十五話 必ず果たす

 ――――――悪魔デビルの言っていることは正しかった。『面白いこと』と呼べる事象が起きた。……というより、起こしたのだろう。


 『悪魔が囁いてくれた』。死神デスの言葉を真に受ければ、悪魔が彼の夢に侵入して教会に差し向けた可能性が高い。

 魔王を殺して以降目立った行動を見せなかった彼が急に動き出したこと、それだけでなく恋人について詳しかったのにも説明がつく。


「すべては悪魔の手の平の上。舞台の上で踊らされている最中、というわけなのでしょうか」


 教会から離れた愚者フールは家に戻り、自室にあるベットの縁に腰掛けていた。

 虚空を見つめながら思う。


(今は寝ましょう。明日起きた後、状況を女帝らに伝えましょうか)


 気持ちを整理し、横になろうとしたとき異変に気付く。


「……これは」


 部屋は暗く視認性に欠けるがはっきりとわかった、自身の両腕が黒い泥のようなもので覆われ始めていると。侵食するそれが指先にまで達したのを見て振り払おうとすると、ついに顔全体にまで泥は覆いだした。

 完全に視界が塞がれたとき、目元の黒泥を手で拭ってようやっと視界は晴れる。しかし、辺りに広がる光景は異様なものに変化していた。


 ――――――星空に浮かんだようなその場所。目の前には暗紫色あんししょくの丸テーブル、座っているのは豪奢な椅子。そして、対面で足を組み笑みを浮かべる道化師風の姿をした人物。


 紺を基調とした衣装を纏っており、その双眸はオッドアイ、容姿は中性的で少年とも少女ともとれる。

 

「久し振りだね、黒兎ちゃん。ああ、今は愚者と呼んだ方が適切かな」


 アシンメトリ・シンメトラ。この世界に愚者ら権能持ちプレイヤーを送った謎の存在だ。

 どこで手に入れたか不明なショッキングピンクのケーキを、悠々と口に運んでいた。


「まあ久し振りとは言ったけど、キミを送り出してからまだ半日しか経ってないんだけどね!」

「……私は再び精神世界に呼び出された、ということでよろしいですか?」

「そうだよ。ボクの力でこっちに来てもらった。伝えたいことがあってね」


 愚者が視線を落とし自身の両腕を見てみるも、纏っていた黒色の泥は綺麗さっぱり消えていた。あの泥は精神世界に送られる前のサインということだろうか。

 口の中のケーキを飲み込んだシンメトラは、手にしていたフォークを皿の端に置いて告げた。 


「なんと、チート・ロワイヤルに最初の脱落者が現れたのさ! 今回死亡したのは『恋人ラヴァーズ』、これで残りの権能持ちは十六人だね!」

「恋人の死……既に把握していますが?」


 答えると、二人の間に沈黙が流れた。シンメトラは端的な指摘を受けるも、口元に笑みを宿したまま。


「ああ、失敬失敬! キミあのとき教会にいたんだった。死んだことを知らない権能持ち全員に伝える必要があるから混乱するんだよねぇ、誰が知ってて誰が知らないか」

「……」

「まあこれでわかったでしょ? これから誰かが死んだら同じように報告するからさ! それにしても意外だよね、初めに脱落するのが恋人だなんて」


 つまりここに呼ばれたのは完全に手違い、相手のミスということだ。人の睡眠を邪魔することになったわけだが、シンメトラに後ろめたさを感じてる様子は一切無い。

 話題を変え、そのまま続ける。


「矢を当てさえすれば権能持ちだって味方に出来る、その上死を押し付けることだって。優勝を狙える程の権能だったよ、使い手が彼女じゃなければね。ねえ愚者、キミが恋人の権能持ちならどう立ち回った?」

 

 首を軽く傾げつつ、こちらに指差し質問するシンメトラ。突然の言葉に戸惑いつつも、愚者は考える。

 もし自分が『小夜曲セレナーデ』を手にしていたら、片っ端から自身の支配下に置く。単純な戦力増強だけでなく、増やせば増やすだけ死が遠ざかるから。そして最終的には他の権能持ちも支配出来るように立ち回る。


「そこらの人々を一人残さず従えさせ、大きな部隊を作ります。大半は戦力として、残りは情報収集のためヴェルサス王国の各地に送ります。各権能持ちの情報を集め、狙えると判断した相手を小夜曲で射抜きます。従えた権能持ちは強力な戦力として使い、刻印が十分に集まれば殺します」

