第十三話 悪魔の囁き
眠りに入ってから、どれだけ時間が経ったのかわからない。たった数十分しか過ぎてないのか、それとももう数時間経ったのか。
曖昧な状況ではっきり言えるのは、ただ寝ていただけなのに妙な事態に巻き込まれたということ。
愚者は目覚めると、劇場にいた。規則正しく並べられた座席の中の一つに座らされていた。
広い空間なものの自分以外は誰もいない、正面には赤色のカーテンで閉じられた舞台が。
「ここ、は? どこでしょう……?」
部屋のベットで横になっていたはずなのに、いつの間にか異空間で座らされている。
寝ている間に誰かに移動させられた? 有り得ない。
瞬間移動させられた? それともこれは幻術?
周囲を調べるため立ち上がろうとするが、不思議と体は応えてくれなかった。痺れがあるわけではない、天井から垂れた赤い糸が足や手に強く巻き付いて動かせないのだ。
「立つことすら出来ない……。それに、体も異様なものに」
自身に目を向けると、体のあちこちの関節が球体のようになっていると気付く。この身に何が起きている?
「まるで人形のような体に……」
「まるで人形? あはッ! 面白いこと言うねえ
「……声? どこから……」
「自分ではわかんないだろから教えてあげよっかぁ? 今のキミは、ワタシに支配された人形。目はボタンで髪は黒の糸、球体関節の可愛い可愛い操り人形ちゃん」
「操り人形? ……よくわかりませんが、私を
甘ったるい囁くような声が聞こえるも、相手の姿は見えない。愚者の疑問に答えるように閉じていたカーテンが開かれる。
「あはあはッ! ああそうそう、ワタシはキミのことを知ってるけど、キミはワタシのことを知らないんだった。じゃ、自己紹介だねぇ」
姿を現したのは、愚者と同年代らしき少女。フランス中期を思わせるフリル付きのドレスは白を基調とし、あちこちに黒のリボンをあしらっており優美。腰下まで伸びた髪は服装と同じ白と黒が混じった色で毛先を緩く巻いており、一度彼女を見ればその姿をそう忘れることはないだろう。
こちらにハート型の瞳孔が特徴の真っ黒な瞳を向け、可愛らしくウィンク。した後にやや短いスカートの両端をつまんで持ち上げ、軽く会釈しつつ告げた。
「ワタシの名前は沢山あるの。ドラマツルギー、ギルティキッス、
悪魔、タロットの十五番目のカード。
「……目覚めたら謎の劇場で目覚め、体が人形のものに変化していた。この奇妙な現象は貴方の権能のせいですね?」
「スリープ・シープ、それがワタシの権能。寝ている人を鎌で裂くと相手の夢に侵入することが出来るんだよ。すごいでしょ〜」
つまり寝ている最中に彼女が近付き、鎌を振るい私の体を斬り裂いたと。おかしい。それほど深い眠りではなかったため、誰かがすぐ傍まで近寄れば簡単に察知出来る。だというのに全く気配がしなかった。
「夢の中ではワタシは最強! だって夢の主はワタシの操り人形ちゃんになっちゃうんだも〜ん。できることは考えることと話すことぐらい、ワタシの命令に背くことは不可能……あはッ! その気になれば自害を強要させることだってできちゃうんだからん! だからぁ、あんまりワタシのこと怒らせない方がいいと思うよ〜」
当然ながらチートと呼べる能力だ。もし夢に侵入されてそれで終わり。彼女の言葉が本当なら、自死の命令が下されれば抵抗出来ず自分に殺される。
「しかも相手の思考だって覗けちゃうんだよ。キミの夢に侵入してから色々調べたの、
(夢を渡る? ただ鎌で斬って侵入するだけでなく、別の人の夢へ移動出来るのでしょうか)
もしそうなら、浅い眠りだったのに気付けなかったことの説明がつく。最初から近付いていなかったのだ。
「それにしてもキミ、と~っても面白い子だね! 黒い悪意はない、かといって白い善意もない。完全な灰色……。キミには命令に従うという意思しかない。何人もの思考を覗いたことあるけどぉ、ここまで歪んでいるのは初めてみたよ! あはあはッ!」
悪魔は舞台からぴょんと飛び降り、楽し気にスキップしながら愚者の元まで向かう。眼前で足を止め、数センチ動けば唇が触れ合う程顔を寄せた。
「顔も体も好みだし~? どうしよ、好きピになっちゃいそう……はぁ、現実でも支配出来たらなあ」
「好きピ?」
聞いたことのない単語を耳にし、ボタンでできた目を瞬かせる愚者。対し悪魔はハートの瞳孔を輝かせ、頬を染め、蕩けるような笑みを見せる。
(どうやら彼女から敵対心は感じられません、むしろ友好的。興味を持ったと言っていましたが……)
「脱がしたり、舐めたり、唾液を交換したりしたいなぁ~。ねねっ、愚者ちゃんもどう? したいよね?」
「悪魔、どうして私を殺さないのですか? やろうと思えば出来るはず、刻印を得るのが目的ではないのですか?」
「あれれ、完全スルー? ちょっぴりショック……」
動揺どころか発言に反応せず、愚者は淡々と質問する。変わらない仏頂面は見ていじけた悪魔は、表情を変えて愚者の背後に周り、抱き締めて来た。体や顔をぴったりと寄せ、相手の頬をつんつんとつつく。
「驚いた反応期待してたのになぁ〜、残念。それでぇ、キミをすぐ殺さない理由は単純に気に入ってるってものあるけどぉ、それじゃつまらないからってのが一番!」
