えてるみたいじゃん。あと、自殺未遂の件、俺は悲しくて仕方なかった。俺に何も相談せずに、俺の忠告も聞かずに死のうとしていたお前を想うと、今も辛いよ。」
今にも泣き出しそうな目を私に向けるツバサ、その肩を抱き寄せながら謝る。
「ごめん!もうそんな思いさせないから。私を助けてくれた島の神様のためにも、生きることを決めたんだ。そう簡単には死ぬ気はないよ。」
慰めるように言ったが、ツバサはより一層不機嫌になって、ポツリと溢す。
「ムカつく。俺より、いるかも分かんねえ神のために生きようと思うなんてさ。」
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