自殺未遂

何度目の夏だろう。

何度季節を繰り返しただろうか、生まれてから。

目を閉じた。気持ちを、心を、落ち着かせる為に。


私はまた、あの場所に立っていた。

坂をゆっくりと上がり、山の中、高い場所にある道路に。

着いた頃には疲れていて、私は荒く息を吐いた。


早朝五時、誰もが早いと感じる時間。

ツバサや私を止める人は居ない。

何で此処に来たのか。

自分の気持ちと決別しに来た訳ではない。 むしろその決別が、出来なかったから私は此処に居るんだ。

ツバサがあの日、私の自殺願望に気付いて釘を刺して忠告してくれたのに……。

少し薄れたかのように思えたその願望は、1週間後の今も結局断ち切ることは出来なかった。

ごめん、ツバサ。 君の思いは、私の心の中にある冷たく鋭い氷を融かすことが出来なかったみたいだ。


「ここから飛び降りれば、何度も私の心を内側から刺すその冷たく鋭い氷は溶けてくれるかな?」


口から零れ落ちた言葉は脆い。辺りに響く前にすっと消えた。

私は体重を外に掛け、落ちる方向に体を傾けた。

そして、勢いが付くように思いっきり地面を蹴る。

思うよりスムーズに、体は道路から外へガードレールを伝い、落下し始めた。

段々とスピードは上がり、結構な高さから落ちたにも関わらず、地面が徐々に近くなる。


私の心は恐怖と好奇心と快楽で、ごちゃごちゃに歪んでいた。

まるで自分以外の自分が、現れたかのように色々な感情が渦巻いていた。

怖い、死んだら私、どうなるの?

死んだら、ちょっと楽になれるかな?

変われるかな?今の自分から。

やっと解放される、生きるという地獄から。

私は、渦巻いて収まらない感情の嵐を抑えるように、目を閉じた。

死人のように、この世と別れを告げる。


と、次の瞬間。


__キンッ


鈴の音のような、金属音が頭の中で響いた。

驚いて目を開けると、昨日アオイから貰った、橙色のガラス玉がスカートのポケットから出ている。


「何で、ここに?」


思わず驚いて呟いていた。

無意識の内に服のポケットに入れていたのかもしれない。

そっと出して伸ばして触れると、橙色のガラス玉はいつの間にか出ていた朝日を受け、明るく光輝いた。 少しの熱を持って。


「ふふ、暖かい。」


ふっと私は笑んで言った、目にはうっすら涙が滲む。

笑っている余裕はもう無かった。 もうすぐ、地面に体ごと叩きつけられ、命の灯を消すことになるのだから。

でも私は笑っていた。

絶命への諦めと生からの解放の快楽で。


私は橙色のガラス玉と一緒に落ちて行く。

地面まであと数メートル。

私は今度こそもう1度目を閉じた。

もう二度と目を開けられないように。

風を切って、空気を切り裂いて、私の体は落下していく。

順調だ、順調だった。死へのカウントダウン。

でも運命は、運命だけは私が死ぬことを許してくれなかった。


手の中でパリンッと何かが割れる音が聞こえる。

再び私は、もう開けないと誓った目を開けざるおえなかった。

そして、手の中で橙色をしたガラス玉の破片を捉えた。

その瞬間、猛烈に強い風が吹き、その風の力で私の体は落下する勢いに抗うように巻き上げられた。


「あと、ガラス玉って風ば起こすっらしいばい!人ん死にそうになっとー時に島ん神様ん風ば使うて助けてくるんっとたいってね。」


ふとアオイの言葉を思い出した。


「島の、神様?」


はっとして呟いた。

それに応えるかのように、風は強さを増し、私の体ふわっと舞い上がった。 そしてある方向へとぐんと引っ張られるように私の体は動いた。


「えっ、あそけー連れてってどがんすっつもりと?」


誰も答えてくれる人は居ないのに私は思わず問い掛ける。 またそれに応えるかのように私の体は、今度はさっきとは逆に落下していった。


「えっ、ちょっ、私ば助けたばいけじゃなかったと!?」


勝手に助けられたと思い込んでいた私は、完全に肩透かしを食らった気分で驚愕する。

そんな私を無視するように、私を纏っていた風はだんだんと私から離れて行った。 そしてだんだんと私の体は地面へと近づいて行く。

しかも結構な速度で。

きっとこのまま落ちたら運が良くても骨折するだろう、くらいの勢いで。


「えっ、こんままじゃマズうなか?」


私は自殺しようとしていたくせに、青くなって怖さで思わず目を閉じた。


「ハルカっっ!?」


突然、下でツバサの叫ぶ声がした。


「ツバサっ??」


思わず私は聞き返した。

すると、


「何でお前落ちてきてんのっ!?」


ツバサの驚いたような、困惑したような声が返ってきた。

恐怖で目を閉じていたが、何となくツバサが下で驚愕した表情で突っ立っているのが分かった。

落下速度が上がっているのが分かった私は思わず、


「ごめんーーー、けどーーー、ツ、バサーー。受けーーー、止めーー、てく、ださ、いーーー。」


と情けないお願いをするのだった。

我ながら、本当に心の底から情けないと思った。 当の本人でもこれだから、ツバサは呆れて声も出ないだろう。


「はああっ??」


案の定ツバサの、呆れたかえったような、怒声が返ってきた。

だけど喋っている暇の無い程、落下速度は上がっていて、結局ツバサが抱えるような形で、半ばひっくり返りながら受け止めてくれて、私は地面に足を着く。

落下中、後ろから風のようなものが、私の背中を押していたような気がしたのは気のせいだろうか。 そおっと目を開けて辺りを見渡すと、ツバサの怒ったような顔のドアップと、ツバサの住んでいる家の庭が見えた。


「お前、まだ死のうとしていたのかっ!?呆れて言う言葉も無い。あと、少し痩せた方が良いんじゃないか。ちょっと重い思うが……。」


最後の方は以外は、素直に申し訳ないと思ってるよ。


「ごめん。でも大丈夫、もう死のうとは思わないから。」


私は大きく笑って、言った。


「本当か?今度死にたいって言ったら、自殺しようとしたら罰ゲームな? それしてからじゃないと逝かせないから。ちゃんとやってもらうぞ?」


ツバサの方は、まだ納得しきれていない様子だったがそれ以上は何も言わなかった。


「そういや、アオイから貰ったこれ、壊れてた。 急に朝起きたら割れていて、何となく外を見たらお前が上から降ってきたんだ。」


急に思い出したようにツバサが、手を差し出してきて言った。 水色のガラス玉と思われるものが、粉々に壊れていた。

私の時と同じように。


「お前が自殺するのを教えてくれたのかもしれないな。未遂だったけど……。」


ぽつりとそう言うツバサの顔はどこか安堵するようだった。


「そっか、そうかもね……。またおばあちゃんに言わないと。もう2つ作ってくれない?ってね。」


私はふっと笑みを浮かべ、柔らかく言った。

するとツバサが、


「俺も一緒に行って良いか?」


と少し照れたように笑んで聞いてきた。


「ん、良いよ。」


私は即座にOKを出した。

その瞬間、強い風が私たちの髪を揺らす。

島の神様が見ているのだろうか?もしかしたら度々風が強い日があったのは、島の神様の仕業だったのかもしれない。

島の神様、 ありがとう。 貴方のお陰で私は今生きています。

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