第十四話 恋人vs死神

 三日月が目立つ深い夜。深夜にも関わらず廃村南の教会内は、薄暗くはあるもののまだシャンデリアの明かりが残っていた。


「ふぅ……ついヤり過ぎてしまいました」


 奥の懺悔室で立つのは、服をすべて脱ぎ捨てた恋人ラヴァーズ。修道服を拾い着用する彼女が見下ろす先には、一つの死体があった。

 女帝と愚者が去った後、性行為の相手として目を付けられた緑髪の少女。彼女は全裸にされたまま、首や両の手足が恋人の手によってあらぬ方向に曲げられ殺されたのだ。思わず目を背けたくなる程猟奇的な死に様である。


「わたくしの困ったへきですわね。交尾中相手をついかせてしまう」


 悪びれる様子も無く、目を閉じつつ口角を上げる。


「また愛しい信徒を一人殺してしまいました。……まあいいでしょう。まだ三十人近くいますし、また増やせばいい。それより……。」


 恋人はスンスンと鼻を鳴らして辺りを嗅ぐ。微かに異臭を感じ、特徴的な翠の双眸を見開いた。


「どこから精子臭い匂いがしやがりますわねェ……! まさか……。」


 恋人が懺悔室から離れ聖堂に戻ると、入り口付近に一人の人物が突っ立っていた。

 中肉中背、髪色と同じ黒のブレザー制服を羽織っていて、目付きは鋭く三白眼。

 そして性別は男。

 彼は恋人の姿を見た途端、目を細くし薄ら笑いをした。


「そのデケェ背、そのデケェ乳。なぁ、あんたが恋人で間違いねえ――――――」

「男ッ!!?? 男ッ……!! 殺ス殺ス殺シ殺殺殺シテ殺ス! 殺ス!! 殺ス!!!」

「あァ?」

 

 男性を醜いと考え存在を消そうとしている恋人は、相手の男を見て発狂し始める。

 両目をかっぴらき、全身をワナワナと震わせ、吐く息を最大まで荒くして。烈火の如くと形容するに相応しい程に彼女は怒り狂っていた。


「ハぁッ……! ハぁッ……! お、落ち着くのですわわたくし……!」


 胸に手を当て、荒くなった息を長い時間かけて抑えていく恋人。やがて呼吸を完全に整えた後、いつものように瞼を閉じた。しかし表情はどこか引き攣っており、ちゃんと落ち着けているとは思えない。