「んひひ、さっすがだね〜。満点の立ち回りだ。教会に閉じこもって好みの娘だけ従えてるようじゃダメダメ。まあ彼女は元々ただの可哀想なシスター、完璧な立ち回り求めるのは酷な話さ」

「彼女が最初の脱落者、貴方はそう言っていましたが……それが本当なら、かなり進行が遅いゲームですね」

「やっぱりキミもそう思う〜? 待ちが強いゲームってのもあるけど、皆本気で願いを叶えたいのか慎重な子が多い。『悪魔』は積極的だけど好んで殺しをやるような人物じゃない、となると『スター』ぐらいかな……好戦的なのは」

「……」

「他は大体状況が動いてから行動しようと考えてるのが大半。中には戦いを避けるものまで現れ始めてる。『タワー』と『法皇ハイエロファント』は戦わず一緒に行動しているし、『審判ジャッジメント』率いる停戦同盟なんてものが作られ勢力を伸ばしつつある」

「……いいのですか? 私が知らない情報をペラペラと喋って。有利になってしまいますが」

「こりゃまた失敬! 平等性を守るため、他の権能持ちの情報を伝えちゃダメなんだった! さっきまでの言葉は忘れてくれ」


 廃村の外にいるだろう権能持ちの名前が次々に出ていて、忘れろと言われて簡単に出来る程の小さな情報ではなかった。

 二度目のやらかしになるわけだが、悪びれる様子は一切見せずむしろ含みのある笑みをより深めた。

 まさか。


「わざと、ですか? 貴方、今わざと私に伝えましたか?」

「おや? バレちゃった?」


 軽い疑い程度だったが、あっさり白状するのだった。


「ここへ呼び出したのも間違いなんかじゃない、わざと。キミがこのゲームをもっと面白く出来る存在だと信じて伝えたのさ。正直言って今のところ期待外れだからさ」

「期待外れ……」

「ボクの上りに上がった期待を超えてくれなかった。女帝と組み始めたのは意外だったけど、それ以降大した動きは無いし恋人は結局倒せなかったしさ」


 どうやらシンメトラは愚者の行動に不満があるようだ。指を交差させ、肘をテーブルに立てつつ告げる。


「とはいえボクも鬼じゃない。たった半日でボクを喜ばせろとは言わない。だけど、これからずっと動きを見せないようなら、そのときは容赦無く殺す」


 そう言うシンメトラの両目は紺とピンクのオッドアイから、真っ黒なものに変化していた。前会ったときに見たものと同じだが、憎悪や怒りとはまた違う何かが渦巻いたような瞳だった。

 

「キミはイレギュラーな存在だし、この世に未練ないんでしょ? だったらいいよね?」

「それは……困ります」


 確かに未練など無く、叶えたい願いが出来たわけでもない。愚者が恐れてるのは課せられた命令を果たせないこと。彼女にとって、命令こそが生きる意味。

 ここで死ねば『チート・ロワイヤルで勝利し、シンメトラを愉しませる』という命令が叶えられなくなる。それだけは避けたい。


「じゃ、何か大きな行動起こしてよね〜」

(シンメトラが驚くような面白いことをしなければ殺される。まったく、言葉が出ません……)


 瞳を元のものに戻し、シンメトラは目の前の食欲が失せる色合いをしたケーキを鷲掴み。まだ多く残っていたそれを丸ごと口の中へ放り込んだ。飲み込んだ後、フォークでこちらを指しながら。


「ふぅ……ねえ、キミもいるかい? ボクが食べてた二十二世紀のケーキ、特別に取り寄せてもいいけど?」

「いえ、私には味覚が無いので。必要ありません」

「あっそ。じゃあばいば~い」


 再び視界が真っ暗になったかと思えば、いつの間にか与えられた自室に戻されていた。ベットの上で座り愚者は思う。


(これでようやく眠りにつける……でしょうか。今宵は二度も邪魔をされました)


 悪魔といい、シンメトラといい、人の睡眠を邪魔するのが好きな人達ですね。


(最も、一週間は寝なくてもまともに動けるので何度邪魔されようと構いませんが)


 『二度あることは三度ある』とよく言われるが、今回は当てはまらなかった。愚者が就寝し、次に目が覚めたときには窓から日の光が差していた。

 恋人が殺された次の日。

 波乱の朝が幕を開ける。

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チート・ロワイヤル 綴谷景色 @nagata06031005

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