悪魔の表情は更に変化し、いたずらっぽい挑発的なものへ。
「チートな権能持ってる人沢山いるけどぉ、ワタシにかかればみぃんなざこざこざこざこざ〜こざこ! ホンキ出せば簡単にゲームが終わっちゃうんだも〜ん!」
「随分な自信ですね。能力を聞いた限り自惚れではないでしょうが」
「過去や未来、色んな時代から連れてこられた人達と願いを賭けての殺し合い。それぞれにはチートと呼べるほど強力な力が与えられて……。あはッ! ねえ、チート・ロワイヤルって最ッ高のゲームだと思わない?」
「……」
「きっとね、ワタシとメトリんは似てると思うんだぁ。同じ愉悦に踊るもの同士だからわかる、あの子はこのゲームにドラマを求めている……。だからワタシは約束したの、思わず見惚れちゃう
一瞬誰のことかわからなかったが、メトリんとはアシンメトリ・シンメトラを指しているのだろう。確かに二人にはどこか似た部分を感じる。悪魔もシンメトラと同じようにチート・ロワイヤルをゲームとして見ているようだ。主催者のシンメトラと違い彼女は参加者なのに、叶えたい願いだってあるはずなのに。
「勝つ気はない、ただ戦いの中で楽しさを求める……ということですか」
「ううん、主演が活躍しないんじゃドラマって言えないよね? 完ッ璧な演出を施した上でワタシが勝つの。そして勝利の暁には〜、ワタシが主催の第二回目を開始するのだ〜っ!」
悪魔は一度愚者から離れ、目元に逆ピースを携えて可愛くポーズ。特徴的な瞳孔からバチコンと小さな星が飛び出して見えた。
「はあ……つまり、次は主催者として楽しもうということですか?」
「そーゆーこと! ルールを変えちゃったりしてさぁ、ゲームを観測してさぁ。主演のときとはまた違った楽しみ方がはずだよ!」
随分奇想天外な願いですね。二十近くの参加者がいる内のまだ数人しか出会っていませんが、彼女と同じ願望を持つ者は存在しないでしょう。
そう思える程独創的、かつ奇天烈。
これ程まで愉悦を欲する彼女は、私に何を求めるのでしょう。
「……それで、貴方は何のために私の夢の中へ侵入したのですか? ただ顔を見に来ただけではありませんよね」
「あはあはッ! もちろん会ってみたかったってのもあるけどぉ、お察しの通り目的はただそれだけじゃないよ」
悪魔は一歩距離を詰めて身を屈めた後、愚者の絹糸のようにさらりとした髪は緩く掬う。
囁くように言った。
「キミにはワタシ主演の劇を盛り上げてほしいの。脇役として……ね。物語を彩る脇役が必要不可解だからさぁ、愚者ちゃんにぃ優しい愛のアドバイス。『教会に戻ってみて』。そこで面白いことが起きるから……あはッ!」
教会、恋人がいるあの教会ですか? 何故、戻る必要が? それ貴方は何を知って……
そう返したつもりだった。しかし口から出たのは大きく異なる言葉。
「私も楽しいことだ~いすきっ! 早速行ってみよっかなぁ……。!?」
愚者そのものの声で、普段と全く違う声色。自分の発したものとは思えず、珍しく困惑する。
「あはあはッ! 愚者ちゃんも随分やる気みたいだねぇ」
「貴方の仕業ですか、悪魔。まさか話す言葉まで操れるとは」
「はて? 何のことやら?」
口元に笑みを宿しながらすっとぼける悪魔、愚者から離れ背を向けたままポツリと。
「ま、現実世界では操れないからキミの行動は自由だけどね。行くも行かまいもキミ次第」
手を前に伸ばし、力を込めてタロットカードを召喚した。そこには両手を広げて笑う悪魔がステンドグラス風に描かれていて、下部には金文字で『
手にしたカードを唇に寄せ、口付けをした。すると光輝き始め、次の瞬間には全長二メートル以上の巨大な鎌に形を変えた。
おそらくあれが彼女の権能、スリープ・シープ。眠られる羊なんて可愛らしい名前とは裏腹に黒と赤が混ざり合った禍々しい武器だ。
「今宵の夢はここでお終い。では、また次の演目でお会いしましょう」
彼女らしくない口調で告げたのち、愚者へと振り返りそれと同時、それなりに重量あるだろう得物を軽々振るう。
歪曲した刃が薙ぐ対象は天井から垂れた複数の糸。愚者の体に繋がったそれらを纏めて斬り裂いた。
「あはッ! じゃあね〜」
拘束が解かれると、視界が一気に暗くなった。
やがて――――――
「ここは……」
体を起こし辺りを確認してみると、そこは確かに女帝から与えられた自室だった。
窓外から見える空は真っ暗、まだ深夜のようだ。思い出すのは悪魔の囁き。
『教会に戻ってみて』
「素直に従ってみるべき……でしょうか」
もう拘束はされていない、無理に従う必要はありませんが。
「……従ってみましょう。罠に嵌めようとする意思は不思議と感じられなかった」
それに、ああも自信満々に告げるということは何か大事な情報が眠っているはず。わざわざ伝えておいて何も起きないなんてことはないだろう。
愚者はベットから降り、背を伸ばす。
「女帝には伝えなくていい。不特定な情報で混乱させたくありません」
両袖にナイフがあることを確認し、ベレッタや女帝を起こさないよう静かに部屋から出た。
「踊らされてみましょうか、彼女の演劇とやらに」
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