「あァ、そうだった。お前、男嫌いなんだってぇ? 会ってすぐ殺すなんて、怖え怖え」

「ふゥ……普段の自分ならともかく、先程までた〜っぷり愉しませてもらったわたくしは寛容ですのよ。たとえ神聖な場を醜い存在が犯しに来ても、ええ」


 自身の汗を拭い舐める恋人は、視線の先にいる男に呆れたように零す。


「それで、貴方も昼間の鼠共と同じようにわたくしのことを知っているようですわね。つまり貴方も」

「昼間の鼠共? よくわかんねえが、お前の想像通りなのは確かだぜ。そうさ、俺はお前と同じ権能持ちプレイヤーさ」

「恋人、男嫌い、その情報をどこで知ったのやら。わたくしもすっかり有名人、というわけですか?」

悪魔あくまが俺に囁いてくれた。そう言ったら信じるか?」

「悪魔? 何言っているんですの?」


 悪魔……悪魔デビル。どうやら男と悪魔には何かしらの関係があるようだ。恋人の情報を伝えたのはおそらく彼女。ここへ向かわせたのも、もしかしたら彼女かも知れない。

 悪魔のことを微塵も把握していない恋人は、一度首を九十度傾げる。


「クソ意味不明ですわ。それより貴方、権能は何を有していますの?」

「ククッ、聞いて股濡らすんじゃねえぞ。俺の持つ権能は『死神デス』だ。あの魔王も一瞬で殺した『死神』だ!」

「ふゥん成程結構……タロットの十三番目、『死』を意味するカード……でしたわよね」

「なッ!」


 死神の想像以上に相手の反応は薄かった。相手を指差し叫ぶ。


「おい! 俺はあの魔王を殺したんだぞ! なのに反応薄くねえかよ、あァ⁈」

「当然ですわ。こちらの世界に来たときには既に魔王は死んでいましたもの。存在は知っていましたが強さは曖昧、らしい反応は出来ませんわ」


 至極当然の答えだ。最初に箱庭に送られ、ヴェルサス王国が百年以上かけても倒せなかった魔王を簡単に殺したのだから確かに偉業ではある。

 だが、相手は魔王について殆ど知らずこの国の歴史にも興味がなかった。驚かないというより驚けない。


「どうやら貴方、余程自信があるようですが……あまりこちらを舐めない方がいいですよ。クッサいオス一匹など、簡単に八つ裂きにしてしまえるのですから。ねえ、皆さん?」


 恋人の言葉に応じ、聖堂の奥からぞろぞろと彼女の信徒達が現れ始めた。行進するように列を作って歩き、やがて恋人の背後に並ぶ。三十人全員目を閉じ、同じように横向きで槍を構える。


「舐めない方がいいのはこっちだぜ。魔王すら倒した俺を軽く見やがって……! あいつと同じ地獄にいざなってやる」

 

 手を前に伸ばし、下部に『The deathデス』と刻まれたタロットカードを呼び出した。ステンドグラス風のそれを右目に当てると、カードは粒子状に変化して消える。

 再び露わになった死神の右目は黒から赤に変色しており、正三角形と逆三角形が組み合わさったような異様な文様が刻まれていた。

 どうやら彼の武器となるのは、自身の目。


「『邪眼イビルアイ』……もう、死んだぜお前」

「はァ? 何言いやがりますの貴方。わたくしも信徒達も見ての通り元気ピンピンですがァ⁈ さぁ、あのクソオスを串刺しにしてしまいなさい!」


 信徒達は皆同時に槍を斜め下に払い、戦闘態勢。瞼を開け、それぞれが敵を捉える。


「その槍で、あの者に裁きを! そしてわたくしを神へと近付けるのですわ!」


 声高らかに号令。少女らが地を駆け、相手の元へ一斉に向かう――――――はずだった。

 信徒達の足が動くことはなく、バタバタと雪崩なだれのように地面へ倒れていく。


「は?」


 あまりに突然のことで恋人の思考が止まる。

 目を見開き振り向くと、足元に事切れた信徒達の死体が転がっていた。外傷は一切無いが、確かに死んでいると彼女らを従える恋人にはわかった。皆の右目には死神のと同じ文様が。

 何か特別なアクションを行ったわけではないのに、一斉に、かつ一瞬で全員死んだ。

 

「な、何故ッ……何故信徒達がッ!?」 


 混乱しながらも思う、このままじゃ不味い。

 死を信徒に押し付けることが出来ない。もし殺されればそれでお終い。


「何故って? ハッ! 俺の権能の力、以外にあるか?」

(何かされた訳でもねェ! なのに気付けば皆死んでいたッ! 奴の能力の詳細は……んなことより、考えるべきはこの状況を切り抜ける方法。それだけですわッ!)


 卍が刻まれた異様な瞳孔を震わせ、顔中に汗を垂らし、頬を痙攣させ、明らかな動揺を見せる恋人。

 一気に危機的状況に追いやられたのだ、それは必然と言える。

 だが、彼女は諦めてなどいない。まだこの状況をひっくり返す手があると理解していたからだ。チートと呼べる反則じみた力を、彼女も有している。


「使いたくはねェ……醜いオスを信徒として迎え入れるなんて、想像しただけゲロ吐きそうだからなァ。だが、この状況でそうも言ってられねェですわ! あのクソ――――――(自主規制)を従えてやるッ……夢が潰えるぐらいならなァッ!」

「何だ? 権能のお出ましか?」

「『小夜曲セレナーデ』ぇぇぇぇエエエエッッ!!!!」


 『The loversラヴァーズ』。そう刻まれたタロットカードに舌を這わせると輝き出し、弓に変化する。

 その弓の形状はそこらのものと大きく違う。恋人の体躯より大きくその全長は二メートル以上、聖堂にまるで似合わない銀の機械弓、備わった矢は青白い粒子で形作られたもの。

 恋人の権能は、その矢で相手を射抜くと強制的に支配下に置く力がある。従えた後自殺させるのも結構、手駒として使うことも出来る。この危険な状況でも矢さえ命中させればそれで逆転だ。


「神として君臨し、オスという醜い種族を消すッ! こんなとこで終われねェんですわよクソがぁッ‼」


 構え、力強く矢を引く。


「死ねッ! 死晒せッ! 死にやがれッ! このクソ――――――」


 狙いを定めるため、その双眸で敵の姿を捉えた。彼女の持つ緑の瞳が映したのは、浮かべた嘲笑と異様な右目。

 すると突如として、恋人の右目にも特殊な文様が出現するのだった。信徒達に刻まれていたのと同じマーク。恋人の体が硬直し動かなくなったかと思えば、やがて力無く倒れた。


「――――――」


 信徒達と同じように目を見開いたまま、一切動かない。既に事切れたようだ。

 愚者と女帝があれだけ苦戦した強敵は、死神の手によってあっさり葬られた。使い手が死亡したことによって『小夜曲』は粒子と化し霧散する。


「……ククッ!」

 

 恋人の死体を見た死神は、顔を抑えつつ破顔した。


「カカッ! ハハハハハ! あれだけ粋がっといて何だよその情けねえ死に様はぁ! ハハハハッ!」


 腹を抑え、一しきり笑う。幾ばくか時間が経ちようやく落ち着いた死神の右目から特殊な模様は消えていた。


「偉そうな態度だった魔王も、散々粋がっていた恋人も。俺の手にとっちゃワンパン! チート・ロワイヤルなんて大層な名前だが、随分イージーなゲームじゃねえかよ!」


 ピクリとも動かなくなった恋人の右手から出現し、浮かび上がるのは恋人のタロットカード。両手を胸の前で組み祈る恋人の姿が描かれたそのカードは、パリンと音を立てて砕け散った。

 それと同時死神は右腕に異変を感じ始める。制服の袖を捲り見てみると、そこには斜めに抉られた跡のような赤い痣が浮かんでいた。痛みは無い、僅かな熱を発しているのみ。


「これは……刻印か? ククッ! いいねいいねえ! 残りの刻印は十二、シンメトラの奴が呆れるぐらいあっさり勝利してやるよ……」


 死神はスラックスのポケットに両手を突っ込み教会の外へと向かう。背を思いっ切り反らし、恋人の死体に目を向けながら彼は言った。


「じゃあな、色々とデケェ女。俺の好みドンピシャだったら見逃してやったが、お前は俺の趣味と真逆。百二十センチ以上の女には興奮出来ねえへきなのさ、残念だったな」


 体勢を戻し、笑い声を上げて死神は去っていった。奴の声が聞こえなくってから数秒後。愚者は呟く。


「これが悪魔の言う面白いこと……ですか」


 天井から降り、音も無く着地。恋人の死体に寄る。


「全く笑えませんでしたね。驚きはしましたが」


 彼女は天井にある僅かな溝を掴み続け、ずっと張り付いていたのだ。一時間程前に侵入し、待機し続け、死神と恋人の戦いを観察していた。

 常人ならあり得ないことだが、彼女はチートと呼べてしまう程の暗殺術がその身に宿っている。卓越した身体能力を有した彼女からすれば、重力に逆らうことなど造作もない。


「あの恋人をああも簡単に殺すとは、死神の権能はかなり強力。何をするわけでもなく、一瞬で殺した」


 屈み、恋人の首に指を当てるが脈は無かった。信徒達も同様だ。

 相手へ死を与えるのに何か条件でもあるのだろうか。右目を変化させ、相手を顔を向けるだけで殺した。右目、ということから見つめることが条件だろうか。


(仮にそうだとすれば……信徒達を一斉に殺したとき、どうして恋人も同時に殺さなかったのか)


 単なる舐めた行動か、それともただ見つめるだけでなく他の条件もあるのか。


「能力については、後でいい……。今考えるのは死神を追うかどうか、不意をついて殺せば刻印を二つ獲得出来ますが」


 まだ情報が足りていないのに無理に攻めるべきではない。あの恋人を軽く殺した男だ、自分もあっさりやられかねない。

 一度、身を引くべきか。

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